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<14/リリエンヌ>
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<リリエンヌ>
ベビーカーが、王子宮に届いた!
憧れの、籐製ベビーカー!
いつの憧れ、って前世の憧れよ、きっと!
籐で編んだフラットなバスケットが、台車の上に載っていて、押す為のハンドルがついている。
日除けの為の幌は、リネンに繊細な刺繍を施したもの。
ふかふかのマットには、ひらひらした共布フリルがついている。
可愛い。とても可愛い。
今はねんねのクローディアスだけど、お座り出来るようになって、ちょこんとバスケットから顔が出てたりしたら、はい、もう、可愛い!
赤ちゃん可愛い選手権、ぶっちぎりのナンバーワン!
重いし畳めないけど、王子宮は広いし、コンパクトになる必要はない。
…でもね。
るんるん気分(死語)で押してみて、絶望した。
ほんと、心の底から絶望した…!
何せ、滅茶苦茶、揺れる。
床面が平らな室内で、これだからね。
外、特にお散歩コースに考えていた庭だと、もっとがたつく事だろう。
車輪を見てみたら、木製の車輪に軟鉄が巻いてある作りだった。
え~?もっと、揺れを吸収出来そうな素材で作ろうよ…赤ちゃん乗せるんだよ…?
とてもじゃないけど、まだ首の据わっていないクローディアスを寝かせる事は、出来ない。
喜色満面でベビーカーを受け取ったのに、試走した後、難しい顔になった私を見て、ベビーカーを納品した工房の男性が、青い顔をした。
「妃殿下…何か、お気に召さない点がございましたか…?」
「…この乳母車は、お座りが出来るようになった月齢以降に向いているものですわね」
何事も、否定形で話してはならない。
私は一応、王族だ。
私の発した一言で、人ひとりの人生が変わってしまう事もある。
「は…で、ですが、このように広く平らなバスケットをご用意しておりますし、産まれたばかりのお子様からご使用頂いておりますが」
寝かせるだけなら、いいんだけどね。
ずーっと震動し続ける移動って、ちょっとなぁ…。
頭と首を守るのは、大事ですよ。
「そうね、バスケット部分の作りは、素晴らしいと思うわ。編み方も美しいですし、広さも深さも丁度いいわ」
「で、では、何が…」
「わたくしね、過保護と思われるかもしれないけれど、子供に掛かる負担を、少しでも軽減させたいの」
言いながら、ベビーカーのハンドルを握って軽く前後させると、バスケットががたがたと震動した。
がたがたがたがた。
言わんとする所を察したのか、男性の顔色が益々青くなる。
「まだ、わたくしの子が乳母車を使用するのは早かったみたい。もう少し大きくなったら、お願いするわ」
悄然と去って行く男性の背中を目で追って、思わず私も溜息を吐いてしまう。
ベビーカーで優雅にお散歩!って、期待値が上がっていただけに、悲しい。
お散歩は当面、抱っこだなぁ…。
抱っこ。
言うのは簡単なのだけれど、抱っこしたまま歩くのは、私の体ではきつかった…。
生後一ヶ月となったクローディアスは、すくすくと成長している。
それは喜ばしい事なのだけれど、産まれた時の二倍となった体重が、こう、ずっしりとね…。
日除けの為のサンボンネットを被って、おくるみで包んだクローディアスを抱いて、いざ!と中庭に向かおうとした、のだけど。
…玄関にすら、辿り着けませんでしたとさ。
何て非力なの、リリエンヌ…!
仕方ないじゃない、運動なんてダンスしかした事ないもの…!
「妃殿下、変わりましょうか」
ジェマイマが気遣ってくれるけど、そして、クローディアスに日光浴をさせる事が主目的なのだから、誰が抱っこしてもいいのだけど。
自分と同じく力のない女性が、外で生身のクローディアスを抱っこする事に、抵抗を覚える。
さっきまでは、抱っこでお散歩出来ると思ってたけど、落っことさない自信がないのだもの。
躊躇していると、いい加減、馴染んで来た声が掛けられた。
「リリエンヌ?」
「ルーカス殿下」
「今日は、乳母車の納入日ではなかったのか?」
あら。
ベビーカーを見にいらしたの?
意外に新し物好きなのね。
「それが…」
がっかりした気持ちを思い出して、思わず顔を俯けると、自然な動作でクローディアスを抱き上げられた。
腕がプルプルしてた事に、気づかれたのかしら。
どう話すべきか躊躇っていたら、殿下は、
「散歩に行くのだろう?日光浴が体にいいと言っていたな」
と、踵を返して玄関に向かう。
前回、話した事を覚えていてくれた事が…嬉しい。
殿下の半歩後をついて歩くと、こちらを振り返った殿下は、ゆっくりと歩く速度を落とした。
え…並んで歩いていい、って事?
思わず、まじまじと殿下の顔を見上げてしまう。
うわぁ、やっぱり、背が高いなぁ。
私とだと、頭一つ半か二つ分は違う。
日を透かしても黒い艶やかな髪、長い睫毛、深い藍色の瞳、薄い唇。
やっぱり、綺麗な人だ。
最近のルーカス殿下は、以前よりも大分、距離が近くなったように感じる。
結婚までは、殆ど言葉を交わした事がなかった。
婚約者の義務として、お茶会に招かれた事は何度かあったのだけれど、そこには必ず、ロザリンド様もいるわけで。
ルーカス殿下やセドリック殿下が、私に話し掛けようとすると、すっと割り込んで、場の注目と話題をさらっていくのよね。
両殿下は、それを無下にする事は出来ず、結果、私は放置。
最初から放置するつもりではなかったのを理解しているから、そんなに悪感情はないのだけれど、疎外感を感じていたのは事実だ。
結婚後も、初夜の衝撃に、公務以外は放置プレイと、殿下から歩み寄る気はないのだろうな、と判断していたのだけれど。
クローディアスが産まれて以降、しょっちゅう、王子宮に顔を出してくれるようになったし、私にも何かと気遣う声を掛けてくれるようになった。
『柔らかく愛らしい目元は、リリエンヌに似ているだろう?』
こんな言葉を掛けられた時には、思わず赤面してしまった位だ。
伊達に公爵家の生まれではないので、それなりに見られる顔立ちだとは思うのよ、地味だけど。
でも、この国では、両殿下やロザリンド様みたいな、華のある美人が褒めそやされるから、華麗さとは無縁の私は、褒められた事がない。
別に殿下にだって、美人だと言われたわけではないけれど、愛らしい目元だと言われた事が、嬉しかった。
彼も、少しはクローディアスの親として、私に歩み寄ってくれるつもりがあるのかしら?
横目でそっと、長い脚でゆったりと歩くルーカス殿下を見遣る。
その彼の腕の中に、愛しい愛しいクローディアス。
こうして見ると、二人はやはり、親子だ。
それに、殿下であれば、絶対にクローディアスを落さない、と言う全幅の信頼を、いつの間にか持っていた事に気が付いた。
「それで?乳母車はどうした?不具合があったのか?」
あぁ、そう言えば、彼はベビーカーを見に来たのだった。
中庭を、並んで歩く。
普通に会話する声が聞こえない程度に離れて、ジェマイマ達がついて来ていた。
「実は…」
クローディアスを抱っこしているからか、いつもよりも柔らかく聞こえる声に、ベビーカーの残念ポイントを、思わず、愚痴ってしまう。
「なるほどな…」
ルーカス殿下は首を捻ってから、
「ゴムタイヤなら、どうだ?」
と言った。
「ゴムタイヤ、ですか…?」
殿下の口から出ると言う事は、この世界にももう、ゴム製のタイヤがあると言う事だ。
「天然ゴムは、我が国では貴重だから、現状、父上達のお乗りになる馬車にしか使用されていないのだが」
お…おぉう?
「便利である事が判った故、今、セディが輸入経路を広げる為に動いている。近々、汎用出来るようになるだろうから、クローディアスの為に使っても問題ない」
そうか、問題ないのか。
…問題ない、のか…?
でも、見上げたルーカス殿下が、とても穏やかなお顔だったから、こくりと頷いてしまった。
「では、技術者を、乳母車の工房に送るとしよう」
「有難うございます!」
本当に嬉しくて、心からお礼を言うと、ルーカス殿下が、ピキリ、と固まった。
「…殿下?」
「いや、何でもない。早く完成するといいな」
あの後、殿下は直ぐに王宮に戻って行った。
滞在時間十五分。
王宮から王子宮まで、馬車で二十分なのに。
往復四十分掛けて、クローディアスの様子を見に来てくれるとは…立派な親ばかに成長して下さっている模様。
国の最高技術をベビーカーに使用するとか…うん、親ばかとしか言いようがない。
殿下のご助力の元、ベビーカーはいずれ完成するとして、当面のお散歩問題を解決しなくては。
殿下ならともかく、私やジェマイマ達が、生身のクローディアスを抱っこして外に出るのは、ちょっと、私の心理的抵抗が強い。
勿論、気持ちの上では、何があっても手放さない!と思ってるけれど、非力なのだもの。
数分ならともかく、数十分となると、絶対、百パーセント、って言い切る事は出来ない。
だったら、抱っこを補助する為の道具を用意すればいいんじゃない?
所謂、抱っこ紐。
「ねぇ、ジェマイマ。赤ちゃんを抱っこする時に、体にこう…赤ちゃんを括りつけるような、そんな道具ってないかしら?」
クローディアス育成チームのリーダーであるジェマイマに尋ねてみると、彼女は首を傾げた。
「赤ちゃんを、体に括りつける…ですか?」
「そう。わたくしは非力だから、腕の力だけだと落してしまいそうで怖いの。赤ちゃんの体を抱っこする補助が出来るような、そんな道具があるといいのだけれど」
説明してみても、ぴんと来ないようだ。
と言う事は、この世界にはまだ、抱っこ紐が存在しないのだろう。
う~ん…でも私も、抱っこ紐の構造なんてよく知らないしな…。
一本の細帯で器用におんぶするママ友が、前世にいたけれど、おんぶはまだまだ先の話だし、そもそも、王子妃が一本帯でおんぶとか、許される絵面じゃないよね。
腰ベルト付きで、太い肩紐で…あぁ、でも、バックルを見た事がない……う~ん…あ、円状の金属の輪なら見た事があるから、スリングが作れる!
スリングだと、肩と背中で重さは分散出来るものの、片手は常に赤ちゃんに添えていないと危険だ。
赤ちゃんの体を固定していないから、するっと抜け出て、簡単に落下してしまう。
でも、あるのとないのとでは、体の負担が大違いだ。
「あのね、鞄に赤ちゃんを寝かせた状態で、お腹の前で斜め掛けするような、そんなイメージなのだけど…」
説明すると、ジェマイマは直ぐにイメージが掴めたようだ。
「なるほど。それは素晴らしいアイディアですね。流石、妃殿下ですわ。完成したら是非、使ってみたいです!早速、オスカーさんに連絡を取って、来て頂きましょう!」
オスカーおネエ様…今回も、お手数お掛けします。
ベビーカーが、王子宮に届いた!
憧れの、籐製ベビーカー!
いつの憧れ、って前世の憧れよ、きっと!
籐で編んだフラットなバスケットが、台車の上に載っていて、押す為のハンドルがついている。
日除けの為の幌は、リネンに繊細な刺繍を施したもの。
ふかふかのマットには、ひらひらした共布フリルがついている。
可愛い。とても可愛い。
今はねんねのクローディアスだけど、お座り出来るようになって、ちょこんとバスケットから顔が出てたりしたら、はい、もう、可愛い!
赤ちゃん可愛い選手権、ぶっちぎりのナンバーワン!
重いし畳めないけど、王子宮は広いし、コンパクトになる必要はない。
…でもね。
るんるん気分(死語)で押してみて、絶望した。
ほんと、心の底から絶望した…!
何せ、滅茶苦茶、揺れる。
床面が平らな室内で、これだからね。
外、特にお散歩コースに考えていた庭だと、もっとがたつく事だろう。
車輪を見てみたら、木製の車輪に軟鉄が巻いてある作りだった。
え~?もっと、揺れを吸収出来そうな素材で作ろうよ…赤ちゃん乗せるんだよ…?
とてもじゃないけど、まだ首の据わっていないクローディアスを寝かせる事は、出来ない。
喜色満面でベビーカーを受け取ったのに、試走した後、難しい顔になった私を見て、ベビーカーを納品した工房の男性が、青い顔をした。
「妃殿下…何か、お気に召さない点がございましたか…?」
「…この乳母車は、お座りが出来るようになった月齢以降に向いているものですわね」
何事も、否定形で話してはならない。
私は一応、王族だ。
私の発した一言で、人ひとりの人生が変わってしまう事もある。
「は…で、ですが、このように広く平らなバスケットをご用意しておりますし、産まれたばかりのお子様からご使用頂いておりますが」
寝かせるだけなら、いいんだけどね。
ずーっと震動し続ける移動って、ちょっとなぁ…。
頭と首を守るのは、大事ですよ。
「そうね、バスケット部分の作りは、素晴らしいと思うわ。編み方も美しいですし、広さも深さも丁度いいわ」
「で、では、何が…」
「わたくしね、過保護と思われるかもしれないけれど、子供に掛かる負担を、少しでも軽減させたいの」
言いながら、ベビーカーのハンドルを握って軽く前後させると、バスケットががたがたと震動した。
がたがたがたがた。
言わんとする所を察したのか、男性の顔色が益々青くなる。
「まだ、わたくしの子が乳母車を使用するのは早かったみたい。もう少し大きくなったら、お願いするわ」
悄然と去って行く男性の背中を目で追って、思わず私も溜息を吐いてしまう。
ベビーカーで優雅にお散歩!って、期待値が上がっていただけに、悲しい。
お散歩は当面、抱っこだなぁ…。
抱っこ。
言うのは簡単なのだけれど、抱っこしたまま歩くのは、私の体ではきつかった…。
生後一ヶ月となったクローディアスは、すくすくと成長している。
それは喜ばしい事なのだけれど、産まれた時の二倍となった体重が、こう、ずっしりとね…。
日除けの為のサンボンネットを被って、おくるみで包んだクローディアスを抱いて、いざ!と中庭に向かおうとした、のだけど。
…玄関にすら、辿り着けませんでしたとさ。
何て非力なの、リリエンヌ…!
仕方ないじゃない、運動なんてダンスしかした事ないもの…!
「妃殿下、変わりましょうか」
ジェマイマが気遣ってくれるけど、そして、クローディアスに日光浴をさせる事が主目的なのだから、誰が抱っこしてもいいのだけど。
自分と同じく力のない女性が、外で生身のクローディアスを抱っこする事に、抵抗を覚える。
さっきまでは、抱っこでお散歩出来ると思ってたけど、落っことさない自信がないのだもの。
躊躇していると、いい加減、馴染んで来た声が掛けられた。
「リリエンヌ?」
「ルーカス殿下」
「今日は、乳母車の納入日ではなかったのか?」
あら。
ベビーカーを見にいらしたの?
意外に新し物好きなのね。
「それが…」
がっかりした気持ちを思い出して、思わず顔を俯けると、自然な動作でクローディアスを抱き上げられた。
腕がプルプルしてた事に、気づかれたのかしら。
どう話すべきか躊躇っていたら、殿下は、
「散歩に行くのだろう?日光浴が体にいいと言っていたな」
と、踵を返して玄関に向かう。
前回、話した事を覚えていてくれた事が…嬉しい。
殿下の半歩後をついて歩くと、こちらを振り返った殿下は、ゆっくりと歩く速度を落とした。
え…並んで歩いていい、って事?
思わず、まじまじと殿下の顔を見上げてしまう。
うわぁ、やっぱり、背が高いなぁ。
私とだと、頭一つ半か二つ分は違う。
日を透かしても黒い艶やかな髪、長い睫毛、深い藍色の瞳、薄い唇。
やっぱり、綺麗な人だ。
最近のルーカス殿下は、以前よりも大分、距離が近くなったように感じる。
結婚までは、殆ど言葉を交わした事がなかった。
婚約者の義務として、お茶会に招かれた事は何度かあったのだけれど、そこには必ず、ロザリンド様もいるわけで。
ルーカス殿下やセドリック殿下が、私に話し掛けようとすると、すっと割り込んで、場の注目と話題をさらっていくのよね。
両殿下は、それを無下にする事は出来ず、結果、私は放置。
最初から放置するつもりではなかったのを理解しているから、そんなに悪感情はないのだけれど、疎外感を感じていたのは事実だ。
結婚後も、初夜の衝撃に、公務以外は放置プレイと、殿下から歩み寄る気はないのだろうな、と判断していたのだけれど。
クローディアスが産まれて以降、しょっちゅう、王子宮に顔を出してくれるようになったし、私にも何かと気遣う声を掛けてくれるようになった。
『柔らかく愛らしい目元は、リリエンヌに似ているだろう?』
こんな言葉を掛けられた時には、思わず赤面してしまった位だ。
伊達に公爵家の生まれではないので、それなりに見られる顔立ちだとは思うのよ、地味だけど。
でも、この国では、両殿下やロザリンド様みたいな、華のある美人が褒めそやされるから、華麗さとは無縁の私は、褒められた事がない。
別に殿下にだって、美人だと言われたわけではないけれど、愛らしい目元だと言われた事が、嬉しかった。
彼も、少しはクローディアスの親として、私に歩み寄ってくれるつもりがあるのかしら?
横目でそっと、長い脚でゆったりと歩くルーカス殿下を見遣る。
その彼の腕の中に、愛しい愛しいクローディアス。
こうして見ると、二人はやはり、親子だ。
それに、殿下であれば、絶対にクローディアスを落さない、と言う全幅の信頼を、いつの間にか持っていた事に気が付いた。
「それで?乳母車はどうした?不具合があったのか?」
あぁ、そう言えば、彼はベビーカーを見に来たのだった。
中庭を、並んで歩く。
普通に会話する声が聞こえない程度に離れて、ジェマイマ達がついて来ていた。
「実は…」
クローディアスを抱っこしているからか、いつもよりも柔らかく聞こえる声に、ベビーカーの残念ポイントを、思わず、愚痴ってしまう。
「なるほどな…」
ルーカス殿下は首を捻ってから、
「ゴムタイヤなら、どうだ?」
と言った。
「ゴムタイヤ、ですか…?」
殿下の口から出ると言う事は、この世界にももう、ゴム製のタイヤがあると言う事だ。
「天然ゴムは、我が国では貴重だから、現状、父上達のお乗りになる馬車にしか使用されていないのだが」
お…おぉう?
「便利である事が判った故、今、セディが輸入経路を広げる為に動いている。近々、汎用出来るようになるだろうから、クローディアスの為に使っても問題ない」
そうか、問題ないのか。
…問題ない、のか…?
でも、見上げたルーカス殿下が、とても穏やかなお顔だったから、こくりと頷いてしまった。
「では、技術者を、乳母車の工房に送るとしよう」
「有難うございます!」
本当に嬉しくて、心からお礼を言うと、ルーカス殿下が、ピキリ、と固まった。
「…殿下?」
「いや、何でもない。早く完成するといいな」
あの後、殿下は直ぐに王宮に戻って行った。
滞在時間十五分。
王宮から王子宮まで、馬車で二十分なのに。
往復四十分掛けて、クローディアスの様子を見に来てくれるとは…立派な親ばかに成長して下さっている模様。
国の最高技術をベビーカーに使用するとか…うん、親ばかとしか言いようがない。
殿下のご助力の元、ベビーカーはいずれ完成するとして、当面のお散歩問題を解決しなくては。
殿下ならともかく、私やジェマイマ達が、生身のクローディアスを抱っこして外に出るのは、ちょっと、私の心理的抵抗が強い。
勿論、気持ちの上では、何があっても手放さない!と思ってるけれど、非力なのだもの。
数分ならともかく、数十分となると、絶対、百パーセント、って言い切る事は出来ない。
だったら、抱っこを補助する為の道具を用意すればいいんじゃない?
所謂、抱っこ紐。
「ねぇ、ジェマイマ。赤ちゃんを抱っこする時に、体にこう…赤ちゃんを括りつけるような、そんな道具ってないかしら?」
クローディアス育成チームのリーダーであるジェマイマに尋ねてみると、彼女は首を傾げた。
「赤ちゃんを、体に括りつける…ですか?」
「そう。わたくしは非力だから、腕の力だけだと落してしまいそうで怖いの。赤ちゃんの体を抱っこする補助が出来るような、そんな道具があるといいのだけれど」
説明してみても、ぴんと来ないようだ。
と言う事は、この世界にはまだ、抱っこ紐が存在しないのだろう。
う~ん…でも私も、抱っこ紐の構造なんてよく知らないしな…。
一本の細帯で器用におんぶするママ友が、前世にいたけれど、おんぶはまだまだ先の話だし、そもそも、王子妃が一本帯でおんぶとか、許される絵面じゃないよね。
腰ベルト付きで、太い肩紐で…あぁ、でも、バックルを見た事がない……う~ん…あ、円状の金属の輪なら見た事があるから、スリングが作れる!
スリングだと、肩と背中で重さは分散出来るものの、片手は常に赤ちゃんに添えていないと危険だ。
赤ちゃんの体を固定していないから、するっと抜け出て、簡単に落下してしまう。
でも、あるのとないのとでは、体の負担が大違いだ。
「あのね、鞄に赤ちゃんを寝かせた状態で、お腹の前で斜め掛けするような、そんなイメージなのだけど…」
説明すると、ジェマイマは直ぐにイメージが掴めたようだ。
「なるほど。それは素晴らしいアイディアですね。流石、妃殿下ですわ。完成したら是非、使ってみたいです!早速、オスカーさんに連絡を取って、来て頂きましょう!」
オスカーおネエ様…今回も、お手数お掛けします。
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