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ニーナがこの世界に来てから半年。園遊会当日。
開会から参加するのは疲れるだろう、との配慮から、ニーナは会の中頃から参加する事になっていた。
王族の休憩場所として設置された天幕の中で、人々の歓談する声を漏れ聞きながら、呼ばれるのを待っていた所に、ディーンがやって来た。
「ニーナ、行ける?」
「うん」
「じゃあ、行こう」
天幕から外に出ると、人々の視線が一斉にニーナに向く。
好奇の目、疑惑の目、値踏みするような目。
予想していた事とは言え、心地の良いものではない。
「ここで、皆に紹介したい女性がいる」
ヒースの声が、会場となった王宮の中庭の隅々まで広がった。
「こちらへ」
促されるまま、一段高い檀上へとディーンと共に上ると、一層、視線が突き刺さる。
真っ直ぐの黒髪は、漸く二の腕に掛かる短さで、長い髪程、身分の高さを示すガルダ人女性からするとありえない。
小柄だが豊かな胸と引き締まったくびれを包むのは、最高級のドレス。
黒々と濡れたような瞳に、小振りな鼻と唇は、異国情緒を漂わせている。
化粧の仕方が、ガルダのものと異なるせいもあるだろうか。
顔立ちの幼さと肉体の成熟具合が、ガルダ人から見るとアンバランスで、妙に目を惹いた。
「彼女は、ニーナ。先日、二百五十七年振りにガルダ王国を訪れた落ち人だ」
『落ち人』の言葉に、ざわり、と空気が揺れた。
落ち人とはそれだけ、この世界の人々にとって特別な存在だ。
「現在は、ガルダ語の習得と、こちらの世界の常識を学んでいる。身の安全の確保の為、後宮で暮らしている故、その旨、了解しておいて欲しい」
後宮に、ヒースかディーンの寵愛する女性がいる、との噂を聞いていた未婚の令嬢達が、安心したような顔をした。
なるほど、言葉も習慣も判らない少女では、手厚い保護を必要とするだろう、と胸を撫で下ろした所で、
「ガルダ人よりも小柄だが、国元では成人している。その為、保護者は不要、後見はジェラルディンが行う」
ヒースが言葉を継ぎ、ざわめきが大きくなった。
「ニーナ、こちらへ」
「はい」
ヒースに名を呼ばれ、ニーナはディーンの傍を離れて、打ち合わせ通り、壇上の中央に立った。
多くの視線を受けながらも、ニーナは臆する事なく、堂々とした姿を見せている。
会社のプレゼンで、対抗部署の面々から重箱の隅を突くような攻撃を受けた時を思えば、実害はない。
「ガルダ王国の皆様、はじめまして。ニーナと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
何度も練習した口上を少したどたどしい発音ですると、ぴんと伸びた背筋で綺麗な礼をした。
膝を真っ直ぐに伸ばしたまま、腰から上半身のみを前に倒して頭頂部を見せる礼は、ガルダの作法とは異なるが、全く無礼には見えない。
これは、彼女の国での礼儀なのだろう、と、誰もが納得する。
「先程も話したように、ニーナはガルダ語を学んでいる最中だ。彼女に用件がある者は、彼女の世話役を通すように」
無事にお披露目を終えたニーナは、ディーンに肩を抱いて連れられるがまま、国の重鎮達に挨拶をしていた。
腰ではなく肩を抱くのは身長差がある為なのだが、ディーンの腕の中にすっぽりと収まっているニーナを、羨ましそうに令嬢達の視線が追う。
挨拶と言っても話すのはディーンだけで、ニーナはディーンの横で微笑みながら立っているだけだ。
「ジェラルディン殿下、大変申し訳ないのですが、少々お耳をお借りしたく」
「あぁ、判った。ウルヴス、ニーナについていてくれ」
「はい」
声を掛けられたディーンから、ニーナはウルヴスと共に離れる。
ディーンにはライオネルがついているので、問題はない。
これで少し息を吐けるかと思いきや、ニーナがディーンと離れた途端に、挨拶を望む者が列を成した。
そのいずれもが見目の整った青年ばかり、と言う辺り、何とも目的が判りやすい。
彼等は、今日の園遊会で落ち人の存在が明かされる事を把握していた高位貴族達に、同伴されて来たのだ。
ディーンが後見につくと表明され、ぴったりと横に張り付いてエスコートする姿から、実際に相当お気に入りである事は傍目からも伺えるが、浮かれた所の全くないニーナの様子を見ていれば、相思相愛と言うわけでもなさそうだ、と判断できる。
ならば、幾らでも付け入る隙があるだろう。
落ち人は、国の身分制度の枠組みの外に立つ存在。
ニーナ自身がディーン以外の男性を望めば、それを拒む権利は幾ら後見人と言えども、ない。
彼等の欲を隠しきれないギラギラした視線に、色恋沙汰で引き込もうと言う思惑に気づいたニーナは、表面上はにこやかに微笑んで挨拶を受けつつ、内心では面倒臭がっていた。
事前に聞いてはいたものの、落ち人の持つ知識は、彼等にとって余程、価値があるのだろう。
現状、ニーナは落ち人と認定されただけで、どれ程の知識を有しているのか全く不明だと言うのに、これだ。
ニーナ自身は、自分に落ち人としてそこまでの価値があるとは思っていないから、余計に困惑してしまう。
「ウルヴス、疲れた」
挨拶の切れ間にそう小声で告げると、ウルヴスは心得たように、
「では、天幕に戻りましょうか」
ニーナを王族の為の天幕へと誘導する。
落胆の声が背後に聞こえたけれど、振り返る気はない。
天幕に入り、人目がなくなった事で、ニーナは大きな溜息を吐いた。
「ニーナ様、お疲れ様です」
「ほんと、疲れた」
大きな椅子に埋もれるように深く腰を下ろしてもう一度溜息を吐くニーナに、ウルヴスは苦笑しながら、飲み物を手渡す。
「ジェラルディン殿下のお気に入り、と言う話はそれとなく広まっている筈なのですが、あわよくば、と言う事でしょうね。見事に社交界の注目株ばかりで、いっそ笑えます」
「あの人達、ガルダで、人気ある?」
「えぇ、そうですね。主にご令嬢方の人気、と言う意味で、ですが」
つまりは、外見が整っている、と言う事だ。
美の基準は、こちらの世界もあちらの世界も大差ないようだ、と、ニーナは頷く。
「どうでしたか?」
「何が?」
「ニーナ様のお好みの男性はいましたか?」
揶揄うようなウルヴスの声に、ニーナは眉を顰めた。
「あの人達より、ウルヴス、ライオネル、綺麗」
「綺麗…」
「ディーン、ヒース、もっと綺麗」
「綺麗…あの、ニーナ様、そこは是非とも、『格好いい』と言って頂けると、男として嬉しいのですが」
「カッコイ?」
「『格好いい』ですよ。男性の容姿に対する誉め言葉です」
「そう。ウルヴス、格好いい」
「…あ、有難う、ございます」
いっそ無邪気な位に衒いなく褒められて、ウルヴスの耳が赤くなった。
貴族としては珍しい位に魔力量の少ないウルヴスだけれど、侯爵家嫡男の王宮勤め、見目の良い彼にアピールしてくる女性は多い。
だから、女性に外見を褒められる事には、慣れている。
なのに、彼女達の媚びを含んだ視線や熱の籠った声音と全く違う、淡々と事実だけを述べるようなニーナの言葉に、自分でも驚く程に動揺する。
どき、と、心のどこかが動いた音がした。
「えぇ、と、改めてお伺いしますが、ニーナ様は、心惹かれた男性はいらっしゃいませんでしたか?一応、安全の為、身元の調査をさせて頂きたいのですが」
コホン、と咳ばらいを一つして尋ねるウルヴスに、ニーナは首を傾げる。
「外見格好いい、何の意味ある?」
「…え」
見目整った外見と、その容姿の人畜無害な見せ掛けを心置きなく発揮した腹黒男。それが、ウルヴスだ。
そのウルヴスを前に、外見に意味はない、とニーナは断言した。
「あの人達、私、知らない。私、あの人達、知らない。好き、ならない」
ガルダ王国に限らず、この世界では、貴族階級の結婚は基本的に男性からの求婚で決まる。
女性にできるのは、意中の男性に目を留めて貰えるよう振る舞う事のみ。
求婚されて、家長がそれを受け入れれば、女性本人の意思とは関係なく決まってしまうものだ。
その点、ニーナは落ち人と言う特殊な立場の為、結婚は彼女自身の意思に委ねる、とヒースが宣言しているし、後見人であるディーンも、ニーナの気持ちを尊重する、としている。
落ち人を婚姻で囲い込みたい人々は多い、とこれまで何度も話をしておいたウルヴスからすれば、決定権を持つのだから、ニーナは自分好みの男性に早速目をつけるかと思ったのだが。
何しろ、ウルヴスの勘によれば、ガルダ人女性と比べてニーナは恋愛経験が多い。
恋愛に初心であったり、異性との接触に躊躇したりするようには見えない。
「…では、もしや、ジェラルディン殿下を…?」
他国では、落ち人を囲い込む為に王族と婚姻させる例も少なくない。
一つの選択肢では、ある。
ディーン自身、ニーナへの好意を隠してはいないのだから。
けれど、恋愛経験のある――恐らくは肉体的な経験も――ニーナを、敵の多い王族の配偶者にするリスクを考える。
恐らく、ディーンが気にする事はないだろうが、ニーナの瑕疵として突いて来る者がいないとも限らない。
ならば、王族の側近として、タイトリー侯爵家の嫡男として、相応の地位にあるウルヴスの方が、ニーナにとってもいいのでは。
高位貴族の嫡男に生まれながらも魔力の少なさで苦労をして来たから、生まれ育った世界と異なる場所で生きて行かねばならなくなったニーナの心に寄り添う事ができるのではないか。
己の中に浮かんだ突拍子もない思い付きに躊躇を持ちつつ問うと、ニーナは不快そうに眉を顰めた。
「私、結婚、しない」
「え、ですが」
「私、一人、いい」
「あ、の…もしや、お国元に恋人がいらっしゃった…?」
「……」
頬を強張らせたニーナを見て、ウルヴスは内心、舌打ちをする。
ニーナは成人女性だと、自ら主張した。
恋愛経験があるだろう、と判断したのは、ウルヴスの勘だ。
落ち人は自ら望んでこちらの世界に落ちたわけではなく、突然に連れて来られたのだ。
家族は居ない天涯孤独と聞いていたから勝手に安心していたが、彼女は一言も、恋人がいないとは言っていなかった。
「…恋人、いない」
「本当ですか?」
恋人がいない、と聞いて、ウルヴスの胸に湧き上がったのは、確かに歓喜だった。
「うん」
うん、と言いつつも、ニーナの頬は強張ったままだった。
開会から参加するのは疲れるだろう、との配慮から、ニーナは会の中頃から参加する事になっていた。
王族の休憩場所として設置された天幕の中で、人々の歓談する声を漏れ聞きながら、呼ばれるのを待っていた所に、ディーンがやって来た。
「ニーナ、行ける?」
「うん」
「じゃあ、行こう」
天幕から外に出ると、人々の視線が一斉にニーナに向く。
好奇の目、疑惑の目、値踏みするような目。
予想していた事とは言え、心地の良いものではない。
「ここで、皆に紹介したい女性がいる」
ヒースの声が、会場となった王宮の中庭の隅々まで広がった。
「こちらへ」
促されるまま、一段高い檀上へとディーンと共に上ると、一層、視線が突き刺さる。
真っ直ぐの黒髪は、漸く二の腕に掛かる短さで、長い髪程、身分の高さを示すガルダ人女性からするとありえない。
小柄だが豊かな胸と引き締まったくびれを包むのは、最高級のドレス。
黒々と濡れたような瞳に、小振りな鼻と唇は、異国情緒を漂わせている。
化粧の仕方が、ガルダのものと異なるせいもあるだろうか。
顔立ちの幼さと肉体の成熟具合が、ガルダ人から見るとアンバランスで、妙に目を惹いた。
「彼女は、ニーナ。先日、二百五十七年振りにガルダ王国を訪れた落ち人だ」
『落ち人』の言葉に、ざわり、と空気が揺れた。
落ち人とはそれだけ、この世界の人々にとって特別な存在だ。
「現在は、ガルダ語の習得と、こちらの世界の常識を学んでいる。身の安全の確保の為、後宮で暮らしている故、その旨、了解しておいて欲しい」
後宮に、ヒースかディーンの寵愛する女性がいる、との噂を聞いていた未婚の令嬢達が、安心したような顔をした。
なるほど、言葉も習慣も判らない少女では、手厚い保護を必要とするだろう、と胸を撫で下ろした所で、
「ガルダ人よりも小柄だが、国元では成人している。その為、保護者は不要、後見はジェラルディンが行う」
ヒースが言葉を継ぎ、ざわめきが大きくなった。
「ニーナ、こちらへ」
「はい」
ヒースに名を呼ばれ、ニーナはディーンの傍を離れて、打ち合わせ通り、壇上の中央に立った。
多くの視線を受けながらも、ニーナは臆する事なく、堂々とした姿を見せている。
会社のプレゼンで、対抗部署の面々から重箱の隅を突くような攻撃を受けた時を思えば、実害はない。
「ガルダ王国の皆様、はじめまして。ニーナと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
何度も練習した口上を少したどたどしい発音ですると、ぴんと伸びた背筋で綺麗な礼をした。
膝を真っ直ぐに伸ばしたまま、腰から上半身のみを前に倒して頭頂部を見せる礼は、ガルダの作法とは異なるが、全く無礼には見えない。
これは、彼女の国での礼儀なのだろう、と、誰もが納得する。
「先程も話したように、ニーナはガルダ語を学んでいる最中だ。彼女に用件がある者は、彼女の世話役を通すように」
無事にお披露目を終えたニーナは、ディーンに肩を抱いて連れられるがまま、国の重鎮達に挨拶をしていた。
腰ではなく肩を抱くのは身長差がある為なのだが、ディーンの腕の中にすっぽりと収まっているニーナを、羨ましそうに令嬢達の視線が追う。
挨拶と言っても話すのはディーンだけで、ニーナはディーンの横で微笑みながら立っているだけだ。
「ジェラルディン殿下、大変申し訳ないのですが、少々お耳をお借りしたく」
「あぁ、判った。ウルヴス、ニーナについていてくれ」
「はい」
声を掛けられたディーンから、ニーナはウルヴスと共に離れる。
ディーンにはライオネルがついているので、問題はない。
これで少し息を吐けるかと思いきや、ニーナがディーンと離れた途端に、挨拶を望む者が列を成した。
そのいずれもが見目の整った青年ばかり、と言う辺り、何とも目的が判りやすい。
彼等は、今日の園遊会で落ち人の存在が明かされる事を把握していた高位貴族達に、同伴されて来たのだ。
ディーンが後見につくと表明され、ぴったりと横に張り付いてエスコートする姿から、実際に相当お気に入りである事は傍目からも伺えるが、浮かれた所の全くないニーナの様子を見ていれば、相思相愛と言うわけでもなさそうだ、と判断できる。
ならば、幾らでも付け入る隙があるだろう。
落ち人は、国の身分制度の枠組みの外に立つ存在。
ニーナ自身がディーン以外の男性を望めば、それを拒む権利は幾ら後見人と言えども、ない。
彼等の欲を隠しきれないギラギラした視線に、色恋沙汰で引き込もうと言う思惑に気づいたニーナは、表面上はにこやかに微笑んで挨拶を受けつつ、内心では面倒臭がっていた。
事前に聞いてはいたものの、落ち人の持つ知識は、彼等にとって余程、価値があるのだろう。
現状、ニーナは落ち人と認定されただけで、どれ程の知識を有しているのか全く不明だと言うのに、これだ。
ニーナ自身は、自分に落ち人としてそこまでの価値があるとは思っていないから、余計に困惑してしまう。
「ウルヴス、疲れた」
挨拶の切れ間にそう小声で告げると、ウルヴスは心得たように、
「では、天幕に戻りましょうか」
ニーナを王族の為の天幕へと誘導する。
落胆の声が背後に聞こえたけれど、振り返る気はない。
天幕に入り、人目がなくなった事で、ニーナは大きな溜息を吐いた。
「ニーナ様、お疲れ様です」
「ほんと、疲れた」
大きな椅子に埋もれるように深く腰を下ろしてもう一度溜息を吐くニーナに、ウルヴスは苦笑しながら、飲み物を手渡す。
「ジェラルディン殿下のお気に入り、と言う話はそれとなく広まっている筈なのですが、あわよくば、と言う事でしょうね。見事に社交界の注目株ばかりで、いっそ笑えます」
「あの人達、ガルダで、人気ある?」
「えぇ、そうですね。主にご令嬢方の人気、と言う意味で、ですが」
つまりは、外見が整っている、と言う事だ。
美の基準は、こちらの世界もあちらの世界も大差ないようだ、と、ニーナは頷く。
「どうでしたか?」
「何が?」
「ニーナ様のお好みの男性はいましたか?」
揶揄うようなウルヴスの声に、ニーナは眉を顰めた。
「あの人達より、ウルヴス、ライオネル、綺麗」
「綺麗…」
「ディーン、ヒース、もっと綺麗」
「綺麗…あの、ニーナ様、そこは是非とも、『格好いい』と言って頂けると、男として嬉しいのですが」
「カッコイ?」
「『格好いい』ですよ。男性の容姿に対する誉め言葉です」
「そう。ウルヴス、格好いい」
「…あ、有難う、ございます」
いっそ無邪気な位に衒いなく褒められて、ウルヴスの耳が赤くなった。
貴族としては珍しい位に魔力量の少ないウルヴスだけれど、侯爵家嫡男の王宮勤め、見目の良い彼にアピールしてくる女性は多い。
だから、女性に外見を褒められる事には、慣れている。
なのに、彼女達の媚びを含んだ視線や熱の籠った声音と全く違う、淡々と事実だけを述べるようなニーナの言葉に、自分でも驚く程に動揺する。
どき、と、心のどこかが動いた音がした。
「えぇ、と、改めてお伺いしますが、ニーナ様は、心惹かれた男性はいらっしゃいませんでしたか?一応、安全の為、身元の調査をさせて頂きたいのですが」
コホン、と咳ばらいを一つして尋ねるウルヴスに、ニーナは首を傾げる。
「外見格好いい、何の意味ある?」
「…え」
見目整った外見と、その容姿の人畜無害な見せ掛けを心置きなく発揮した腹黒男。それが、ウルヴスだ。
そのウルヴスを前に、外見に意味はない、とニーナは断言した。
「あの人達、私、知らない。私、あの人達、知らない。好き、ならない」
ガルダ王国に限らず、この世界では、貴族階級の結婚は基本的に男性からの求婚で決まる。
女性にできるのは、意中の男性に目を留めて貰えるよう振る舞う事のみ。
求婚されて、家長がそれを受け入れれば、女性本人の意思とは関係なく決まってしまうものだ。
その点、ニーナは落ち人と言う特殊な立場の為、結婚は彼女自身の意思に委ねる、とヒースが宣言しているし、後見人であるディーンも、ニーナの気持ちを尊重する、としている。
落ち人を婚姻で囲い込みたい人々は多い、とこれまで何度も話をしておいたウルヴスからすれば、決定権を持つのだから、ニーナは自分好みの男性に早速目をつけるかと思ったのだが。
何しろ、ウルヴスの勘によれば、ガルダ人女性と比べてニーナは恋愛経験が多い。
恋愛に初心であったり、異性との接触に躊躇したりするようには見えない。
「…では、もしや、ジェラルディン殿下を…?」
他国では、落ち人を囲い込む為に王族と婚姻させる例も少なくない。
一つの選択肢では、ある。
ディーン自身、ニーナへの好意を隠してはいないのだから。
けれど、恋愛経験のある――恐らくは肉体的な経験も――ニーナを、敵の多い王族の配偶者にするリスクを考える。
恐らく、ディーンが気にする事はないだろうが、ニーナの瑕疵として突いて来る者がいないとも限らない。
ならば、王族の側近として、タイトリー侯爵家の嫡男として、相応の地位にあるウルヴスの方が、ニーナにとってもいいのでは。
高位貴族の嫡男に生まれながらも魔力の少なさで苦労をして来たから、生まれ育った世界と異なる場所で生きて行かねばならなくなったニーナの心に寄り添う事ができるのではないか。
己の中に浮かんだ突拍子もない思い付きに躊躇を持ちつつ問うと、ニーナは不快そうに眉を顰めた。
「私、結婚、しない」
「え、ですが」
「私、一人、いい」
「あ、の…もしや、お国元に恋人がいらっしゃった…?」
「……」
頬を強張らせたニーナを見て、ウルヴスは内心、舌打ちをする。
ニーナは成人女性だと、自ら主張した。
恋愛経験があるだろう、と判断したのは、ウルヴスの勘だ。
落ち人は自ら望んでこちらの世界に落ちたわけではなく、突然に連れて来られたのだ。
家族は居ない天涯孤独と聞いていたから勝手に安心していたが、彼女は一言も、恋人がいないとは言っていなかった。
「…恋人、いない」
「本当ですか?」
恋人がいない、と聞いて、ウルヴスの胸に湧き上がったのは、確かに歓喜だった。
「うん」
うん、と言いつつも、ニーナの頬は強張ったままだった。
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