【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第9章 王都に張り巡らされた策略

貴賓室での謁見(1)

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 王城周辺の調査をしたり、仲間たちと打ち合わせたり、夜にはダンスやマナーの練習をしたりと、めまぐるしい毎日を過ごすうちに、五日などあっという間にすぎた。

「こちらでお待ちください」

 正装したラヴェラルタ一家は、大きな扉の両側を護衛が守る王城の一室に通された。
 中は超豪華な応接室といった雰囲気だ。

「あれ? 謁見の間じゃないの?」

 マルティーヌは疑問に思う。
 ベレニスの記憶から、王族に召喚されたら謁見の間で会うものだと思っていた。

「おや。謁見の間なんてよく知っていたな。ここは貴賓室と呼ばれる部屋だよ。国王陛下がお会いになるときは謁見の間を使うのだが、いくら国王代理でも王太子は王座に座れないから、別の場所を使うんだ」

 父親が説明するとオリヴィエが緊張した顔で言う。

「ここは本来、他国の王族らを迎える時に使う部屋だ。自国の貴族に使うことはないから、最上級の扱いだよ。俺もこの部屋に入るのは初めてだ」
「へぇ……」

 敷き詰められた毛足の長いえんじ色の絨毯は、靴のヒールが埋もれるほど。
 大きな窓には、たっぷりのドレープが寄せられた同じ色のカーテン。
 部屋の中央には繊細な細工が施された金色のテーブルが配置され、その周囲に数人がけのソファが二つと一人がけのソファが一つ置かれている。
 高い天井から吊るされたシャンデリアや壁に掛かる絵画、調度品や柱の彫刻など、これでもかというほどに贅が尽くされている。

 さすが王城。
 すごいな……。

 この際だからと、あたりを見回していると、奥の扉の向こうに人の気配がした。

「アダラール王太子殿下がお出ましになられました」

 その声で、当主と息子たちは左肩あたりに右手を置いて顔を伏せ、妻と娘はドレスの裾を持ち上げて膝を折る。
 数人が部屋に入ってくるが、まだ顔を上げてはならないから、王太子がどんな人物なのかは分からない。

 感じ取れる魔力の気配は三つ。
 うち、後方に感じる魔力がヴィルジールだ。
 マルティーヌは、よく知った魔力に少しほっとした。

「ラヴェラルタ辺境伯グラシアン卿。よくぞ参られた」

 若いが威厳のある落ち着いた声に、父親がかしこまる。

「アダラール王太子殿下、この度はお目通り叶いましたこと恐悦至極に存じます」

 近づいてきた気配が正面に止まった。

「堅苦しい挨拶は必要ない。今日は呼び立ててすまなかったね。そういえば、辺境伯と会うのは二十年ぶりぐらいか。ご子息のオリヴィエやセレスタンとは、王都で会う機会もあったが……」

 名前を挙げられ、兄二人も形式通りに挨拶する。

「して、そちらのお美しい貴婦人方は?」
「これは大変失礼いたしました。これは、私の妻のジョルジーヌ。そしてその隣が娘のマルティーヌでございます」

 当主の紹介の後、まず母親が名乗り、マルティーヌの番となった。

 大丈夫。
 これは何度も練習したんだから。

 深く膝を折り頭を下げたまま、台本通りの言葉を口にする。

「お……お初にお目にかかります。ラヴェラルタ辺境伯が娘、マルティーヌにございます。この度、は、このような場にお招きいただき光栄に思います。え……と、また、舞踏会にご招待いただき、大変ありがたく存じます」

 少し言葉につかえる箇所があったが、この程度ならご愛嬌。
 「社交に慣れていないから」で許されるレベルだろう。
 前に立つ男の雰囲気も柔らかくなった……気がする。

「療養中のところ無理を言ってしまったが、招待に応じてくれて嬉しいよ、マルティーヌ嬢。ヴィルジールから聞いていた通り、『ラヴェラルタの秘された花』との噂は真であったな。どんな秘境にも、いや、おそらく神々が住まう天上にすら、そなたほど清楚ながらも艶やかな花は咲かぬであろう」

 げ……。

 確かにこの人は、ヴィルジール殿下と血が繋がった兄弟だわ。
 神が住まうだとか、弟より壮大な世界観の褒め言葉をさらっと言うなんて、もしかすると、こんな言葉遣いにも王族の序列がある……とか?

 だいたいこの人、まだ、わたしの顔をちゃんと見てないよね?
 なのに、あんなに褒めちぎるなんて胡散臭いったらないわ!

 不敬なことを考えながら肩を丸めて小さくなっていると、王太子は自分を前に萎縮しているのだと誤解する。

「そんなに畏まらなくていいよ。顔を上げてくれないか」

 気さくな言葉に、マルティーヌはようやく顔を上げた。
 そこで初めて、王太子の顔を見た。

 彼の背後には弟のヴィルジールが立っており、その隣に宰相と思われる風格のある年長の男が一人いた。

 兄弟は年齢が十歳離れていると聞いていたが、こうして比べてみると、顔立ちがよく似ている。
 ヴィルジールが年齢を重ねたらこんな感じになりそうだ。
 身長や体格もさほど変わらず、瞳の色も同じ。
 違うのは、背中の中ほどまで伸ばされた髪が、弟より金色に近い点だけだ。

 彼の全身から放たれている魔力は、ヴィルジールよりやや強く感じるが、実際には僅かしかない魔力をかき集めてまとっているのだという。
 見た目では分からないが、この点も、相応の魔力を持つ弟と違う。

「ああ、やはり、美しい。マルティーヌ嬢が此度の舞踏会でいちばん注目を集めるであろうな」

 王太子の瞳が細められ、口元がわずかに緩んだ。
 しかし、長いまつ毛の奥の緑の色は冷ややかで、口元も形だけ。
 王族特有の、感情が分からない見せかけだけの微笑だ。
 おそらく、先ほどマルティーヌに最大級の賛辞を贈った時も、こんな笑みを見せていたのだろう。

 王族ってのはこれだから信じられない。

 マルティーヌは古い記憶の中のおぞましい王を思い出し、背筋がぞわりとした。

「さあ、かけてくれたまえ」

 王太子はそう言って、一人がけのソファに腰を下ろした。
 ヴィルジールと宰相の席はなく、王太子の後ろに並んで立っている。

 ラヴェラルタ家は二つのソファに分かれて腰を下ろした。
 テーブルの角を挟んで王太子と斜め向かいとなるソファに、当主と二人の息子。
 もう一つのソファにマルティーヌと母親が座った。
 不自然なソファの配置のせいで、マルティーヌは必然的に王太子の真正面に座ることになってしまった。

 やだなぁ。
 なんだか、監視されているみたい。

 あまりの居心地の悪さに、マルティーヌはテーブルの縁に彫り込まれた蔦の模様を目でなぞって気を紛らわせる。

 王太子は「そこの……」と、背後のヴィルジールにちらりと見てから、辺境伯に目を向けた。

「第四王子の病気療養では、ラヴェラルタ家に長い間世話になった。その前の、かの王子が巻き込まれた街道の事件でも、貴殿の騎士団が尽力したと聞いている。陛下に代わって礼を言おう」
「ありがたきお言葉にございます」
「王子の滞在にかかった費用と謝意をここに用意してある。受け取られよ」

 王太子が尊大に言うと、彼の背後から宰相が進み出てきた。
 手には金細工があしらわれた黒い小箱。
 中に金貨が入っているはずだ。

 王太子の謝意は形式的で、褒美さえ渡しておけば良いという傲慢さが見え隠れする。
 マルティーヌは王族への嫌悪感に胸がむかむかしてきた。

 辺境伯が「謹んでお受けいたします」と立ち上がり、恭しく箱を受け取った。
 箱が予想以上に重かったらしく、彼の手が少し下がる。
 それを見た王太子の唇の端が、僅かに上がった。
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