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第十四夜:富岡トメ
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気がつくと中華料理屋の前に立っていた。ああ……あの中華料理屋だ。
俺は死んだのだろうか? 死んだのなら、親兄弟が現れるのが普通だろ。なんで、よりにもよって炎の魔女の中華料理屋なんだか。苦笑した。
立っていても仕方ないから、暖簾をくぐって店に入った。
調理場に女が背を向けて立っていた。「いらっしゃいませ」の言葉はない。遠い昔に一度見ただけなのに、なぜか炎の魔女・富岡トメだとわかった。
「注文は?」トメが言った。
「あ……ああ、チャーハンをください」
自然とそう言っていた。すぐに言葉が出なかったのは、久しぶりの人間の体だからだろうか?
「あいよ」トメが答え、チャーハンを作り始めた。
トメがチャーハンを作るのを見ていた。鮮やかな鍋捌き。もちろん火を恐れてなんていない。それを見ていたら、自然と唇を噛んで、視線を落としていた。
「おまちどおさま」そう言って、トメが俺の前にチャーハンを置いた。「おまけで大盛にしておいたよ」
何十年ぶりに見たトメの顔だ。遺影とは違う、あの日の顔。
「いただきます」
そう言って、チャーハンを一口食べた。数十年ぶりに感じた味。涙が出てきた。夢中で食べた。
「どうだい、私のチャーハンは?」
声がしたので顔を上げると、トメが唇の片側を持ち上げて俺を見ていた。
「美味しいです」おずおずと答えた。
「そうだろ」
そう言うと、トメはチャーハンを食べ続ける俺を見ていた。
「本当はね、死ぬ前にあんたにかけた呪いは解くつもりだったんだ。だけど、日々の忙しさとか、孫の世話とかで忘れちゃった。歳は取りたくないね」
それだけ言ってトメは黙った。沈黙が流れた。
「――あの、他には?」
「何が?」
一言くらい謝れよ! このクソ婆!
「ごちそうさまでした」食べ終わったので言った。
「おそまつさまでした。味は?」
「美味しかったです。あの時も、本当は美味しいと思ってました。だけど、仕事で嫌なことがあって……あんたに八つ当たりしてしまいました。すみませんでした」頭を下げた。
「そうかい。あんたも大変だったんだね」たいして興味もない風にトメは言った。
「あの、なんであんなに怒ったんですか?」ずっと気になっていたことを尋ねた。
「ん?」トメが俺を見た。「一つは炎の魔女である私の火の扱いに、お前ごときガキがケチをつけたからだよ」
「すみません」また頭を下げた。「俺、溶接工だったんです」
「へー」トメは少し関心を持ったようだった。
「毎日熱い火の前で仕事していて、男ばっかの世界で……なんか、あんたを下に見てた」
「ふーん。もっと許せなかったのはね、あんたがチャーハンの味を馬鹿にしたことだ」
トメが俺の目を見た。はっきりと怒りが見えた。
「この味は、旦那と作り上げたものだからね」
トメと目を合わせてられず、下を向いて口を開いた。
「旦那さん、戦死したとか」
「知ってたのかい」
「ええ、噂で」
トメは小さくため息をついた。
「生きて帰ってくると思ってたんだけどね」
それだけ言って、トメは黙った。
少し間を置いて、もう一つ気になっていたことを尋ねるために口を開いた。
「“伝説の魔女”なんて言われるほどの魔導士なのに、なんで中華料理屋なんてやってたんですか?」
トメは自嘲するように笑ってから口を開いた。
「そんなもの役に立たない時代になったと思ったからさ。空を埋め尽くす戦闘機。降り注ぐ焼夷弾。街を消し飛ばす核爆弾。炎の魔女なんて呼ばれても、何の力にもならない」
トメは一度長く息を吐いた。
「私がいれば、旦那を死なせずに済んだのでは、なんて考えたこともあったが、私がいても結果は変わらなかっただろう」
「そう……ですか」
それだけ言った。俺は幼かったから、戦争の直接的な記憶はあまりない。だけど、トメの言っていることは理解できた。
「さて、腹は膨れただろ?」
「ええ、満腹です」
そういえば、人間だったときに最後に食べたのも、トメのチャーハンだった。
「たいして役に立たない力だけど、可愛い妹の孫娘を助けるくらいはできる」
「え?」意味がわからなかった。
「お前と一緒にいたデブ猫いるだろ?」
「漱石ですか?」
「ずいぶん立派な名前だね」トメは呆れたように言った。
「俺もそう思います」
少しだけ一緒に笑った。
「あの猫は、魂の依代になれる特異体質だ。あの猫に私が憑依する」
「それで、真壁を倒せるんですか?」
「ああ。だが、私だけじゃだめだ。猫の魂は小さいから、十分な威力の魔法を使えない。だから正男、お前の魂が必要だ」トメが俺を指さしながら言った。
「一緒にほたるを助けてくれるかい?」トメがニヤリと笑った。
「もちろん!」立ち上がりながら言った。
――気がつくと、中華料理屋ではなく、マカベ・バイオテックのビルの廊下で倒れていた。
ゆっくりと身体を起こした。
息をしていることに気づいた。
両手を見て、握ったり開いたりした。
――身体がある。
呪いが解けたんだ!
じんわりと喜びが湧き上がってきた。
「そこに作業着があるね。着替えな」
トメの声でハッとした。
そうだ。こんなことをしている場合じゃない。ほたるを助けにいかないと。
自分を見た。呪いをかけられたときに着ていた寝間着姿で裸足だ。これでは動きづらい。トメに言われた通り、急いで作業着を着、靴を履いた。――久しぶりの肌の感触だ。
「よし、行こう!」気合いを入れた。
天井のライトが、身体を取り戻した俺と猫の影を壁に映し出していた。
* * *
「ヒィィィィーー!」
情けない声を上げながら、マカベ・バイオテックのビル内を逃げ回っていた。
正義とか怒りとかあったのに、すっかり消えてしまった。だって仕方ないじゃん!
『君には私の子供を産んでもらう』
思い出したらまた全身に鳥肌が立った。
無理だって! 無理だって! 無理だって!
怖い! 怖い! 怖い!
あんなに気持ち悪い人、生まれて初めてだって!
やみくもに逃げ回ってるけど、真壁に先回りされる。これ、ホラームービーだよ。
わかってますよ。ここ、あの人の会社のビルだから、監視カメラで見つかっちゃうんでしょ? おまけにあの人魔導士だから、魔法なんかも使えちゃうんでしょ?
でも、私にどうしろっていうんですか?
逃げるしかないじゃない!
そう思って逃げ回っているけど、息が苦しい。たぶんもうじき逃げられなくなる。
そうなったら私はどうなるのだろう?
何をされるのだろう?
涙が出てきた。
そんなことを考えていたら、前方の壁が崩れた。急ブレーキしながら、両腕で身体をかばった。
おそるおそる前方を確認したら、炎を纏った虎みたいなのがいた。真壁の魔法かなんかだろうか?
わからないけど――詰んだ。
気絶して現実から逃げようと思ったが、都合よく気絶できなかった。
虎みたいなのを見たら、上に人が乗っていた。なぜか両の手のひらを合わせている。私のために祈ってくれているのだろうか?
いや、そうじゃない、あの人は――正男さんだ!
虎がするすると小さくなり、猫になった。猫というか、
「漱石!」
私は叫んだ。
* * *
「大丈夫か、ほたる?」涙目のほたるに聞いた。
「正男さん……無事だったんですね?」ほたるはぽろぽろ泣き出した。
「ああ、お前のおかげでな」
「正男、もう一度言っておくが、両の手のひらは合わせたままだ。お前がやることはそれだけ。目が潰れようが、脚がもげようが構わないが、両腕は失うな」トメが言った。
「わかってる!」勇ましく答えたが、怖いこと言う婆さんだな、と思った。
「え? 漱石がしゃべった!」ほたるが目を丸くした。
「漱石だけど、今は中に炎の魔女・富岡トメが入ってる」ほたるに教えた。
「トメさんが! あの、はじめまして。私はトメさんの妹の――」
「知ってる。今はそれどころじゃない」トメがほたるの言葉を遮った。
「ほたる、無事か? 何もされてないか?」ほたるに尋ねた。
「うん、今のところは」ほたるが俺を見た。また泣き出した。
「今のところは?」
「私に子供産ませる、って言われた」ほたるは本格的に泣き出した。
「うげ! それは気持ち悪いな」
「すごい魔力だ。何者だい?」通路の奥から真壁が姿を現した。
「ほたる、お前は避難してな」
トメがそう言うと、ほたるを一瞬炎が包んだ。炎が消えると、ほたるは赤いシャボン玉のようなものに包まれていた。赤いシャボン玉は、俺たちが開けた穴から外へと飛んで行った。トメの魔法だ。ほたるは安全なところに運ばれるだろう。
漱石に憑依したトメが真壁に向き直った。
「富岡トメだ」
それを聞いた真壁の顔に一瞬驚愕が浮かんだが、すぐにそれは不敵な表情に変わった。
「これはこれは。伝説の魔女に会えるとは光栄だ」
「妹の孫娘に汚い手で触ろうとしたらしいな?」トメの言葉に怒気を感じた。
「それがなにか?」真壁は涼しい表情だ。
「消えろ、青二才が!」トメの怒声とともに、俺の中を何かが流れた。軽い疲労を感じた。そして、真壁に向かって巨大な火球が飛んでいった。
真壁は腕をクロスした。火球は真壁に当たったが、真壁と火球の間に層ができていた。バリアーみたいだ。
真壁は火球の威力で後方に吹っ飛んでいったが、俺は真壁の表情に危機感がまるでなかったのを見た。
炎が爆散した。
俺とトメは燃え上がる炎を見ていたが、その中から真壁がほとんど無傷で歩いてきた。
「おかしいね。お前ごときなら、今ので十分なはずなんだが」
トメが言った。言葉に反して、動揺は感じられなかった。
真壁が背広を軽くはたいてから口を開いた。
「古い常識で判断しないで欲しいな」馬鹿にするように笑った。「才能だけに頼る古い魔導士とは違うんだよ」
真壁を観察していたトメが口を開いた。
「背広の下に、増幅器みたいなものを着こんでるね?」
「ご名答。さすが炎の魔女。ここまで薄型にするのは苦労したよ」真壁が薄く笑った。
「この建物自体にも仕掛けがありそうだ」トメが周囲の壁に目を走らせた。
「個の限界というものもわきまえているのでね」真壁とトメの視線がぶつかった。
「魔法と科学の融合。これこそが私の研究成果だ。才能だけに頼る古き時代の魔女。滅びるがいい!」真壁が敵意をむき出しにしてきた。
「トメ、大丈夫か? やれるか?」
トメを見て聞いた。トメはため息をついたみたいだった。猫だから、表情がよくわからなかった。
「なんか……三下の涙ぐましい努力だな、って思って」うんざりしたような声だった。
「フッ、好きに言いたまえ」
真壁が魔法を発動した。
空間に流れのようなものを感じた。
俺でもトメの魔法とは何かが違うとわかった。
俺は死んだのだろうか? 死んだのなら、親兄弟が現れるのが普通だろ。なんで、よりにもよって炎の魔女の中華料理屋なんだか。苦笑した。
立っていても仕方ないから、暖簾をくぐって店に入った。
調理場に女が背を向けて立っていた。「いらっしゃいませ」の言葉はない。遠い昔に一度見ただけなのに、なぜか炎の魔女・富岡トメだとわかった。
「注文は?」トメが言った。
「あ……ああ、チャーハンをください」
自然とそう言っていた。すぐに言葉が出なかったのは、久しぶりの人間の体だからだろうか?
「あいよ」トメが答え、チャーハンを作り始めた。
トメがチャーハンを作るのを見ていた。鮮やかな鍋捌き。もちろん火を恐れてなんていない。それを見ていたら、自然と唇を噛んで、視線を落としていた。
「おまちどおさま」そう言って、トメが俺の前にチャーハンを置いた。「おまけで大盛にしておいたよ」
何十年ぶりに見たトメの顔だ。遺影とは違う、あの日の顔。
「いただきます」
そう言って、チャーハンを一口食べた。数十年ぶりに感じた味。涙が出てきた。夢中で食べた。
「どうだい、私のチャーハンは?」
声がしたので顔を上げると、トメが唇の片側を持ち上げて俺を見ていた。
「美味しいです」おずおずと答えた。
「そうだろ」
そう言うと、トメはチャーハンを食べ続ける俺を見ていた。
「本当はね、死ぬ前にあんたにかけた呪いは解くつもりだったんだ。だけど、日々の忙しさとか、孫の世話とかで忘れちゃった。歳は取りたくないね」
それだけ言ってトメは黙った。沈黙が流れた。
「――あの、他には?」
「何が?」
一言くらい謝れよ! このクソ婆!
「ごちそうさまでした」食べ終わったので言った。
「おそまつさまでした。味は?」
「美味しかったです。あの時も、本当は美味しいと思ってました。だけど、仕事で嫌なことがあって……あんたに八つ当たりしてしまいました。すみませんでした」頭を下げた。
「そうかい。あんたも大変だったんだね」たいして興味もない風にトメは言った。
「あの、なんであんなに怒ったんですか?」ずっと気になっていたことを尋ねた。
「ん?」トメが俺を見た。「一つは炎の魔女である私の火の扱いに、お前ごときガキがケチをつけたからだよ」
「すみません」また頭を下げた。「俺、溶接工だったんです」
「へー」トメは少し関心を持ったようだった。
「毎日熱い火の前で仕事していて、男ばっかの世界で……なんか、あんたを下に見てた」
「ふーん。もっと許せなかったのはね、あんたがチャーハンの味を馬鹿にしたことだ」
トメが俺の目を見た。はっきりと怒りが見えた。
「この味は、旦那と作り上げたものだからね」
トメと目を合わせてられず、下を向いて口を開いた。
「旦那さん、戦死したとか」
「知ってたのかい」
「ええ、噂で」
トメは小さくため息をついた。
「生きて帰ってくると思ってたんだけどね」
それだけ言って、トメは黙った。
少し間を置いて、もう一つ気になっていたことを尋ねるために口を開いた。
「“伝説の魔女”なんて言われるほどの魔導士なのに、なんで中華料理屋なんてやってたんですか?」
トメは自嘲するように笑ってから口を開いた。
「そんなもの役に立たない時代になったと思ったからさ。空を埋め尽くす戦闘機。降り注ぐ焼夷弾。街を消し飛ばす核爆弾。炎の魔女なんて呼ばれても、何の力にもならない」
トメは一度長く息を吐いた。
「私がいれば、旦那を死なせずに済んだのでは、なんて考えたこともあったが、私がいても結果は変わらなかっただろう」
「そう……ですか」
それだけ言った。俺は幼かったから、戦争の直接的な記憶はあまりない。だけど、トメの言っていることは理解できた。
「さて、腹は膨れただろ?」
「ええ、満腹です」
そういえば、人間だったときに最後に食べたのも、トメのチャーハンだった。
「たいして役に立たない力だけど、可愛い妹の孫娘を助けるくらいはできる」
「え?」意味がわからなかった。
「お前と一緒にいたデブ猫いるだろ?」
「漱石ですか?」
「ずいぶん立派な名前だね」トメは呆れたように言った。
「俺もそう思います」
少しだけ一緒に笑った。
「あの猫は、魂の依代になれる特異体質だ。あの猫に私が憑依する」
「それで、真壁を倒せるんですか?」
「ああ。だが、私だけじゃだめだ。猫の魂は小さいから、十分な威力の魔法を使えない。だから正男、お前の魂が必要だ」トメが俺を指さしながら言った。
「一緒にほたるを助けてくれるかい?」トメがニヤリと笑った。
「もちろん!」立ち上がりながら言った。
――気がつくと、中華料理屋ではなく、マカベ・バイオテックのビルの廊下で倒れていた。
ゆっくりと身体を起こした。
息をしていることに気づいた。
両手を見て、握ったり開いたりした。
――身体がある。
呪いが解けたんだ!
じんわりと喜びが湧き上がってきた。
「そこに作業着があるね。着替えな」
トメの声でハッとした。
そうだ。こんなことをしている場合じゃない。ほたるを助けにいかないと。
自分を見た。呪いをかけられたときに着ていた寝間着姿で裸足だ。これでは動きづらい。トメに言われた通り、急いで作業着を着、靴を履いた。――久しぶりの肌の感触だ。
「よし、行こう!」気合いを入れた。
天井のライトが、身体を取り戻した俺と猫の影を壁に映し出していた。
* * *
「ヒィィィィーー!」
情けない声を上げながら、マカベ・バイオテックのビル内を逃げ回っていた。
正義とか怒りとかあったのに、すっかり消えてしまった。だって仕方ないじゃん!
『君には私の子供を産んでもらう』
思い出したらまた全身に鳥肌が立った。
無理だって! 無理だって! 無理だって!
怖い! 怖い! 怖い!
あんなに気持ち悪い人、生まれて初めてだって!
やみくもに逃げ回ってるけど、真壁に先回りされる。これ、ホラームービーだよ。
わかってますよ。ここ、あの人の会社のビルだから、監視カメラで見つかっちゃうんでしょ? おまけにあの人魔導士だから、魔法なんかも使えちゃうんでしょ?
でも、私にどうしろっていうんですか?
逃げるしかないじゃない!
そう思って逃げ回っているけど、息が苦しい。たぶんもうじき逃げられなくなる。
そうなったら私はどうなるのだろう?
何をされるのだろう?
涙が出てきた。
そんなことを考えていたら、前方の壁が崩れた。急ブレーキしながら、両腕で身体をかばった。
おそるおそる前方を確認したら、炎を纏った虎みたいなのがいた。真壁の魔法かなんかだろうか?
わからないけど――詰んだ。
気絶して現実から逃げようと思ったが、都合よく気絶できなかった。
虎みたいなのを見たら、上に人が乗っていた。なぜか両の手のひらを合わせている。私のために祈ってくれているのだろうか?
いや、そうじゃない、あの人は――正男さんだ!
虎がするすると小さくなり、猫になった。猫というか、
「漱石!」
私は叫んだ。
* * *
「大丈夫か、ほたる?」涙目のほたるに聞いた。
「正男さん……無事だったんですね?」ほたるはぽろぽろ泣き出した。
「ああ、お前のおかげでな」
「正男、もう一度言っておくが、両の手のひらは合わせたままだ。お前がやることはそれだけ。目が潰れようが、脚がもげようが構わないが、両腕は失うな」トメが言った。
「わかってる!」勇ましく答えたが、怖いこと言う婆さんだな、と思った。
「え? 漱石がしゃべった!」ほたるが目を丸くした。
「漱石だけど、今は中に炎の魔女・富岡トメが入ってる」ほたるに教えた。
「トメさんが! あの、はじめまして。私はトメさんの妹の――」
「知ってる。今はそれどころじゃない」トメがほたるの言葉を遮った。
「ほたる、無事か? 何もされてないか?」ほたるに尋ねた。
「うん、今のところは」ほたるが俺を見た。また泣き出した。
「今のところは?」
「私に子供産ませる、って言われた」ほたるは本格的に泣き出した。
「うげ! それは気持ち悪いな」
「すごい魔力だ。何者だい?」通路の奥から真壁が姿を現した。
「ほたる、お前は避難してな」
トメがそう言うと、ほたるを一瞬炎が包んだ。炎が消えると、ほたるは赤いシャボン玉のようなものに包まれていた。赤いシャボン玉は、俺たちが開けた穴から外へと飛んで行った。トメの魔法だ。ほたるは安全なところに運ばれるだろう。
漱石に憑依したトメが真壁に向き直った。
「富岡トメだ」
それを聞いた真壁の顔に一瞬驚愕が浮かんだが、すぐにそれは不敵な表情に変わった。
「これはこれは。伝説の魔女に会えるとは光栄だ」
「妹の孫娘に汚い手で触ろうとしたらしいな?」トメの言葉に怒気を感じた。
「それがなにか?」真壁は涼しい表情だ。
「消えろ、青二才が!」トメの怒声とともに、俺の中を何かが流れた。軽い疲労を感じた。そして、真壁に向かって巨大な火球が飛んでいった。
真壁は腕をクロスした。火球は真壁に当たったが、真壁と火球の間に層ができていた。バリアーみたいだ。
真壁は火球の威力で後方に吹っ飛んでいったが、俺は真壁の表情に危機感がまるでなかったのを見た。
炎が爆散した。
俺とトメは燃え上がる炎を見ていたが、その中から真壁がほとんど無傷で歩いてきた。
「おかしいね。お前ごときなら、今ので十分なはずなんだが」
トメが言った。言葉に反して、動揺は感じられなかった。
真壁が背広を軽くはたいてから口を開いた。
「古い常識で判断しないで欲しいな」馬鹿にするように笑った。「才能だけに頼る古い魔導士とは違うんだよ」
真壁を観察していたトメが口を開いた。
「背広の下に、増幅器みたいなものを着こんでるね?」
「ご名答。さすが炎の魔女。ここまで薄型にするのは苦労したよ」真壁が薄く笑った。
「この建物自体にも仕掛けがありそうだ」トメが周囲の壁に目を走らせた。
「個の限界というものもわきまえているのでね」真壁とトメの視線がぶつかった。
「魔法と科学の融合。これこそが私の研究成果だ。才能だけに頼る古き時代の魔女。滅びるがいい!」真壁が敵意をむき出しにしてきた。
「トメ、大丈夫か? やれるか?」
トメを見て聞いた。トメはため息をついたみたいだった。猫だから、表情がよくわからなかった。
「なんか……三下の涙ぐましい努力だな、って思って」うんざりしたような声だった。
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