影の正男と月光の姫 ― 正しさが人を殺す世界を生きる姫 ―

冴月練

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第十五夜:決戦

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 真壁が突き出した手が光ったのはわかった。反射的に防御姿勢を取ろうとする身体を根性で抑え、手のひらを合わせたままの姿勢を維持した。
「雷の魔法だが、それだけじゃないね」トメが言った。
「科学も併せていると言ったろ? だが、簡単に防ぐ。さすがだ」真壁は感心したように言っているが、表情は涼しい。
 二人の会話からすると、トメが真壁の魔法を防いだようだ。俺には何が起きたのかさっぱりわからなかったが。俺にできることは、トメの足手まといにならないことだな。

 真壁が背広のポケットから何か取り出し、操作した。並んでいる水槽みたいなのがいくつか割れ、中に入れられていた人が出てきた。――生きてたのか。死んでると思っていた。
 そいつらが緩慢な動きでこちらに近づいてきた。ゾンビみたいだ。
「正男、その連中に近づくな、離れろ!」トメが怒鳴ってきた。
 よくわからないが、急いで後ずさって距離を取った。
 同時にそいつらが魔法を放ってきた。火だの氷だの色々飛んできたが、トメの炎が正確に撃ち落とした。

 トメの炎が当たったわけでもないのに、そいつらは膝から崩れ落ち、動かなくなった。
「こいつらに何をした?」トメが真壁を見て聞いた。
「魔法の才能の無い者に、魔法の才能を与えられないかと思ったんだ。残念ながら、無理だったが」真壁は苦笑いを浮かべた。
「だが、貴重なデータを得られた。次の研究に活かせる。彼らの死は決して無駄ではないし、無駄にはしない。未来の礎だ」崇高な決意でも述べているような面だ。

「高尚なこと言ってるが、やってることは人体実験じゃねえか!」胸糞悪い。
「99.99%の利益のために、0.01%を犠牲にするのは正しい行為だよ」真壁は真顔で答えた。
「それは、お前が痛くねえ側だから言えることだろ!」
「仕方ないだろ? 私は“できる側”の人間なのだから。私がやらなくては」
 当たり前のような顔で言いやがる。
「だが、影野正男。私は君を否定しないよ」
「あ?」
「君は戦時中に生まれたんだったよね? 私とは違う時代、環境で生きてきた君の価値観を私は尊重する」真壁が俺を見て言った。本当にそう思っているような顔だ。

「おい、トメ! あいつ、なんかムカつくぞ」真壁を見たまま言った。
「まあ、あいつの言ってることもわからんではないよ」
「何?」トメを見た。
「考え方なんて人の数ほどあるさ」
「そりゃそうだが」
「だから、こっちはこっちの考えでやればいいんだよ!」
 そう言うと、トメは魔法を発動した。

 細い炎が真壁に向かって走った。真壁は、今度は避けた。炎は真壁の横を通り過ぎ、通路の奥で爆発した。最初の攻撃とは段違いの威力だ。
 水槽が大量に割れ、中から人が出てきた。さっきと同じように魔法を放つ者もいれば、割と機敏に近づいてくる者もいた。
 真壁が背広の両ポケットから一枚ずつプレートを取り出すと、それがこっちに飛んできた。どういう原理だ?
 二枚のプレートはそれ自体が魔法を放ったり、真壁の魔法を反射したりした。ときどき真壁の手元に戻る。魔力補充かなんかだろう。
 トメは水槽から出てきた人間も、真壁とプレートの魔法も正確に炎で撃ち落としていく。水槽から出てきた人間はもう助からないとは思うが、それにしても躊躇いが無い。この婆さん、本当に怖いな。

 魔法が飛び交う中、俺は右往左往し、時折出されるトメの指示に従っていた。
 トメが魔法を使うたび、俺の中を何かが流れ、疲労が蓄積されていた。真壁は汗こそ流しているが、まだまだ余裕の表情だ。科学を使ったなんらかの方法で、力を補っているのだろう。持久戦になったら、こっちが不利かもしれない。



「正男! 両の手のひらは合わせたままだ。崩すな!」トメが怒鳴った。
「わかってる!」
 怒鳴り返してみたが、正直キツイ。
 反射的に手で身体を守ろうとするのは根性で抑えている。だが、トメの炎で俺の周りの空気が薄くなる瞬間がある。一瞬気が遠くなる。

 真壁を見た。野郎も気づいている。明らかに俺やトメに直撃しない魔法も撃ってきやがる。だが、俺の周りの空気やらなんやらが乱れる。野郎の薄ら笑いが腹立たしい。
 俺が崩れたら負けだ。何かないか? 何か?
 ――待てよ、アレが使えるんじゃ……。

 彼を真似て、腹に意識を集中した。よし、できてる!
 ズッキーニ式精力法!

 真壁が攻撃を止めた。
「気を練って身体を安定させたか。長く生きてきた中で得た知恵かい?」真壁が聞いてきた。
「そうだ! これはある男がどんな現場、相手でも勃……安定した仕事をするために編み出した技だ」
「ふーん、すごいじゃないか」
 真壁は涼しい顔をしているが、俺はその奥に苛立ちを感じ取った。
「真壁、自分の研究だけが優れてると思うな!」
 真壁の顔に嫌悪が現れた。自分の知らないものが怖いか?



 均衡が少しずつ崩れてきた。
 真壁の魔法の精度が少しずつ落ちていく。トメはそれを見逃さず、詰めていく。
「古き魔女が」額に汗を流し、顔を歪めた真壁がつぶやいた。
「そうやって馬鹿にするわりには、ずいぶんほたるにご執心じゃないか」
 トメが真壁を嘲るように言った。その間も魔法は途切れない。
「お前はわかってるんだ。私に勝てないって、ほたるに勝てないって! 劣等感が透けて見えるな、小僧!」トメが真壁を煽るように叫んだ。

 真壁の顔に初めて憎しみがはっきりと表れた。
「才能だけの旧時代の魔女に、私が負けるか!」
 真壁は叫び、両手がバチバチと強烈な音を立て始めた。スーツの下が発光している。増幅器を全開にしたのだろう。床も光り出した。光は真壁に集まっていく。真壁の奴、建物からエネルギーの供給を受けていたのか。どうりでタフなわけだ。
「トメ!」ヤバいと思い、トメに向かって叫んだ。
「正男、その技崩すな!」トメが叫び返してきた。
 俺はズッキーニ式精力法に意識を集中した。

 トメの足元が凍り、それは高速で真壁へと走った。
「なっ!」真壁が驚愕の表情を浮かべた。
 真壁の両手が一瞬で凍った。
 トメの依代の漱石が、全身の毛を逆立てた。
 俺でもとんでもない魔力だとわかった。ズッキーニ式精力法がなければ、失禁してただろう。

 業火が放たれ、真壁に直撃した。



* * *



「氷の魔法も使えたのか?」トメに聞いた。
「氷の魔女には到底及ばないが、あれくらいの低レベルならね」トメが答えた。
 トメは低レベルと言ったが、明らかに慧よりすごかった。伝説の魔女と呼ばれるだけのことはある。

 煙の中からよろよろと人が出てきた。
 真壁だ。あの業火を喰らってまだ生きてることに恐怖と感嘆の感情が同時に沸いてきた。
 だが、ひどい火傷だ。すぐに治療を受けても助かるかどうか……。

「さすがだな、炎の魔女」真壁が言った。ずいぶん弱々しい声だ。
「だが、私に負けは無い。私の思想を受け継いだ者たちが、私の正しさを証明する」
「“思想を受け継いだ者”って、慧たちのことか?」真壁に尋ねた。
「そうだ」真壁が俺を見た。
「逃がしていたのか?」意外だった。
「当然だろ? 彼らは貴重な資産だ。死なれてはたまらない」真壁が小さく笑った。
 どのタイミングかはわからないが、避難指示を出していたのだろう。考え方のブレなさには感心した。

「楽にしてやる」トメが魔法を発動しようとした。
「私はお前にも負けないよ」
 真壁が再び小さく笑った。だが、狂気じみた笑い方。嫌な予感がした。
 真壁は拳で胸元をドンと叩いた。微かだが、何かの作動音が聞こえた。
 トメの炎が真壁を飲み込んだ。

 トメの炎が治まったあと、真壁はまだ人の形を保っていた。
「正男、離れるよ」
 終わったと思ったのに、トメが少し焦ったような声で言った。トメが焦っているのは初めてではないだろうか?
 よくわからないが、トメと一緒に真壁から離れた。一瞬振り返って真壁を見たが、焼死体にしか見えなかった。だが、トメは急いで離れようとしている。意味がわからん。

 真壁から十分離れ、姿が見えなくなった頃に、背後から獣の声のようなものが聞こえてきた。
 立ち止まって振り返った。トメも同じようにしていた。
 突如、マカベ・バイオテックのビルの壁にひびが走った。
「正男、出るよ!」
 トメの魔法で壁を壊し、一緒にビルの外に出た。

 次の瞬間、巨大な化け物がビルを突き破って姿を現した。
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