地味悪役令嬢、破滅回避のために全力で透明になります

黒瀬ユカ

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淡い光を透かす香殿の天蓋、その下で響く魔力の鼓動。  
アニカ=フォン=ヴァレンティナの内奥で、古の紋章が再び震えを起こした。

「……っ!」

その反響は、空間そのものにさざ波を走らせた。  
結界が微かに歪み、香の濃度が一瞬だけ乱れる。

(今―いける!)

アニカは呼吸を整え、わずかに解けた結界の隙間から魔力を通す。  
再び自らを包む“沈黙の透明”。  
香を切り裂くようにして、その姿は霧の中へと溶けていった。

聖女の私室を抜け、廊下を走り抜け、学院の心臓部。講堂へ。  
追っ手の気配はすぐ後ろに迫っていたが、彼女の足は止まらない。

重たい礼拝扉をかろうじて開け、祭壇裏の影に身を潜めたその瞬間。

「逃げ足は、なかなかのものだな」

聞こえたのは、端正でよく響く声。  
振り向いた先にいたのは、王太子レオポルト。  
手には仮面こそないが、その顔には“完璧な政治家”の笑みが貼り付いていた。

「……やはり、君は“放っておける存在”ではなかった」

講堂の静寂が、逆に言葉の重さを強調する。

「君の魔法は危険だ。“沈黙”の力は、我々の演出を壊しかねない。  
あれを信じている民たちは、実に都合がいい。  
神託、断罪、信仰、正義、どれも王権の装飾品さ」

その微笑みは、まるで“本音を語る悦び”に浸っているかのようだった。

「神の声など、誰も聞いちゃいない。  
だが、“聞こえたふり”をすれば、誰も逆らえない。  
それが、正義のかたちというものだよ」

アニカの喉が熱くなる。  
胸に溜め込んできた沈黙が、怒りに溶けていく。

「……あなたの言葉は、信仰を道具にする暴力ですわ」

「そうかもしれない。けれど、暴力は形を変えれば秩序にもなる」

「……ならば、私は抗います」

その言葉は、はじめて“沈黙”を破る明確な意志の表明だった。

「あなたが語る“正義の仮面”を粉々に砕くまで、わたくしは沈黙しません」

レオポルトの目が、わずかに細められる。

「ずいぶん、変わったな。……透明だった君が、ずいぶん鮮明になった」

「ええ。  
透明だからこそ、見えたものがあります。  
それは、あなた方が“見せたくなかった真実”ですわ」

その瞬間、講堂に満ちる空気が変わった。  
アニカの物語は、ただの観測者では終わらない。

彼女は今、権力という名の仮面に挑む“挑戦者”となったのだった。
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