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第21話
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『先日の爬虫類バッグの報告書をまとめたので、目通り願います。書類は事務所に取りに来てください。』
至ってビジネス的なメールだが、雛実は足がすくむ思いだ。
細川のデスクに行かなくてはダメなのか?忙しい細川のことだ。誰かに呼び出されている、あるいは誰かが話をしに来ている、の可能性もあるだろう。
(まあ、大丈夫か……。)
雛実は危機感を感じながらも細川のデスクに向かった。
そして見えたその景色に、愕然とした。
細川しかいない。
課長も、事務の女性も、なんなら外商も。
パーテーションで仕切った通りの反対側は、広報部や総務の人達が着席しているが、皆自分の仕事に集中している。そりゃそうだ。残業がかかっている時間帯なのだ。
「あぁ、雛実ちゃん、来てたんだね。こっちだよ。」
「あ、はい……。」
雛実に気づいた細川が、手招きして自分のテリトリーに入れ込む。
一歩入ってしまえば、簡単には出られないような気がした。
細川の隣に椅子が用意されてあり、雛実は座るように言われた。
「はい、これなんだけど、雛実ちゃんの報告と相違ないか確認してくれる?」
何枚かの書類を渡され、雛実は細かく目を通す。チェックする作業は意外と好きだ。
それにしても、細川が作成した報告書は完璧だ。誰が見てもわかりやすく、また余計な部分がない。来季に開催する時に必ず目を通すべき報告書だ。
「細川さん、完璧ですね。すごく見易いです。それに、この内容に関われて嬉しくなります。」
雛実は純粋にそう思った。
「ぇ?ぁ、はぁ、それはそれは、なんだか照れるな……。ありがと。」
細川は、不意に雛実から褒められ、思わず顔を赤らめた。
いい歳して、恥ずかしくなる。
雛実は気づいていなかったが、細川の左手は、雛実が座る椅子の背に触れていた。ちょうど壁際だったため、誰かに気づかれることはない。
まるで、抱き寄せているような後ろ姿は、秘密の社内恋愛中の雰囲気を醸し出し、細川はゾクゾクしていた。
先ほど見た、休憩室での木浦と雛実の親密さは、細川の狩猟本能を大いに掻き立てた。
木浦も雛実を狙っている、細川はこの前の飲み会で確信していたし、送り狼役も奪われていた。あの後、何かされたのだろうか?いや、きっと何かあったに違いない。まず、2人きりの飲み会に、木浦と高垣がいたことが不自然だし、雛実と木浦は妙に息が合っていた。同期とはいえ、それほど接点はなかったはず。
ということは、木浦か雛実が繋がりを求めた結果なのだろう。
(まさか雛実ちゃんは木浦のことを……)
まあ、好きになっていても何ら咎める理由などない。
2人は未婚だし、まだ20代で恋愛盛りだ。
だが、木浦が雛実の髪に触れる様子を目の当たりにし、眩暈を覚えた。
携帯をお互い探りながら話していることも、周りに聞かれたら困るほど際どい内容を伝え合っているのかもしれない。
今、隣に座っているこの姿を、木浦に見せつけてやりたい。
「あのぅ、細川さん、もういいでしょうか?退勤したいのですが。」
思考を巡らせていると、雛実は既に報告書の角をきれいに揃えて机上に置き終えていた。
「あ、あぁ、そうだな……あ、雛実ちゃん、今日はどうかな?」
もう、細川は引っ掛けたり、遠回しな表現はやめてストレート功法に切り替えた。
雛実は、あまりにも熱い視線の細川に
たじろいだ。
「雛実ちゃんを連れて行きたい所があるんだ。今日は車で来ているし、雨だからそのまま送れるし。行こう。」
強気だ。
こういった誘いに対する断り方を、雛実は知らない。
細川は、言うなり荷物をまとめ、退勤の格好となった。
まだ制服姿の雛実は、今から着替えなければいけない。
「準備できたら連絡して。先に駐車場から車とってくるから。」
「ちょ、あの、今日はちょっと……」
「待ってるから。」
有無を言わさない細川の態度は、これまでのものとは全く違っていた。
優しさのカケラも無い男だと、雛実は思った。
(そんなに私って……)
簡単な女に見えるのだろうか?
雛実は自分自身を呪いたくなった。
なんだって、こんな窮地に落とされるのか?断っているのに、しつこく色目を使われている。そしてその相手は、上司にあたる男。
モヤモヤしながら着替え、お手洗いに行く。化粧直しをする鏡の前で、「はぁー」と、ため息をついた。
カバンの中で携帯電話が光っているのが見える。
(……追い討ちか……)
悲壮にくれた顔で、電話を取ると、相手は木浦だった。
『雛実ちゃん?まだ館内いる?送ろうかと思って。』
木浦の声に、雛実は涙が出そうだった。
そうだ。
今は役とはいえ、彼氏である木浦がいるのだ。
何かあれば、彼氏がいるんだと牽制すればいい。
『今、着替え終わったからまだいるよ。早速お願いしたいことがあって……』
雛実は、申し訳ないと思いつつ、木浦にナイトになってほしいと頼んだ。
至ってビジネス的なメールだが、雛実は足がすくむ思いだ。
細川のデスクに行かなくてはダメなのか?忙しい細川のことだ。誰かに呼び出されている、あるいは誰かが話をしに来ている、の可能性もあるだろう。
(まあ、大丈夫か……。)
雛実は危機感を感じながらも細川のデスクに向かった。
そして見えたその景色に、愕然とした。
細川しかいない。
課長も、事務の女性も、なんなら外商も。
パーテーションで仕切った通りの反対側は、広報部や総務の人達が着席しているが、皆自分の仕事に集中している。そりゃそうだ。残業がかかっている時間帯なのだ。
「あぁ、雛実ちゃん、来てたんだね。こっちだよ。」
「あ、はい……。」
雛実に気づいた細川が、手招きして自分のテリトリーに入れ込む。
一歩入ってしまえば、簡単には出られないような気がした。
細川の隣に椅子が用意されてあり、雛実は座るように言われた。
「はい、これなんだけど、雛実ちゃんの報告と相違ないか確認してくれる?」
何枚かの書類を渡され、雛実は細かく目を通す。チェックする作業は意外と好きだ。
それにしても、細川が作成した報告書は完璧だ。誰が見てもわかりやすく、また余計な部分がない。来季に開催する時に必ず目を通すべき報告書だ。
「細川さん、完璧ですね。すごく見易いです。それに、この内容に関われて嬉しくなります。」
雛実は純粋にそう思った。
「ぇ?ぁ、はぁ、それはそれは、なんだか照れるな……。ありがと。」
細川は、不意に雛実から褒められ、思わず顔を赤らめた。
いい歳して、恥ずかしくなる。
雛実は気づいていなかったが、細川の左手は、雛実が座る椅子の背に触れていた。ちょうど壁際だったため、誰かに気づかれることはない。
まるで、抱き寄せているような後ろ姿は、秘密の社内恋愛中の雰囲気を醸し出し、細川はゾクゾクしていた。
先ほど見た、休憩室での木浦と雛実の親密さは、細川の狩猟本能を大いに掻き立てた。
木浦も雛実を狙っている、細川はこの前の飲み会で確信していたし、送り狼役も奪われていた。あの後、何かされたのだろうか?いや、きっと何かあったに違いない。まず、2人きりの飲み会に、木浦と高垣がいたことが不自然だし、雛実と木浦は妙に息が合っていた。同期とはいえ、それほど接点はなかったはず。
ということは、木浦か雛実が繋がりを求めた結果なのだろう。
(まさか雛実ちゃんは木浦のことを……)
まあ、好きになっていても何ら咎める理由などない。
2人は未婚だし、まだ20代で恋愛盛りだ。
だが、木浦が雛実の髪に触れる様子を目の当たりにし、眩暈を覚えた。
携帯をお互い探りながら話していることも、周りに聞かれたら困るほど際どい内容を伝え合っているのかもしれない。
今、隣に座っているこの姿を、木浦に見せつけてやりたい。
「あのぅ、細川さん、もういいでしょうか?退勤したいのですが。」
思考を巡らせていると、雛実は既に報告書の角をきれいに揃えて机上に置き終えていた。
「あ、あぁ、そうだな……あ、雛実ちゃん、今日はどうかな?」
もう、細川は引っ掛けたり、遠回しな表現はやめてストレート功法に切り替えた。
雛実は、あまりにも熱い視線の細川に
たじろいだ。
「雛実ちゃんを連れて行きたい所があるんだ。今日は車で来ているし、雨だからそのまま送れるし。行こう。」
強気だ。
こういった誘いに対する断り方を、雛実は知らない。
細川は、言うなり荷物をまとめ、退勤の格好となった。
まだ制服姿の雛実は、今から着替えなければいけない。
「準備できたら連絡して。先に駐車場から車とってくるから。」
「ちょ、あの、今日はちょっと……」
「待ってるから。」
有無を言わさない細川の態度は、これまでのものとは全く違っていた。
優しさのカケラも無い男だと、雛実は思った。
(そんなに私って……)
簡単な女に見えるのだろうか?
雛実は自分自身を呪いたくなった。
なんだって、こんな窮地に落とされるのか?断っているのに、しつこく色目を使われている。そしてその相手は、上司にあたる男。
モヤモヤしながら着替え、お手洗いに行く。化粧直しをする鏡の前で、「はぁー」と、ため息をついた。
カバンの中で携帯電話が光っているのが見える。
(……追い討ちか……)
悲壮にくれた顔で、電話を取ると、相手は木浦だった。
『雛実ちゃん?まだ館内いる?送ろうかと思って。』
木浦の声に、雛実は涙が出そうだった。
そうだ。
今は役とはいえ、彼氏である木浦がいるのだ。
何かあれば、彼氏がいるんだと牽制すればいい。
『今、着替え終わったからまだいるよ。早速お願いしたいことがあって……』
雛実は、申し訳ないと思いつつ、木浦にナイトになってほしいと頼んだ。
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