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第23話
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雛実は目の前を疑った。
通りの反対側に停車中の車は、明らかに細川のものだ。運転席にいる細川は濡れた窓越しにこちらを向いている。
従業員出入口を出てすぐ、その光景はあった。
一歩後ろを引いたが、だからってどうにもならない。なんなら傘で顔を隠してしまおうかと思ったが、あからさま過ぎて逆に無理だ。
木浦はまだだろうか?
メールはしたが、返信がない。おそらくまだ仕事が終わらないのだろう。
しばし立ち止まっていると、細川に手招きをされてしまった。
『気づいているなら来い』
そんな感じだ。
仕方なく、雛実は横断歩道を渡り、細川の乗るハイブリッド車に近づいた。
すぐに助手席側の窓が開き、
「雨が入るからすぐに乗って」と言われてしまった。
「あ、あの、細川さん!」
「話はこの中で聞くから。誰が見てるかわからないし。」
「え?あ、そ、そうです……ね」
確かにこんな職場の近くで、揉めていたら、それこそ誤解されてしまうだろう。
雛実は意を決して傘を畳み、素早く細川の車に乗った。
車内は黒い色調でまとめられていて、いかにもデキる男の乗る車だ。この車は細川の仕事用なのだろうか?
ファミリーカーとして使われているとは思えない。
鼻をかすめるムスク系の香りは、時々細川自身から感じる匂いだ。
「ベルト、して。」
「あ、あの、大丈夫です。すぐ降りますから。」
「ここ、ずっと停車できない場所なんだよね。だから、ちょっと車動かしたいんだけど。」
「え?そうだったんですね。わかりました。それならベルトします。」
細川のほくそ笑む顔は、シートベルトの場所を確認していた雛実には見えなかった。その顔さえ見ていれば、予測できる事態だっただろう。
ちょっと車を動かすだけと言った割に、いつまで経っても停めようとしない。
なんなら、3車線ある道の真ん中を走っている時点で、直線で1番遠くまで走るつもりだということがわかる。
「あの、細川さん、どこまで行くんですか?」
「うーん、この辺はなかなかいい場所がなくてね。僕のテリトリーじゃないからちょうどいい場所がわからないんだよね。」
「それってどういうテリトリーなんですか?!」
「ん?ああ、僕も昔は外商だったんだよ。その時の担当エリアって意味。」
「あぁ、外商だったのは知ってますけど、どの辺りだったんですか?」
「んー、橋を渡る辺りかな。」
「は、橋を?え?もしかして、そんな遠くまで?今から?」
橋を渡る地域と言えば、ここから30分、いや、場所によっては1時間かかる地域である。
仕事帰りにフラッと寄るような場所ではない。
「い、いや、降ります!無理です!細川さんっ」
雛実はどうにかして逃げ出したいと思う。一体どんな場所に連れて行かれるのか?もはや恐怖しかない。
「そんなに怖がらないでよ。大丈夫、きっと喜ぶと思うよ。まあ、天は味方してくれてないけど。」
「天?雨ってことですか?」
「ふふ、まぁね……で、雛実ちゃんは木浦とどういう関係?」
「ふぇ?」
突然木浦の名前が出てきて、雛実は声が裏返ってしまった。
そうだ、木浦はどうしているだろう?
メールしたいが、細川に隙がない。
「……すでに付き合ってるとか?」
ここですぐに頷けばよかったのに、正直すぎる性格が仇となり、一瞬間を置いてしまった。
「……は、はい。木浦さんは、彼氏、です。」
なんだこの返しは。
思い切り嘘をついているとバレバレじゃないか。
「へぇー、そうなんだ。雛実ちゃん可愛いからね。木浦も気に入ってたんだ。あの日?飲み会の帰りとか?」
嘘だと気付いているだろうに、この人はタチが悪い。通りで仕事ができるわけだ。
「まあ、そうですね。それは2人の秘密にしたいんで。木浦さんにも確認取りたいですし。」
「確認?」
「はい。2人だけの思い出にしたいことだったらいけないし。私1人が話すことを決められませんから。」
「ふーん、随分気を遣ってるんだな。まあ、そんな雛実ちゃん、俺も好きだけど。」
「えぇ!?今!?」
どんだけ驚かすんだこの人はっ!
仮にも彼氏がいると話している相手に向かって『好き』だなんてよく言えたもの。
「今っていうか、ずっと言いたかったけどタイミングがなくてさ。結果的に木浦に先越されてるわけだけど、俺との付き合いも候補に入れておいてくれる?」
付き合いって、妻がいるくせにどうして……《ブー、ブー》
その時カバンの中の携帯電話がバイブ音で知らせてきた。
通りの反対側に停車中の車は、明らかに細川のものだ。運転席にいる細川は濡れた窓越しにこちらを向いている。
従業員出入口を出てすぐ、その光景はあった。
一歩後ろを引いたが、だからってどうにもならない。なんなら傘で顔を隠してしまおうかと思ったが、あからさま過ぎて逆に無理だ。
木浦はまだだろうか?
メールはしたが、返信がない。おそらくまだ仕事が終わらないのだろう。
しばし立ち止まっていると、細川に手招きをされてしまった。
『気づいているなら来い』
そんな感じだ。
仕方なく、雛実は横断歩道を渡り、細川の乗るハイブリッド車に近づいた。
すぐに助手席側の窓が開き、
「雨が入るからすぐに乗って」と言われてしまった。
「あ、あの、細川さん!」
「話はこの中で聞くから。誰が見てるかわからないし。」
「え?あ、そ、そうです……ね」
確かにこんな職場の近くで、揉めていたら、それこそ誤解されてしまうだろう。
雛実は意を決して傘を畳み、素早く細川の車に乗った。
車内は黒い色調でまとめられていて、いかにもデキる男の乗る車だ。この車は細川の仕事用なのだろうか?
ファミリーカーとして使われているとは思えない。
鼻をかすめるムスク系の香りは、時々細川自身から感じる匂いだ。
「ベルト、して。」
「あ、あの、大丈夫です。すぐ降りますから。」
「ここ、ずっと停車できない場所なんだよね。だから、ちょっと車動かしたいんだけど。」
「え?そうだったんですね。わかりました。それならベルトします。」
細川のほくそ笑む顔は、シートベルトの場所を確認していた雛実には見えなかった。その顔さえ見ていれば、予測できる事態だっただろう。
ちょっと車を動かすだけと言った割に、いつまで経っても停めようとしない。
なんなら、3車線ある道の真ん中を走っている時点で、直線で1番遠くまで走るつもりだということがわかる。
「あの、細川さん、どこまで行くんですか?」
「うーん、この辺はなかなかいい場所がなくてね。僕のテリトリーじゃないからちょうどいい場所がわからないんだよね。」
「それってどういうテリトリーなんですか?!」
「ん?ああ、僕も昔は外商だったんだよ。その時の担当エリアって意味。」
「あぁ、外商だったのは知ってますけど、どの辺りだったんですか?」
「んー、橋を渡る辺りかな。」
「は、橋を?え?もしかして、そんな遠くまで?今から?」
橋を渡る地域と言えば、ここから30分、いや、場所によっては1時間かかる地域である。
仕事帰りにフラッと寄るような場所ではない。
「い、いや、降ります!無理です!細川さんっ」
雛実はどうにかして逃げ出したいと思う。一体どんな場所に連れて行かれるのか?もはや恐怖しかない。
「そんなに怖がらないでよ。大丈夫、きっと喜ぶと思うよ。まあ、天は味方してくれてないけど。」
「天?雨ってことですか?」
「ふふ、まぁね……で、雛実ちゃんは木浦とどういう関係?」
「ふぇ?」
突然木浦の名前が出てきて、雛実は声が裏返ってしまった。
そうだ、木浦はどうしているだろう?
メールしたいが、細川に隙がない。
「……すでに付き合ってるとか?」
ここですぐに頷けばよかったのに、正直すぎる性格が仇となり、一瞬間を置いてしまった。
「……は、はい。木浦さんは、彼氏、です。」
なんだこの返しは。
思い切り嘘をついているとバレバレじゃないか。
「へぇー、そうなんだ。雛実ちゃん可愛いからね。木浦も気に入ってたんだ。あの日?飲み会の帰りとか?」
嘘だと気付いているだろうに、この人はタチが悪い。通りで仕事ができるわけだ。
「まあ、そうですね。それは2人の秘密にしたいんで。木浦さんにも確認取りたいですし。」
「確認?」
「はい。2人だけの思い出にしたいことだったらいけないし。私1人が話すことを決められませんから。」
「ふーん、随分気を遣ってるんだな。まあ、そんな雛実ちゃん、俺も好きだけど。」
「えぇ!?今!?」
どんだけ驚かすんだこの人はっ!
仮にも彼氏がいると話している相手に向かって『好き』だなんてよく言えたもの。
「今っていうか、ずっと言いたかったけどタイミングがなくてさ。結果的に木浦に先越されてるわけだけど、俺との付き合いも候補に入れておいてくれる?」
付き合いって、妻がいるくせにどうして……《ブー、ブー》
その時カバンの中の携帯電話がバイブ音で知らせてきた。
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