倫としましょう

koyumi

文字の大きさ
24 / 28

第24話

しおりを挟む
「このタイミングで電話か……さすが、彼氏様だな。」
 鼻で笑うように言い放つ細川は、「出たら?」と言わんばかりに目を向けた。

「……ちょっと……すみません。」

 雛実は慌てて出ようとしたが、呼び出しバイブは切れてしまった。そして、すぐ後に、短く震えてメールの受信を知らせた。
『ごめん、今どこ?』
という簡潔な文章は、雛実の状況をわかってのものだろう。
『橋渡ったの。コンビニが見える』
 雛実も咄嗟に目についた手がかりとなる場所を報せる。木浦はこの土地を知っているかどうかわからなかったが。

「デートの約束でもしてた?」

 偉くご機嫌な声の細川は、何を期待しているのか、雛実には恐怖以外なかった。

「は、い……だから、困ります。ちょっと話すだけだったはずなのに、こんな遠くまで……」

 緊張して、うまく言いたいことが伝えられない。(早く帰りたいから戻ってほしい、でなければ警察呼ぶ)とでも強気で言えたならどんなに楽だろう。
 
 道幅が急に狭くなり、対向車とギリギリの通行が続く。
 違う意味の緊張も高まり、雛実は木浦にメールで危険を知らせたくても、指先が震えてうまく打てない。

「メールなら止まってから打てばいい。」

 全てわかりきったかのような細川の言動に、もはや逃げ道はないのだと思った。
 こんな細川でも、ほんの少し前までは憧れていた。仕事ができて、会話力もあり、誰からも信頼されている(いや、嫁からはどうだろう……)スマートな身のこなしに悪くはない顔。きっと未婚ならば、雛実も恋人になりたいと願ったかもしれない。
 でもダメだ。
 彼は、既婚者なのだ。
 
 その時、雛実は「はっ」として口を押さえた。

 もしかしたら、この状況も、見る人が見れば”不倫”中に見えるのではないか?
 もし自分が細川の嫁だったら、若い女子社員と2人きりで夜にドライブしている夫を見て、どう思うだろうか?
 答えは明快。
 ”不倫”中だ。

「ほ、細川さんっ!やっぱりおかしいですよ!こんなの、こんなのってダメですよ!」

 胸が押しつぶされそうになり、雛実は叫んだ。

「私……耐えられませんっ!早く、早く出してください!」

 スピードを緩めない細川を睨みつける。
 ここは田舎道で、信号もない。目的地に着くまでは、運転手がブレーキを踏む気にならなければ止まることはない。

「雛実ちゃん!大丈夫だから、ほら、もうすぐ着くからさっ、暴れないでっ!」

「酷いっ、酷いよ、細川さん……」

 涙が溢れてボロボロの化粧を纏う雛実を見て、細川は改心してくれるのだろうか?
 きっと女の涙など、見慣れているのだろうが。

 辺りが一層闇に包まれて、ポンっと現れた電球色の明かりは、まさに雛実が恐れていた場所を示すものだった。
 雛実は《ホテルブランシェⅡ》という看板を見つけ、これから自分の身に起こることを考えると気が動転した。
 いくら雛実でも、少し前までは彼氏がいた身だ。名前は聞いたことがある。行っことはないが。

「ーーっ!やっ、やだ!細川さん!ここはやめて!無理だから!ほんとにやめて!」

「雛実ちゃん、とにかく一回じっくり話そう。ゆっくりと、時間をかけて、俺のことを理解してほしいんだ。」

「何を理解するんですか?!私は、何も知りたくないし、とにかく嫌なんです!」

「本気なんだっ!本気で雛実ちゃんが好きなんだよ!だから、聞いてほしい。」

「ええっ?!」

 細川の突然の告白に、雛実がパニックになった隙に、細川は部屋毎に別れたパーキングに止め、慣れた手つきで自動シャッターのボタンを押して、駐車場を閉鎖した。
 なるほど、こういうシステムのホテルなら、館内で知り合いに鉢会うことはないし、車種やナンバーや個人を限定されることはない。
 いわば、隠れてヤりたい人物には格好の場所だ。

 雛実は猛烈に後悔していた。

 なぜ車に乗ってしまったのだろう。
 なぜ細川と飲みに行ったのだろう。
 なぜ疑わなかったのだろう。

 車から降りずにいると、細川は、

「だったらカーセックスでもいい」

と、過激な言葉を発した。

「なっ、細川さん、お願いです。考え直してください。本当に、辛いです。」

「だったら降りて、話を聞いてくれないか?場所に抵抗はあるだろうが、こういう場でないと話せない内容なんだ。雛実ちゃん以外には聞かせられないんだ。」

 切羽詰まった様子は細川も同じで、眉毛は垂れ下がっていた。

ーー私以外に聞かせられない話ってなんだろう?きっと上手いこと言ってるだけ……騙されるな、騙されるな……



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

処理中です...