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第一部
第16話 ゴールデンウィーク ~再会~ 3
「さっきのはホントに冗談だけどさー。でも、お前結構可愛いからなぁ。悪い虫が付きそうで心配だ。…っていうか、もう付いてるのか?」
「……へ?」
口元を緩ませたまま、またもやおかしなセリフをのたまう悠。言葉の意味が分からずに首を傾げる丞を見て、従兄はにぃっと怪しげな笑みをその目に湛えた。
「その様子じゃ、まだみたいだな。よし、俺が虫除けのおまじないをしてやるよ」
言うが早いか左手を丞の肩に掛け、その首筋に顔を寄せてくる。いつものことながら何を考えているのか理解不能だが、近付く唇に何となく身の危険を感じた丞が、首に触れられる寸前に慌てて身を引いたその直後だった。突如ホールにバシンといい音が響いて、悠の頭頂部に鈍痛が走る。その部位を押さえ、悠は半眼の顔をクルリと後ろへ振り向けた。
「いきなり脳天どつくなよ、親父っ! 馬鹿になったらどうすんだ!」
(いや、もう十二分に馬鹿だ)というのは、本人を除く全員の心中。手にした宿泊者名簿で彼の頭を叩いたのは洋介だった。
「いい加減にしないか、悠。五年も間が空いたから、やっと落ち着いたかと思っていたのに…」
「自分のこと棚に上げて、愛息子に責任転嫁すんのはやめろっての。元々、誰の所為だと思ってんだ? 天然ボケ親父」
名簿をカウンターに戻そうとしていた洋介は、「う…」と言葉に詰まる。それを言われると何も言い返せない。『原因』を作ったのは、他でも無い自分なのだから。
「うわぁ、凄く可愛いなぁ。こりゃ、将来はあかりさんに似て美人になるぞ。――よし、悠。大きくなったら、恵ちゃんをお前のお嫁さんにしよう。許婚なんだから、悪い子に意地悪されたりしないようしっかり守ってやるんだよ」
恵が生まれた日、洋介は一家揃って病院に駆け付けた。男でも女でも恵という名を付けると前々から聞かされてはいたのだが、寝顔をひと目見て、そのあまりの可愛さにてっきり女の子だと思い込んでしまったのだ。
弟夫婦に確認する前に口走ったそのセリフを、5歳の息子は本気にしてしまった。後から「あれは間違いだった」と何度も言って聞かせたけれど、まるで刷込みのようにそれを信じ込んだ彼は、「僕は恵ちゃんをお嫁さんにする」と繰り返すばかりだった――。
小学三年生になった頃、漸く男同士では結婚出来ないということを認識した。しかし、それでも悠の恵に対する『お嫁さん志向』が変わることは無く、結局現在に至るまで、許婚よろしく恵に迫り続けているというわけなのである。
「と、とにかくだ。それはそれとして、純なこの子達をからかうのはやめなさい。恵も丞も困ってるじゃないか」
息子の人格形成にまで影響を与えてしまった(と思い込んでいる)過去の失態の記憶を呼び起こされ、思わずどんよりと落ち込みそうになる。が、そんな気分を奮い立たせて、洋介は父親らしく悠に諭し文句を投げた。しかし、彼がそれをまともに取り合う筈も無く。
「失礼な。二号ってのはともかく、それ以外で俺はからかってなんかいないぜ。いつだって真剣だ」
――なお悪い。
「それに、別に困らせてるわけじゃない。可愛い従弟を想う俺の愛情を、迷惑に感じる奴なんかいないって」
――いや、思いっ切り迷惑だ。
当人達の心の声など知らぬげに飄々と言い放つ息子を見て、父は深く溜息をつく。すっかり辟易して「もういい…」と首を振りながら、恵達の方へ視線を向けた。気を取り直して声を掛ける。
「取り敢えず、朝っぱらから動いて少し疲れてるだろうから、まずは部屋でのんびりと休んでくれ。いろいろと聞きたいことも沢山あるけど、また昼食の時にでもゆっくり話そう」
カウンターの向こうに回り、奥の壁に作り付けられているキーボックスに手を伸ばす。そこからコテージの鍵を取ると、カウンターの天板越しに、一番近くに立っていた丞へと手渡した。
「……あれ?」
手中のそれに目を落とした丞は首を傾げる。
ごく一般的なシリンダー錠用の鍵。銀色に光るその頭には、昔と変わらず厚めの檜皮で作った番号札が付いているのみで、別段おかしな所は無い。が、気になったのはその個数だった。
「なんで二つも?」
ここには、フロントのある母屋と繋がった本館宿泊室の他に、別荘感覚を楽しめるコテージがある。広い敷地に点在するそれは全部で七棟。うち三棟が定員四~八人の家族向け、残りは全てツインだ。
――以前は、いつもファミリー用のコテージ一棟に全員で泊まっていた。可動式の間仕切りを収納し二間を合わせた広い寝室で、両親を含めた七人が枕を並べて仲良く眠っていたものだ。
しかし、今日渡された鍵は二つ。どういうことだろうかと、問い掛けの眼差しで伯父の顔を見上げた。
「ああ、実はな。最初は、ちゃんと大きい部屋を確保してたんだ。昔みたいに皆一緒の方が賑やかで楽しいだろうし、ちょうど多人数向けのが一棟だけ空いていたから、そこをお前達にと思っていたんだよ。――昨日まではな」
「昨日まで……?」
オウム返しに覓が尋ねると、洋介は申し訳なさそうに眉を寄せ、話を続ける。
「今朝になって、急に予約が入ってしまってね。家族連れのお客なんだが、六人でどうしても泊まりたいと早朝に電話があったんだ」
例年のゴールデンウィークと比べ今年は客足が伸びており、生憎本館の大部屋も埋まっていた。その上、同伴の子供達がまだ幼いと聞けば、二部屋に分けて――というわけにもいかない。仕方無く、用意していた一棟を充てることにしたのだと説明し「すまん」と詫びる彼に、恵が軽く首を振って答えた。
「気にしないで下さい、伯父さん。お客さんを優先するのは当たり前のこと。僕らは、泊めて貰えるだけでありがたいんですから」
ニッコリと微笑まれ、伯父は安堵の息をつく。鍵二つの理由に納得したらしく、兄の隣でうんうんと頷いている丞の方に目を遣った。
「結局、お前達にはツインのコテージ二棟を使って貰うことにしたよ。片方にはエキストラベッドを一台運び込んであるから、二人と三人に分かれて泊まってくれ。…と言っても、隣同士だから行き来は楽に出来るがな。それじゃ、案内を――」
「俺が行く」
父の言葉の先を遮り、加えて、カウンター内から出てきたその身体をも押し退けるようにして身を乗り出したのは悠。未だ開かれていた丞の手から長い指で番号札を摘み上げると、二つの鍵を顔の横でチャラチャラと振ってみせる。
「ちゃーんと連れてくから心配するなよ。親父は、早くリネン屋の所に行った方がいいぜ? さっきから裏で待ってるし」
「またお前は……」
恵絡みのことだけは、強引なほど率先してやりたがる息子に小言を言い掛けた父だったが、『リネン屋』と聞いて渋々口を噤んだ。
「……しょうがないな。お前の言う『心配するな』ほど怪しいものはないんだが……。もう恵達にちょっかい出したりしないで、案内したらすぐに戻って来るんだぞ。――じゃぁ皆、また後でな」
それだけ言い置いて、洋介は先刻悠が入ってきた、裏口に通じる廊下へと消えていった。その背を見送り廊下の方へ顔を向けていた五人に、従兄の楽しげな声が降り注ぐ。
「さて、お部屋へご案内と参りましょうか? お客様方」
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