クラスの美少女風紀委員と偶然セフレになってしまった

徒花

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4,契り

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二週間が経ち、夏になる。
 僕と白石さんの関係は、あれから劇的に変化した……。
 というわけでもなかった。
 お互いデートに出かけるということもしなかったし、お洒落な喫茶店で食事といったことも特に無かった。
 目立った交流はお互い避けることにしていたからだ。
 噂にされてからかわれるのは、特に白石さんが望んでいなかった。
 じゃあ恋人というのは表向きの関係なのかと言われると違っていて、変化したことも一つあった。
 朝学校に来ると、白石さんが挨拶をしてくれるようになったのだ。
 端から見れば、本当にただの朝の挨拶だったし、風紀委員である彼女が生徒に挨拶するのはごく自然なことだった。
 けど、彼氏と彼女という特別な関係であることを認識している僕にとっては、白石さんにとって僕が何か特別に意識される対象になっていることに気がつくことが出来て、それが少しくすぐったい。
 僕が弱みを握ったことを切っ掛けとしたこの関係。
 白石さんがどう思っているのかは分からない。
 面倒な男に捕まったけど逆らえないから、僕の気分を損なわないように接しているだけなのかもしれない。
 まあ、もしも彼女に拒絶されたら大人しく別れると思う。
 僕に他人を束縛する資格は無いし。

 ……彼女なりに僕のことを想ってくれていることに気がついたのは、とある日の放課後のことだった。

***

「倉部くん。今時間大丈夫?」

 帰宅するために鞄に教科書を詰めている時、白石さんに話しかけられた。
 周囲を軽く見渡したけど、教室に残っている人は殆どいなかった。
 まあ、白石さんに僕が話しかけられていたところで、何か指導でもされているのだろうと思うだろうし、気にする人はあまり居ないだろうけど。

「暇ですよ。何か用です?」
「……ちょっと一緒に付いて来て欲しい」

 鞄も持ってきてと言われ、僕は誘われる。
 廊下に出て、白石さんの背中を追って歩く。
 衣替えの季節でブレザーはもう羽織っておらず、夏服だった。清潔感のある白と青の制服。
「風紀委員」という誇らしげな文字が書かれた腕章が袖の近くにピンで留めてあって、西日で輝き眩しかった。

「ここは……」

 しばらく彼女の後を付いて到着した場所。
 それは、今は使われていない旧校舎の奥まった所にある教室だった。
 旧校舎は僕ら今の世代の学年が入学してくる数年前から使われなくなり、学び舎の役目は新しく建造された校舎に譲っていた。
 経年劣化とか、そんな理由で使われなくなったのだけど、立ち入りは禁止されておらず、昼休みなんかにはこの場所で食事を摂る生徒もいるという。僕は利用したこと無いけど。
 けど、今この場所にここに誰かがいる気配は、僕らを除くと皆無だった。

「ごめんね。こんなところに連れて来て」

 白石さんが軽く謝る。
 教室には机や椅子は無く、本当に何にも使われていないことが窺える。
 窓から入った光が教室全体を照らし出して、空気に舞う細かいチリや埃が輝いていた。

「いや、謝ることないです。用件は何ですか? 指導されるようなこと、しましたっけ……」
「大したことじゃないんです。ただちょっと、訊いておきたいことがあって……」
「何でもどうぞ」

 白石さんは手を後ろで組んでもじもじとしている。
 ちょっと可愛い。

「倉部くんって……キス、したことある?」
「……一応しましたよ」
「えっ……誰と?」
「この前……その、白石さんの頬にしたじゃないですか」
「ああ。あれのことかぁ……確かにドキッとしたけど……唇と唇を合わせるのは?」
「それはやったことないですね。……恋人なんて、白石さんが初めてだし」
「……私も、ちゃんとしたキスはしたことない」

 何の話をしているのだろう。今一要領を得ない。

「ええと、それで白石さん。話ってそれのことですか?」
「……『特別になっちゃった人』としちゃ、駄目かな」
「特別……」
「察し悪いなぁ。倉部くんの責任なんだからね」
「……あ」

 僕の中で何かが繋がった感覚がした。
 白石さんが何を言いたいのかも。

「君と……キスしたいんです」
「僕と……?」
「……普通の男女がするそういうことに、ちょっと憧れてたから。……君が私の初めての人に『なっちゃった』でしょ? なら、ちゃんとやっておきたいの。君のこと、嫌いじゃないし」
「……ごめん」
「何で謝るの?」

 白石さんはそう尋ねてくる。ただ、本当に僕がなぜ謝ろうとしているのか分からないという態度ではなかった。
「僕が何を反省しているのか」を、見極めようとしている。

「……性欲に突き動かされて、握った弱みを君にちらつかせて、それで初めてを奪ってしまったこと。『なっちゃった』って言う言葉で、無念とか遺恨を白石さんが感じているんじゃないかと思って……」
「……さっき言った察し悪いって言葉は撤回してあげる。流石に気づいてるよね。まあ、私もあんなアカウント作ってたからあんまり強くは言えないけど……」

 白石さんは、僕の瞳をしっかりと見据えてその先を続ける。

「でも、君は女の子の大切な経験を埋めちゃった。責任感じてくれないと困るの。もちろん私にも責任はあるけど……でも、倉部くんは一人の女子の人生の重大なページの一部になっちゃったの」

 そうだ。
 僕は「白石碧」という女の子の決定的な思い出の一つになってしまったのだ。
「初めての相手」という消えることの無い鎖で、僕と彼女は繋がれている。
 いつだって誰だって、初経験の相手は特別だ。純潔の証が物理的に破かれる女の子ならば、それはなお更大きなものなのだろう。

「……ごめん。やっぱり、僕らは別れた方がいいよね」
「……もう一度訂正する。倉部くん、やっぱり察し悪い」
「……え?」
「私はそれほど怒っているわけじゃないの。……いや、確かにもっとロマンチックな始まり方に憧れてはいたけど……でも、考えるのはこれからのこと」
「これから……?」

 白石さんは優しく微笑む。
「怯えなくても良い」と言ってくれるように。

「別れた方がいいって、そっちの方が責任取れてないよ? 女の子の弱み握ってヤっちゃったなら、最後までちゃんと付き合って幸せにするのが責任の取り方」
「ああ、確かに……」
「私、寂しいから。……初めての人が『はい終わり』ってすぐ消えちゃうなんて。風紀委員だけど、私だって恋愛したい。冒険してみたい。……一度きりの人生だし。一度きりの、青春だし」
「……」
「だから、キスして。私と倉部くんは、特別な関係になったっていう契りのために」
「……分かった」

 白石さんが、一歩僕の前に歩む。たじろぐ間も無かった。
 彼女と僕はさほど身長に差は無いけど、こうして至近距離になると、彼女は僕より少しだけ背が低いことが分かる。
 白石さんが僕を、見上げていた。澄み切って冷たい水晶のような瞳に、僕の顔が映っている。
 眼差しは真剣そのもので、熱量があって、呑まれてしまいそうに錯覚する。
 鼻先が触れそうになるほど、白石さんの顔が近くに寄って来る。
 僕の頬に、血流が鳴り渡るのが感じられた。

「……こういう時、男子の方からキスするものだから」
「うん……」

 白石さんが目を閉じる。僕の口付けを待つために。
 彼女の頬も、更衣室を覗かれた時のように微かに赤く染まっていた。
 僕は口元を僅かに尖らせると、その鮮やかな唇に顔を近づける。

 そして僕は、静かに目を閉じた。

***

「……しちゃったね」
「うん」
「もっと凄いことしておいて、今更な感想だけど」

 キスの後、僕らは旧校舎の廊下を歩いていた。
 外からはヒグラシの鳴き声がひっきりなしに聞こえてきて、夏の夕方のどこか寂しい気配を演出していた。

「……キス、どうだった?」

 白石さんが僕に問う。
 どんな答えを彼女は期待しているのか、それは察しや勘の悪い僕には読み取れない。
 だから正直に答える。感じたままの感想を。

「……温かくて、柔らかいと思った」
「……私も、そう思った」

 自然な動作で唇は重なって、湿り気を帯びた粘膜が触れ合った時、僕らのファーストキスが成立した。
 血潮の通う唇。彼女の薄い朱唇の微かな凹凸すら感じられて、「ああ、キスしてるんだな」という実感が足元から染み渡った。
 あの瞬間、僕らは時の流れから外されていた気がする。
 魔法に掛けられたかのように固まって、何百年も昔からそうだったかのように触れ合って。
 その時間を再び呼び覚ましたのは、彼女の熱い呼吸だった……。

「『好きにして』よね」
「好きにさせてみせるよ」

 僕らはそう約束しながら、廊下を歩く。
 夏の火照った空気が暑苦しい。

「ねえ。キスが終わる寸前、君の口に言葉を呟いたんだけど、気がついた?」
「え?」

 いつのことだ。……たぶん、あの熱い吐息の時なのだろう。

「なんて言ったの?」
「……教えない」

 白石さんは、それ以上は何も言わなかった。
 ふふんと得意げな表情。呪いを掛けた魔女のような笑み。
 僕の口内で溶けた、彼女の言葉。
 なんて言ったんだろう。
 その言霊を飲み下すかのように唾を飲み込むと、自分の喉仏が上下したのが分かった。
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