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さんどめの春

打診 

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 「もうやらん、絶対にやらん。あんなバカ王族になどやるものか。わたしが直ぐに良い男を見つけて」「お義父様!!」


 私は最後まで言わせるものかと大声で叫んだ。


 「わたくしはずっとお義父様とお義母様のお側におります。お嫁になんて行きません」


 跪いて両手を組み合わせてハラハラっと涙を流せばいとも簡単にオッケーが出た。勿論執事長もボロボロ貰い泣きだ。


 こうして侯爵家の申し入れにより殿下と私の婚約は正式に解消されると共に、私の婿養子探しも中断される事となった。


 **********


 「まぁ、お母様そっくりで美人さんですねぇ」


 腕に抱いた小さな小さな赤ちゃんの可愛らしさに思わず顔が綻ぶ。


 まだ首の座らないチェルシー嬢はケネスお義兄様とロゼリアお義姉様の二番目のお子様だ。ロゼリアお義姉様譲りのキャラメル色の髪に真ん丸のつぶらなお目目、でも瞳の色はケネスお義兄様と同じ夏の青空のよう。あまりにも可愛らしくて胸が痛くなる。そしてお義姉様が抱かれているのは三番目のファルシス坊や。こちらは金髪にお義姉様と同じエメラルドの瞳。そう、双子ちゃんなのだ。


 「ルシーって呼んでいるんだ。可愛いでしょう?」


 チェルシーちゃんの顔を覗き込みながらセシル坊やが教えてくれた。小さな指を差し出してチェルシーちゃんに握らせている。チェルシーちゃんも可愛いが、君も驚きの可愛らしさですよ。ピピル叔母ちゃまは金髪碧眼に目がないの、連れて帰っちゃダメかしら?


 今度はファルシス坊やを抱っこしてみる。双子ちゃんでも抱き心地は全然違うんだよね。赤ちゃんでも男の子はガッチリしているし女の子は柔らかいの。


 「何も帰ったばかりで領地に行かなくても……。王都に居ればこの子達にもちょくちょく会いにきて貰えるのよ」


 ロゼリアお義姉様が口を尖らせるとケネスお義兄様もその通りだと言うように頷いた。


 「ですが……人の目も気にはなりますし……屋敷に籠もるくらいなら領地でのんびりと過ごす方が良いかと。しばらくはあちらで色々学びながら刺繍の腕を磨いて参ります」

 「お前の事だ。殿下の婚約者探しに差し障りがないように身を潜めようと思っているんだろう。全く、どこまでお人よしだ」


 ……ケネスお義兄様め。たまに、ごくたまーに鋭い球を投げて来るんだから。


 「だって、急いだ方がよろしいですわ。もう殿下は三十路間近ですもの」

 「人の事を構っている場合か!ピピルこそあっという間に行き遅れるぞ」

 「お言葉ですが、行く気は一切ございませんから。お義父様も構わないって仰いましたの。それにね、お義姉様……」


 ぽわっと欠伸をするチェルシーちゃんに思わず見惚れた私だが、ロゼリアお義姉様に視線を移した途端心底気の毒で思わず眉間が寄った。


 「そうでもなければチェルシーちゃんがお嫁に行くときに、お義父様がどれだけ泣き喚くことか。わたくしが残れば多少なりとも防波堤にはなれる……かも」


 二人は複雑な顔で口ごもった。確かに可愛い孫娘の嫁入りとなったらお義父様の寂しがり方は尋常ではないのは火を見るより明らかだものね。


 眠ってしまったファルシス坊やをゆりかごに降ろすとセシル坊やがツンツンと袖を引っ張ってきた。腰を下ろし耳を寄せると小さな手を当てて囁きかける。


 「ピピル叔母ちゃまが帰って来たの、とっても嬉しい。僕、ずーっと待っていたんだよ」


 私はギュッと坊やを抱きしめた。それは誰のどんな言葉よりも嬉しい心に染み渡る囁きだった。


 **********


 屋敷に戻って一月が過ぎた。明後日の朝には領地に向かうので準備に忙殺されている。それなのに、その辺の事情はしかと把握しているはずなのに、遠慮なく呼び出す陛下って何なんだろう。溜息しか出てこない。しかも指定されたのは謁見の間だ。よってこれは謁見な訳で第一級フォーマルであり、いつものようなワンピースで上がってはマナー違反どころではない。ばっちりスカートをパニエで膨らませたデイドレスで馳せ参じなければならないのだ。まったくもう、忙しいのに……。シルセウスを離れる時に落ちた食欲は今ひとつ戻らずまだまだ体型は元通りには程遠い。ブカブカになったデイドレスには補正が必要でそれにも時間が取られてしまう。あの最高権力者め、ホントにどうしてくれようか?


 内心どれだけ文句と呪詛の言葉を吐いても最高権力者には逆らえない。よって私は今現在両陛下の前で最上級の礼をしている。最高権力者はというとご機嫌だ。何だか嫌な予感が……いや、むしろ嫌な予感しかしない。この権力者の上機嫌はろくなことにはならないのだ。


 「実は妖精姫に二つの打診があってね。どっちもなかなか良い話でどちらを選ぶか悩ましいのだよ。それなら君が選べは良いんじゃないかと思いついたわたしは素晴らしいだろう」

 「はい、その通りでございますわ」


 感情を込めろと私に求めてはいけない。そりゃ無理だ。自由に飛んで行けと言ったのは何処のどいつだ!!


 「先ずはね、返事を急がなくちゃいけない方の話だよ。まだ内々なんだが……その前に一つ伝えなくてはならないことがあってね。君は驚くだろうが……我々がシルセウス城で君を救助した直後、ドレッセンはシェバエアに侵攻した。『白い粉』に関しての国際協定違反の証拠が揃ったとして国王以下王族全員を拘束、ドレッセンの統治に置かれることになった。でも安心しなさい、無血開城で呆気なく投降したそうだ」


 殿下が言っていたのはこのことだったのか。きっかけになった私が受ける慟哭を気遣かって言葉を濁したのだろう。ドレッセンにとってシェバエアは小国ながら目の上のたんこぶのような存在だった。犯罪国家であることは間違いないのだがなかなか証拠が掴めず踏み込むことができなかった。ハイドナー氏は今こそシェバエアを潰すチャンスだと、その為にドレッセンが動いて証拠を抑えろと働きかけたに違いない。そうでなければいくら友好国とはいえ当事者ではないドレッセンが動くのは不自然なのだ。


 「情報提供をした君にドレッセンが興味を持ってね。シェバエアがドレッセンの一部になればシルセウスとドレッセンは……則ちセティルストリアとドレッセンは今まで以上に隣り合う事になる。益々の友好関係が求められる訳だ。それにはどんな方法が有るかな?」

 「まさかとは思いますが……もしかして……政略結婚、ですか?」


 陛下はにんまりと笑顔を浮かべた。


 「わたくしが平民でその上殿下との婚約が解消された訳ありなのをご存知ないのですか?」

 「勿論知っているさ。だがね、それも含めてドレッセンは第三王子との政略結婚を進めたいと打診してきたんだよ」


 ……また王子かい……。何だろう、私の今生って王子の呪いにでも掛かっているのかしら?


 「当然ご本人は乗り気ではないのですよね。市井育ちの平民で、殿下との婚約が解消された傷物で尚且つ監禁されていた曰く付きですし」


 『それがだよ』と陛下は玉座から身を乗り出して来た。


 「第三王子自らが君の事がとても好ましいので是非に、と言っている」

 「あのぉ……ひょっとして、ですが、王子殿下は今回の会議に同行されていらっしゃいまして?」


 嫌な予感は本物だったか?


 「うん、王太子殿下の側近として公務をされている実に頼りになる右腕だからね。勿論同行していたぞ」

 「で、スレニフ王子殿下とか仰る……?」

 「いや、違うぞ。バージル王子だ」


 ……そうなの?じゃあ勘違いだったのか……。


 「バージル・スレニフ・ドレッセン。セカンドネームのスレニフは余程親しい者にしか呼ばせないだろう。まさか妖精姫、君は『スレニフ様』なんて言わされて……たんだな、もう既に……」

 「ご本人がそう呼べと仰ったんですもの」


 はぁ、と流石の陛下も呆れて溜息をついた。私の人となりを見るためにシルセウスから同じ馬車に乗ったということか。『恐らくは一目惚れだな……』と呟く陛下に私はへらへら笑ってみせるしか無かった。何だろう、ジャンクフードの魅力?美味しいフレンチばかり食べている人がカップラーメンに衝撃を受けてハマってしまう、そんな感じなのかしら?


 「とにかくドレッセン側は、というかバージル殿下が乗り気だ。但し君も戻って来たばかりだし……その、婚約解消したばかり。直ぐには難しいので期間を置くのは構わないと言われている。どうだ?考えてみ」「嫌です!」


 焦って陛下が言い終わらぬうちに被せてしまった私を見て今まで黙っていたエルーシア様がケラケラ笑われたので、陛下は憮然としてエルーシア様に顔を向けた。


 「相手は王子だぞ?しかも大国の見目麗しい王子だ。エルーシアだって聞いただろう?ピピルに直接伝えられない想いの丈を躊躇いもなくわたしに吐きまくるのを。こんなに想われているというのにどんな不満が有るんだ?」

 「そうでしたわね。あの瞳を夢見るように輝かせながら、しかし冷静に冷酷に理路整然と現実的な言葉を紡ぐあの唇にどれ程心をかき乱されたか……とか仰っていらしたわね。わたくし正直鳥肌が立ちましたわ……」


 ……う、うわぁ。
 私もこっくりと頷いた。


 「陛下、無理なものは無理とお諦め下さい。あのファビアン殿下にお返しするものを持たなかったわたくしが、一体誰を愛せると仰っしゃるのですか?わたくし、きっとカラッカラに枯れ果てているのです。と言う事で、内々の申し入れのうちにとっとと辞退して下さいませ。至急です、至急!」

 「だが……バージル王子は本気だったぞ。あれはどうする?」

 「そんなもの、野辺の花咲く雑草に偶然目が留まったに過ぎません。身の回りに存在したことのない平民が珍しくて新鮮に感じただけではないですか!恋に恋するお年頃なんですよ、きっと」


 『31だそ……』という陛下の呟きは無視する事にする。


 「安心して、二つ目は縁談じゃないのよ」


 エルーシア様の微笑みに、今度こそ良い話が聞けそうな気がしてくる。そんな私の想いを汲み取ったかのようにエルーシア様は更に目を細めた。


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