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おやゆび姫

どうしてこうなった

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 「あれ?……朝?」

 眩しさに目を覚ました私がぼんやりしていられたのは一瞬だった。嫌な違和感を感じて辺りを見回すと、私は赤いカーテンを重ねて作ったような狭い空間に座っており、頭の上の方が夜空の花火みたいにピカピカ光っている。なんだこりゃ、どうなってるの?と思ったのと同時に頭上で閉じられていたカーテンが開閉式ドームの屋根みたいにグワーンと開き、それを見上げていた私はその向こうから覗いている『誰か』と目が合ったその瞬間、冷凍されたみたいに固まった。

 それでも私は目の前に見えているその『誰か』が何か別のものではないかと藁にも縋るように考えたのだ。

 ほら、大凧に描かれている、とか?それとも倒れてきた看板、とか?可能性はいくらでもあるんじゃないの?って。だから落ちつこうよ、絶対にそんなはずないじゃないの、見間違いだってば……。

 けれどもその質感は間違いなく人間の物で一本1メートルはあるであろう睫毛に縁取られたグレーの瞳が私をじっと見ており、そしてバホンバホンと瞼が動く。

 でもね、実物大の恐竜のロボットとかあるじゃない?アレって凄くリアルでしょ?だったらこれも……と悪足掻きする私の脳内。

 それでもだ。何かが私の脳裏にこれは何らかの生命体だと訴えている。理由はわからないがやっぱり『誰か』からは確かに宿っている命を感じるのだ。サイズは違えど同じ生き物としてのシンパシーなのか何なのか?

 『誰か』はもう一度一本1メートルの睫毛をはためかせてバホンバホンと瞬きを繰り返し、それから目を見開いて……中華料理店で見た銅鑼みたいに大きな瞳が丸々と見える位まで目を見張り、そして……

 「なにこれ?」

 ポツリと言った『誰か』の眉間には畑の畝かと見紛うばかりの深い深い皺が刻まれていた。


 **********

 これって多分アレよね?

 まぁ交通事故じゃないのはマイノリティなのかも知れないけれど、きっかけとしてはありだと思う。

 私の命はある日突然奪われた。燃えるゴミを捨てに行った集積所で待ち伏せていた夫の不倫相手に刺殺されたのだ。初めに後ろから背中を一突きした不倫相手は倒れた私に馬乗りになると何度もナイフを振り下ろした。若い女の子が持つには不自然なゴツいサバイバルナイフが私への憎しみの大きさを物語っていた。

 「どうしてよ!どうしてあたしの赤ちゃんをあんたに渡さなきゃならないのよ!」

 浮気相手はそう叫んでいるけれど私に言われても困るのだ。私だってあなたと夫の子どもなんて欲しいわけないじゃないの。

 けれども反論しようにも私の喉からはおかしな風切り音しか出てこなくて何も言い返すことができない。その間にも浮気相手は『あんたさえいなければ』って喚きながら私を刺し続けた。

 『あ~あ。なんて悲惨な末路なんだろう。こんなに可哀想な人生だったんだもん。来世は苦労とは無縁の勝ち組に生まれ変わらせて貰わないと納得できないわよ』

 頭の中でぼやいているうちに、目の前がどんどん暗くなっていく。そして眠りに落ちるように私の意識はぷつりと途絶えた。

 そしてだ。

 ごくごく普通の輪廻転生を思い浮かべながらの臨終だったにも関わらず、私はほぼ間違いなく転生てんしょうではなく転生てんせいしたと思われる。

 ここは私が暮らした日本でも地球でもなく……とくればお察しでしょう。

 そうです、異世界です。

 それもね、小説とか乙ゲーとかパターンってあるじゃない?それなのに私ったらちょっとイレギュラーで。

 私が目覚めた赤いカーテンに覆われた狭い空間……それはこの世界の標準的な赤いチューリップだった。そして一本1メートルの睫毛を持つ『誰か』は昨日魔女の家を訪れて一粒の麦を手に入れて植木鉢に播いた。それなのにみるみるうちに生えてきたのは麦じゃなくてそこから不審感は大いにあったみたいなんだけど見守るしかないから黙って見ていたそうだ。

 どう見てもこれはチューリップじゃないか?と首を傾げるうちにやっぱり見慣れたチューリップの蕾が出来て、いきなり光りだしたと思えば綻んだから覗き込んだ。うん、そうよね。私だって逆の立場ならそうするもん。

 そして私と目があった『誰か』は私から見れば1メートルの睫毛を持つ巨人だがこの世界ではあくまでもこちらがスタンダード。ここでは『誰か』のおやゆび大しかない私の方が未確認生物なのだ。

 と言うことで直ぐにピンと来ました。

 ワタクシこの度転生し、おやゆび姫になりました。

 

 



 




 

 

 

 

 
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