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おやゆび姫
不倫
しおりを挟むそれから事ある毎に執拗に仕事を辞めろと迫る義母と自業自得だと私を責める涼太。しぶしぶながら私は退職を選ぶことになった。だけど専業主婦になったからって妊娠の兆しはなくて、今度は義母から病院に行けという催促の電話が毎日のように掛かってくる。あまりのしつこさに堪りかねて不妊外来で検査を受けたが基本的な検査では異常は見つからなかった。
「まだまだお若いのだし結婚して一年にも満たない、あまり焦るのも良くないですよ」
医師はそう言って困惑したように曖昧な愛顔を浮かべた。涼太が自分の検査を拒否したせいでこれ以上調べようがなかったのだ。けれども義母は涼太に原因があるはすがない、こういうものは女性側に問題があるのだと言って聞かず、セカンド・オピニオンを求めて別の病院にも行かされた。そして結果は変わらず、今度の医師からは不妊治療は夫婦二人三脚でするものだと何故か私が叱られた。
涼太と買い物に行ったスーパーで突然声を掛けられたのはその頃だった。
女子大生だろうか?ミニスカートにフワフワのニットを着た女の子。カラーコンタクトのせいで大きな黒目がなんだか子犬っぽい。
偶然見掛けて驚いて声をかけたとはしゃぐ彼女に反して涼太は早くその場を離れたそうにしていた。そしてさっさと話を打ち切って別れるなり会社のバイトの女の子だと自分から説明を始めた。涼太の会社はホテルのウエイターやウエイトレスの派遣業で大学生バイトなんて沢山いるしばったり出くわすこともあるだろう。それなのに狼狽えている涼太の様子に、私は不安とか胸騒ぎではなく心が急速に冷えていくのを感じた。
涼太の不倫が明らかになった時、私はやっぱりねとしか思わなかった。義母が仕事を辞めろと言ってきた頃から涼太とはぎすぎすしていて、妊活も何も外泊ばかりしていたんだからいつかこうなるだろうとは思っていたのだ。
家を訪ねてきた彼女はエコー写真を差し出して涼太と別れて欲しいと言った。
∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗
「離婚なんてだめよ!」
話し合いの席で大声で叫んだ義母の言葉に私は呆気にとられた。
「相手の女性は妊娠していて涼太さんと一緒になりたいと言っているんです。お義母さんは孫を欲しがっていたじゃないですか。赤ちゃんの為にも私が身を引きます。勿論慰謝料の要求はさせてもらいますけど……」
それくらい当然だ。私のちっぽけなプライドでも全然満たせはしない額にしかならないだろうけれど、それで私は納得しよう、そう思っていたのに義母は益々取り乱した。
「何を言っているの?それじゃ涼ちゃんの戸籍が汚れるじゃない!」
「……は?」
戸籍が、汚れる?
「涼ちゃんに離婚歴が付くなんて赦されることじゃないでしょう!沙織さん、ちょっとよそ見をされたくらいで別れるだなんてとんでもない話よ!大体涼ちゃんによそ見をさせた貴女が悪いの。妻なら愛される努力をするのが当然じゃない!まだ子どももいないのに飽きられるなんて何をやっていたのよ」
責められるなんて思ってもみなかった。私は愕然として涼太を見たが涼太は大きなため息をついて俯いたまま動こうとしない。それを見た義母は宥めるように優しい声で話しかけた。
「ほら涼ちゃん、謝っちゃいなさいな。そうしたら沙織さんも赦してくれるから。それで丸く収まるなら良いじゃないの。バツイチなんて恥ずかしいでしょう?」
「まあね……」
「不倫してバツイチになんかなったら……アイツと同じになっちゃうわよ」
義母が忌々しそうに口にしたアイツとは涼太の父親だろう。妊娠中に不倫された義母は涼太を産んで直ぐに離婚しているのだ。
「お義母さんだって離婚しているじゃありませんか。どうして私はだめなんです?」
『あらやだ……』と義母はニヤリとした。
「アイツと涼ちゃんとじゃ全然違うの。涼ちゃんのはただの遊びなんだから。それを大袈裟に騒ぎ立てて、沙織さんは恥ずかしくないの?」
「だって相手は妊娠しているんですよ!」
「今日は大丈夫だって言われたんだよ!」
涼太は不貞腐れて怒鳴り声を上げた。
「だからってどうして信じたのよ!」
「だって実際沙織は妊娠しないじゃん。妊娠なんてそんなに簡単にするもんじゃないから平気だろうって思っても仕方ないだろう?沙織のせいだよ!」
……何言ってるの?
胸の中が激しい怒りで燃えるように熱い。
「そうよね、涼ちゃんの言う通り。沙織さんがさっさと妊娠してくれたらこんなことにならなかったに。それを悪びれもせずに離婚するから慰謝料を寄越せだなんて、図々しいったらないんだから」
もう話にならない。私はガンガン痛む頭に手を当てながら呻くように声を絞り出した。
「あの娘計画的だと思うけど?涼太に結婚して欲しくてわざと今日は大丈夫って言ったのよ。そんなに涼太が好きなのにどうするつもり?」
「だからってバイト孕ませて離婚してそいつと再婚なんてあり得ないだろ?みっともない!」
「じゃあ赤ちゃんは?彼女、絶対に産むって言ってたけど?」
「産ませたら良いのよ!」
張り上げた義母の明るすぎる声に、私は深い穴に突き落とされるような恐怖を感じていた。
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