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アンネリーゼ

Win-Win

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 「まあどうしましょう!水溜まりに足が入ってしまったわ!直ぐに人を呼ばなければ!」

 空々しい棒読みで言いながらくるっと背中を向けて私は走った。けれども不思議な位に誰もいない。いなければいけないはずの護衛騎士達の姿もない。

 もしフリードリヒ王太子が追いかけてきたら?

 ゾッとした私は振り向いて確かめるのさえ怖くて夢中で走り生け垣の角から飛び出したところで何かにぶつかった。撥ね飛ばされるように倒れて転がった上によく知っている怒鳴り声を浴びせられるなんて不運にも程がある。

 「何をしている!」

 本当にこの人ったら帰国してから直ぐに怒鳴るからうんざりだ。ぶつかったのは悪いけれど私は思わずいまいましげな恨みがましい顔でリードを見上げた。

 リードの腕には今日もまたエレナ様がくっついていて小馬鹿にしたような薄ら笑いを隠そうともせず私を見下ろしている。何をしているってそっちこそ一体何をなさっていらっしゃるんでございましょうね?

 リードは深い溜め息を吐きさも嫌々と言うように私に手を差し出したが私はそっぽを向いて一人で立ち上がった。

 「そんなに服を汚して……君は一体何をやっているんだ?」

 不愉快そうなリードを無視してスカートをパタンパタンと払っていると、顔面蒼白のリリアがあの場にいたはずの護衛騎士達と共に駆けよって来た。

 「妃殿下!どうなさいましたか?」
 「うん、正当防衛的な?ごめんね、靴もスカートも汚してしまったわ」
 「そんなことは構いません。それよりもお怪我は?」

 私が首を横に振ると護衛騎士達が漏らした安堵の溜め息が響く。良く見たら全員揃ってリリアの比じゃない蒼白ぶりだ。

 「申し訳ございません!」

 そう言って騎士達は跪くと項垂れた。

 「小走りに薔薇園を出られたエテルガルド嬢を妃殿下と見間違えてしまいました!」
 「……はい?」
 「エテルガルド嬢を妃殿下と見間違え、どうなさったのかと追いかけてしまいました。しかも何故か、どういうわけか追い付けずようやく追い付いて初めて見間違えに気が付いた次第でして……」

 私と目があったリリアが黙って頷く。今日の私は金色の巻き毛を下ろしたままでリリアは黒髪を結い上げている。明るい水色のワンピースの私と黒いお仕着せに白いエプロンのリリアは背格好だってかなり違う。それを14歳から側にいた騎士達が見間違えるなんてそんな事あるはずがない。

 「アンネリーゼから離れたのか?」

 リードは騎士達に唸るように尋ね、それから私をじっと見つめた。

 「正当防衛、と言ったが……」「ジーク。ねぇもう行きましょう!わたくし、少し寒くなってきたみたい」

 エレナ様の鼻に掛かった声がリードを遮ぎり袖をツンツンと引いている。それはね、貴女の相も変わらず限界突破の高露出度なお召し物のせいだと思うわ。TPOは諦めたとしても季節に見合った服装をなさればよろしいのに。

 でもリードはその辺り何も感じていないらしく変にぼんやりしながら頷くとエレナ様と共に立ち去った。

 「リセ!大丈夫か?」

 追加された顔面蒼白はアルブレヒト様だ。相当慌てて走って来たらしく肩で息をしている。

 「えぇ、この通り汚れちゃっただけ。リリア、着替えを用意して貰っても良い?」

 アルブレヒト様は膝に両手をついて大きく息を吐く。そのまま私を見上げた額には大きな汗の玉が光っていた。



 「気色悪くて気色悪くて悪くて悪くて悪くて悪くて!リリアっ、ひっぱたくのを我慢した私を誉めて!!」
 「それでよろしかったのですわ。あんな男、泥水まみれで充分です。ひっぱたいたりしたら妃殿下の美しいお手てが穢れると言うものです!」

 鼻息も荒くリリアが両手の中指を人差し指に絡ませた。あら、これって前世の西洋じゃ『頑張れ!』のサインって聞いたけど、ここでは懐かしの『えんがちょ』なのですね。

 「そう言えば人を呼ぶって逃げたけど殿下にぶつかったゴタゴタでほったらかしちゃったわね。だけどホントにそれまで誰にも会わなかったのよ」
 「エレナだよ」

 あれ以来ずーっとむすっとして黙っていたアルブレヒト様が吐き捨てるように言った。

 「でもエレナ様は殿下の腕にしがみついて歩いていたけど?」
 「エレナがやったのはリリアをリセに見せる幻影の術と薔薇園に入る道を塞ぐ術だ。もし薔薇園に入ろうとしても周りをぐるぐるさ迷うだけで辿り着けなくしていたんだ」
 「……あの二人、グルってこと?」

 頷いたアルブレヒト様が拳を握りしめている。

 「Win-Winね」
 「なんだそれは?」
 「双方の利害が一致するってこと。協力することで互いの別々の目的がそれぞれ果たせる関係よ」

 だから二人は薔薇園に繋がるあの道を歩いていたのだ。現場に出くわす為にいつもの噴水への道ではなくあえて薔薇園を目指して。

 私を殺そうとして二度も失敗したエレナ様は、命が奪えないのなら心を殺してしまおうとしたんだ。フリードリヒ王太子に合意があったと言われたらリードは私の話なんか聞かないに決まってる。その上もしも誘ってきたのが私だと聞いた時、リードはどちらの言い分を信じるだろう?

 「エレナの術はある程度弾ける。だがそれを第三者が利用したとなれば防御魔法では防ぎようがない。リセ、逃げるんだ。もうこの城は危険過ぎる」
 「逃げられるものならとっくに逃げ出していたわ。それが出来ないから今こうしてジタバタしているんでしょう?」

 私だって怖い。許されるならば全てを放り出して逃げてしまいたい。それが解っていながらどうしてと苛立ち顔を背けた私の手首をアルブレヒト様が強く掴んだ。

 「俺がリセを連れて行く。俺がリセを拉致して逃げたことにすれば良い。南方のユベールとは犯罪者の引き渡し協定が無いんだ。国境を越えたらもうファルシア王室の手は及ばない。リセは自由だ」
 



 

 
 
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