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アンネリーゼ
心変わり
しおりを挟む「それで?」
まるっきり他人事のように平然と先を促した私を見た兄さまはピクリと眉を動かし何かを確かめるように私を見つめ、何だか知らないが何らかの納得をしたらしい。
小さな溜息をつき殿下から聞かされたというエレナ王女の腕の中で目を覚ましてからのことを語りだした。
∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗
僕は自分の心変わりに愕然とした。何故あんなに疎ましく煩わしかったエレナに心惹かれてしまうんだと。しかしどんなに否定しても無駄だった。エレナが微笑めば心が弾み愛しさが込み上げてくる。そして僕の心は益々エレナに強く引き寄せられて行った。
だが一人になって眠ろうと部屋の灯りを消したその時だ。僕の胸に蔓延っていたそんな想いはスッと溶けてしまうかのように消えた。どうしてエレナの笑顔にときめいたのか?この世の誰よりも愛しいと思ったりしたのか?今の僕にはそんな想いは一つとして有りはしない。それなのに何故?
しかし翌朝訪ねて来たエレナを一目見た瞬間に僕は身体が浮き上がるようなときめきを感じた。そればかりではない。一人でいる時にはあんなにも辛かった冷えきって半分氷の塊になりかけているような心臓の痛みが、エレナに触れられると何も感じなくなるのだ。まるで癒されて消えてしまうように。
それでも夜になり灯りを消すとそんな想いは吹き飛んで行く。何を血迷ったのかと頭を抱えてのたうち回るような後悔に、心臓は益々冷たさを増し突き刺すような痛みを感じた。
そんな昼と夜を繰り返した三日後の深夜、亡くなったレオンハルト王子の側近だった人物がこっそりと僕の部屋を訪ね一通の手紙を差し出した。
「レオンハルト殿下からです。もしも自分が亡き者にされてしまったらその時は王太子殿下にお渡しするようにと託されておりました」
「レオンハルトが殺された?!……しかも…………命を狙われていると知っていたのですか?」
「左様です」
「一体誰から?」
「エレナですよ。妹のエレナ王女です」
僕の身体を戦慄が駆け抜けた。
側近は心臓だけでなく全身が凍りついてしまいそうになっている僕にふわりと笑い掛けた。
「この三日間さぞや苦しまれた事でしょう。一時も早くお届けしたいと思いながら王女の目があり直ぐには動けず申し訳ございませんでした。こちらをお読み頂ければきっとその理由がお分かりになるでしょう。けれども今の王太子殿下は瞳に光を受けると自分を見失ってしまわれるので、どうかこの小さな灯りで」
やはりそうだったのかと僕は溜飲が下がる思いがした。あれは心変わりではない。僕の心は何かによって操られていた。そして暗闇の中でもがいていた僕こそが本当の自分なのだ。
僕は手紙を手に取り目を通した。
『これを君が読んでいるのならわたしはもうこの世のものではないだろう。君は今、大きな苦しみの中にいると思う。妹の暴走を止められなかった事を、兄として本当に申し訳なく思う』
妹の暴走、その文字に僕はじわりと汗ばんだ。初めて会った時からエレナが僕に一方的な好意を寄せていることは解っていた。どうにか僕の心を掴もうとしていることも、そればかりではなく何度となく魔術で操ろうとしたことも。
しかしエレナの拙い魔術はお抱え魔法使いエタイが持たせてくれた防御効果を持った魔道具が難なく跳ね返してくれた。そしてその度に僕は益々エレナを疎ましく思うようになった。
それなのにどうして今度はまんまと心を操られてしまったのか?それは手紙を読み進めるに連れて明らかになって行った。
オードバル国王はどんな手段を使っても構わない、アシュール王との婚姻が嫌ならばファルシア王太子妃になれとエレナに命じた。かつて焦がれるように望んだのに手に入らなかったファルシア王太子妃の座。エレナにとって願ってもない命令だった。
エレナは僕を操る為に鏡を割った。僕と共にファルシアに行き王太子妃を追い詰め傷付け、そして確実にその座を奪い取ろうと画策をするだろう。
烈火のように燃え上がる怒りが僕の身体を駆け巡った。
リセを苦しませるなんて到底許せることではない。直ぐに部屋を飛び出そうとした僕だったが、側近は予知していたかのように僕を止めた。
今は何も気付かぬふりをしてエレナを泳がせなければならないと。
エレナは僕とリセの間に愛情などないと信じている。それならば王家がリセよりも自分を選ぶかリセが逃げ出すか、そのどちらかになるように狡猾に逃げ道を塞いでしまえば、望むものは簡単に自分の手の中に転がり込むだろう。それでもリセが今の地位にしがみつこうとするならば、より一層追い詰めれば良いとも。
エレナは鏡の効果が瞳に受けた光によって左右される事を知らない。完全に操られていると見せ掛けながら極力エレナを傍に置く、それはエレナを油断させる為でありエレナを監視し気付かれぬままに自由を奪うことにもなる。
そして時間を稼ぎ無事婚儀を済ませればエレナとて諦めるだろう。
「妻を傷付けると判っていながら国に連れて行けと、そう言うのですか?」
フツフツと沸き立つ怒りと苛立ちの込められた僕の声に側近は深く頷いた。
「断る!どんな目的があろうと妻を苦しめるつもりはない!」
「他に方法がありますか?エレナを刺激すればするほど彼女は激昂するでしょう。妃殿下の心を壊すばかりではなく命までも奪おうとするかも知れません。だが殿下にとって他国の王女であるエレナは手出しの出来ぬ相手です。妃殿下を守りたくばこうするより他にないのです」
静かに諭すようでありながらも厳しいその言葉に僕は黙って従うしかなかった。
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