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アンネリーゼ
現実の王子様
しおりを挟む「俺も王女は童話の世界に行って悪魔の鏡を盗んできたのではないかと思ってね。それで侯爵がオードバルに飛んで調べてくれた、と言ってもほんの30秒で戻って来たから驚いたよ!」
『少々時の流れにも手を加えましたのでね』なんて事も無げに仰る侯爵を見て『やっぱり代替わりの必要って……』と言い掛けた私の左手をリリアがニギニギした。リリアそれ、いつもと用途違うわよね?だけどあの永遠の悪戯坊主も恋するリリアにとっては麗しの王子様なんだから仕方ない。
「何しろ王女は呆れる程荒削りな魔法を使いますから雑な魔法陣の形跡は直ぐに見つかりました。王女の部屋にあった一冊の本からね」
今なんてことなく王女の部屋って言った?当然あちら様にもお抱え魔法使いが居て防御魔法は厳重に掛けられているでしょうに、そんなことをものともしないこのお仕事の速さ。
リリアさん、ニギニギしなくていいのよ。私もう何も言わないわ。
「殿下はわたしが作った防御効果のある魔道具を身に付けていらしたので王女の拙い魔法は跳ね返されてしまう。そこで王女は心を操る違う方法を探したのでしょう。殿下が仰るにはあの本はフリードリヒ王太子の成婚に際してオードバルに行かれた時に、ファルシア王室よりの贈り物として用意され殿下から王女に手渡された物なのだそうです」
皮肉なものだ。少女の好みそうな美しい挿し絵だからと何気なく選ばれたに過ぎなかったであろう絵本。それがやかてこんな事態を引き起こしてしまうなんて誰が思っただろう。その絵本は恋におちた王女にとってリードからの贈り物になり、胸をときめかせながら繰り返し繰り返し何度も読んだに違いない。この鏡があればリードの心を捕らえられるのにとため息を漏らしながら。
「妃殿下は倅に王妃陛下の様子もおかしいと仰ったそうですが、どうやら王女が王妃陛下に贈ったアンクレットに細工をしたようです。それが国王陛下にも影響しています。殿下も異変を感じてはおられましたがあえてそのままにされていました」
「エレナ様に万事上手くいっていると思わせるために、かしら?」
ジェローデル侯爵は満足そうに細めた目の目尻を下げた。やっぱり親子、この表情はアルブレヒト様にそっくりだ。
「それならば、王妃様に関してはそのアンクレットさえ取り除けば正気を取り戻されるのですね」
「何分にもチャチな魔道具です。やってしまえと言われれば今この場からでも無効化できますが?」
「いえ、殿下がそうお考えなら従いましょう」
けれども私はそのせいで理不尽なお説教を喰らいまくったんだから大いに不本意ではあるけれどね。
「エレナ様の狙いは私を排除して王太子妃の椅子に座ること。でも殿下を振り向かせることができずに盗み出した『悪魔の鏡』を割って殿下の心を操った。殿下はそれを知りながら時間稼ぎの為に傷付くわたしを見て見ぬふりをしていた……そこまでは解ったわ」
そう、そこまでは。でもまだまだ理解できないことが多過ぎる。
「でも私、それでも殿下がわからない。ううん、解るのよ、鏡の破片のせいだって解ってはいるの。だけど私をロンダール城に送っただけでひたすら傍観していたのに今更何?どうすれば鏡の効力が消えるのか判っていながら私に直接伝えてくれないのは何故なの?私には殿下がエレナ様の尻尾を掴む事で頭が一杯になっているようにしか見えない。エレナ様をオードバルに突き返す為に私を利用しているだけにしか……」
「実のところ俺もまだ全てに納得はしていない。どうもまだ何か伏せている事があるように感じてもいる。だが殿下がリセを守りたいと思う気持ちは信じられる、そう感じた」
「あれで?しかも今度は兄さま達に丸投げなんでしょう?随分他力本願なヒーローだこと」
「それが現実ってものさ。非の打ち所のない完璧な王子様に見えたって何もかも思い通りになんかならない。失敗もするし悪足掻きもする。それを繰り返して成長していくんだろう。初めから万能な人間なんていないんだ」
現実の王子様は見た目に反して割と情けないらしい。
「妃殿下にお会いになられないのは二つの理由があるそうです。ひとつはひとつは王女が過剰に嫌がり逆上する為。それが元で妃殿下に危害を加えられるのを恐れられておられます。王女は侍女達にそれとなく見張りをさせておりますからね。万が一耳に入ればと危惧されているのでしょう。ロンダール城に迎えに行くにもかなりの用心をなさったとか。気が付かれないように夜明け前に発ちその日の内に戻ったのはそのせいです。城に着いた頃には日が暮れていて鏡の支配下にはありませんでしたが、操られている振りをして王女を油断させておいででした」
「王女はリセの奇妙な行動で呆気に取られ、何かするのではないかという心配は取り越し苦労に終わったらしいと言われたが、お前一体何をしたんだ?」
私はすいっと視線を反らした。何だか思ってたのと違う方向に効果が現れたみたいだけど、兄さまには詳細は言えないものね。
私は兄さまを放置して何食わぬ顔を取り繕ってジェローデル侯爵に向いた。
「もうひとつは?」
「再びご自分が妃殿下を傷付けてしまうのを恐れておられます。憔悴なさった妃殿下のご様子が目に焼き付いて離れなかったと。あんな想いは二度とさせたくない、そう申されておりました」
そう……わたしに最も大きな衝撃を与えたのはエレナ様じゃない。他ならぬリード自身だった。夜会には出るなという冷たい言葉にわたしの心は大きく抉られ、生きる気力を失くしてしまった。
「……でも……」
私の中に新しい疑問が首をもたげた。
何故だろう?どうしてわたしはあんなに絶望したんだろう?何がわたしの心に深い傷を負わせたのだろう?
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