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アンネリーゼ
心の壁を取り払った人
しおりを挟む強い風に吹かれてドーナツみたいに見える風車。そんな風に頭の中を色々な思いが目まぐるしくぐるぐると回った。でもそこから導き出せる答えは何もなくて、見つかったのはただただ自分という人間に対する嫌悪感だけだ。
どうして私はこんなにも浅はかで愚鈍で無神経なんだろう。
「ホント馬鹿ね。私もアルブレヒト様も……」
むくりと首をもたげたアルブレヒト様が顔を傾けて私を見つめパチリパチリと瞬きをした。
「俺の一方的な気持ちだ。リセは関係ないだろう?」
「そうなんだけど、知らなかったから、悪気がなかったから仕方がないでは赦されないこともあるのよ。私今ね、猛烈に無頓着な自分にうんざりしてるの」
「あのな……もしも、もしもだ。俺がリセに好きだと言ったところで普通の女の子らしい反応なんて返ってくるとは思わなかったが……お前今、当事者の俺を置き去りにして全然違う第三者の事で頭が一杯になっているだろう!」
白鳥って便利。お黙り!って言う代わりに嘴を握ればいいんだもの。ただしそこそこ大きな身体を捩って暴れるから大変だけど、でも物理的にお口を塞げるのは白鳥ならではだものね。
「わたくしが普通と違うってお解りなら好都合ですわ。アルブレヒト様に申し上げられるのは一言だけです。アンタ馬鹿でしょ!」
「…………」
大暴れしていたアルブレヒト様がピタリと動きを止めた。落ち込んだ様子で私の膝に預けた頭を何気なく撫で、指先でほっぺを摩るとアルブレヒト様は恍惚とした表情をし大人しくしている。
きっと無意識にやっちゃったんだろうけれど。
「……どうして?とかいつから?とか、何も聞かないのか?」
「えぇ、聞いたところでどうなるものでもないし……ごめんなさい、正直言うと興味も無いわ」
「だろうな!それでこそリセだ……」
アルブレヒト様は嘴を震わせながら乾いた笑い声を上げた。
「あ、でも小さかったわたしを変な目で見ていたなら話は別」「見るか、あんなチビ!」「ッッッ……!!」
大声で怒鳴ったアルブレヒト様についでに指を噛まれ私は痛みで声を呑んだ。
「噛み付かなくても良いのに……」
指を擦りながら恨みがましく言う私を白鳥のつぶらなオメメがギロっと睨んだ。
「リセがふざけた事を言うからだぞっ!言っておくが俺にそんな嗜好は無いからな」
「それなら良いけど……っていうか良くはないわね。だって相手が悪過ぎるじゃない。自分でも自覚が無いのは認めるけど私一応既婚者でそれも国一番の権力者の息子の妻なの。仮に私に応える気持ちが芽生えたとしてもどうにもならないのよ?」
「わかってるさ。リリアにも決してリセには悟られるなって何度も釘を刺された」
私は思わず上を見上げた。
私がリリアの片思いに気が付いていたように、リリアはアルブレヒト様の気持ちを解っていたんだ。仕えている主に懸想する好きな人に、リリアはどんな気持ちで忠告をしていたのだろう。
「だけど……理由は言えないけど教えてくれて良かった。どうもありがとう」
「それも第三者の為なんだろ?結局第三者最優先なんだなぁリセは」
「そりゃあそうよ。アルブレヒト様よりもずっと大切な人なんだもの。それにアルブレヒト様はわかっていたんでしょう?私がこんなだって」
アルブレヒト様は長い首から絞り出すように深く息を吐いた。
「リセにとって俺はユリウスと同じ兄さまだ。絶対にリセが振り向くことなんか無い。何度も自分に言い聞かせた……でも、どうにも俺は諦めが悪いらしいんだよ。だけど断っておくが、リセが幸せで惚けたマヌケ面でもしてくれていたなら俺もこんなに拗らせたりしなかったんだぞ?」
そう言うとアルブレヒト様はスカートに頭を押し付けて顔を隠してしまい『解ってるわ……』という私の慰めにも知らんふりだった。
「確かにわたしには兄さまが二人いるみたいだったんだもの。でもね、それだけじゃない。私、もう誰のことも好きにはなれないと思う。凄く……凄く辛い記憶があるから」
「やっぱりリセの魂は幸せじゃなかったのか?」
「やっぱり?」
「親父が言っていた。リセの魂は前の生で美しさの為に傷付いた記憶を持っている、だから人目に付くのを恐れているんだって」
私はコクリと頷いた。
「わたしがあんなに人見知りをしたのも引っ込み思案だったのも辛い経験のせいだと思う。記憶はなくても肌で覚えていた恐怖が無意識に人間不信にさせていたんじゃないかって。私ね、滅多刺しにされて殺されたの。でも本当に辛かったのは利用されて裏切られた挙げ句に自分の尊厳を踏みにじられたことみたい。心臓が止まるよりも先に、私はもうあの時に殺されていたのかもね」
顔を上げたアルブレヒト様の嘴がカクカクと音を立てている。私は小さな笑い声を上げて両手で頭を包んでほっぺをワシワシした。
「だけどアルブレヒト様はそんなわたしに心を開かせてくれた。兄さま以外で被っていた猫を脱がせたのはアルブレヒト様が初めてだったんだから!わたしに人を信じても良いんだって教えてくれたのはアルブレヒト様なのよ。だから一番じゃなくてもアルブレヒト様も私の大切な人。けれどもアルブレヒト様と私の気持ちはそれぞれに真っ直ぐ進む二本の光なの。何処まで行っても交わったりしないわ」
「違いないな」
アルブレヒト様はペタペタと歩いて行った向かいのソファに跳び乗って、ユラユラと首を振ってから意を決したように私を見つめた。
「でももう一人居るんだろう?泣いたり笑ったり怒ったり拗ねたりした本当のリセを知っているヤツが」
「そうね……彼もわたしの心の壁を取り払った人だったわ……」
心の中に漣が立ち気持ちが乱れてざわつくのを私は確かに感じ取っていた。
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