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僕の奥さん
ほらね
しおりを挟む「リード、ごめんなさい。私この頃凄くイライラするの。それに直ぐ泣きたくなっちゃうし」
「大目に見なくてはなりませんよ、妊娠初期はそういうものです。新しい命を宿したばかりのお身体は戸惑っておいでなのです」
ヘルベルト先生のフォローにリードは項垂れて首を振り涙目で微笑んだ。
「夢みたいだ……」
「リリアには早く診察を受けた方が良いって言われていたんだけど、違っていたらと思うと気が重くて……」
恐らく強いストレスを受けた為だと思われるがこの一年私はかなりの生理不順だった。そして気にしなくて良いといわれてもやっぱり物凄いプレッシャーを感じていた。
それにローレンツ君が可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて。甥っ子がこんなに可愛いなら我が子ならどんなにか……なんて思うようになってしまった。そして私とリードの赤ちゃんがお腹に宿るのを待ち望むようになったのだ。
来るはずのものが来ないのは良くあることだ。でもいくらなんでも遅い。だけど悪阻らしい悪阻も始まらず、始まったのは気分の乱高下とイライラ、それから『食べるのが面倒』で『杏ジャム食べたい!』。
確信が持てなかった私は妊娠ではないと診断されるのが怖くて受診を先延ばしにしていたのだった。
『早いわね。もう半年過ぎたなんて』
思えば前世の私が追い詰められていくきっかけになったのは涼太の母親のあの言葉だった。だから燕の私も半年という区切りに知らず知らずに怯えていたのかも知れない。
誰も責める人なんていない。でも新しい命を待ち望む気持ちは自分でも驚くくらい強烈で、だからこそ『残念ながら懐妊ではありません』と言われるのが怖くてたまらなかった。
「こんなにすぐにとは夢にも思わなかったの。身体の調子も良くなかったしきっとなかなか出来ないだろうって。だから期待してがっかりするのが嫌できっと違うって思い込もうとしていたのよ。だって熱っぽいとか眠いとか怠いとか、全く無いんですもの」
「間違いございません。妃殿下はご懐妊なされておいでですよ」
ヘルベルト先生に力強く言われた私はニマニマしながらお腹を見下ろした。
「夢みたいだ……」
リードはもう一度同じ言葉を呟いて私の前に跪いた。
「僕の可愛い奥さんはどれほど僕を幸せにしたら気が済むんだろうね?」
「さぁ?でもね、この子が無事に生まれたら今の何十倍も幸せをくれるわよ。だってあの兄さまがローレンツの誕生であっさり妹離れしてくれたくらいだもの」
「……そうだな。凄まじい威力に違いない」
リードは深く納得したようにコクリと首を振った。
「ありがとう、僕の奥さん。僕にこんなに大きな幸せをくれて」
リードがそっと握って頬を寄せた私の手が濡れた。その涙は私の手から心の中まで染み込んで私の胸を幸せで満たしていく。
私の赤ちゃん。私とリードの赤ちゃん。
夏の盛りにお外に飛び出してくるあなたはどんなお顔をしているだろう?どんな髪の、どんな瞳の色をしているだろう?
そしてどんな魂を持っているのだろう?
どんなあなたでも良い。私は持てるだけの愛情をあなたに注ぐ…………のは多分無理ね。あなたの父さまはヤキモチ焼きなんですもの。だから少しだけ父さまに分けなきゃならないけれど、でも私は……母さまは誰よりもあなたを愛してるわ。
でもね、あなたには申し訳ないけれども父さまはちょっと違いそうなの。だって父さまは重くて息苦しくなるくらい母さまを愛してくれていて、それは生涯変わりそうに無いんですもの。
「愛してるよ、僕の奥さん。たとえ何が有ろうとも、僕のこの愛は永遠に君だけのものだ……」
美しい碧紫色の瞳を潤ませながらリードが囁く。私は両手のひらをお腹に当てて『ほらね』とこっそり呟いた。
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