王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【第二部ダイジェスト】王太子視点

09 鹿とトリカブトと生卵 (幕間)

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 旅の途中、昼食の設営で馬車を止めた。
 数十人が随行する馬車旅なので、食事の準備も大掛かりなのである。

 ひまつぶしにサフィージャと一緒に草原をうろうろしていると、彼女はふいにしゃがみこんだ。

「どうしました?」
「トリカブトが生えてる」

 サフィージャが指し示したのは枯れ草だった。
 二月なので、草原のほとんどの草が黄土色である。

「枯れ草のようですが」
「トリカブトは枯れても根っこがあればまた来年生えてくる」
「よく知ってますね」
「まあ、これでもプロだからなあ」

 彼女はどこからともなく手袋を取り出してはめ、ずぼっと根っこを引っこ抜いた。

「すごいな。みっしり生えてる。こっから向こうまでたぶん見渡す限り全部トリカブトだぞ」
「危ないですね。毒草じゃありませんでしたっけ。なんでこんなところに生えてるんです?」
「トリカブトはけっこうどこにでも生えてるぞ。王宮のすぐ横の森にも生えてる。誰でもすぐに手に入るから、庶民の女が夫を毒殺するときはトリカブトが定番なんだ」

 クァイツは大げさにおどろいて、身を引いた。

「……サフィージャ、あなた、まさか、そのトリカブトで……?」
「心配するな。まだお前は殺さない。まだ何も遺産が取れないからな」
「ひどい……! 私のお金が目当てだったんですね?」
「やっと気づいたのか。鈍い男だな。この国の財宝は私のものだ」
魔女ソルシエール……!」
「はははは」

 サフィージャはけたけた笑っていたが、ふいに笑みを消した。

「……そういえばあの農村で、森林の使用許可が下りないって話をしていたな」

 初日に泊めてもらった村のことを言っているらしかった。

 森での狩りは基本的に貴族の権利である。
 なので領民に対し、勝手に野生動物を獲るな、という規制がかかるのは何も珍しいことではないが、さらにこの一帯では薪を採るのも禁止とあって、村では生活用の燃料が手に入らず、困っていた。

 見かねたサフィージャはランスの大司教代行の権限を濫用して村の使用許可を出し、村人から大いに感謝されたのだった。

 ……あそこの村で豆を食べさせてもらったのはなかなかよかった。
 またやってもらいたい。
 今度はふたりきりのときに。

「狩猟が禁止されてたと言っていたな。鹿をよく見かけるし、その関係かもしれん」
「どういうことです?」

 サフィージャは遠くに見える鹿を指さした。
 彼らは耳をさかんに動かしてこちらの動きを警戒しながら、草を食んでいる。

「鹿が増えすぎると、毒草だけよけて、めぼしい草を食いつくしてしまうことがあるんだ。あとに残るのは一面の毒草地帯というわけだ。ほら、トリカブトだけじゃなく、あの草も、あの草も、みーんな毒草だ」
「こんな身近なところにそんな危険が潜んでいたなんて……」
「別に、そう危なくもないぞ。人を殺せる毒なんて、案外どこにでも転がってる。たとえば生の鶏卵。これは味もいいから、食事に混ぜるのに向いてる」
「でも、生卵が食事に混ざっていたら、さすがに気がつくと思うのですが」
「そう、見破られないようにするのが難しいんだ、毒殺ってやつはな」

 サフィージャはひとくさり毒殺に関するうんちくを述べた。
 毒草は口に含むと苦味やしびれを感じるから、そもそも毒殺に向いてない。
 即効性があって症状が激しく出るのが多いから、経過や死体を見れば何を盛られたのかもおおよそ見当がつく。

「結局、毒薬で一番大事なのはもとの材料の威力ではなくて、扱う人間の知識なんだ」

 ひと口含めば死の危険があるような猛毒は鉱物由来のものに多いが、素人が扱っても自分を危険にさらすだけ。
 味や匂いを目立たせず、ゆっくり効くよう量や配合を調整し、少量ずつ体内に蓄積させる。
 そんな風に毒を扱えるのは魔女だけだ、ということだった。

 さすがに本職だけはあって、彼女が言うと迫力がある。

「どうした? 怖くなったか。心配するな。お前には私がついてるじゃないか。私は解毒剤や中和剤もいっぱい持ってるぞ」
「いえ、あまりあなたを怒らせるのはよくないのだなと改めて気を引き締めているところです……痛。痛いです」
「生意気なことを言うのはこの口か」

 サフィージャにほっぺたを引っ張られて、痛いはずなのに、クァイツはちょっとにやけた。

 昨日はすこし喧嘩のような状態になってしまったが、今日はずいぶんいい感じだ。
 くだらない話ができるのは、それだけ彼女が心を開いてくれている証である。

 できればこの先もこの調子でいきたい。
 切実に、そう思った。
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