89 / 115
【第二部ダイジェスト】王太子視点
09 鹿とトリカブトと生卵 (幕間)
しおりを挟む旅の途中、昼食の設営で馬車を止めた。
数十人が随行する馬車旅なので、食事の準備も大掛かりなのである。
ひまつぶしにサフィージャと一緒に草原をうろうろしていると、彼女はふいにしゃがみこんだ。
「どうしました?」
「トリカブトが生えてる」
サフィージャが指し示したのは枯れ草だった。
二月なので、草原のほとんどの草が黄土色である。
「枯れ草のようですが」
「トリカブトは枯れても根っこがあればまた来年生えてくる」
「よく知ってますね」
「まあ、これでもプロだからなあ」
彼女はどこからともなく手袋を取り出してはめ、ずぼっと根っこを引っこ抜いた。
「すごいな。みっしり生えてる。こっから向こうまでたぶん見渡す限り全部トリカブトだぞ」
「危ないですね。毒草じゃありませんでしたっけ。なんでこんなところに生えてるんです?」
「トリカブトはけっこうどこにでも生えてるぞ。王宮のすぐ横の森にも生えてる。誰でもすぐに手に入るから、庶民の女が夫を毒殺するときはトリカブトが定番なんだ」
クァイツは大げさにおどろいて、身を引いた。
「……サフィージャ、あなた、まさか、そのトリカブトで……?」
「心配するな。まだお前は殺さない。まだ何も遺産が取れないからな」
「ひどい……! 私のお金が目当てだったんですね?」
「やっと気づいたのか。鈍い男だな。この国の財宝は私のものだ」
「魔女……!」
「はははは」
サフィージャはけたけた笑っていたが、ふいに笑みを消した。
「……そういえばあの農村で、森林の使用許可が下りないって話をしていたな」
初日に泊めてもらった村のことを言っているらしかった。
森での狩りは基本的に貴族の権利である。
なので領民に対し、勝手に野生動物を獲るな、という規制がかかるのは何も珍しいことではないが、さらにこの一帯では薪を採るのも禁止とあって、村では生活用の燃料が手に入らず、困っていた。
見かねたサフィージャはランスの大司教代行の権限を濫用して村の使用許可を出し、村人から大いに感謝されたのだった。
……あそこの村で豆を食べさせてもらったのはなかなかよかった。
またやってもらいたい。
今度はふたりきりのときに。
「狩猟が禁止されてたと言っていたな。鹿をよく見かけるし、その関係かもしれん」
「どういうことです?」
サフィージャは遠くに見える鹿を指さした。
彼らは耳をさかんに動かしてこちらの動きを警戒しながら、草を食んでいる。
「鹿が増えすぎると、毒草だけよけて、めぼしい草を食いつくしてしまうことがあるんだ。あとに残るのは一面の毒草地帯というわけだ。ほら、トリカブトだけじゃなく、あの草も、あの草も、みーんな毒草だ」
「こんな身近なところにそんな危険が潜んでいたなんて……」
「別に、そう危なくもないぞ。人を殺せる毒なんて、案外どこにでも転がってる。たとえば生の鶏卵。これは味もいいから、食事に混ぜるのに向いてる」
「でも、生卵が食事に混ざっていたら、さすがに気がつくと思うのですが」
「そう、見破られないようにするのが難しいんだ、毒殺ってやつはな」
サフィージャはひとくさり毒殺に関するうんちくを述べた。
毒草は口に含むと苦味やしびれを感じるから、そもそも毒殺に向いてない。
即効性があって症状が激しく出るのが多いから、経過や死体を見れば何を盛られたのかもおおよそ見当がつく。
「結局、毒薬で一番大事なのはもとの材料の威力ではなくて、扱う人間の知識なんだ」
ひと口含めば死の危険があるような猛毒は鉱物由来のものに多いが、素人が扱っても自分を危険にさらすだけ。
味や匂いを目立たせず、ゆっくり効くよう量や配合を調整し、少量ずつ体内に蓄積させる。
そんな風に毒を扱えるのは魔女だけだ、ということだった。
さすがに本職だけはあって、彼女が言うと迫力がある。
「どうした? 怖くなったか。心配するな。お前には私がついてるじゃないか。私は解毒剤や中和剤もいっぱい持ってるぞ」
「いえ、あまりあなたを怒らせるのはよくないのだなと改めて気を引き締めているところです……痛。痛いです」
「生意気なことを言うのはこの口か」
サフィージャにほっぺたを引っ張られて、痛いはずなのに、クァイツはちょっとにやけた。
昨日はすこし喧嘩のような状態になってしまったが、今日はずいぶんいい感じだ。
くだらない話ができるのは、それだけ彼女が心を開いてくれている証である。
できればこの先もこの調子でいきたい。
切実に、そう思った。
0
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。