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【第二部ダイジェスト】王太子視点
10 銅貨がないのなら銀貨を使えばいいじゃない (幕間)
しおりを挟むそれは旅の途中の雑談だった。
時間をつぶすためだけの会話である。
内容そのものに意味はなく、うそや誇張もふんだんに盛り込まれていて面白いが、聞いても明日には忘れている。
そんなやり取りが続いていた。
クァイツはそういうひまつぶしをサフィージャと一緒にできることが楽しくてしょうがなかった。
うれしかったのであれこれ何くれとなくしゃべったが、どうもサフィージャはクァイツのことをとんでもない世間知らずだと思っているらしく、何かとお坊ちゃんだと突っ込んでくる。
話を盛り上げたかったクァイツは、若干大げさに世間知らずを演じていた。
そんな雑談の延長で、クァイツが自分で買い物をしたことがないと言うと、サフィージャはスゴい顔で彼を見た。
珍獣。
見たこともない極彩色の珍獣が目の前に現れた、みたいな顔をしている。
それから彼女は自分の財布を取り出した。
ポシェット型で、ベルトから吊り下げるタイプの、よく見かける金貨袋である。
銀貨や銅貨を並べて、
「お前はこういうのを見たことがないのか」
と聞いてくる。
「ないですね」
うそではなかった。
実際に、クァイツは自分で財布を持ち歩いたりはしない。
そういうのは全部付き人がやるし、そもそも買い物に行く、という発想がまずない。
必要であれば商人を自分の部屋に呼ぶからだ。
よって、金貨以外の実物を目にする機会などほとんどなかった。
最小単位のドゥニエ貨など、帳簿の上にしか存在しない幻の硬貨ぐらいの認識である。
だいたいそんなようなことを答えると、彼女は何やらわけ知り顔で深くうなずいた。
「お前はまったく期待を裏切らない男だな」
「ありがとうございます」
「いや、褒めてはいないんだが」
クァイツとしては彼女が楽しんでくれればそれでいいので、よく分からないという風に首をかしげておいた。
彼女は硬貨をスカートのひざの上に並べて、
「いいか? これが首都貨の一ドゥニエだ。これひとつでパンがひとつ買えるから、庶民が一番よく使う。やけにギザギザしてるのは、誰かが銀メッキをちょっとずつはがしてるからだな。お釣りを受け取るときは、こういう改造されてる硬貨に気をつけないといかん。それから……」
と、ひとつひとつ手に取って、名前を教えてくれた。
サフィージャは十話しかけたうちの九はそっけなく返してくるが、たまにこうやってやさしく相手をしてくれるので油断ができない。
たぶん、根はまじめでやさしい女性なのだと思う。
今はちょっとひねくれていて冷たいが。
「これが首都貨の一グロ、こっちはトゥール貨の十ドゥニエ……で、これがトゥールーンの一ディナール。こっちはモー貨。こっちは失地王の一ペニーですね」
「それで合ってる。さすがに飲み込みは早いな」
「でも、こんなに硬貨の種類を知っているなんてさすがですね」
もう、サフィージャの目が言っている。
――常識だっつうの。
口に出さないところが彼女なりのやさしさである。
「それにしても、一ドゥニエ銀銅貨ってあってもなくてもいいような小銭ですよね。いっそドゥニエ貨は廃止して、すべての買い物にグロ銀貨を使わせるようにしたら少しは活性化するかもしれません。パンの値段も最低一グロからにすればいいんですよ」
クァイツがつらつらと思い付きで冗談を言うと、サフィージャは絶句した。
「……市に行こう」
彼女はひしっとクァイツの手をかたく握った。
「ちょっと寄り道して、ラニーの市に行こう。たしかかなり近くを通っているんだよな?」
「ええ、まあ、そうですが……急にどうしたんです?」
「市はいいぞ。楽しいぞ。いろんな露店があるんだ」
「でも、往復で三日くらいかかると思いますが……先を急ぎたいとこないだおっしゃってませんでした?」
「気が変わったんだ。ちょっとぐらい観光してもいいだろう。それともお前は私と旅行するのは嫌か?」
「まさか」
「じゃあ行こう。ぜひ行こう。この国の未来のために」
「なんで未来のためなのかはよく分かりませんが……」
「お前は市井というものが分かっていなさすぎる。一度庶民の暮らしの現実というものを見たほうがいい」
クァイツも市場に行ったことはある。
しかし彼が買い物をするときは現金のやり取りなどいちいちしない。
まず、両替商のところに行って金貨袋を渡す。
そのあと店を回って好きなものを買い、王家の名前でツケにしておく。
すると、帰るときには差し引きの差額を両替商が用意してくれるのである。
足りなくてもあとで王宮に請求書がいくだけだからなんら問題はない。
しかもその上、これらの手順も全部従者がやってくれるのである。
つまり――現金決済や両替などをしたことがないだけで、買い物の経験はそれなりにあった。
もちろん、値切り交渉なども全部従者任せではあるが。
それでも、サフィージャと一緒に旅行できるのがうれしくて、彼はその勘違いに乗っかることに決めた。
それにしても騙されやすい女性だ。
なんでもかんでも鵜呑みにしないほうがいいと思うのだが。
そこも彼女の魅力といえばそうかもしれない。
弱いものを助けて、無知な人間には親身になってものを教えようとしてくれるところなんかはかわいらしい。
――クァイツからすれば、彼女のほうがよほど世間知らずだった。
***
「あの、クァイツ殿下」
ザナスタンがとてもきまり悪そうに話しかけてきた。
「典礼技官どのの伝書鳩でやってまいりましたが……あまり旅程を狂わされると、飼い葉の調達などでご不便をおかけいたしますので、殿下におかれましてもようようお考え直しいただくようにと……」
つまり、寄り道ばっかりされたら手配がめんどくさいのでやめてほしい、ということだろう。
「自分で直接具申しにこいと伝えてください」
「か、彼らもさすがに……ねえ……? 殿下に向かってそのような……『殿下すぐにクビ切るし怖い! 典礼技官困っちゃう!』と思っているのでは……」
「おや、よく分かっているようで」
「……どうしてもラニーにお立ち寄りになるのでございますか?」
「このくらいの予定変更もろくにできないような技官ははたして技官と呼べるのでしょうか。頭の命令に逆らう手足はいりませんね」
ザナスタンはがくりと肩を落とした。
「委細承知いたしました……仰せのままに」
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