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【第二部ダイジェスト】王太子視点
25 はたらく魔女さまと王太子 (幕間)
しおりを挟むクァイツは施療院にいた。
施設ではちょうど、四旬節の行事のひとつ、難病患者の足洗いが行われていた。
遠くのほうに、水桶と薬草、包帯を広げて患者と格闘しているサフィージャが見える。
クァイツは横で握手会をやっていた。
王の仕事のひとつに、難病患者との握手会というのがあるのだ。
聖書の預言者は手で触れただけで失明した患者を癒やし、皮膚病を治し、足が不自由な人を歩けるようにしたという。
王の手にもそのような奇跡の力があると、人々は本気で信じているのである。
もちろん触ったぐらいで病気が治ったら苦労はしない。
病を治すのは医者である。
それこそサフィージャのような。
ずっとよそ見をして、サフィージャのほうを観察していたが、彼女はじつに楽しそうだった。
もともと誰かの世話を焼くのが好きなのだろう。
汚れがよく落ちるという木の実で患者の垢を落とし、わざわざ蒸発させてから再結露させるという謎の手間をかけて純度を高めた蒸留酒で患部を清め、しかじかの薬を塗り込み、なぜか一度お湯で煮て天日干しした包帯でぐるぐる巻いていく。
あいかわらず彼女の治療は独自性が高い。
宮廷魔女たちの中でもかなり異色である。
しかしこれが病にいちじるしく効くのも確かなのだ。
彼女が言うには『汚染の毒は火の力で清められる』ということだが、医術にそういう概念はなかったと思う。病を遠ざけるのは信仰であり、よい芳香である。クァイツも専門ではないのでよく知らないが。
彼女の信奉している宗教的なものだろうか。
彼女によると、疫病の神さまや汚染の神さまよりも「炎の神さま」のほうが格が上なので、とりあえずなんでも燃やしておいたら間違いない、らしい。
……本当にそういうものなのだろうか。
拝火教のこともよく知らないが、たぶん彼女のオリジナル解釈もかなり入っているような気がする。
なにしろ、彼女のところの拝火教はそもそも死体の火葬も土葬も厳禁だ。
火が汚れる、土が汚れる、ということだが、しかし彼女自身は割合抵抗なく病死体を焼くし、国教徒が死ねば土葬にもしてあげているようだ。
自分のところの教えが絶対、とはならない独特のゆるさは、異教徒の集いである宮廷魔女ゆえか。
それはともかく。
サフィージャの作業は続く。
膿んだところにお湯がしみて痛いとガミガミ怒る患者が出たりしたが、彼女はやさしく「すまなかった」と言い、引き続き丁寧に洗ってやっていた。
……クァイツなら嫌気が差すような仕事だ。
汚れた患者に触れ、施しをしてやっているのに理不尽に怒鳴られ、しかもそれで対価が発生するわけでもない。無料奉仕だ。
おそらく、根っからお人よしなのだろう。
相手が喜んでくれているのを見て自分も喜べる、という、そういう奇特な感性の持ち主なのだ。
そこがたまらなくかわいいのであるが。
日も暮れかけてそろそろ行事も終わるというころ、サフィージャがとことことクァイツのほうに寄ってきた。
クァイツはそれだけで少し緊張した。
何か用事なのだろうか、それとも単にすれ違いたいだけなのだろうか。
期待しすぎるとあとがつらい。
彼女はクァイツを捕まえると、
「明日裁判所に行きたいんだが、馬車を貸してくれ」
すぱっと用件だけを切り出した。
そっけなさすぎる。
と思いつつ、ちょっとうれしくなってしまう自分が恨めしい。
「本当に行くんですか……? そんなにいいところではありませんよ」
「枢機卿の言ってたことも気になるし」
クァイツは馬車のほかにも、護衛を三人貸しだす約束をした。
ランスは今や強盗、強姦、殺人事件の巣窟だ。道路にも物乞いがあふれている。
「決して馬車から降りないと約束してください。建物の外に出るときは、必ず護衛を全員連れて歩くこと。いいですか?」
「なんだかものものしいな……」
用事が済んだらあっけなく終わってしまいそうな会話に、やりきれない気持ちがこみあげた。
めったにない会話のチャンスなのに、好きだと言うこともできない。
あたりには大勢の患者が行き交っていて、聖職者たちが片づけをしている。
「お気をつけて。あなたにもしものことがあったら、私は悔恨に胸を焼かれて、自分を許せなくなってしまいます」
勝手に手の甲を引き寄せて、そこにくちづけた。
せっかく触れられたのに、少しも気分が晴れない。
今、この場で許されている接触はそこまでなのだと思うと、もっと寂しさが募った。
名残惜しくて手を握ったまま離さないでいたのに、彼女は残酷にもぱっと振りほどいた。
「大げさだな。少し行って帰ってくるだけだ」
彼女のつれなさに、ため息が出そうになった。
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