【R18】仕方ないから、結婚してやる~ツンデレ御曹司と、傷の舐め合い契約婚~

染野

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66.契約の終わり(6)

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 戸惑いながら彼女に声をかけると、寿々音さんははっとして居住まいを正した。そしてコホンと咳払いをすると、まじめな顔をして話し始める。

「ほんまのこと言うとな。このまえ笹屋飴さんに行くまでは、あなたと晶さんがお互いにちゃんと好き合うてるなんて思てなかったんよ。二人とも目の前の問題から逃げるためだけに、やむを得ず結婚したと思うてたから」
「えっ……」
「そんな急ごしらえの結婚相手なんかより、私が晶さんと結婚したほうが笹屋飴さんのためになるし、私にとっても都合がええ。せやから、あなたにあの話をした」

 寿々音さんの言葉に、私は驚いてぽかんと口を開けることしかできなかった。彼女はそんな私を見てふっと笑ってから、思い出すようにあの時の話をする。

「それやのに実際に会うてみたら、あなたはびっくりするくらい怒らはるし! 晶さんは晶さんであなたのことを心から信頼したはるし、なんや思てたんと違うやん! ……って、拍子抜けしてん」

 くすくすと笑う寿々音さんに、私は戸惑いを隠せない。彼女は廊下を通りかかった先ほどの女性に「桜薯蕷でも持ってきて」と声をかけると、目を細めながらつぶやいた。

「正直言うと、晶さんにはちょっと仕返ししたい気持ちもあってん。婚約まではしてへんかったけど、顔を合わせたあと一方的に縁談を断られたんやから! そんなん失礼すぎるやろ!? せやから少し脅かして意地悪したろ、て」
「い、意地悪って……! 晶、本気で怖がってました」
「うん。せやから、帰ったら私が謝ってたって伝えといて」

 けろりとした態度で言う寿々音さんを見て、なんだか力が抜けていくような気がした。そんなことならあの場で言ってくれればよかったのに、とは思ったが、それも含めて彼女は私たちを試していたのかもしれない。

「そ、それじゃあ寿々音さんは、晶と結婚することを諦めてくれるんですか……?」
「そういうことや。まあ、笹屋飴さんの経営を任せてもらえたらええなぁ、とは本気で考えとったけど……あなたと晶さんの態度を見るかぎり、それも難しそうやしなぁ。他を当たることにするわ」

 少しだけ寂しそうに寿々音さんが言う。晶との結婚に関しては拍子抜けするほどあっさりと諦めてくれたが、やはり彼女は笹屋飴という会社のほうに大きな魅力を感じていたらしい。
 実家のお店を継ぎたくても継げない、という寿々音さんの境遇を聞いたせいもあって、少しだけ彼女が不憫に思えた。

 「――お取り込み中、失礼します。寿々音、桜薯蕷持ってきたで」

 そのとき、廊下から男性の声が聞こえてきた。
 寿々音さんが返事をすると、するすると障子戸が開く。そこにいたのは、鶯色の着物に身を包んだ男の人だった。
 驚きながらも慌てて「お邪魔しています」と頭を下げると、その男性は元から細い目をさらに細くしてにっこりと微笑む。

「初めまして、寿々音の兄です。すみませんねぇ、お話し中やったのに声かけてしもて」
「えっ……お、お兄さんだったんですね! 初めまして、笹波美雨と申します!」

 自己紹介をする私に、彼はまた深々と頭を下げた。そして顔を上げると、何やら嬉しそうににこにこしながら私と寿々音さんの前に可愛らしい桜色の和菓子を置いてくれる。

「おおきに、兄さん。そやけど珍しなぁ、兄さんがわざわざ私のお客さんに挨拶しに来はるやなんて」
「はは、せやなぁ。いつもは寿々音と商売の話しに来はるお客さんばっかりやから、僕は邪魔せえへんように隠れてんねん。せやけど今日は寿々音のお友達が来てはるいうから、なんや嬉しいてなぁ」

 そう言って優しい笑みを浮かべるお兄さんに、寿々音さんは困ったように小さく息をつく。それから、告げ口でもするかのようにひそひそ声で私に向かって言った。

「な、前に言うたやろ? うちの兄さん、人が好すぎて商売に向いてへんのよ。相手に泣き落としでもされたら、どんな詐欺にでも引っかかってしまうわ」
「えっ……そ、それは困りますね」
「おーい。聞こえてるでー」

 おどけたように口を挟んでくるお兄さんに、思わず私も笑みをこぼした。寿々音さんとは性格がまったく違うのか、お兄さんはのほほんとした様子で「寿々音は厳しいなぁ」と苦笑している。
 商売に向いていない、と寿々音さんが言うのも頷けるが、のんびりとした空気を纏うお兄さんのおかげで少し気持ちが和らいだ気がする。

「ほな、僕はこれで。お寺さんに頼まれてた分、配達に行ってくるわぁ」
「もうっ、すぐ配達に逃げる! 池芳軒の若旦那がそのへんほっつき歩いてるて、またご近所さんに笑われるえ!」
「あはは、別にええよ。ほな笹波さん、失礼します。ちょっと気ぃ強い妹やけど、仲良うしたってくださいね」

 笑顔を見せたままそれだけ言うと、お兄さんはすぐに部屋を後にした。
 向かいに座る寿々音さんのほうを見れば、彼女はなんだか照れくさそうに頬に手を当てている。

「美雨さん、堪忍な。うちの兄さん、いつもあんな感じやねん」
「いえ。本当に優しいお兄さんなんですね」

 私の言葉に、寿々音さんは困ったように笑いながらも確かに頷いた。
 それから彼女は、「召し上がって」と目の前に置かれた和菓子に目を向ける。寿々音さんにぺこりと頭を下げてから、おずおずとその桜色のお饅頭を口にした。そのとたんに優しい甘さとほのかに香る桜の香りが口いっぱいに広がって、思わず感嘆のため息が漏れる。

「おいしい……!」
「せやろ? うちの春のお菓子や。うちのは四国の和三盆を使うてるから、甘味がくどくないんよ」

 寿々音さんの言う通り、確かに甘いがまったくしつこくない。上に乗った桜の塩漬けもいいアクセントになっていて、これならいくらでも食べてしまいそうだ。
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