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67.契約の終わり(7)
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「あ、あの……ところで寿々音さん、どうしてわかったんですか? 私が、その……晶のこと……」
先ほどの発言によれば、寿々音さんは前に会った時点で私が晶を好きだということに気づいていたという。彼女の前でそう勘ぐられるような言動をとった覚えはないし、そもそもあのときは私自身まだ晶へのの気持ちに気が付いていなかったのだ。
恥ずかしさから言葉を濁しながら尋ねると、寿々音さんは呆れたように言い放った。
「そんなん、あの反応見たらわかるに決まってるやん! 絶対に離婚はせえへんとか、晶さんが平穏に暮らせたらそれでええとか、ただの幼馴染に言う言葉と違うし。好きで好きでしゃあない、いうんがだだ洩れやったやないの」
「なっ……!」
かあっと頬が熱くなる。寿々音さんは私の反応を見てにやりと笑ったあと、ふと真剣な顔に戻って口を開いた。
「せやけど、さっきの話は聞き逃されへんなぁ。晶さんに他に好きな人がおるって、それはほんまなん? どこの誰?」
「あ……えっと、私も詳しくは知らないんですけど」
「はああ!? あんた、どこの誰とも知らん女に大事な人をおめおめと譲るん!? 仮にも夫婦なんやから、それくらい聞き出さな!!」
突然の大声に、思わず身が竦む。確かにそれは寿々音さんの言う通りだが、その『本当に好きな人』のことを知るのが怖いのだ。
「で、でも……晶は、その人のことを私に知られたくないみたいで」
「ふうん? もしかして、スマホにメッセージが来てるとこでも見てしもたん?」
「えっ!? は、はい。まさにそれで……」
鋭い勘を披露する寿々音さんに驚きつつ、私はそのメッセージを見てしまったときのことを話した。そのあと晶が慌ててスマホを隠したことまで全部話すと、寿々音さんは顎に手を当てながら低く唸る。
「うぅーん……それだけやったら、なんとも言われへんなぁ」
「そう、ですね……でも、聞くのが怖くて」
「そんなん言うてる場合と違うわ! 問い詰めて白状させたったらええやん! もしそれがただの勘違いやったら、もう偽りの夫婦でもなくなるし!」
「えっ? で、でも、仮に勘違いだったとしても、晶は私のことなんて好きじゃないし……」
目を伏せながら言うと、寿々音さんは身を乗り出してぺしんっと私の頬を軽く叩いた。軽いとはいえ突然のビンタに驚いた私は、目を真ん丸にして寿々音さんを見る。
「あんた、ほんまもんのアホやな! 晶さんがあんたのことを好きやなんて、ちょっと会うただけの私でもわかるわ!」
「え……嘘だぁ」
「嘘だぁ……!? もしかして、ほんまにわからへんの? 晶さんもあなたのこと、好きで好きでしゃあない、いう目で見とったの」
「だ、だって……晶が私のことを好きになるなんて、絶対にないです。天地がひっくり返ってもないと思う」
きっぱりと言い切ると、寿々音さんはあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。まるで言葉が通じない相手と対峙しているかのような顔だ。
そんな彼女の反応に戸惑っていると、寿々音さんは何やら考え込んでから怪訝な顔をして尋ねてくる。
「ほな、逆に聞くけど。なんで美雨さんは、晶さんが自分のことを好きにならへんって思うん?」
「え……だって、幼馴染ですよ? 小さい頃からずっと一緒で、お互いの嫌なところも情けないところも全部見てきたんです。現に、今でも喧嘩ばっかりだし……そんな相手、好きになるわけないじゃないですか」
「せやけど、それでもあなたは晶さんのことを好きにならはったんやろ? ほな、晶さんがあなたのことを好きになる可能性もあるんと違う?」
その言葉に、私は思わずぴたりと動きを止めた。
確かに、結婚した当初は自分が晶のことを好きになるなんて思いもしていなかった。口が悪くて、プライドが高くて、負けず嫌いな晶のことなんて「うっとうしい近所の悪ガキ」くらいにしか思っていなかったのだ。
それがどういうわけか、今ではこうして彼のために京都まで足を運んでしまうほど大切な存在になっている。晶の言葉一つで心が晴れて、晶に抱きしめられるだけで気持ちが落ち着く。晶が笑って過ごせるならそれだけでいいと思ってしまうほど、彼の幸せを願っている。
お互いの欠けているものを補うように契約結婚をして、晶と一緒に夫婦として暮らしているうちに、彼は私にとってかけがえのない存在になっていたのだ。
「晶が、私を好きになることもあり得る、ってことですか……?」
「さっきからそう言うてるやん。ていうかもうすでに好きやろ、あの態度は」
なんだか面白くなさそうに寿々音さんが言う。そんな彼女の顔をじっと見つめているうちに様々な感情が押し寄せてきて、自然と両目からぼたぼたと大量の涙があふれてきた。
「で、でもっ……晶には、他に結婚を約束した人がいるから、私は邪魔でっ……!」
「なっ……もうっ、泣かんといてくれる!? 私が泣かせたみたいやろ!」
「す、すみませ……っ、なんかもう、気持ちがぐちゃぐちゃで……!」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながらなんとか答えると、寿々音さんは迷惑そうな顔をしつつも袂からハンカチを出して私に差し出してくれる。すみません、と頭を下げてからそれを受け取り、遠慮なく目元に押し当てた。それでも涙は止まらなくて、私は場違いであることを自覚しながらも寿々音さんに向かって思いの丈をぶつける。
「私、晶とならうまくやれるかもって、思ってたんです……でも寿々音さんと会ってからは、私じゃ晶の役に立てないって、そればかり考えちゃって……っ」
「わ……私のせい、いうこと? せやからそれはごめんねって」
「す、寿々音さんのせいとかじゃなくて……いや、それもあるんですけど……」
「もうっ、何が言いたいん!? もし役に立たへんかったとしても、一緒になりたいならそう言うたらええやろ!」
叱りつけるようなその言葉を聞いて、思わず息を止めた。
嗚咽はまだ止まらないが、私は寿々音さんのその言葉を復唱するように口にする。
「役に立たなかったとしても……一緒にいたいって、思ってもいいんでしょうか」
「当たり前やん。ほな逆に聞くけど、あなたは晶さんが自分の役に立つから好きになったん?」
「い、いえ」
「せやろ? それに、あなたは十分晶さんの役に立ってはると思うけどなぁ」
寿々音さんの優しい声に、また涙があふれ出す。泣かんといて、とまた叱られるかと思ったが、彼女はそんな私を見てもどこか眩しそうに目を細めるだけだった。
「晶さんは、近寄られると身が竦むほど女が怖いんやろ? せやのに、あなたにだけは触れられる。それが何よりの答えやん」
目に涙を溜めながら、寿々音さんのほうを見る。彼女は涙でぼろぼろになった私の顔を見て苦笑すると、目の前に置かれた桜薯蕷を頬張った。そしてそれをごくりと飲み込んだのち、気分を切り替えるように明るい声音で言う。
「ま、とにかく晶さんと話さんことには何も始まらへんわ。早う家に帰って、ちゃんとその気持ち伝えたら?」
「は……はい」
「幼馴染てええなぁ思たけど、仲がええからこそ素直になられへんいうのも難儀やなぁ。けど、一人でここまで来れる度胸があれば大丈夫やろ。もしほんまに晶さんが他の女と結婚するなんてアホなこと言いよったら、私がいっぺんシバいたるからな」
私を元気づけるようにそう言ってくれる寿々音さんに、涙を堪えながらお礼を言う。黙って晶の傍を離れるつもりでいたけれど、彼女のおかげで勇気が湧いてきた。
あとはもう、この想いを晶に伝えるだけだ。
先ほどの発言によれば、寿々音さんは前に会った時点で私が晶を好きだということに気づいていたという。彼女の前でそう勘ぐられるような言動をとった覚えはないし、そもそもあのときは私自身まだ晶へのの気持ちに気が付いていなかったのだ。
恥ずかしさから言葉を濁しながら尋ねると、寿々音さんは呆れたように言い放った。
「そんなん、あの反応見たらわかるに決まってるやん! 絶対に離婚はせえへんとか、晶さんが平穏に暮らせたらそれでええとか、ただの幼馴染に言う言葉と違うし。好きで好きでしゃあない、いうんがだだ洩れやったやないの」
「なっ……!」
かあっと頬が熱くなる。寿々音さんは私の反応を見てにやりと笑ったあと、ふと真剣な顔に戻って口を開いた。
「せやけど、さっきの話は聞き逃されへんなぁ。晶さんに他に好きな人がおるって、それはほんまなん? どこの誰?」
「あ……えっと、私も詳しくは知らないんですけど」
「はああ!? あんた、どこの誰とも知らん女に大事な人をおめおめと譲るん!? 仮にも夫婦なんやから、それくらい聞き出さな!!」
突然の大声に、思わず身が竦む。確かにそれは寿々音さんの言う通りだが、その『本当に好きな人』のことを知るのが怖いのだ。
「で、でも……晶は、その人のことを私に知られたくないみたいで」
「ふうん? もしかして、スマホにメッセージが来てるとこでも見てしもたん?」
「えっ!? は、はい。まさにそれで……」
鋭い勘を披露する寿々音さんに驚きつつ、私はそのメッセージを見てしまったときのことを話した。そのあと晶が慌ててスマホを隠したことまで全部話すと、寿々音さんは顎に手を当てながら低く唸る。
「うぅーん……それだけやったら、なんとも言われへんなぁ」
「そう、ですね……でも、聞くのが怖くて」
「そんなん言うてる場合と違うわ! 問い詰めて白状させたったらええやん! もしそれがただの勘違いやったら、もう偽りの夫婦でもなくなるし!」
「えっ? で、でも、仮に勘違いだったとしても、晶は私のことなんて好きじゃないし……」
目を伏せながら言うと、寿々音さんは身を乗り出してぺしんっと私の頬を軽く叩いた。軽いとはいえ突然のビンタに驚いた私は、目を真ん丸にして寿々音さんを見る。
「あんた、ほんまもんのアホやな! 晶さんがあんたのことを好きやなんて、ちょっと会うただけの私でもわかるわ!」
「え……嘘だぁ」
「嘘だぁ……!? もしかして、ほんまにわからへんの? 晶さんもあなたのこと、好きで好きでしゃあない、いう目で見とったの」
「だ、だって……晶が私のことを好きになるなんて、絶対にないです。天地がひっくり返ってもないと思う」
きっぱりと言い切ると、寿々音さんはあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。まるで言葉が通じない相手と対峙しているかのような顔だ。
そんな彼女の反応に戸惑っていると、寿々音さんは何やら考え込んでから怪訝な顔をして尋ねてくる。
「ほな、逆に聞くけど。なんで美雨さんは、晶さんが自分のことを好きにならへんって思うん?」
「え……だって、幼馴染ですよ? 小さい頃からずっと一緒で、お互いの嫌なところも情けないところも全部見てきたんです。現に、今でも喧嘩ばっかりだし……そんな相手、好きになるわけないじゃないですか」
「せやけど、それでもあなたは晶さんのことを好きにならはったんやろ? ほな、晶さんがあなたのことを好きになる可能性もあるんと違う?」
その言葉に、私は思わずぴたりと動きを止めた。
確かに、結婚した当初は自分が晶のことを好きになるなんて思いもしていなかった。口が悪くて、プライドが高くて、負けず嫌いな晶のことなんて「うっとうしい近所の悪ガキ」くらいにしか思っていなかったのだ。
それがどういうわけか、今ではこうして彼のために京都まで足を運んでしまうほど大切な存在になっている。晶の言葉一つで心が晴れて、晶に抱きしめられるだけで気持ちが落ち着く。晶が笑って過ごせるならそれだけでいいと思ってしまうほど、彼の幸せを願っている。
お互いの欠けているものを補うように契約結婚をして、晶と一緒に夫婦として暮らしているうちに、彼は私にとってかけがえのない存在になっていたのだ。
「晶が、私を好きになることもあり得る、ってことですか……?」
「さっきからそう言うてるやん。ていうかもうすでに好きやろ、あの態度は」
なんだか面白くなさそうに寿々音さんが言う。そんな彼女の顔をじっと見つめているうちに様々な感情が押し寄せてきて、自然と両目からぼたぼたと大量の涙があふれてきた。
「で、でもっ……晶には、他に結婚を約束した人がいるから、私は邪魔でっ……!」
「なっ……もうっ、泣かんといてくれる!? 私が泣かせたみたいやろ!」
「す、すみませ……っ、なんかもう、気持ちがぐちゃぐちゃで……!」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながらなんとか答えると、寿々音さんは迷惑そうな顔をしつつも袂からハンカチを出して私に差し出してくれる。すみません、と頭を下げてからそれを受け取り、遠慮なく目元に押し当てた。それでも涙は止まらなくて、私は場違いであることを自覚しながらも寿々音さんに向かって思いの丈をぶつける。
「私、晶とならうまくやれるかもって、思ってたんです……でも寿々音さんと会ってからは、私じゃ晶の役に立てないって、そればかり考えちゃって……っ」
「わ……私のせい、いうこと? せやからそれはごめんねって」
「す、寿々音さんのせいとかじゃなくて……いや、それもあるんですけど……」
「もうっ、何が言いたいん!? もし役に立たへんかったとしても、一緒になりたいならそう言うたらええやろ!」
叱りつけるようなその言葉を聞いて、思わず息を止めた。
嗚咽はまだ止まらないが、私は寿々音さんのその言葉を復唱するように口にする。
「役に立たなかったとしても……一緒にいたいって、思ってもいいんでしょうか」
「当たり前やん。ほな逆に聞くけど、あなたは晶さんが自分の役に立つから好きになったん?」
「い、いえ」
「せやろ? それに、あなたは十分晶さんの役に立ってはると思うけどなぁ」
寿々音さんの優しい声に、また涙があふれ出す。泣かんといて、とまた叱られるかと思ったが、彼女はそんな私を見てもどこか眩しそうに目を細めるだけだった。
「晶さんは、近寄られると身が竦むほど女が怖いんやろ? せやのに、あなたにだけは触れられる。それが何よりの答えやん」
目に涙を溜めながら、寿々音さんのほうを見る。彼女は涙でぼろぼろになった私の顔を見て苦笑すると、目の前に置かれた桜薯蕷を頬張った。そしてそれをごくりと飲み込んだのち、気分を切り替えるように明るい声音で言う。
「ま、とにかく晶さんと話さんことには何も始まらへんわ。早う家に帰って、ちゃんとその気持ち伝えたら?」
「は……はい」
「幼馴染てええなぁ思たけど、仲がええからこそ素直になられへんいうのも難儀やなぁ。けど、一人でここまで来れる度胸があれば大丈夫やろ。もしほんまに晶さんが他の女と結婚するなんてアホなこと言いよったら、私がいっぺんシバいたるからな」
私を元気づけるようにそう言ってくれる寿々音さんに、涙を堪えながらお礼を言う。黙って晶の傍を離れるつもりでいたけれど、彼女のおかげで勇気が湧いてきた。
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