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69.契約の終わり(9)
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「そっ……そんなに、怒んなくてもいいじゃんっ……!」
「う……わ、悪い。そうだったな。俺がはっきりしないせいだって、あの二人に散々言われたんだった」
晶の腕の中で鼻をすすり上げると、彼は少しだけ体を離して私の目を正面から覗き込んだ。背中だけでなく額にも汗を滲ませている晶を見たら、どれほど必死で私を追いかけてきてくれたかがわかる。彼がここにいる意味もわからないのにただその事実が嬉しくて、両目に溜まった涙がつうっと頬を伝っていった。
晶はそんな私の顔を見てつらそうに眉を顰めたあと、ゆっくりと口を開いた。
「まず、誤解を解きたい。俺は、おまえに隠れて別の女と付き合ってなんかいない。もちろん、結婚もしない」
「えっ」
「俺が頻繁に連絡を取っていた相手は、ジュエリーデザイナーの泉さんだ。俺の彼女でもなんでもない。そもそも、泉さんは男だ」
ぽかんと口を開けて放心する私に、晶は呆れたようにため息をつく。やっぱり勘違いやったやないの、という寿々音さんの笑い声が脳内で聞こえたような気がした。
まだ混乱しきりの頭で、必死に考える。晶が他の人と結婚するわけではないということは、これから私はどうすればいいのだろう。考えていた段取りがすべて白紙になって、頭がオーバーヒートを起こしそうだ。
思わず頭を抱えると、晶はそんな私を一瞥して手にしていた紙袋の中から小さな箱を取り出した。そしてその包みを丁寧に解いていき、中から現れた陶磁器製のジュエリーケースをそっと開ける。その中にあったのは、慎ましく輝く一対の指輪だった。
「え……指輪?」
「ああ。……他の誰でもない、俺とおまえの結婚指輪だ」
そう言うと、晶はケースの中から小さなほうの指輪を取り出す。
そして、驚きに固まっている私の左手を取ると、その薬指にゆっくりと指輪を嵌めた。
「前の指輪、外しやがったな。あれだって結構高かったのに」
「あっ……だ、だって、それは」
「まあ、別にいい。こっちが本物だからな。今度はちゃんと、おまえに似合いそうなものを俺がよく考えて選んだんだ」
穏やかに笑う晶に目を見張り、もう一度自分の薬指に視線を落とす。
緩やかな曲線を描く銀色のリングには、きらきらと光る小粒の石が嵌め込まれている。それは薄暗闇の中でも確かに輝いていて、その美しさに目を奪われた。
「きれい……」
ぽつりとつぶやくと、晶はほっとしたように薄く笑った。
そして残ったもう片方の指輪を取り出すと、今度はそれを私に手渡す。
「これ。美雨が嵌めてくれ」
その声に無言で頷き、私の薬指にあるものと同じデザインの指輪を右手で持つ。私に向かって差し出された晶の左手を握り、同じようにその指輪を薬指に嵌めた。
二つの指輪が確かにお互いの指にあることを確認すると、晶は脱力するように大きく息をつく。それからもう一度私の体を抱き寄せて、今にも消え入りそうな声で囁いた。
「好きだ。……だから、俺と結婚してくれ」
その言葉を聞いた瞬間、胸に熱いものがぶわっと込み上げてくる。
知らないうちに目から涙があふれてきて、私は晶の胸に顔を押し付けながら声を殺して泣いた。私はずっとその言葉を聞きたかったのだと、このとき初めて気が付いた。
メイクが崩れることも気にせず泣き続ける私の背中を、晶は戸惑いつつもそっと撫でてくれる。その優しい手の温かさにまた新たな涙があふれてきて、どう頑張っても止められそうになかった。
「……そんなに泣かなくてもいいだろ」
「だ、だっ、て……! 晶のせいでしょっ……!」
「ふふ、そうだな。俺のせいだ」
どこか嬉しそうにつぶやくと、晶は涙でぼろぼろになった私の顔を見て微笑んだ。そして身を屈めると、半開きになっていた唇にそっとキスを落とす。もう二度と触れることはないと思っていたはずなのに、そのキスは今まで交わしたどんなものよりも優しくて愛に満ちたキスだった。
「それで。おまえの返事は?」
「えっ……それ、いる……?」
「いる。絶対にいる」
断言する晶がおかしくて、私は目に涙を溜めたままくすくすと笑った。
晶がここまでまっすぐ想いをぶつけてくれたのだから、私だってそれに返さなければ。詳しくはわからないけれど美晴や藤野さんに手助けしてもらったようだし、寿々音さんにも背中を押してもらったのだ。あとは、私が勇気を出して気持ちを伝える番だ。
服の袖で、ぐいぐいと雑に涙を拭う。それから、晶の目を見つめてそっと告げた。
「わ……私も、晶が好き。晶と、結婚したい」
そう口にすると、やっぱり恥ずかしくて一気に頬が熱くなった。でもきちんと気持ちを告げられたおかげか、今まで抱えていた重苦しい感情は綺麗さっぱりなくなった気がする。
晶のほうを見れば、彼も私と同じかそれ以上に顔を赤くしながらも嬉しそうに頷いた。そして、堪えきれないとでも言わんばかりの勢いで私の体をもう一度抱きしめる。それに負けじと晶の体を強く抱きしめ返すと、彼は穏やかな声でぽつりとつぶやいた。
「……それじゃあ、"契約結婚"は終わりだな」
「う……わ、悪い。そうだったな。俺がはっきりしないせいだって、あの二人に散々言われたんだった」
晶の腕の中で鼻をすすり上げると、彼は少しだけ体を離して私の目を正面から覗き込んだ。背中だけでなく額にも汗を滲ませている晶を見たら、どれほど必死で私を追いかけてきてくれたかがわかる。彼がここにいる意味もわからないのにただその事実が嬉しくて、両目に溜まった涙がつうっと頬を伝っていった。
晶はそんな私の顔を見てつらそうに眉を顰めたあと、ゆっくりと口を開いた。
「まず、誤解を解きたい。俺は、おまえに隠れて別の女と付き合ってなんかいない。もちろん、結婚もしない」
「えっ」
「俺が頻繁に連絡を取っていた相手は、ジュエリーデザイナーの泉さんだ。俺の彼女でもなんでもない。そもそも、泉さんは男だ」
ぽかんと口を開けて放心する私に、晶は呆れたようにため息をつく。やっぱり勘違いやったやないの、という寿々音さんの笑い声が脳内で聞こえたような気がした。
まだ混乱しきりの頭で、必死に考える。晶が他の人と結婚するわけではないということは、これから私はどうすればいいのだろう。考えていた段取りがすべて白紙になって、頭がオーバーヒートを起こしそうだ。
思わず頭を抱えると、晶はそんな私を一瞥して手にしていた紙袋の中から小さな箱を取り出した。そしてその包みを丁寧に解いていき、中から現れた陶磁器製のジュエリーケースをそっと開ける。その中にあったのは、慎ましく輝く一対の指輪だった。
「え……指輪?」
「ああ。……他の誰でもない、俺とおまえの結婚指輪だ」
そう言うと、晶はケースの中から小さなほうの指輪を取り出す。
そして、驚きに固まっている私の左手を取ると、その薬指にゆっくりと指輪を嵌めた。
「前の指輪、外しやがったな。あれだって結構高かったのに」
「あっ……だ、だって、それは」
「まあ、別にいい。こっちが本物だからな。今度はちゃんと、おまえに似合いそうなものを俺がよく考えて選んだんだ」
穏やかに笑う晶に目を見張り、もう一度自分の薬指に視線を落とす。
緩やかな曲線を描く銀色のリングには、きらきらと光る小粒の石が嵌め込まれている。それは薄暗闇の中でも確かに輝いていて、その美しさに目を奪われた。
「きれい……」
ぽつりとつぶやくと、晶はほっとしたように薄く笑った。
そして残ったもう片方の指輪を取り出すと、今度はそれを私に手渡す。
「これ。美雨が嵌めてくれ」
その声に無言で頷き、私の薬指にあるものと同じデザインの指輪を右手で持つ。私に向かって差し出された晶の左手を握り、同じようにその指輪を薬指に嵌めた。
二つの指輪が確かにお互いの指にあることを確認すると、晶は脱力するように大きく息をつく。それからもう一度私の体を抱き寄せて、今にも消え入りそうな声で囁いた。
「好きだ。……だから、俺と結婚してくれ」
その言葉を聞いた瞬間、胸に熱いものがぶわっと込み上げてくる。
知らないうちに目から涙があふれてきて、私は晶の胸に顔を押し付けながら声を殺して泣いた。私はずっとその言葉を聞きたかったのだと、このとき初めて気が付いた。
メイクが崩れることも気にせず泣き続ける私の背中を、晶は戸惑いつつもそっと撫でてくれる。その優しい手の温かさにまた新たな涙があふれてきて、どう頑張っても止められそうになかった。
「……そんなに泣かなくてもいいだろ」
「だ、だっ、て……! 晶のせいでしょっ……!」
「ふふ、そうだな。俺のせいだ」
どこか嬉しそうにつぶやくと、晶は涙でぼろぼろになった私の顔を見て微笑んだ。そして身を屈めると、半開きになっていた唇にそっとキスを落とす。もう二度と触れることはないと思っていたはずなのに、そのキスは今まで交わしたどんなものよりも優しくて愛に満ちたキスだった。
「それで。おまえの返事は?」
「えっ……それ、いる……?」
「いる。絶対にいる」
断言する晶がおかしくて、私は目に涙を溜めたままくすくすと笑った。
晶がここまでまっすぐ想いをぶつけてくれたのだから、私だってそれに返さなければ。詳しくはわからないけれど美晴や藤野さんに手助けしてもらったようだし、寿々音さんにも背中を押してもらったのだ。あとは、私が勇気を出して気持ちを伝える番だ。
服の袖で、ぐいぐいと雑に涙を拭う。それから、晶の目を見つめてそっと告げた。
「わ……私も、晶が好き。晶と、結婚したい」
そう口にすると、やっぱり恥ずかしくて一気に頬が熱くなった。でもきちんと気持ちを告げられたおかげか、今まで抱えていた重苦しい感情は綺麗さっぱりなくなった気がする。
晶のほうを見れば、彼も私と同じかそれ以上に顔を赤くしながらも嬉しそうに頷いた。そして、堪えきれないとでも言わんばかりの勢いで私の体をもう一度抱きしめる。それに負けじと晶の体を強く抱きしめ返すと、彼は穏やかな声でぽつりとつぶやいた。
「……それじゃあ、"契約結婚"は終わりだな」
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