【R18】仕方ないから、結婚してやる~ツンデレ御曹司と、傷の舐め合い契約婚~

染野

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80.新たな道を(1)

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 どこかでスマホのアラームが鳴っている。
 枕元に手を伸ばしたが、いつも目覚まし時計代わりにしているはずのスマホはどこにもない。目をつぶったまま辺りを探っていると、スマホではなく何やら温かいものに手が触れた。
 なんだこれ、と怪訝に思いながら重たい瞼を上げる。すると目の前にあったのは、すうすうと穏やかな寝息を立てる晶の寝顔だった。

「……晶だぁ」

 寝ぼけ眼のままそう口にすると、自然と昨夜の出来事が思い出される。
 晶と離婚するのだと覚悟を決めてここまで来たはずだが、いろんな人たちの後押しを得て私と彼は本当の夫婦になった。昨日の全部が夢だったらどうしよう、とふと不安に駆られたが、私の左手の薬指には真新しい結婚指輪が確かに光っている。晶が私のために用意してくれた、大事な大事な指輪だ。
 その指輪をじっと見つめているうちに、ふつふつと嬉しさが込み上げてくる。晶が私を好きだと言ってくれたこと、結婚してほしいとプロポーズをしてくれたこと、それに前後不覚に陥るほど彼に身も心も愛されたことを思い出すと、どうしても顔のにやけが止まらない。
 一人ベッドの上でにやにやと指輪を眺めていると、気配を感じたのかようやく晶も目を覚ます。彼は低く唸りながらこちらを向くと、すでに起きていた私を見て不思議そうに首を傾げた。

「おはよう、美雨……何してたんだ?」
「おはよ、晶。うふふ、今ね、この指輪見て幸せに浸ってたところ」

 正直に答えると、晶はちょっとびっくりしたように目を瞠る。それから少し照れくさそうに苦笑いをこぼすと、自分の薬指にあるおそろいの指輪を見てぽつりとつぶやいた。

「気に入ったならいいが……これのせいで、おまえに変な疑いをかけられた」
「うっ……だ、だって、ぜったい女の人とこそこそ連絡取ってると思ったんだもん。名前もまぎらわしいし……」
「泉さんに失礼だな。改めてプロポーズをしたいんだって事情を話したら、すごく親身になって細かくオーダーを聞いてくれたのに」

 晶の話によると、そのジュエリーデザイナーの泉さんとは昔からの知り合いらしい。晶のお母さんがひいきにしている売れっ子デザイナーとのことで、密に連絡を取り合いながらこの指輪を作ってくれていたとのことだ。
 私が見たあのメッセージのやりとりは、指輪を研磨して仕上げる職人さんから作業が終わったと連絡が入り、それを急いで晶に伝えようとしてくれただけだったようだ。そう言われてみれば確かにそんな内容のメッセージだったな、と納得したが、あのときは晶に本命の彼女ができたものとばかり思いこんでしまっていた。

「泉さん、美雨にも今度会ってみたいって言ってたぞ。指輪をつけてるところを見たいって」
「そうなんだ! じゃあ、今度お休みの日にでも会いに行く?」
「ああ、そうするか」

 頷いてから、晶が大きなあくびをする。昨日はなんやかんやで何時に寝たのか定かではないが、いつもより睡眠時間が短いことだけは確かだ。二人とも素っ裸のまま布団にもぐっている状態だが、体がだるいのでまだシャワーを浴びたり着替えたりする気になれない。晶もそれは同じのようだ。
 でも今日は特に予定はないし、晶と二人でのんびり家に帰ればいい。もう少しベッドの中で休んでいたいし、こうして晶とたわいのない会話を交わしているだけでも楽しかった。

「ていうかおまえ、昨日は池芳軒に行ったんだろ? 離婚するって、本当に言ったのか」
「あ、そうだった! 柳町さんには会ってないけど、寿々音さんとは話したよ。寿々音さんも気にかけてくれてたから、連絡しておかないと」

 寿々音さんに「早よ帰って晶さんと話しなさい」と言われていたことを思い出し、私はだるい体をなんとか起こしてスマホを取りに行く。こうして晶ときちんと向き合って想いを伝えられたのも寿々音さんのおかげだ。何かあったら連絡して、と彼女の連絡先を教えてもらったので、お礼を言うついでに晶と本当の夫婦になったのだと報告しておかなければ。
 スマホを手に取り、寿々音さん宛てにいそいそと文字を打つ。そんな私を見て、晶は怪訝そうに眉根を寄せた。

「連絡って……おまえ、あの女と連絡先交換したのか」
「そうだよ? あ、そういえば晶にはまだ言ってなかったよね。寿々音さん、本気で私たちを離婚させようとしてたわけじゃなかったんだって」

 それから私は、昨日聞いた寿々音さんの真意を晶にも話した。
 晶と結婚することが彼女の最終目的ではなく、笹屋飴の経営に携わりたかったというのが本当の目的だったのだと話すと、晶はあからさまに苦々しい顔をする。どちらにしても、彼にとっては受け入れがたいことだったのだろう。
 でも、寿々音さんは私と晶の関係を直接目にして考えを変えてくれたこと、そして素直な想いを伝えることから逃げている私に檄を飛ばしてくれたことも話した。私も昨日はびっくりしたけれど、寿々音さんが私たちを心配してくれていたことは確かだ。

「事情はわかったが……でも、前にうちに来たときはすごく嫌な態度だっただろ」
「うん。だから私もびっくりしたけど、晶にいきなり縁談を断られたことに怒ってたのは本当だって。だからちょっと仕返しがしたかったんだって」
「はあ!? 仕返し……!?」
「晶にごめんねって伝えといてって言ってた。本気で怖がってたもんね」

 苦笑しながら言うと、晶は複雑そうに顔をしかめる。怒っていいのか悪いのかわからない、といった表情だ。
 話しながら寿々音さんへのメッセージを送り終え、ベッド近くのテーブルにそっとスマホを置く。すると、五秒もしないうちに置いたばかりのスマホが着信音を鳴らした。再びスマホを手に取って画面を見ると、さっそく寿々音さんから返信が届いたようだった。そこには短い文章で、「まだ京都にいてはるん?」「それなら晶さんと二人でうちに来て」と書かれている。

「えっ……寿々音さんが、晶と二人で池芳軒に来てって」
「はあ!? な、なんで」
「わかんない。でも、せっかくなら会ってから帰りたいよね。晶、一緒に来てくれる?」

 私が尋ねると、晶は少し戸惑った様子で逡巡する。きっと、さっきの話を聞いてもなお寿々音さんのことが怖いのだろう。彼の気持ちもわかるが、寿々音さんのことを誤解したまま怯えているより、彼女の本心を聞いたほうが晶の恐怖心も薄れるかもしれない。
 でも、彼女を恐れている彼を無理やり池芳軒に引き連れていく気はなかった。私が平気だと思っても、彼自身の捉え方はわからない。晶が嫌だと言ったら、私一人でも寿々音さんに会いに行くつもりでいた。
 しかし、晶はそんな私の目を見て、覚悟を決めたように頷く。そして、「一緒に行こう」と重々しい表情でつぶやいた。
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