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一、いただきます
5.あめだまとわたし
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「ねえ、ひかり。何をそんなに怒ってるの?」
「別に、怒ってないし」
「嘘つき。顔を見ればすぐに分かるよ、怒ってるって」
船のエンジン音と風の音に負けないように、千歳がいつもより大きめの声で話しかけてくる。強風になびく髪を抑えながら、私は千歳の方を見もせずにそっけなく答えた。
「いいから、放っといて。ぼーっとしたい時もあるの!」
「あはっ、そんなこと言って。ひかりはしょっちゅうぼーっとしてるのに」
「なっ……! し、してない! ていうか、千歳にだけは言われたくないんだけど!」
そもそも、なんで怒っているかなんて理由は明白である。昨夜ホテルで、千歳が私の体を無遠慮に舐めまわしたせいだ。
「うーん。僕、なんかした?」
「……ほんとに分かってないの? ゆうべ、あんなことしたくせに」
「ゆうべ……ああ、ひかりを舐めたこと? だって良い匂いするから、つい」
「つい、じゃない! あんな……っ、仮にも、嫁入り前の乙女にっ」
「へえ。ひかり、嫁に行くつもりあるんだ? ふふっ、ついこの前まで死のうとしてたくせにねぇ」
小馬鹿にしたような千歳の言葉に、私の頬はますます膨れる。でもその通りだから反論することもできずに、ぷいっと顔を逸らした。千歳はまだくすくすと笑っているけれど、それを無視してフェリー乗り場でもらってきたパンフレットに目を落とす。
「ねえねえ、今日は何を食べるの?」
「……そうめん」
「え。そうめんって、あの細いうどんみたいなやつ? 昨日も茹でたうどんを食べたのに?」
「だって、島の名産だって書いてあるんだもん。食べてみたい」
今私たちが向かっているのは、船で一時間ほどの場所にある離島だ。昔テレビで見て一度は行ってみたかったところだから、私は密かに楽しみにしていた。しかし、私の言葉を聞いて千歳は不満げな声を上げる。
「そうめんって、あったかいの?」
「あったかいのもあると思うけど……冷たい方がよくない? 今日も暑いし」
「ええー。船に乗るっていうから黙って付いてきたけど、そうめんかぁ」
子どものようにぶーぶー文句を垂れている千歳を一瞥して、大げさにため息をついてやる。こんな男相手に、昨夜どきどきしてしまった自分が馬鹿みたいだ。本人は飴玉を舐めるような感覚だったのだろうけど、私は貞操を散らされる覚悟までしてしまったというのに。
思い出したらまた腹立たしくなって、未だに不服そうな顔をしている千歳の腕を思い切り抓ってやった。
「……おいしい」
「うん、おいしい! ほら、正解だったでしょ? そうめんにして」
パンフレットに載っていたお店に辿り着いた私と千歳は、そうめんを一口すするなり思わず声を上げていた。
「意外と食べ応えあるんだねぇ。もっとしょうもない食べ物だと思ってたよ」
「しょうもないって……まあ、確かに。その辺のスーパーの安いそうめんじゃ、こうはいかないよね」
さすが名産と謳うだけあって、今まで食べたどのそうめんよりもおいしかった。つるつると啜れるのに、噛むと小麦の良い香りがする、気がする。そこまで舌が肥えているわけではないから、あくまで感覚だ。
そうめんなんて嫌だと文句を言っていた千歳も夢中で食べていて、皿に盛られた麺は既に無くなりかけていた。
「あらぁ、やっぱり若い人は食べっぷりがいいわねぇ! おばちゃん嬉しくなっちゃうわぁ」
お冷を注ぎ足しに来てくれた店員さんが、空になりかけたお皿を見て嬉しそうに話しかけてきた。白い三角巾を頭に付けた彼女は、派手な見た目の千歳と私とを交互に見て、興味深げに尋ねてくる。
「お兄さん、外国の人? えらい珍しい髪してるねぇ」
「ううん、この国の生まれだよ。そんなに珍しいかな」
「ああ、珍しいけどお兄さんによく似合ってるよ! 染めてるんだろう? こんな田舎じゃあんまり見ないけど、都会ならこういうお洒落な人もいっぱいいるんだろうねぇ」
千歳の容姿に触れられて一瞬どきっとしたけれど、おばさんは勝手に解釈してくれたようだ。そして今度は私の方を見てにやりと笑ったかと思うと、なぜかこっそりと耳打ちをしてくる。
「お嬢ちゃん、いいの捕まえたね! おばちゃん、もう二回り若かったら横取りしたいくらい良い男だわ!」
「あ……あはは、そう、ですかね……」
何を言われるかと思えば、そんなことか。恋人同士だと誤解しているようだが、訂正するのも面倒なので私は愛想笑いで誤魔化した。
「お二人さん、観光かい? ロープウェイには乗った?」
「ろーぷえい、ってなに?」
「なんだ、知らないの? あそこの山にね、ロープウェイが通ってるんだよ! 今の時期はそこから海が綺麗に見えるからね、おすすめだよ!」
「へえ。なんだかよく分からないけど、面白そうだねぇ」
お昼時を過ぎていて暇なのか、おばさんはお店に置いてあった地図を取り出してきて机に広げた。どうやら、観光案内をしてくれるつもりらしい。
「今、ここの建物ね。ロープウェイ乗り場は、ここ」
「んーと……歩いたら、10分くらいですか?」
「そうだね! あ、あんたたち今晩はどこに泊まるの? ロープウェイの降り場はこっちになるから、遠くなっちゃうかしら」
「あ、宿はまだ決めてなくて……」
「ありゃ、そうなのかい? それなら知り合いのやってる民宿に、今晩空いてるか聞いてあげようか! ロープウェイの降り場から近いからちょうどいいよ!」
ちょっと待っててね、と言い残して、おばさんはいそいそと店の奥に行ってしまった。口を挟む間もなく話が進んでしまっているが、もしかしたら今日は宿を探してあちこち歩き回らなくて済むかもしれない。
「よかったね、ひかり。世話を焼いてもらって」
「ふふっ、そうだね」
注いでもらったお冷を飲みながら待っていると、少ししてからおばさんが戻ってきた。親指をぐっと立てているところを見ると、どうやら部屋が取れたようだ。
「今晩、空いてたよ! いい魚が獲れたから、夕飯楽しみにしとけってさ!」
「あ……ありがとうございます! 助かります」
「いいえー! あ、民宿の場所はここね! 地図に印付けとくから!」
「うん、ありがとう」
赤のマーカーペンで地図に丸をすると、おばさんはにこにこしながらそれを千歳に手渡した。
そしてお会計を済ませて外へ出るまでおばさんは見送ってくれて、私たちはおすすめされた観光名所を巡ることにした。
お昼のそうめんを食べたあと、私は千歳と一緒に島内を巡って歩いた。
海沿いの歩道を歩いてロープウェイ乗り場へ行って、隣にあった土産物屋さんを覗いて、ついでにそこでソフトクリームを食べて、そうめん屋さんのおばちゃんイチ押しのロープウェイから見る景色に感嘆した。
山の合間から見える海はやっぱり美しくて、つい写真を撮りたくなったけれどスマホがないことを思い出して口惜しい思いをした。でも、隣に立つ千歳もその景色に見惚れていることに気付いて、なぜか胸の内側がくすぐったくなる。ぼうっと景色を眺めている千歳が、なんだか可愛らしく見えたせいかもしれない。
そんな穏やかな気持ちでロープウェイを降りて、私たちは紹介してもらった民宿にやってきた。しかし、部屋を案内してもらう段階になって初めて、私は自分の過ちに気付くことになる。
「じゃあ、お二人さんはこの部屋ね! お夕飯は七時頃だから、それまで近くの温泉にでも行ってるといいよ!」
「え、えっと、はい」
「あっ、悪いけどお布団は自分たちで敷いてね! それじゃ、ごゆっくりー!」
一通り説明をして、民宿の主人である恰幅のいいおじさんは部屋を出て行ってしまった。案内された部屋は、一つだけである。
「……そう、だよね。カップルだったら、普通は一部屋だよね……」
この民宿を紹介してくれたおばちゃんは、私と千歳をカップルだと勘違いしていた。であれば、こうなることは当然といえば当然で、あの時否定しなかった私の責任である。
「ひかり、何を項垂れてるの?」
「……別に」
のんびりとそう尋ねてくる千歳は、こうなることを分かっていたのだろうか。
そういえば昨夜、「明日も一緒に寝よう」なんて勝手なことを言っていた気がする。いいよ、なんて返事をした覚えは無いけれど。
でも、たとえ今夜も千歳に舐めまわされようが、彼にとって私は飴玉と同じなのだ。性的対象として見られているわけではない。
だったら一部屋に二人で泊まった方が節約になるし、意識するだけ馬鹿みたいだ。私ばかりが千歳をそういう目で見ているかのようで、それもなんとなく腹立たしい。
楽しそうに外の景色を眺めている千歳を横目で見やって、諦めのため息をひとつ零した。
そして、夜。
民宿のおじさんに勧められた近所の温泉に浸かって、おじさん自ら釣り上げたというお魚料理を平らげて、大満足で部屋に戻ってきた。千歳も満足気に伸びをして、部屋の隅に置いてあった布団を敷き始めた。民宿で借りた紺地に藤柄の浴衣がよく似合っている。
「千歳、もう寝るの?」
「うん。ひかりを舐めたら寝るよ」
「……あのねぇ。私は舐めていいなんて一言も言ってないから!」
さっさと布団を敷いてそこに潜り込んだ千歳は、さも当然かのように手招きをする。二組あった布団はぴったりとくっついていて、離れて眠るなんて選択肢は彼に無いようだ。
「……はあ。私、すぐ寝るから。好きにすれば」
精一杯の虚勢を張って、私は千歳の隣の布団に入り込んだ。そして、好きにしろという言葉通り仰向けに寝転がってやる。
もちろん、舐められるなんて嫌だ。恥ずかしいに決まっている。でも、そんな感情を千歳に悟られることの方が悔しいのだ。
「ふふっ、今夜はいい子だね? それじゃ、遠慮なく」
いただきます。
お行儀よくそう言ったかと思うと、千歳は私の着ていた浴衣の袷をがばっと開いた。そして昨日と同じように、その舌で肌をべろりと舐めあげる。
「んっ、あ……っ! ひっ、や、やっぱ駄目! ちとせっ、ストップ!!」
「ん、え? どうして?」
「く、くすぐったい……し、それに、せっかく温泉入ったのにっ」
「うん……昨日より、もっとおいしい匂いがする。それに、柔くて気持ちいい」
うっとりとした表情で胸元に頬を擦り付ける千歳を見て、私の顔は一気に熱くなる。色気がものすごいのだ。男性相手に「色っぽい」なんて思ったのは、人生で初めてである。
そして千歳は、私の制止なんてまるで聞こえていないかのように再び舌を這わせ始めた。
「あっ……! も、やだ、千歳っ……!」
「ん、好きにしていいって言ったのは、ひかりでしょう? 昼間のそうめんも、さっきの魚もおいしかったけど……ひかりが一番おいしい」
「っ……! う、うそだ、そんなこと、あるわけっ……」
「はぁ、ん? あはっ、ひかり、もっとおいしそうなところが見えちゃってるよ?」
「え……っ、ひゃんっ!?」
びくん、と体が跳ねて、自分でも何が起きているのか一瞬分からなかった。慌てて下を見ると、ずれた下着の隙間からはみ出した胸の先端を、なんと千歳が口に含んでいたのだ。
「えっ……!? や、そ、それはさすがにだめっ!」
「え、どうして? 好きにすればって、さっき言ったくせに」
「そ、そこまでするなんて聞いてない! だって、そんなのっ……」
口で抵抗している間にも、千歳の口内に含まれた乳首を舌で転がされて、また体が小さく跳ねてしまう。ついでに、ちゅ、ちゅ、と唇で先端を吸われたら、意図せず甘い吐息が漏れた。
「はぁ、あっ……! ち、とせっ、だめっ……!」
「んっ……あはっ、ここもおいしい。だめだよひかり、大事な場所はきちんと仕舞っておかないと」
どの口がほざくんだと言ってやりたいけれど、口を開けば甘い声が漏れてしまう。きゅっと口を引き結んで、楽しそうに乳首を弄ぶ千歳をキッと睨みつけた。
しかし、そんな私の抵抗などどこ吹く風で、千歳は何かを思いついたように目を輝かせた。
「……あ。もしかして」
「は……っ、な、に……?」
「ここでこんなにおいしいなら、御陰はもっとおいしいかも。試していい?」
「は……? ほ、と?」
千歳の言っている意味はさっぱり分からない。けれど、私にとって良くない意味であることは確かだろう。悪巧みを思いついた子どものように笑う千歳とは対照的に、私の顔は引き攣っている。
そして私が動きを止めているうちに、千歳によって足首を掴まれ、そのまま勢いよく割り開かれた。
「うわあっ!?」
「いい? ひかり。御陰っていうのは、ここのことだよ。ああ……やっぱり、一等良い匂いがする」
「なっ……! やだやだやだっ、そこはっ……!」
ここまで来てやっと千歳の意図に気付いた私は、必死に足をばたつかせた。しかし、体格でも腕力でも千歳に劣っている私が敵うわけもなく、難なく下着を剥ぎ取られる。そしてそのまま、じんわりと湿った陰所に熱い舌が這わされた。
「ひいぃっ……! いっ、や、やめてっ……!」
「あー……やっぱり、ここが一番おいしい……ごめんね、ひかり。もうちょっと舐めさせてもらうけど、ちゃんとひかりも気持ちよくなるようにするから、許して?」
「な、なにを……っ、あっ! うっ、あぁっ……!」
人に晒したことの無い場所を、よりによって舐められるなんて。そのショックで体が固まってしまった私は、千歳のいいように陰部を舐めまわされる。
そしてその行為は永遠にも思えるほど長い時間続き、千歳が満足して顔を離す頃には、私はすでに意識を失ってしまったのだった。
「別に、怒ってないし」
「嘘つき。顔を見ればすぐに分かるよ、怒ってるって」
船のエンジン音と風の音に負けないように、千歳がいつもより大きめの声で話しかけてくる。強風になびく髪を抑えながら、私は千歳の方を見もせずにそっけなく答えた。
「いいから、放っといて。ぼーっとしたい時もあるの!」
「あはっ、そんなこと言って。ひかりはしょっちゅうぼーっとしてるのに」
「なっ……! し、してない! ていうか、千歳にだけは言われたくないんだけど!」
そもそも、なんで怒っているかなんて理由は明白である。昨夜ホテルで、千歳が私の体を無遠慮に舐めまわしたせいだ。
「うーん。僕、なんかした?」
「……ほんとに分かってないの? ゆうべ、あんなことしたくせに」
「ゆうべ……ああ、ひかりを舐めたこと? だって良い匂いするから、つい」
「つい、じゃない! あんな……っ、仮にも、嫁入り前の乙女にっ」
「へえ。ひかり、嫁に行くつもりあるんだ? ふふっ、ついこの前まで死のうとしてたくせにねぇ」
小馬鹿にしたような千歳の言葉に、私の頬はますます膨れる。でもその通りだから反論することもできずに、ぷいっと顔を逸らした。千歳はまだくすくすと笑っているけれど、それを無視してフェリー乗り場でもらってきたパンフレットに目を落とす。
「ねえねえ、今日は何を食べるの?」
「……そうめん」
「え。そうめんって、あの細いうどんみたいなやつ? 昨日も茹でたうどんを食べたのに?」
「だって、島の名産だって書いてあるんだもん。食べてみたい」
今私たちが向かっているのは、船で一時間ほどの場所にある離島だ。昔テレビで見て一度は行ってみたかったところだから、私は密かに楽しみにしていた。しかし、私の言葉を聞いて千歳は不満げな声を上げる。
「そうめんって、あったかいの?」
「あったかいのもあると思うけど……冷たい方がよくない? 今日も暑いし」
「ええー。船に乗るっていうから黙って付いてきたけど、そうめんかぁ」
子どものようにぶーぶー文句を垂れている千歳を一瞥して、大げさにため息をついてやる。こんな男相手に、昨夜どきどきしてしまった自分が馬鹿みたいだ。本人は飴玉を舐めるような感覚だったのだろうけど、私は貞操を散らされる覚悟までしてしまったというのに。
思い出したらまた腹立たしくなって、未だに不服そうな顔をしている千歳の腕を思い切り抓ってやった。
「……おいしい」
「うん、おいしい! ほら、正解だったでしょ? そうめんにして」
パンフレットに載っていたお店に辿り着いた私と千歳は、そうめんを一口すするなり思わず声を上げていた。
「意外と食べ応えあるんだねぇ。もっとしょうもない食べ物だと思ってたよ」
「しょうもないって……まあ、確かに。その辺のスーパーの安いそうめんじゃ、こうはいかないよね」
さすが名産と謳うだけあって、今まで食べたどのそうめんよりもおいしかった。つるつると啜れるのに、噛むと小麦の良い香りがする、気がする。そこまで舌が肥えているわけではないから、あくまで感覚だ。
そうめんなんて嫌だと文句を言っていた千歳も夢中で食べていて、皿に盛られた麺は既に無くなりかけていた。
「あらぁ、やっぱり若い人は食べっぷりがいいわねぇ! おばちゃん嬉しくなっちゃうわぁ」
お冷を注ぎ足しに来てくれた店員さんが、空になりかけたお皿を見て嬉しそうに話しかけてきた。白い三角巾を頭に付けた彼女は、派手な見た目の千歳と私とを交互に見て、興味深げに尋ねてくる。
「お兄さん、外国の人? えらい珍しい髪してるねぇ」
「ううん、この国の生まれだよ。そんなに珍しいかな」
「ああ、珍しいけどお兄さんによく似合ってるよ! 染めてるんだろう? こんな田舎じゃあんまり見ないけど、都会ならこういうお洒落な人もいっぱいいるんだろうねぇ」
千歳の容姿に触れられて一瞬どきっとしたけれど、おばさんは勝手に解釈してくれたようだ。そして今度は私の方を見てにやりと笑ったかと思うと、なぜかこっそりと耳打ちをしてくる。
「お嬢ちゃん、いいの捕まえたね! おばちゃん、もう二回り若かったら横取りしたいくらい良い男だわ!」
「あ……あはは、そう、ですかね……」
何を言われるかと思えば、そんなことか。恋人同士だと誤解しているようだが、訂正するのも面倒なので私は愛想笑いで誤魔化した。
「お二人さん、観光かい? ロープウェイには乗った?」
「ろーぷえい、ってなに?」
「なんだ、知らないの? あそこの山にね、ロープウェイが通ってるんだよ! 今の時期はそこから海が綺麗に見えるからね、おすすめだよ!」
「へえ。なんだかよく分からないけど、面白そうだねぇ」
お昼時を過ぎていて暇なのか、おばさんはお店に置いてあった地図を取り出してきて机に広げた。どうやら、観光案内をしてくれるつもりらしい。
「今、ここの建物ね。ロープウェイ乗り場は、ここ」
「んーと……歩いたら、10分くらいですか?」
「そうだね! あ、あんたたち今晩はどこに泊まるの? ロープウェイの降り場はこっちになるから、遠くなっちゃうかしら」
「あ、宿はまだ決めてなくて……」
「ありゃ、そうなのかい? それなら知り合いのやってる民宿に、今晩空いてるか聞いてあげようか! ロープウェイの降り場から近いからちょうどいいよ!」
ちょっと待っててね、と言い残して、おばさんはいそいそと店の奥に行ってしまった。口を挟む間もなく話が進んでしまっているが、もしかしたら今日は宿を探してあちこち歩き回らなくて済むかもしれない。
「よかったね、ひかり。世話を焼いてもらって」
「ふふっ、そうだね」
注いでもらったお冷を飲みながら待っていると、少ししてからおばさんが戻ってきた。親指をぐっと立てているところを見ると、どうやら部屋が取れたようだ。
「今晩、空いてたよ! いい魚が獲れたから、夕飯楽しみにしとけってさ!」
「あ……ありがとうございます! 助かります」
「いいえー! あ、民宿の場所はここね! 地図に印付けとくから!」
「うん、ありがとう」
赤のマーカーペンで地図に丸をすると、おばさんはにこにこしながらそれを千歳に手渡した。
そしてお会計を済ませて外へ出るまでおばさんは見送ってくれて、私たちはおすすめされた観光名所を巡ることにした。
お昼のそうめんを食べたあと、私は千歳と一緒に島内を巡って歩いた。
海沿いの歩道を歩いてロープウェイ乗り場へ行って、隣にあった土産物屋さんを覗いて、ついでにそこでソフトクリームを食べて、そうめん屋さんのおばちゃんイチ押しのロープウェイから見る景色に感嘆した。
山の合間から見える海はやっぱり美しくて、つい写真を撮りたくなったけれどスマホがないことを思い出して口惜しい思いをした。でも、隣に立つ千歳もその景色に見惚れていることに気付いて、なぜか胸の内側がくすぐったくなる。ぼうっと景色を眺めている千歳が、なんだか可愛らしく見えたせいかもしれない。
そんな穏やかな気持ちでロープウェイを降りて、私たちは紹介してもらった民宿にやってきた。しかし、部屋を案内してもらう段階になって初めて、私は自分の過ちに気付くことになる。
「じゃあ、お二人さんはこの部屋ね! お夕飯は七時頃だから、それまで近くの温泉にでも行ってるといいよ!」
「え、えっと、はい」
「あっ、悪いけどお布団は自分たちで敷いてね! それじゃ、ごゆっくりー!」
一通り説明をして、民宿の主人である恰幅のいいおじさんは部屋を出て行ってしまった。案内された部屋は、一つだけである。
「……そう、だよね。カップルだったら、普通は一部屋だよね……」
この民宿を紹介してくれたおばちゃんは、私と千歳をカップルだと勘違いしていた。であれば、こうなることは当然といえば当然で、あの時否定しなかった私の責任である。
「ひかり、何を項垂れてるの?」
「……別に」
のんびりとそう尋ねてくる千歳は、こうなることを分かっていたのだろうか。
そういえば昨夜、「明日も一緒に寝よう」なんて勝手なことを言っていた気がする。いいよ、なんて返事をした覚えは無いけれど。
でも、たとえ今夜も千歳に舐めまわされようが、彼にとって私は飴玉と同じなのだ。性的対象として見られているわけではない。
だったら一部屋に二人で泊まった方が節約になるし、意識するだけ馬鹿みたいだ。私ばかりが千歳をそういう目で見ているかのようで、それもなんとなく腹立たしい。
楽しそうに外の景色を眺めている千歳を横目で見やって、諦めのため息をひとつ零した。
そして、夜。
民宿のおじさんに勧められた近所の温泉に浸かって、おじさん自ら釣り上げたというお魚料理を平らげて、大満足で部屋に戻ってきた。千歳も満足気に伸びをして、部屋の隅に置いてあった布団を敷き始めた。民宿で借りた紺地に藤柄の浴衣がよく似合っている。
「千歳、もう寝るの?」
「うん。ひかりを舐めたら寝るよ」
「……あのねぇ。私は舐めていいなんて一言も言ってないから!」
さっさと布団を敷いてそこに潜り込んだ千歳は、さも当然かのように手招きをする。二組あった布団はぴったりとくっついていて、離れて眠るなんて選択肢は彼に無いようだ。
「……はあ。私、すぐ寝るから。好きにすれば」
精一杯の虚勢を張って、私は千歳の隣の布団に入り込んだ。そして、好きにしろという言葉通り仰向けに寝転がってやる。
もちろん、舐められるなんて嫌だ。恥ずかしいに決まっている。でも、そんな感情を千歳に悟られることの方が悔しいのだ。
「ふふっ、今夜はいい子だね? それじゃ、遠慮なく」
いただきます。
お行儀よくそう言ったかと思うと、千歳は私の着ていた浴衣の袷をがばっと開いた。そして昨日と同じように、その舌で肌をべろりと舐めあげる。
「んっ、あ……っ! ひっ、や、やっぱ駄目! ちとせっ、ストップ!!」
「ん、え? どうして?」
「く、くすぐったい……し、それに、せっかく温泉入ったのにっ」
「うん……昨日より、もっとおいしい匂いがする。それに、柔くて気持ちいい」
うっとりとした表情で胸元に頬を擦り付ける千歳を見て、私の顔は一気に熱くなる。色気がものすごいのだ。男性相手に「色っぽい」なんて思ったのは、人生で初めてである。
そして千歳は、私の制止なんてまるで聞こえていないかのように再び舌を這わせ始めた。
「あっ……! も、やだ、千歳っ……!」
「ん、好きにしていいって言ったのは、ひかりでしょう? 昼間のそうめんも、さっきの魚もおいしかったけど……ひかりが一番おいしい」
「っ……! う、うそだ、そんなこと、あるわけっ……」
「はぁ、ん? あはっ、ひかり、もっとおいしそうなところが見えちゃってるよ?」
「え……っ、ひゃんっ!?」
びくん、と体が跳ねて、自分でも何が起きているのか一瞬分からなかった。慌てて下を見ると、ずれた下着の隙間からはみ出した胸の先端を、なんと千歳が口に含んでいたのだ。
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「はぁ、あっ……! ち、とせっ、だめっ……!」
「んっ……あはっ、ここもおいしい。だめだよひかり、大事な場所はきちんと仕舞っておかないと」
どの口がほざくんだと言ってやりたいけれど、口を開けば甘い声が漏れてしまう。きゅっと口を引き結んで、楽しそうに乳首を弄ぶ千歳をキッと睨みつけた。
しかし、そんな私の抵抗などどこ吹く風で、千歳は何かを思いついたように目を輝かせた。
「……あ。もしかして」
「は……っ、な、に……?」
「ここでこんなにおいしいなら、御陰はもっとおいしいかも。試していい?」
「は……? ほ、と?」
千歳の言っている意味はさっぱり分からない。けれど、私にとって良くない意味であることは確かだろう。悪巧みを思いついた子どものように笑う千歳とは対照的に、私の顔は引き攣っている。
そして私が動きを止めているうちに、千歳によって足首を掴まれ、そのまま勢いよく割り開かれた。
「うわあっ!?」
「いい? ひかり。御陰っていうのは、ここのことだよ。ああ……やっぱり、一等良い匂いがする」
「なっ……! やだやだやだっ、そこはっ……!」
ここまで来てやっと千歳の意図に気付いた私は、必死に足をばたつかせた。しかし、体格でも腕力でも千歳に劣っている私が敵うわけもなく、難なく下着を剥ぎ取られる。そしてそのまま、じんわりと湿った陰所に熱い舌が這わされた。
「ひいぃっ……! いっ、や、やめてっ……!」
「あー……やっぱり、ここが一番おいしい……ごめんね、ひかり。もうちょっと舐めさせてもらうけど、ちゃんとひかりも気持ちよくなるようにするから、許して?」
「な、なにを……っ、あっ! うっ、あぁっ……!」
人に晒したことの無い場所を、よりによって舐められるなんて。そのショックで体が固まってしまった私は、千歳のいいように陰部を舐めまわされる。
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翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
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翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
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