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一、いただきます
6.きたないきもち
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「あ、あっ……ちと、せっ……」
「はぁ、うん? なぁに、ひかり」
「も、もう……ん、んんっ! あっ、あっ……!」
じゅる、ぴちゃ、といやらしい音がする。途切れ途切れに名前を呼ぶと、私の股間に顔を埋めたままの千歳が、抵抗することもせずただ喘ぐ私を見上げて口角を吊り上げた。
千歳と旅を始めて、三週間が経った。
おいしいものを食べる、という以外なんの目的も持っていない私たちは、流れに身を任せて旅を続けている。まさに放浪の旅と言っていいだろう。
そして一度千歳に体を舐めまわされてからは、それが日課のように続いている。最初は首筋や胸元を舐めるだけだったのが、秘所にまで至り、いつしか私はそれで達するようにまでなってしまった。
ただし、私は処女のままだ。千歳は自身を挿入するどころか、指の一本も入れてこない。ただひたすら舌で舐って、零れ出た愛液をすすり、「お腹いっぱい」になれば唇を離す。そして私は、この身勝手な食事の時間をなぜか拒否できなくなっていた。
「ん、あ……っ、あ、ひぁっ!」
「はあ……おいしい。ねえ、ひかり? 最近、『やめて』って言わなくなったね。そんなに気持ちいいの?」
「なっ……! ち、ちがうっ! だって、言ったってやめてくれないじゃんっ」
「へえ? じゃあ、本当はやめてほしいんだ?」
「っ……! あ、あたりまえ、でしょ……っ」
息を乱しながらそう返すと、千歳はまたにやりと笑ってから、ぱっと陰部から口を離してしまった。
「えっ……?」
「だって、やめてほしいんでしょう? だから今日は、もうお終い」
「あ……っ、で、でも」
「ふふっ、まだ果ててないもんね? じゃあ、どうしようか」
試されている。いや、千歳はただ私に意地悪をしたくてそんな質問をするのかもしれない。
そう分かってはいても、一度あの快感を知ってしまった体はじくじくと疼いている。そして私は千歳の思惑にまんまとはまって、ぐっと唇を噛んでから答えを返した。
「や……やめなくて、いい……」
「ふふっ、分かったよ。良い子だね、ひかり」
するりと、千歳が私の髪を撫でた。どこか懐かしく思えるその仕草に目を細めたのも束の間、再び秘所に舌を這わされ、私は恥じらいも忘れて声を上げた。
「ひああっ! あっ、ああっ!」
「んっ……ふふっ、よかった。ひかりは気持ちよくなれるし、僕はおいしいし。良いことずくめだね?」
「ん、んぅっ、やぁっ……あ、も、もうっ」
「うん、いいよ……吸ってあげるから、果てて」
その言葉通り、唾液と蜜に濡れた淫核を千歳の唇で強く吸い上げられる。敏感になった体がその刺激に耐えられるはずもなく、私はいとも簡単に達してしまった。
「……はあ。どうしたもんかなぁ」
ざぶんざぶんと、打ち寄せては消える波をぼうっと眺めながら独り言を零す。会社という縛りの中から逃げて、せっかくこんな所までやって来たというのに、やっぱり悩みというものは尽きないものだ。
今日は、海に面した漁師町に来ている。ずっと山間で暮らしていたという千歳は、生のお魚が食べられることに感動したようで、魚介類を目当てに海沿いを辿るようにしてここまでやってきた。
小さな食堂でお昼を食べたあと、珍しいことに千歳が別行動をとりたいというので、私はこの砂浜で彼が戻ってくるのを待っている。お互いスマホを持っていないから動くわけにもいかず、私はただ海を眺めているだけだ。
昨夜も、千歳に体を許してしまった。と言うとちょっと語弊があるけれど、あれだけ好き勝手されていれば処女を失ったも同然だろう。ただ、辛うじて最後までは至っていないというだけだ。
千歳は、毎晩どんな気持ちで私の体を舐めまわしているのだろう。
正直言って、彼からの好意はずっと感じている。ただそれが、異性としてのものなのか、はたまた別のものなのかが分からないのだ。
頭を撫でられれば親や兄弟のような立場から見られている気もするし、じっと見つめられれば、本当に神様に見守られているような緊張感すら感じる。
でも、夜毎に私を弄ぶあの眼差しは、男のものにしか思えないのだ。恋愛経験の乏しい私が言ったところで、何の説得力も無いけれど。
うーん、と一人唸っていると、ふいに視線を感じた。千歳が戻ってきたのかと思って振り向いたけれど、そこにいたのは千歳ではなく、黒髪を高い位置で結わえた和服の女性だった。ちょっとびっくりするくらい見目麗しい彼女は、その大きな瞳でじっと私の方を見据えている。
「え……えっと、何か……?」
「……ほう。私が見えるのか」
「へっ? み、見えるのかって……」
何か言いたいことがあるのかと思って話しかけたが、彼女は訳の分からない返事をした。
見えるのか、と聞くということは、普通なら見えないということだろうか。ということはもしかして、見えてはいけない、幽霊みたいな──?
「霊などではない。勘違いするなよ、人間」
「え、あ、ごめんなさ……え? な、なんで分かっ……」
「人の子の心を読むなど容易いわ。それより人間よ、天足穂はどうした」
「は……? あめ、の……って?」
聞いたことのない単語に首を傾げると、彼女はその美しい顔を苦々しげに歪めた。
「とぼけるな。おぬしに纏わり付いている、あの土地神のことだ」
「とち、がみ……って、まさか、千歳のこと……?」
「千歳、だと? はははっ! そのような大層な名を貰ったのか、あの小童め。まったく、勝手ばかりしおって」
馬鹿にしたように笑う彼女は、やはり千歳のことを知っているようだった。それに彼女が身に纏う和服は、出会った時に千歳が着ていたものとそっくりである。
混乱するばかりの私に、彼女がおもむろに片手を差し出す。驚いて一歩下がるより前に、聞き慣れた声が私たちの間に割って入ってきた。
「……やあ。こんなところで何してるの? あなたみたいなお偉いさんが」
声の主は、千歳だった。私を庇うように前に立って、見たことのない鋭い眼光で彼女を見据えている。
「久しいな、天足穂よ。そんなに現世が気に入ったか」
美女はそう言うとすっと目を細め、千歳と私を交互に見た。まるで品定めされているかのようなその視線に思わず息を止めると、千歳が棘のある口調で彼女に言い返す。
「そんなことより、何の用? よっぽど暇なんだねぇ、僕みたいな末席をわざわざ探しに来て」
「……口を慎めよ、小童。それに、私がお前に会いに来た理由も分かっておろう」
見た目にそぐわない、時代劇の役者のような口調で彼女は言った。その声音からすると彼女は明らかに怒っていて、私は自分でも無意識のうちに千歳の服の裾をぎゅっと握りしめていた。
そんな私を見て、彼女は嫌悪の表情を露わにする。そして責めるような口調で千歳に言い募った。
「お前は、以前の過ちをもう忘れたのか? 自らの役目を疎かにしたうえ、その人間を身勝手に巻き込みおって。これ以上下げる神格など無いぞ」
「分かってるよ。まあ、成り行きでこうなっちゃったんだけど……もうしばらく、続けるつもりだよ」
「……呆れたな。神世に戻るつもりは無いのか」
「うん。満足するまではね」
きっぱりとそう言い切った千歳を、彼女はしばらくの間黙って睨みつけていた。私なら一瞬で怯んでしまいそうなその視線を、千歳は意にも介さず受け止めている。
そして、先に折れたのは彼女の方だった。ふん、と小馬鹿にしたように鼻で笑うと、もう一度確認するように千歳に問う。
「大人しく、神世に戻る気は無いのだな」
「うん。これっぽっちも」
「……なるほど。そこまで言うなら、もう何も言わぬ。どんな結果になろうと、責任はお前が取れ。忠告はしたからな」
「はいはい。分かったから、もう帰ってくれる? ひかりが怖がってる」
その言葉にむっと顔をしかめたかと思うと、次の瞬間にはもう彼女の姿は消えていた。跡形も無く、音すらせずに綺麗にいなくなってしまったのだ。
「な、なんだったの……?」
「……そっか。もう、あれが見えるくらいになっちゃったんだね、ひかり」
「あ、あれって……あの、今の人、神様……だよね?」
「うん。僕よりずっと神格が上のね。僕みたいに肉体を得てるわけじゃなかったから、人間には見えないはずなんだけど……ひかり、見えちゃってたねぇ」
混乱する私を後目に、千歳は何か考え込むように遠くを見た。困っているような、迷っているようなその表情は、初めて見るものだった。
「ね、ねえ、ちゃんと一から説明してよ。千歳、なんで怒られてたの? あめの何とかってなに? 千歳のことでしょ?」
「うーん……まあ、ね」
「何それ? はっきり言ってよ、全然分かんない! 第一、あの人が見えたから何なの? それに、過ちとか責任って……」
「もう、うるさいなぁ。ひかりには関係ないことだから、黙っててよ」
しつこく尋ねる私に、千歳はぴしゃりとそう言い放った。彼にそんな突き放されるような言い方をされたのは初めてで、私は一瞬目を見張る。
でも、頭の中で千歳のその言葉の意味を繰り返すうちに、ふつふつと怒りが沸き起こってくる。
「な……なに、それ。関係無いって」
「だって、本当のことだよ。これは僕の問題だから、ひかりには関係無い」
「こ、ここまでずっと一緒に来たのに? 説明もしてくれないの?」
「する必要ない。ひかりは人間なんだから、僕たちの話に首を突っ込まないで」
追い縋るように尋ねても、千歳の態度は変わらなかった。それどころか伸ばした手さえ鬱陶しそうに振り払われて、私は愕然とする。千歳と出会う前までずっと感じていた孤独感と絶望感が蘇ったようだった。
「……分かっ、た。もう、いい」
「ひかり? もういいって、どういうこと?」
「っ、だから、もう終わりってこと! 千歳なんか、勝手にすればいいっ!」
思わず声を張り上げると、千歳は目を丸くして私を見ていた。本当に私の言っている意味が分からないのか、不思議そうに首を傾げている。
よく見る千歳のその仕草にすら苛立ちを覚えて、私はぐっと唇を噛んでその場から逃げるように歩き出した。そんな私の後ろを、千歳が当たり前のようについて来ようとする。
「ついてこないでっ!」
そう叫んで、私は千歳の顔を見もせずに走り出した。彼が本気を出せば簡単に追い付かれてしまうことなんて分かりきっているのに、馬鹿みたいに走った。千歳が引き留めてくれるのを期待しているかのように。
でも、いくら走っても千歳は追いかけて来なかった。自分でついてくるなと言ったくせに、それが悔しくて、悲しくて、ぼろぼろと涙を零しながら無我夢中で走った。
「はぁ、うん? なぁに、ひかり」
「も、もう……ん、んんっ! あっ、あっ……!」
じゅる、ぴちゃ、といやらしい音がする。途切れ途切れに名前を呼ぶと、私の股間に顔を埋めたままの千歳が、抵抗することもせずただ喘ぐ私を見上げて口角を吊り上げた。
千歳と旅を始めて、三週間が経った。
おいしいものを食べる、という以外なんの目的も持っていない私たちは、流れに身を任せて旅を続けている。まさに放浪の旅と言っていいだろう。
そして一度千歳に体を舐めまわされてからは、それが日課のように続いている。最初は首筋や胸元を舐めるだけだったのが、秘所にまで至り、いつしか私はそれで達するようにまでなってしまった。
ただし、私は処女のままだ。千歳は自身を挿入するどころか、指の一本も入れてこない。ただひたすら舌で舐って、零れ出た愛液をすすり、「お腹いっぱい」になれば唇を離す。そして私は、この身勝手な食事の時間をなぜか拒否できなくなっていた。
「ん、あ……っ、あ、ひぁっ!」
「はあ……おいしい。ねえ、ひかり? 最近、『やめて』って言わなくなったね。そんなに気持ちいいの?」
「なっ……! ち、ちがうっ! だって、言ったってやめてくれないじゃんっ」
「へえ? じゃあ、本当はやめてほしいんだ?」
「っ……! あ、あたりまえ、でしょ……っ」
息を乱しながらそう返すと、千歳はまたにやりと笑ってから、ぱっと陰部から口を離してしまった。
「えっ……?」
「だって、やめてほしいんでしょう? だから今日は、もうお終い」
「あ……っ、で、でも」
「ふふっ、まだ果ててないもんね? じゃあ、どうしようか」
試されている。いや、千歳はただ私に意地悪をしたくてそんな質問をするのかもしれない。
そう分かってはいても、一度あの快感を知ってしまった体はじくじくと疼いている。そして私は千歳の思惑にまんまとはまって、ぐっと唇を噛んでから答えを返した。
「や……やめなくて、いい……」
「ふふっ、分かったよ。良い子だね、ひかり」
するりと、千歳が私の髪を撫でた。どこか懐かしく思えるその仕草に目を細めたのも束の間、再び秘所に舌を這わされ、私は恥じらいも忘れて声を上げた。
「ひああっ! あっ、ああっ!」
「んっ……ふふっ、よかった。ひかりは気持ちよくなれるし、僕はおいしいし。良いことずくめだね?」
「ん、んぅっ、やぁっ……あ、も、もうっ」
「うん、いいよ……吸ってあげるから、果てて」
その言葉通り、唾液と蜜に濡れた淫核を千歳の唇で強く吸い上げられる。敏感になった体がその刺激に耐えられるはずもなく、私はいとも簡単に達してしまった。
「……はあ。どうしたもんかなぁ」
ざぶんざぶんと、打ち寄せては消える波をぼうっと眺めながら独り言を零す。会社という縛りの中から逃げて、せっかくこんな所までやって来たというのに、やっぱり悩みというものは尽きないものだ。
今日は、海に面した漁師町に来ている。ずっと山間で暮らしていたという千歳は、生のお魚が食べられることに感動したようで、魚介類を目当てに海沿いを辿るようにしてここまでやってきた。
小さな食堂でお昼を食べたあと、珍しいことに千歳が別行動をとりたいというので、私はこの砂浜で彼が戻ってくるのを待っている。お互いスマホを持っていないから動くわけにもいかず、私はただ海を眺めているだけだ。
昨夜も、千歳に体を許してしまった。と言うとちょっと語弊があるけれど、あれだけ好き勝手されていれば処女を失ったも同然だろう。ただ、辛うじて最後までは至っていないというだけだ。
千歳は、毎晩どんな気持ちで私の体を舐めまわしているのだろう。
正直言って、彼からの好意はずっと感じている。ただそれが、異性としてのものなのか、はたまた別のものなのかが分からないのだ。
頭を撫でられれば親や兄弟のような立場から見られている気もするし、じっと見つめられれば、本当に神様に見守られているような緊張感すら感じる。
でも、夜毎に私を弄ぶあの眼差しは、男のものにしか思えないのだ。恋愛経験の乏しい私が言ったところで、何の説得力も無いけれど。
うーん、と一人唸っていると、ふいに視線を感じた。千歳が戻ってきたのかと思って振り向いたけれど、そこにいたのは千歳ではなく、黒髪を高い位置で結わえた和服の女性だった。ちょっとびっくりするくらい見目麗しい彼女は、その大きな瞳でじっと私の方を見据えている。
「え……えっと、何か……?」
「……ほう。私が見えるのか」
「へっ? み、見えるのかって……」
何か言いたいことがあるのかと思って話しかけたが、彼女は訳の分からない返事をした。
見えるのか、と聞くということは、普通なら見えないということだろうか。ということはもしかして、見えてはいけない、幽霊みたいな──?
「霊などではない。勘違いするなよ、人間」
「え、あ、ごめんなさ……え? な、なんで分かっ……」
「人の子の心を読むなど容易いわ。それより人間よ、天足穂はどうした」
「は……? あめ、の……って?」
聞いたことのない単語に首を傾げると、彼女はその美しい顔を苦々しげに歪めた。
「とぼけるな。おぬしに纏わり付いている、あの土地神のことだ」
「とち、がみ……って、まさか、千歳のこと……?」
「千歳、だと? はははっ! そのような大層な名を貰ったのか、あの小童め。まったく、勝手ばかりしおって」
馬鹿にしたように笑う彼女は、やはり千歳のことを知っているようだった。それに彼女が身に纏う和服は、出会った時に千歳が着ていたものとそっくりである。
混乱するばかりの私に、彼女がおもむろに片手を差し出す。驚いて一歩下がるより前に、聞き慣れた声が私たちの間に割って入ってきた。
「……やあ。こんなところで何してるの? あなたみたいなお偉いさんが」
声の主は、千歳だった。私を庇うように前に立って、見たことのない鋭い眼光で彼女を見据えている。
「久しいな、天足穂よ。そんなに現世が気に入ったか」
美女はそう言うとすっと目を細め、千歳と私を交互に見た。まるで品定めされているかのようなその視線に思わず息を止めると、千歳が棘のある口調で彼女に言い返す。
「そんなことより、何の用? よっぽど暇なんだねぇ、僕みたいな末席をわざわざ探しに来て」
「……口を慎めよ、小童。それに、私がお前に会いに来た理由も分かっておろう」
見た目にそぐわない、時代劇の役者のような口調で彼女は言った。その声音からすると彼女は明らかに怒っていて、私は自分でも無意識のうちに千歳の服の裾をぎゅっと握りしめていた。
そんな私を見て、彼女は嫌悪の表情を露わにする。そして責めるような口調で千歳に言い募った。
「お前は、以前の過ちをもう忘れたのか? 自らの役目を疎かにしたうえ、その人間を身勝手に巻き込みおって。これ以上下げる神格など無いぞ」
「分かってるよ。まあ、成り行きでこうなっちゃったんだけど……もうしばらく、続けるつもりだよ」
「……呆れたな。神世に戻るつもりは無いのか」
「うん。満足するまではね」
きっぱりとそう言い切った千歳を、彼女はしばらくの間黙って睨みつけていた。私なら一瞬で怯んでしまいそうなその視線を、千歳は意にも介さず受け止めている。
そして、先に折れたのは彼女の方だった。ふん、と小馬鹿にしたように鼻で笑うと、もう一度確認するように千歳に問う。
「大人しく、神世に戻る気は無いのだな」
「うん。これっぽっちも」
「……なるほど。そこまで言うなら、もう何も言わぬ。どんな結果になろうと、責任はお前が取れ。忠告はしたからな」
「はいはい。分かったから、もう帰ってくれる? ひかりが怖がってる」
その言葉にむっと顔をしかめたかと思うと、次の瞬間にはもう彼女の姿は消えていた。跡形も無く、音すらせずに綺麗にいなくなってしまったのだ。
「な、なんだったの……?」
「……そっか。もう、あれが見えるくらいになっちゃったんだね、ひかり」
「あ、あれって……あの、今の人、神様……だよね?」
「うん。僕よりずっと神格が上のね。僕みたいに肉体を得てるわけじゃなかったから、人間には見えないはずなんだけど……ひかり、見えちゃってたねぇ」
混乱する私を後目に、千歳は何か考え込むように遠くを見た。困っているような、迷っているようなその表情は、初めて見るものだった。
「ね、ねえ、ちゃんと一から説明してよ。千歳、なんで怒られてたの? あめの何とかってなに? 千歳のことでしょ?」
「うーん……まあ、ね」
「何それ? はっきり言ってよ、全然分かんない! 第一、あの人が見えたから何なの? それに、過ちとか責任って……」
「もう、うるさいなぁ。ひかりには関係ないことだから、黙っててよ」
しつこく尋ねる私に、千歳はぴしゃりとそう言い放った。彼にそんな突き放されるような言い方をされたのは初めてで、私は一瞬目を見張る。
でも、頭の中で千歳のその言葉の意味を繰り返すうちに、ふつふつと怒りが沸き起こってくる。
「な……なに、それ。関係無いって」
「だって、本当のことだよ。これは僕の問題だから、ひかりには関係無い」
「こ、ここまでずっと一緒に来たのに? 説明もしてくれないの?」
「する必要ない。ひかりは人間なんだから、僕たちの話に首を突っ込まないで」
追い縋るように尋ねても、千歳の態度は変わらなかった。それどころか伸ばした手さえ鬱陶しそうに振り払われて、私は愕然とする。千歳と出会う前までずっと感じていた孤独感と絶望感が蘇ったようだった。
「……分かっ、た。もう、いい」
「ひかり? もういいって、どういうこと?」
「っ、だから、もう終わりってこと! 千歳なんか、勝手にすればいいっ!」
思わず声を張り上げると、千歳は目を丸くして私を見ていた。本当に私の言っている意味が分からないのか、不思議そうに首を傾げている。
よく見る千歳のその仕草にすら苛立ちを覚えて、私はぐっと唇を噛んでその場から逃げるように歩き出した。そんな私の後ろを、千歳が当たり前のようについて来ようとする。
「ついてこないでっ!」
そう叫んで、私は千歳の顔を見もせずに走り出した。彼が本気を出せば簡単に追い付かれてしまうことなんて分かりきっているのに、馬鹿みたいに走った。千歳が引き留めてくれるのを期待しているかのように。
でも、いくら走っても千歳は追いかけて来なかった。自分でついてくるなと言ったくせに、それが悔しくて、悲しくて、ぼろぼろと涙を零しながら無我夢中で走った。
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