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夫視点

side:レイモンド23

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 そう言って心底嬉しそうに笑う彼女を見て愕然とする。
まさか、イザベラは俺の妻を憎んでいたのか?
二人に関りがあったなど聞いたこともない。

「君は……ハンナを恨んでいたのか?なぜ……君とハンナは面識があったのか?」

「直接会ったことはありませんよ?でも敵国の女が軍幹部の妻の座に収まっているということは昔から知っていました。私の夫は敵国に殺されたのに、どうしてその女は粛清されずにのうのうと暮らしているんだろうって心底不思議だったんです。
それからその女が、戦争で夫を亡くした寡婦に施しをする活動をしているのを知って、猛烈に腹が立ちましたよ。だってそうでしょう?隣国に私の夫は殺されて私は寡婦になったのに、なんであの女が施しをする立場にいるの?おかしいですよね?みんなおかしいですよ。敵にお恵みをもらって喜んで褒めたたえるなんて、みんな頭がおかしいですよ」

 歯をむき出しにして、唾を吐く勢いで怒鳴るイザベラの顔は、これまで見たことが無いくらい憎しみに歪んでいた。

 彼女に出会ったばかりの頃、支援団体に頼ればと言ったことがあった。その時に彼女の受け答えに違和感を覚えたが、まさかこんな苛烈な憎悪を抱いていたなんて全く気付かなかった。

 戦争になる前は隣国とは交易があり、こちらへ嫁いできた者や移住してきた者も多くいる。あちらの出身という人間なんて数えきれないほどいるのだ。
特に、幼少の頃に帰化したハンナはこの国で教育を受けて育っているのだから、妻を敵国の人間だとして非難するのはおかしい。イザベラの言うことは逆恨みのようなものだ。

「あの女が死んで、やっぱり神様はいるんだって思ったんです。病気になって、夫に捨てられて、挙句誰にも看取られずに死ぬなんて、罰が当たったんですよ。アハハ!いい気味だわ!それでも夫を奪われた私の苦しみには到底足りないけど!」

 狂ったように笑うイザベラに、俺は何も言うことができなかった。

 己の愚かさに、ただ茫然と地面に散らばった遺品を眺めているだけだった。

 俺がなんの反応も返さないので、イザベラは笑うのを止めてへたり込む俺の顔を覗き込んできた。

 不思議そうに俺の顔をしばし眺めた後、さきほどとは違う柔らかい笑みを浮かべた。

「あの女が死んでしまったから、私がここにいる意味なんて、もうとっくになかったんですよね……。さようならレイモンド様。幸せになってとは言えませんが、愚かで優しいあなたを嫌いになれませんでした。だからあなたの子どもは大切に育てます」

 彼女はそう言って踵を返して俺の前から立ち去っていった。



 引き留める言葉は出てこなかった。彼女に対して言える言葉など俺が持ち合わせるはずもなかった。

 イザベラが立ち去った後、地面に散らばった物をのろのろとかき集める。
 ヴェールの燃え残った部分が落ちているのを見つけたので、手に取って煤を払うと、わずかに判別できていた文様が黒く染まりボロボロと崩れていった。

 燃えずに残っていたのは、手紙の束とわずかな衣服だけ。
 綺麗に紐でまとめられていた手紙は、俺が戦場から送ったものだった。近況を知らせるだけの味気ない内容だった気がする。検閲が入るかもしれないと思って、甘い言葉などひとつも書いていないつまらない手紙だったのに、ハンナはずっと大切にとっておいてくれていた。


 なぜ、俺はハンナを遠ざけてしまったのだろう。
 呪いに侵された俺を、変わらず愛していると言ってくれた妻を、どうして憎らしく感じたのだろう。
ずっと大切に護ろうと誓った相手に、どうしてあんな酷い行いができたのだろう。

 どうして……妻を独りで死なせてしまったのだろう。

 今更後悔してもなにもかも遅すぎる。俺が愚かだったせいでハンナは死んだ。イザベラのように、ハンナを出自だけで憎む者がほかにも居たのなら、妻の死は本当に他殺だったのかもしれない。

 犯人捜しをすべきかもしれないが、俺が犯人を糾弾する権利などない。結局妻が死んだのは俺のせいなのだから、糾弾され罰せられるとしたら俺自身だ。


 手に持った手紙の束を、火にかざすと乾いた紙は勢いよく燃え始めた。そのまま俺の手を炙りはじめ、火は服に燃え移り、俺の体は炎に包まれた。

 目の前がオレンジ色に染まっていく。不思議と熱さは感じなかった。汚い心を炎が浄化してくれるような気がして、少しだけ救われるような気持ちになった。

 誰かの叫び声が聞こえたような気がしたが、もうどうでもよかった。

 死んだらハンナに会えるだろうかと燃えていく自分の腕を眺めながら思ったが、多分会えないだろう。だって俺とハンナでは、死んで行く先が違うだろうから。

 それを少し寂しく感じたが、妻はきっと俺になど会いたくないから、これでいいんだ、と心の中で思った。









Side:レイモンド 終


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夫視点はここで終わりです。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
そのうちハンナのその後も投稿していきたいと思っております。
最後はハッピーエンドとなる予定です!


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