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どうも、巻き込まれです
どうも、確認しました
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覚醒の泉とは王国の城の地下にある、地球でいうところの屋内プールだ。ちなみに成分はただの水。魔力や聖力、神力があるわけでもなければ、浄水でも天然水でもない。生活用水とまったく同じである。
名前だけは大層なこのプールに浸けられると、召喚された勇者はプラセボ効果と溺死を回避するための本能で魔力を解放する。
…要するに、本人次第のただの気合いである。
これを知ったときには笑ったさ。
俺が即位して初めてやって来た勇者がいろいろ答えてくれて、勇者の魔力を解放させる水があるというから調べさせたんだ。
ちなみに奴は殺して地球に戻しておいた。
俺に倒されると地球に戻れるからな。
稀に地球に戻りたいから殺してくれという奴もいたが…そういう奴は殺さない。せいぜい足掻け。
それでも優しい俺は一応、数年後には殺してやる予定だったのだが、神のせいで予定も狂った。
あの自殺志願の奇っ怪な元勇者が今どうしているのかは、また後日調べてやるか。
とりあえず今は、泉に入って10秒で浮き上がってきたため覚醒せず、もう一度投げ込まれた奴が面白い。溺れたのだろうな。せっかく息継ぎに上がってきたのにまた沈められるとは、災難な奴だ。実に爽快な気分になる。
「国王様、勇者様は大丈夫でしょうか?」
宰相らしき顎髭がうろたえている。再度投げ込む指示をしたくせに心配するとは、この宰相も愉快な男だ。
と思っている間に、浮いてきた奴は今度こそ発光、いや覚醒していた。
発光体――残念勇者とでも呼ぼうか――は、体からあふれ出る魔力でその場のほとんどの人間を気絶させた。
立っているのは俺と数人だけだ。
その数人に対しても「みんな大丈夫?」とか言いながらさらに近づいていっては、見事に一人ずつ失神させていっている。このまま残念勇者を人間界に放つだけで人間界を滅ぼせるのではないだろうか。
「ねえ! 大丈夫? どうして倒れるの?」
気絶した人間の肩を揺さぶるなよ。
まったく、あれで助けているつもりなんだもんなあ…。
魔王が言うが、ナチュラル悪魔だぜ。
ローブ姿でフードを目深に被った怪しい奴らが呻きながら魔力を抑えろとか指導し始めた。ギルドの帝だろうな、それぞれの属性の魔法を極めた者たちだ。
残念勇者が指導されているうちに、興味のない俺は泉へ悠々と入っていった。
泉の底へと続くのだろう階段を下り、全身水に浸ってゆく。ある程度潜ったところで、推進力で中央まで進む。この泉、大きさはプールだが底が見えない。
「出てこい」
水の中で呼びかける。人間としての声は出なくとも、魔力に乗せれば発声できる。
水深はかなりあるが、残念勇者みたいに一度溺れるような無様な真似はしない。重力操作で「水に適度に沈んで立つ」し、水中の酸素を取り込んで息をする。
酸素がないと生きられないとは、人間は不便な生き物だな。俺は酸素がない程度では死なんぞ。
水中の酸素を集めたのは、こいつのためだ。
「呼んだら一度で来いと言ったはずだが…躾が足りなかったようだな?」
「き、来たぞ、我が主よ」
「ふむ、飯一食抜きで許してやろう」
「主が優しい⁉ 天変地異か⁉」
「その口縫ってやろうか」
食事もできないようにな。
「ひっ⁉ 我が主は常に優しい方にございます」
「当然だ」
黒い靄から出現したのはブラックドラゴン。自然属性全てと闇属性という、ドラゴンとしては異常な属性数をもつ種族だ。
トカゲを思わせる爬虫類の体、硬い鱗の様な皮膚に象のような胴体と、蝙蝠のような形状だが半透明の翅を持ち、顔は麒麟のような凶悪さを誇る。
ただ今は、泉に収まるよう小型化している。ブラックドラゴンの長のこいつは魔王の使い魔だが――
「俺が不在の間に魔王となった者はいるか?」
「いや、主が100年不在であれば新たに決めようとはしていたが…。この程度の期間で主から椅子を奪おうとする者はいない」
「そうか、ではまだ俺が魔王で良いのだな?」
「勿論だ」
ということは、まだこいつも俺の使い魔か。
魔王の復活だのなんだのは、誰か別の魔族の波長を人間が勘違いしたのだろうな。脳裏に懐かしい顔が4つ浮かぶ。
「それが聞けて良かった」
「主よ、どちらへ?」
俺が浮上する気配を敏感に察し、問うてくる下僕。
「それは勿論…」
俺は冷酷無比と定評のあった顔でニヤリと笑う。
「勇者で遊ぶのさ」
泉から上がると、残念勇者は未だ発光していた。これが発光ダイオードというやつか?
…勿論違うのは知っているぞ。
ふむ、白に虹色の刺繍で縁取られたローブの奴が動いたな。さっきまで苦しそうだったが、耐性がついたのか残念勇者に近づき手刀で気絶させた。
その瞬間に他の面々も疲労感を滲ませながら復活を遂げる。
恐らくあれは総ての属性を極めた「総帝」だろうな。
「今回の勇者は魔力量が凄まじいですね…」
紫ローブがなんか言ってるぞ。恐らく闇帝。
闇属性の魔法を極めるくらいなら魔族側に来いと何度も誘ったのに、毎回断られたんだよな。
曰く、罪人を闇魔法で断罪するのが快感らしい。
こいつも断罪されるべきだとは思うがな、変態として。
理由を聞いて以来、勧誘はやめた。
「魔力量が凄くても、制御がコレではな…」
目に優しくない黄色いローブの雷帝が嘆息する。
雷帝よ、激しく同意するぞ。そいつは自分の力をわかっていない馬鹿者だからな。
だが見ている分には暇潰しで愉しめるんだ。
だからつま先で腹を蹴って起こすのはやめてやれ。俺の暇潰しがなくなるだろうが。
「起きませんな…」
そう言う茶色いローブは、恐らくかなりの老年だろう。土帝なんてさっさと引退して隠居でもすればいいのに。
「そういえば、君は大丈夫かい?」
尋ねてくる緑は…風帝か?
「大丈夫です、泳ぎは得意なので」
好青年風に爽やかに答えてやりながら、内心で辟易する。誰だ属性ごとに帝なんて作った奴は。こちとら属性なんぞ大量にありすぎて一々覚えとらんのに。人間が認識しているものが少ないだけだ。
ただ今回はその無知に救われたか。全属性のローブなんぞ見たら確実に目が痛くなるだろうからな。
嘘を並べて会話していると、こちらを窺っている総帝に気づいた。
というか気づかないフリをしていたんだが、あまりに視線が強すぎて無視できなくなった。
「……何か?」
「……いや、何も…」
「じゃあ申し訳ないんですけど、服用意してもらえます? 濡れたままなんで」
普通にタオルとかも貸せよ、水に突っ込んどいて用意が悪いな。これが魔界だったら確実に……
……………魔界で俺が水に入らされる状況にはならんな。逆に沈めてやる。
俺の想像力が限界を迎えたところで、着替えやらの準備が整った。
やばい、勇者の服がダサい…ダサすぎる……!
俺はどこぞの制服だが、残念勇者は背中に「勇者」と書かれた長ランだ。厨二なヤンキーみたいで笑える。
まあこちらでは日本語が古代文字だから、お洒落に作ったつもりなんだろうな。
俺も地球に飛ばされたときは驚いたさ。まさか古代文字が常用で古語が漢字だからな。
道理で代々勇者は魔法陣作成に強いはずだと納得した。
起きない残念勇者は数人がかりでバスローブに着替えさせられて部屋に運ばれたので、長ラン姿は後日楽しむとして…。
「君と勇者様には、まず学園へ編入して魔法を学んだのち、魔王を倒す旅に出てもらう。いいかね」
歴代勇者はこんな雑な扱いでちゃんと魔王を倒しに来てたのか。偉いな。今度殺すときは褒めてからにしてやろう。
あ、今度は奴か。
残念を褒めるのは嫌だな。やめとこ。
そして俺は、城の割には粗末なベッドで就寝した。
名前だけは大層なこのプールに浸けられると、召喚された勇者はプラセボ効果と溺死を回避するための本能で魔力を解放する。
…要するに、本人次第のただの気合いである。
これを知ったときには笑ったさ。
俺が即位して初めてやって来た勇者がいろいろ答えてくれて、勇者の魔力を解放させる水があるというから調べさせたんだ。
ちなみに奴は殺して地球に戻しておいた。
俺に倒されると地球に戻れるからな。
稀に地球に戻りたいから殺してくれという奴もいたが…そういう奴は殺さない。せいぜい足掻け。
それでも優しい俺は一応、数年後には殺してやる予定だったのだが、神のせいで予定も狂った。
あの自殺志願の奇っ怪な元勇者が今どうしているのかは、また後日調べてやるか。
とりあえず今は、泉に入って10秒で浮き上がってきたため覚醒せず、もう一度投げ込まれた奴が面白い。溺れたのだろうな。せっかく息継ぎに上がってきたのにまた沈められるとは、災難な奴だ。実に爽快な気分になる。
「国王様、勇者様は大丈夫でしょうか?」
宰相らしき顎髭がうろたえている。再度投げ込む指示をしたくせに心配するとは、この宰相も愉快な男だ。
と思っている間に、浮いてきた奴は今度こそ発光、いや覚醒していた。
発光体――残念勇者とでも呼ぼうか――は、体からあふれ出る魔力でその場のほとんどの人間を気絶させた。
立っているのは俺と数人だけだ。
その数人に対しても「みんな大丈夫?」とか言いながらさらに近づいていっては、見事に一人ずつ失神させていっている。このまま残念勇者を人間界に放つだけで人間界を滅ぼせるのではないだろうか。
「ねえ! 大丈夫? どうして倒れるの?」
気絶した人間の肩を揺さぶるなよ。
まったく、あれで助けているつもりなんだもんなあ…。
魔王が言うが、ナチュラル悪魔だぜ。
ローブ姿でフードを目深に被った怪しい奴らが呻きながら魔力を抑えろとか指導し始めた。ギルドの帝だろうな、それぞれの属性の魔法を極めた者たちだ。
残念勇者が指導されているうちに、興味のない俺は泉へ悠々と入っていった。
泉の底へと続くのだろう階段を下り、全身水に浸ってゆく。ある程度潜ったところで、推進力で中央まで進む。この泉、大きさはプールだが底が見えない。
「出てこい」
水の中で呼びかける。人間としての声は出なくとも、魔力に乗せれば発声できる。
水深はかなりあるが、残念勇者みたいに一度溺れるような無様な真似はしない。重力操作で「水に適度に沈んで立つ」し、水中の酸素を取り込んで息をする。
酸素がないと生きられないとは、人間は不便な生き物だな。俺は酸素がない程度では死なんぞ。
水中の酸素を集めたのは、こいつのためだ。
「呼んだら一度で来いと言ったはずだが…躾が足りなかったようだな?」
「き、来たぞ、我が主よ」
「ふむ、飯一食抜きで許してやろう」
「主が優しい⁉ 天変地異か⁉」
「その口縫ってやろうか」
食事もできないようにな。
「ひっ⁉ 我が主は常に優しい方にございます」
「当然だ」
黒い靄から出現したのはブラックドラゴン。自然属性全てと闇属性という、ドラゴンとしては異常な属性数をもつ種族だ。
トカゲを思わせる爬虫類の体、硬い鱗の様な皮膚に象のような胴体と、蝙蝠のような形状だが半透明の翅を持ち、顔は麒麟のような凶悪さを誇る。
ただ今は、泉に収まるよう小型化している。ブラックドラゴンの長のこいつは魔王の使い魔だが――
「俺が不在の間に魔王となった者はいるか?」
「いや、主が100年不在であれば新たに決めようとはしていたが…。この程度の期間で主から椅子を奪おうとする者はいない」
「そうか、ではまだ俺が魔王で良いのだな?」
「勿論だ」
ということは、まだこいつも俺の使い魔か。
魔王の復活だのなんだのは、誰か別の魔族の波長を人間が勘違いしたのだろうな。脳裏に懐かしい顔が4つ浮かぶ。
「それが聞けて良かった」
「主よ、どちらへ?」
俺が浮上する気配を敏感に察し、問うてくる下僕。
「それは勿論…」
俺は冷酷無比と定評のあった顔でニヤリと笑う。
「勇者で遊ぶのさ」
泉から上がると、残念勇者は未だ発光していた。これが発光ダイオードというやつか?
…勿論違うのは知っているぞ。
ふむ、白に虹色の刺繍で縁取られたローブの奴が動いたな。さっきまで苦しそうだったが、耐性がついたのか残念勇者に近づき手刀で気絶させた。
その瞬間に他の面々も疲労感を滲ませながら復活を遂げる。
恐らくあれは総ての属性を極めた「総帝」だろうな。
「今回の勇者は魔力量が凄まじいですね…」
紫ローブがなんか言ってるぞ。恐らく闇帝。
闇属性の魔法を極めるくらいなら魔族側に来いと何度も誘ったのに、毎回断られたんだよな。
曰く、罪人を闇魔法で断罪するのが快感らしい。
こいつも断罪されるべきだとは思うがな、変態として。
理由を聞いて以来、勧誘はやめた。
「魔力量が凄くても、制御がコレではな…」
目に優しくない黄色いローブの雷帝が嘆息する。
雷帝よ、激しく同意するぞ。そいつは自分の力をわかっていない馬鹿者だからな。
だが見ている分には暇潰しで愉しめるんだ。
だからつま先で腹を蹴って起こすのはやめてやれ。俺の暇潰しがなくなるだろうが。
「起きませんな…」
そう言う茶色いローブは、恐らくかなりの老年だろう。土帝なんてさっさと引退して隠居でもすればいいのに。
「そういえば、君は大丈夫かい?」
尋ねてくる緑は…風帝か?
「大丈夫です、泳ぎは得意なので」
好青年風に爽やかに答えてやりながら、内心で辟易する。誰だ属性ごとに帝なんて作った奴は。こちとら属性なんぞ大量にありすぎて一々覚えとらんのに。人間が認識しているものが少ないだけだ。
ただ今回はその無知に救われたか。全属性のローブなんぞ見たら確実に目が痛くなるだろうからな。
嘘を並べて会話していると、こちらを窺っている総帝に気づいた。
というか気づかないフリをしていたんだが、あまりに視線が強すぎて無視できなくなった。
「……何か?」
「……いや、何も…」
「じゃあ申し訳ないんですけど、服用意してもらえます? 濡れたままなんで」
普通にタオルとかも貸せよ、水に突っ込んどいて用意が悪いな。これが魔界だったら確実に……
……………魔界で俺が水に入らされる状況にはならんな。逆に沈めてやる。
俺の想像力が限界を迎えたところで、着替えやらの準備が整った。
やばい、勇者の服がダサい…ダサすぎる……!
俺はどこぞの制服だが、残念勇者は背中に「勇者」と書かれた長ランだ。厨二なヤンキーみたいで笑える。
まあこちらでは日本語が古代文字だから、お洒落に作ったつもりなんだろうな。
俺も地球に飛ばされたときは驚いたさ。まさか古代文字が常用で古語が漢字だからな。
道理で代々勇者は魔法陣作成に強いはずだと納得した。
起きない残念勇者は数人がかりでバスローブに着替えさせられて部屋に運ばれたので、長ラン姿は後日楽しむとして…。
「君と勇者様には、まず学園へ編入して魔法を学んだのち、魔王を倒す旅に出てもらう。いいかね」
歴代勇者はこんな雑な扱いでちゃんと魔王を倒しに来てたのか。偉いな。今度殺すときは褒めてからにしてやろう。
あ、今度は奴か。
残念を褒めるのは嫌だな。やめとこ。
そして俺は、城の割には粗末なベッドで就寝した。
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