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(14)新しいスキルを得た課長
しおりを挟むウメコを一通り撫で終わった九重が、俺に向き直った。心なしか元気がないな。
「本当に、先輩たちとお会いできて良かったです……」
ああ、わかった。
いつも飄々としてるように見えるからわかりにくいけれど、多分寂しかったんだろうな。
テントにハンモックにテーブルに……アイテムは充実してるけれど、他に人の気配はない。
つまり、九重は一人でここに飛ばされたってことだ。
気がついたらいきなり森の中で。
しかも一人きり……どんなに心細かっただろうか。
俺なら発狂もんだな、うん。
だけど俺は幸い一人じゃなかった。だから、冷静に状況を分析できるような心の余裕があったんだ。
でも、こいつは一人で飛ばされた。
そして、社長の息子という立場に甘んじない努力型の人間なんだ。
それは一緒に働いてきた俺が一番……ではないかもしれないが、よく知ってる。
腐らず挫けず、自分のできることをコツコツとやって三日間を過ごした結果がこれなのだろう。
「よく頑張ったな」
俺は、九重の頭に手を置いてぐしゃっと撫でてやった。さっき、奴がウメコにしていたのと同じように。
すると、彼は嬉しそうに破顔した。
「はい!」
あー、本当に良い奴だ!
柴崎の野郎とは雲泥の差だな。
俺に撫でられてニコニコ笑う九重の頭に、何故かウメコとお揃いの獣耳が見えるような気がするが、幻覚だよね?
社長の息子を犬扱いしちゃいかん!
ちなみに、のほほんとした性格に見える九重だが、これでも最近の営業成績はトップだったんだよな。
柴崎がものすごくライバル視してて「社長の息子だからコネがあるんだ!」って陰口叩いてたなぁ。
地位も、顔も、仕事も、性格も、何一つ勝てやしないのに。
ま、そんなこと言ったら俺もだけどさ!
九重のキャンプで俺たちは、フリーズドライのカレーをご馳走になった。また、そのカレーが美味いのなんのって。
それに、何とノンアルビールつき。
ビールと言っても、缶ビールとか瓶ビールじゃなくて、ビール風味の粉を水に溶かしただけのものだったけれど。
それでも俺たちには充分過ぎるほどだった。遭難してるのも忘れる程だ。
そういや子どもの頃、水に溶かすとアワアワのジュースになる粉の駄菓子とか売ってたっけな。俺、あれを直接食べて口の中でシュワシュワさせるのが好きだったわ。
カレーを食べながら、三人で情報のすり合わせをする。
もちろん俺は、柴崎の奴の非人道的な行動もチクってやった。
社長の息子は激おこだったぜ。ざまあみやがれ。元の世界に戻ったら覚悟しろよ、柴崎!
そうそう。
彼も、ここが異世界なんじゃないかとは薄々勘づいていたらしい。
話が早いな。
ただ、決定的証拠が見つからなかったため、その結論は保留にしていて、とりあえず野営をしていたそうな。
九重のところには、まだモンスターは現れていないそうだ。
「ところで、先輩たちはこれからどこへ行かれるんですか?」
「あー……うん。ここへ来るのが目的みたいなものだったから、特に決めてはいないんだけど……」
俺がチラッと課長の方を見ると、課長も頷いた。
「そうだな。何かをするにしても、まずはこの世界のことを知らなければならんだろうな」
「この世界を、知る……?」
「そうだ。人間の恐怖のほとんどは知らないからに他ならない。知ればもっと知りたくなり、それは探究心へと繋がる」
「探究心……?」
「探究心こそ、人間を人間らしく活かすものだ」
「先程の先輩のお話からすると、ここは王が治める国で、モンスターより人間優位の世界であることは間違いなさそうですね。モンスターしかいないような世界だとどうしようかと思っていましたけど、その心配はなさそうです。では、情報を効率的に集めるためにも手始めに人の集まる村か町を探してみましょうか?」
「うむ」
俺と課長が頷くと、九重はニコッと笑った。
「では、準備致しますので少々お待ちを」
「あ、テント片付けるなら、手伝お……う……? な、なぁ……っ?!」
俺は驚きすぎて固まるしかなかった。
だって、九重が触れたテントや椅子が目の前で消えていったのだ。
俺の驚きと戸惑いをよそに、九重は目の前でポイポイッとその辺にあったものを全て、何もない空間へ放り込み始めた。
「ああ、すみません。どうやら僕、空間収納みたいなスキルが使えるようでして……」
そう言い終わるか終わらないかの内に、辺りはすっかり元通りの森の中になっていた。
「な、な、な……」
ありえない現実を目の当たりにした俺は、口をパクパクさせるしかなかった。
「先輩が教えてくれたんじゃないですか! 失敗した時は落ち込むのはあとにして、まず現状の把握と打開点の模索をしろって」
「あ、ああ……それは課長の受け売りで」
俺が新人の時に言われた言葉をそのまま九重に言ったんだった。
「あの言葉があったから僕は、おかしな所へ迷い込んだことに気づいた時、まず自分のできることが何か、持ち物が何かを確認していたんです。そうしたら──」
荷物をリュックに仕舞ったはずなのに、手元がブレて何もない空間へ仕舞っていたのだそうだ。
回り回って課長のおかげだな。
その課長はと言えば、同じように九重の空間収納を食い入るように見つめていた。
と思ったら、自分もリュックから缶詰を一つ取り出して……何もない空間を凝視する。
(まさか……)
まさか……?
課長はおもむろに、その空間目掛けてその鯖缶を振りかぶって投げ……。
「投げた?!」
「あっ!」
──シュンッ!
投げる前に鯖缶は消えた。
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