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挿話(1)一方その頃
しおりを挟む「ステータスオープン」
カケルが呟くと、彼には目の前には見慣れた半透明のウィンドウが出現した。
「なるほどね。そういうことか」
そう言ってにんまりと笑う。
どういう仕組みかわからないが、向こうの世界である時急に現れるようになったこの画面。
名前 柴崎翔
種族 人間
レベル 1
スキル 詐術、偽装、隠蔽、幻影魔法
称号 勇者に付き従う者
ゲームのように、HPやMPなどの数値は可視化されていない。
カケルに見えるのは、レベルや種族、所有するスキルなどの表示だけだったが、情報はこれだけでも十分だ。
カケルは称号の部分に手を伸ばすと、『に付き従う者』の部分を指でなぞった。
するとすうっと文字が消えていく。
画面に残ったのは『勇者』の二文字。
「ははっ。これでオレも勇者ってわけだ!何が『付き従う者』だ」
明日、ギルドに冒険者登録をし、ステータスカードをつくりに行くことになっている。
なんでも、そうすれば国籍なんてしちめんどうくさいものを作る必要がなくなるらしい。
冒険者は国をまたいで活躍するものが多いため、基本的に国ではなく世界ギルド協会所属となるのだそうだ。
そして、そこで発行するステータスカードが身分証代わりになるらしい。
ステータスは普段目に見えないが、ステータスカードによって可視化できるそうだ。
(オレには視えるけどな)
国籍が得られるのはいいとして。
問題は、ステータスが可視化されるということ。
このままのステータスが可視化されてしまうと、勇者でないことがバレてしまう。
それは不味い。
城から追い出されるくらいならばまだいいが、勇者を騙ったとして処刑でもされることになったら笑えない。
しかしステータスの表記さえ『勇者』ならば、その心配もなくなるはず。
そのくらいのことはカケルでも分かる。
そこでこの『隠蔽』と『偽装』のスキルが役に立つという訳だ。
気がついたら見えるようになっていたゲームのようなステータス画面。
自分だけが見える画面。
現実世界にいた時は、偽装スキルで画面を書き換えても何も起こらなかったから、この画面が見えることなんかに意味はないと思っていた。
他の人間はステータス画面を呼び出すことなんかできなくて。
カケルが呼び出した画面を見ることもできなかった。
だから、自分の目か脳がおかしくて幻覚が見えるんじゃないか、とさえ思っていたのだ。
けれど、こうなってみるとよく分かる。
この世界へはユキの言うような巻き込み事故なんかじゃなくて、来るべくして来たのだろうと彼は思う。
ユキはどうか知らないが、カケルは間違いなくこちら側の人間なのだ。
「こっちに一緒に来たのはオレとユキと課長とユウカちゃん……だけだよな? はっ! オレの他には誰も勇者っぽいのいねぇな!」
勇者というには歳をとり過ぎていたり、万年営業成績ビリのウドの大木だったり、非力でかわい子ぶるだけが取り柄の女だったり。
「もし、どこかに本物の勇者が召喚されていたとしても」
カケルはニヤッと笑った。
この城にいれば、その情報は真っ先に手に入るだろう。
この世界のどこかに召喚されたかもしれない異世界人勇者。
御するのが容易そうな相手なら、勇者としての仕事はそいつに任せてもいいだろう。
無理そうならばいつものように騙してステータスを改変してしまえばいい。
偽造しても本来のステータスが実際に変化するわけではないが、ステータス信者らしきこの国の人間はコロリと騙されてくれそうだ。
カケルはステータス画面を見ながら、スキル欄から詐術、偽造、隠蔽、幻影魔法を先程と同じように指でなぞって消した。
しかし、新しく書き込もうとしてはた、と手が止まる。
そういえば、『勇者』が持つだろうスキルを知らない。
「うーん……王女様に頼んで勇者の資料とかを見せてもらうしかないかな?」
カケルはそう独りごちながら立ち上がった。
時刻は、現在夜の六時を少し過ぎたところだった。
夕食はさっき部屋に運ばれてきたので、既に済ませている。
「異世界なのに時間の概念は変わってないんだな」
見慣れた円盤が壁にかけてある。
昼過ぎに城へ到着したカケルたちだったが、国王への謁見は明日以降になるということだった。
表向きは急なことで予定が空けられないとなっていたが、恐らく国王への謁見は、カケルが本当に『勇者』かを確かめてからということなのだろう。
王女とはこの後少し話をする約束を取りつけてある。
カケルから誘ったのではなく、向こうが言い出したのだ。是非二人きりで話したい、と──。
でも、それより先に確かめておかなければならないことがあるから。
「ステータスクローズド」
カケルはステータス画面を閉じると、部屋から出た。
「あっ、そこの護衛さん!」
「……?」
部屋を見張るように配置された兵を見つけて声をかけると、その兵士が振り返る。
──ドサッ!
訝しがる彼の手に、ユキたちから拝借してきた非常用持ち出し袋を渡した。
「それ、もう要らないから捨てちゃって! ああ、もう一つ同じようなのが部屋にあるからそっちの処分もよろしこ~!」
勇者として城へ来たカケルに、あの貧乏ったらしい荷物はもう必要ない。
元々、ユキたちを困らせるためだけに奪ってきたのだから用済みだ。
それからカケルは、隣の部屋のドアをノックした。
「柴崎さん? どうしたんですか?」
ドアから顔を出したユウカは、怯えていた割にちゃっかりと現状に適応しているようだった。
城で用意されたドレスに着替えていたし、湯浴みもしたようで、彼女の髪から甘い香油の匂いが漂ってきていた。
「いや、大丈夫かなと思って様子を見に来たんだけど。その感じだと大丈夫みたいだね?」
「ええ~全然大丈夫なんかじゃないですよ~!」
ぷうっと頬を膨らませるその仕草は大変可愛らしいが、あの王女の人間離れした美貌を目にした後では小動物レベルでしか心が動かされないな、とカケルは思った。
日本人基準で言えば白いだろうその肌も、王女に比べると若干浅黒い気がするし。
(かといって、切り捨てるのはまだ早いよな。味見もしてないし)
それに、ユキや五島とは違い、この平和ボケ加減は使いどころがありそうだ。
「ねぇ、ちょっと部屋に入ってもいいかな? 今後について少し相談しておきたくて」
彼女がなるべく警戒心を抱かないように。
にこやかに。
味方のフリを心掛ける。
カケルたちは一応護衛という名目で監視がついていたが、部屋の行き来は禁じられてはいなかったし、部屋の中にまでは監視をつけられていなかった。
「あっ、いいですよ!どうぞ」
思ったより順応してそうだったが、さすがに不安もあったのだろう。
彼女はカケルの提案に、二つ返事で応じた。
ユウカの部屋の内装もほとんど同じようなものだった。可もなく不可もない、普通の客間という感じだ。
城なだけあって、それでもちょっといいホテルの一室レベルだが。取り立てて豪華な訳ではないので、カケルたちは客人として、今のところ正体不明の自称勇者、という認識なのだろう。
「柴崎さん、お茶飲みますかぁ?」
「ユウカちゃんが入れくれたの? 嬉しいなぁ」
カケルがニコニコしながら見つめると、ユウカは少し顔を赤くしながらティーカップを目の前に置いた。
「えと……さっき、お城の人にお茶の用意してもらったから」
「美味しいよ、ありがとう。あ、ねぇ。ちょっと後ろ向いてくれるかな?」
「あ、え……?」
「肩のところに糸くずがついてたから取ってあげる」
「は、はい……」
ユウカは大人しくカケルに背を向けた。
カケルは、ユウカの肩に触れながら「ステータスオープン」と口の中で呟く。
すると、思った通りカケルのそれと同じステータスの画面が目の前に展開される。
元の世界でも試したことがあったが、相手の身体に触れればそのステータスを見ることができるらしい。
名前 矢城遊花
種族 人間
レベル1
スキル 魅了、誘惑、治療魔法、水魔法
称号
(おっ。結構よさげなスキルを持ってるな。思ったより使えそう)
カケルは、称号欄の空白に『聖女』と書き加えた。
(これで、彼女もとりあえず大丈夫だな)
何があるかわからないから、都合のいい女を一人はキープしておく必要がある。
勇者ときたらやはり聖女だろう。
ちなみにだが、ユキのステータスは見なくても覚えている。
向こうの世界にいた時に、見たことがあるからだ。
名前 近江幸
種族 人間
レベル 1
スキル
称号
スキルも称号もない、本当にただの一般人だった。
(元からパッとしないやつだったけど。ステータスも本当にしょっぼいよなぁ、あいつ)
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