課長と行く異世界の旅〜異世界転移に巻き込まれた課長がチートを発揮している件について。

真辺わ人

文字の大きさ
17 / 68

挿話(2)カケルとユキ

しおりを挟む



「ねぇ、柴崎さん……」

「何かな、ユウカちゃん?」

「本当に課長たちを置いてきちゃっても大丈夫だったんでしょうか?」

 不安そうにそう尋ねる、ユウカ。
 カケルは肩を揉む手を止めて彼女の横に座った。

「心配ないって。王女サマも後で騎士隊を向かわせるって言ってたじゃん! それに、どっちみち全員は馬車に乗れなかったし、仕方ないよ」

 馬車は四人乗りだったのだ。
 王女、負傷した兵士を載せるとしたら、残る定員は二名だった。

「どっちか一人を置き去りにするより安心でしょ?」

 だから、ね?

 と、カケルはユウカに言い聞かせる。

「でも……非常用のリュックまで持ってきてしまって……」

「……」

 彼女が何を後悔しているのか、カケルにはわからなかった。

 後悔の要素なんてどこにもないはずだ。
 もうあのリュックは処分してしまったので手元にはないが。仮にまだ処分していなかったとしても、あんな役立たずのユキなんかより、カケルの方がずっと有効に使えるのだから。

「それに私たち、一体どうなっちゃうんでしょうね……も、もう日本には帰れないのかな……ぐすっ」

「ちっ」

(すぐ泣く女は嫌いなんだよな)

 聞こえないように舌打ちをした。

 説明が面倒なので、ユウカにはここが外国のような場所だと言ってあった。

 異世界転生や転移なんていうラノベ読者前提の話が、それらと接点のない普通の人間に通じるはずがない。

 カケルだって、ユキから取り上げた小説(もちろんラノベ)を気晴らしに読んでいなければ、知らないままだっただろう。
 
 読んだ小説がたまたま面白いものだったので、それからしばらくWEB小説を読み漁ったりしたが。たまに疑問というか不満を感じることがあった。
 過激な復讐劇以外のラノベの主人公たちは、せっかくチートな能力を手に入れても、大抵が自ら望んでスローライフしたり、すぐに人助けに使ってしまう。
 馬鹿にしたヤツらを見返したり、ざまぁするところまではそれなりに楽しいが、何だか物足りない。

(悪役も間抜け過ぎるしな)

 読者が叩きやすいように、わざと間抜けな悪役を登場させていることも多いらしいが。

(オレならもっと上手くやるのに)

「大丈夫。心配しなくてもいいよ。何があってもユウカちゃんのことは、オレが絶対守るから!」

(使い道があるうちは、ね)

 カケルは本心を押し殺してニコッと笑った。

 その言葉は、心細いユウカには覿面だったようで、瞳をうるませてカケルを見つめるユウカの顔が、若干赤くなっている。
 多分もう、ユキたちを置いてけぼりにしたこととか、生命線であるはずのリュックを奪ったことのような、些細なことなんて吹っ飛んでしまったに違いない。

「柴崎さん……」

「カケルって呼んでよ」

「……カケル?」

「そう。ユウカちゃんは特別だからね」

 カケルが見つめたまま目を細めると、彼女の顔はますます赤くなった。

 真っ赤になった彼女の頬に手を添えて上を向かせるとカケルは、薄桃色の唇に軽いキスを落とした。
 彼女はすでにうっとりとした顔で、離れていくカケルを見つめている。

(まぁ、成果は上々だな)

 矢城ユウカもカケルのものになったと知ったら、ユキはどんな顔をするだろうか……?

 想像するだけで、カケルは込み上げてくる笑みをこらえきれなかった。

 さっき捨てておくように指示したリュックを思い返しても、中に残っていたのは缶詰や水だけだった。思ったより大したものは入ってなかったが、それでもないとなればユキたちは困るに違いない。

 頼みの綱の非常用リュックもなく。
 見知らぬ異世界で森に置き去りにされ。
 好きになった女も奪われて。

 今頃、どんな絶望の表情を浮かべているだろうか?

(見たいなぁ……もしあいつが生きていれば、だけどね)

 城まで馬車に揺られる道すがら、王女に聞いたところによると、あの森は弱いながらも魔獣が出るらしい。
 それが本当ならば、彼らはもう生きてはいないかもしれない。

 小さな頃から恵まれた環境でのほほんと育っていた再従兄弟の顔を思い浮かべ、ほくそ笑む。
 オレより弱いくせに──そしてカケルは、そう独りごちた。

 オウミユキ……ユキでも女みたいな名前だな、と思ったが、ミユキって呼んでみたらもっと女みたいになった。
 幼い頃は名前だけじゃなくて見た目も女みたいだったが。
 顔もタレ目で優しげな女顔だったし、身体付きもひょろっとしていていかにも弱そうだった。

 見た目だけじゃなく中身も、カケルがついてなきゃ何にも出来ない愚図。
 それがユキだった。

 それなのに、カケルよりいいおもちゃを与えられて、新しいボールも買ってもらえて、優しい家族がいて──幸せそうにしているユキはずるい。
 きっと神様は自分と間違えて与えてるのだろう。
 だから、自分のものを取り返して何が悪い?
 愚図には愚図の場所があるじゃないか。

 人間は、幼くても大人でも。
 男でも女でも。
 善人も悪人も。
 皆、少しばかりの不満を抱えて生きている。

 その不満と不安をちょいと煽ってやるのだ。
 例えば「ユキがまた、新しいおもちゃを買ってもらっていたようだ」「オレ以外のやつとはあまりしゃべりたくないらしい」「〇〇ちゃんがユキの事を気に入ってるらしい」など。どれも不確実で不確定で、一つ一つは悪意のあるセリフではない。
 けれど、それらを告げる相手やタイミング次第で、普段我慢を強いられている貧乏な家のやつに囁けば羨むようになるし、少しでも友達になろうと思っていたやつの足を遠ざけることもできるし、男ばかりの遊び仲間から総スカンを食らうように持っていくことができる。
 そうして皆、自ずと弱いユキを標的にしていじめだした。
 イライラするからいじめる。気に触るからいじめる。そこに正当性のある理由なんかない。

 いわゆるスケープゴートってやつだ。

 その様子が本当に……本当に、おかしくて仕方がなかった。

 彼らを見ていれば、普段どんなにえらぶってる人間でも、聖人のように思われている人間でも、一皮剥けば同じ醜い人間だということがよくわかる。

 それなのに、彼らは自分の醜い姿を見ないように必死なのだ。
 だから、自分がユキをいじめるのはユキが悪いからだと思い込み、ますますいじめる。

 だが、いじめがエスカレートする一歩手前で、カケルが割って入れば大事にはならないし、何よりユキからの無条件な信頼が得られた。
 何とも言えない優越感に浸れたし、ユキからの搾取がより容易くなる。

 それでも、やはり成長するにつれて、ユキも何かがおかしい事に気づき始めたらしい。
 カケルに大切な物を貸したり、一緒に遊んだりする時間が少なくなっていく。

 面白くないカケルは、今度はユキの好きな人に手を出してみた。
 女たちは皆、少し甘い言葉を囁けば、みんな面白いようにコロッとカケルに転んでくれる。
 ユキが思いを寄せた相手を奪うのは、そう難しいことではなかった。

 つまらない。
 どれもつまらない女だった。
 手に入った途端、カケルは興味を失った。
 こんな女を好きになるなんて、全くユキは見る目がない。

 そうこうしているうちにユキは、遠くへ離れていってしまった。

 その頃には、随分カケルを警戒して近づかないようになっていたので、彼の情報は人伝で入手することが多かった。その情報でも地元の大学に進学するという話だから安心していたのに。
 けれど、どうやってかカケルの知らないうちに、ユキは地方の大学を受けていたのだ。

 ユキのいない大学時代はつまらなかった。

 それなりに女遊びもやったけれど、ユキの女を寝取るよりゾクゾクしたことなんかなかった。
 どの女とも長続きはしなかった。

 同じ会社になったのは偶然だったと、単純なユキは思っているだろうが違う。
 カケルが裏から手を回して、ユキの就職情報を手に入れていたのだ。

 もう大学の時のような失敗はしたくなかったから。

 やはりおもちゃは、目の届くところにあってこそ、だから。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

処理中です...