21 / 68
(18)課長のbot疑惑(おにぎりに限る)
しおりを挟む翌日の朝、やっとウメコが戻ってきた。
それも、やたらデカい鳥の足をくわえて引きずりながらだ……牛一頭分くらいの大きさないか、その鳥?!
一晩姿を見ないと思ったら、狩りをしてたのか。
ちなみにウメコを初めて見たメイシアは、ビビりまくってさっと俺の背に隠れた。
ウメコはチラッとメイシアを見たものの、昨日のことがトラウマにでもなっているのか、自分から彼女に近寄ろうとはしなかった。
「……やたらでかい鳥だな」
ウメコはそいつをそっと課長の足元に置き、伏せのポーズをとった。
「おお、ウメコでかしたぞ! とり肉は上質なタンパク質を得るにはもってこいだからな」
わしゃわしゃと課長がウメコの額を撫で、ウメコは気持ちよさげに目を細めた。
──わふっ!
充分撫でて貰ったと思ったのだろう。しばらくするとウメコは、地面の獲物を再びくわえて今度は九重の前に運んだ。
「え……っ?」
待て待て待て──ウメコは何がやりたいんだ?
「僕も撫でろってことですかね? ウメコちゃんお手柄だったね」
──わふわふ!
九重がニコニコしながらウメコを撫でる。満足そうなウメコ。
ウメコが再び鳥を口にくわえる。
「あ、まさか……」
次は俺の番、か。
果たしてウメコは獲物を俺の前にも運んで、撫で撫でをねだっていつかのように手に額を押し付けてきた。
何だコイツ、可愛いか?!
全員に褒めて貰おうとするなんて──人間だったら承認欲求の塊だな。まぁ、ウメコは人間じゃないから、不快感は微塵も湧かないが。
コイツ、見た目はフェンリルでも中身は犬だからなぁ……。
しかし犬なら犬で、群れのリーダーに褒めてもらえばいいはずなのだが。異世界のフェンリルは、どうやらそれだけでは満足できない模様。
とりあえず、俺がこの群れで最下位扱いということはよくわかった。うん。
泣いてない。泣いてないんだから! 目から出てるのはただの汗だから!
もっと驚いたのが、メイシアの髪色だった。
俺たちは茶髪だと思ってたんだよね。
だって、明らかに茶色だったもの!
しかし。
水浴びを終えた彼女の髪が、何と透けるような綺麗な『青』だったのだ。目も青かったけど。
「歩いてたら水たまりにハマって泥んこになったところに、上から鳥のフンが降ってきて、草の上で寝てたら野良犬におしっこかけられて……えへへ」
薄汚れた茶髪だと思ってたその茶色は、全部汚れだったらしい……うへぇ。
異世界の汚れ、半端ねぇな!
そして、青髪がそこら辺を歩いて息をしてるだなんて、さすが異世界サマサマです。
元の世界では非現実的な、青髪を見られたことに大変満足。
青髪なんて、アニメの実写化映画とかコスプレくらいでしか見たことないからな。
そういやゴブリンも見たし。俺、チートとかないみたいだし、もう帰ってもいいんじゃないか?
あ、ちなみに彼女の水浴びは、魔法で彼女自身が出した水で行われたのだが。
魔法だよ、魔法!
何もないはずの空間から突然水が生まれてくるその様子は、なんというか……現実感がとても薄かった。
まるで、よくできたマジックショーでもみているかのようだった。いや……彼女の指先から水が出るその様子は、マジックショーというよりまるで……水芸?
魔法を目の当たりにした課長のテンションは、爆上がりでおひねりでも投げそうな勢いだったけど。
この世界では、青と言えば一番水と親和性が高い色だと言われているらしい。
そして青い髪と瞳を持つ彼女も、その例に漏れず水魔法が得意なのだそうだ。
更に言うと、何故か聖職者には水属性と親和性の高い人間が多いらしい。
ただ、彼らは瞳が青かったりすることがほとんどで、メイシアのように髪まで青いのは珍しいそうだ。
ふむ……髪まで青いのは親和性がかなり高いということなのだろう。
「聖職者というのは職業なの?」
「うーん……職業というか称号のようなものだと思います」
なるほど。職業だからじゃなくて、称号が聖職者だから聖職者と呼ばれるってことか。
ちなみに神殿とか教会って聞くと、むこあの世界で読んだ小説の弊害で光魔法かと思ってしまうが、光属性の人間は今のところ確認されていないらしい。
孤児院出身のメイシアは、十二の時にギルドで冒険者登録を行った際、聖女の称号を持っていることが判明した。そのまま神殿に連れてこられて、それから六年間ずっと神殿暮らしだったとの事。
青髪の聖女、神殿ではそう呼ばれていたらしい。
印象的な青髪に透き通るように白い肌が彼女を儚げに見せていて──信仰心なんてこれっぽっちも持ち合わせていない俺の目にも、結構神秘的に映る。
実物は容姿よりも胃袋に神秘を秘めた少女だが。
聖女として有能だったかはわからないが、神殿にいる頃はさぞかし注目の的だったに違いない。この爆食癖さえなければ、きっと追い出されることもなかったんだろうな。
「あー……聖女様って何をするんだ?」
「えっと……普段は朝から晩まで祈りの間でのお祈りですかね。後は、地方の神殿への巡業と、治療とか解呪とか祝福とか、でふっ! もごっもごっ……」
最後は食欲に逆らえなかった彼女が、分厚い焼き鳥を口に放り込んだため、語尾が若干不明瞭になった。
今朝ウメコが取ってきたでかい鳥は課長によって解体されて、今、現在進行形でみんなのお腹に収まっている。
結論から言うと、鳥はめっちゃ美味かった!
紫とショッキングピンクの羽根で彩られた鳥の死体は、趣味が悪い親戚のおばちゃんの洋服みたいだったし、毒々しくて食べても美味しくなさそうだったんだけど、中身は全然イメージしてたのと違ったんだ。
何故か九重は、俺が切望していた焼肉のタレ……のシーズニングを持っていたので、一口大に切った肉にそいつをパラパラとふり掛けて焼くと、ヨダレが出るほど香ばしい匂いが辺りに漂う。
俺は焼く係だったんだけど、つまみ食いしたくなる衝動を抑えるのに必死だった。
ま、焼いている間中、一人と一匹が張り付いてたから、しようと思っても無理だったんだけど。むしろつまみ食いを防ぐ側というか。
俺が理性で抑制しているヨダレを恥ずかしげもなくだだ漏れにしながら、その一人と一匹は食い入るように肉を見つめていた。
肉が焼き上がったので、各々の皿に入れてキャンプ用のテーブルへと運んだ。
ちなみにこのテーブルも九重の所持品。
俺たちが向こうの世界で最後にしていたのは避難訓練だったはずなんだけど……次々と奴の空間収納から出てくるキャンプ用品に対して、いちいち突っ込むのはもうやめた。
俺の精神の安寧のためには仕方ないのだ。もう、コイツも課長と同じ扱いでいいだろう。
焼き鳥は本当に美味かった。大したものを食べたことはないが、オレの人生の中では間違いなく一番の焼き鳥だった。
焼肉のタレが少し焦げているが、それがかえって香ばしさをひきたてている。
分厚い肉に歯を立てるとパリッと音がして、ジュワッと肉汁が溢れだしてくる。
イノシシの肉とは違う風味だが、ほのかに甘みとコクを感じられる。外側はタレのふりかけが焼けてパリッとした食感がするし、中身は弾力がありながらもしっとりしている。
イノシシとは違って脂身がない分、あっさりしていていくらでも食べられそうだ。
「うっまっ!」
俺たちは無言で焼き鳥を堪能した。特にウメコとメイシアは競うようにして、焼いてる途中の生焼けの肉まで口に放り込んでいる……ウメコはともかく、メイシアはお腹壊すんじゃないか?
鶏刺しとかあるくらいだし、新鮮なとり肉なら無問題? いや、この世界にはカンピロバクターとかいないのかも。
それに、あの人たちいつ噛んでるんだろうか?
丸呑み? ねぇ、丸呑みなの?
それにしても神殿は、改めて聞いてもやはりブラックな職場だな。朝から晩までお祈りさせた上、一日一食なんて……九重のセリフじゃないけど完全に労基法違反だよ。ま、この世界に労基法があるかなんて知らないが。
「おいひい! おいひい!」
──わふわふっ!
「お前ら、食べながらしゃべるのやめなさい。しっかし、よく食うな……」
「若いっていいですね……僕なんか見てるだけでおなかいっぱいです……」
「はっはっはっ! 二人とも育ち盛りなんだな! もっと食べなさい。おにぎりもまだあるぞ!」
「オカワリ!」
──わふっ!
何気に課長はわんこそば入れる人みたいに、甲斐甲斐しく二人におにぎり握って渡したりしてる……って、あの人、俺の上司だったわ!
俺の方がまったりしてる場合じゃないよね?!
「か、課長! こいつらのおにぎりは俺が握りますんで、課長は座ってお茶でも飲んでてください! うわっちっ!!」
飯ごうから出した米を触った瞬間、痛みに似た熱さが指先に走って、俺は思わず手を引っ込めた。
炊きたての米の熱さを舐めてたよ。熱すぎでしょ。
触れん……。
慌てて、火傷した指にふーっと息をふきかけた。
「これでも私はおにぎり技能検定特級なんだよ。任せたまえ」
さっさかさっさかと、熱々の炊きたての米を素早く握っていく課長。ロボットのような正確な作業、そして動きが早過ぎて手元が全く見えない……。
あっという間に積み上がっていくおにぎりタワー。
「うまっ! はふはふ! うまっ! はふはふ!」
──わふ! はふはふ! わふ! はふはふ!
そして、あっという間に消えていくおにぎりタワー……。
フェンリルは一口でも仕方ないかなと思うけど、年頃の女子がおにぎり一口ってどうなの?!
──────────
*カンピロバクター……食肉処理の関係で鶏、豚、牛肉などの表面についている、お腹痛くなる細菌。とり肉食べる時は十分に加熱しましょう。きちんと加熱すれば大丈夫。
*おむすびとおにぎりは何が違うのか……あなたはどっち派?
10
あなたにおすすめの小説
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
優の異世界ごはん日記
風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。
ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。
未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。
彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。
モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる