【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

文字の大きさ
46 / 243
二人の意識の変化

カリストによる哀れな襲撃者の末路

しおりを挟む
 岩影から飛び出した男が湖から上がったクリスの顔前に剣先を突きつける。

「動くな!」

 長距離移動しやすい簡易式の鎧を身に着けた剣士。長旅をしてきたのか汚れとほつれが目立つ。
 男が剣を向けたまま言葉を続けた。

「食べ物をお持ちでしたら少し分け……あ、いや!  そうではなく……そう!  荷物を全てもらう!  怪我をしたくなければ、動くな!」

 滲み出る育ちの良さ。前もって決めていたのであろう台詞。強盗慣れしていない様子から、訳ありな雰囲気満載。

 いつものクリスなら無難な会話から相手の状況を聞きだして対処する。が、今はそれどころではない。

 寒い! とにかく、寒い!

 全身が濡れているクリスの体に山の冷たい風が吹きつける。このままでは体が凍る。

 そう判断したクリスの行動は早かった。素足のまま自分の影を二回蹴る。

「カリスト!」

 名を叫ぶと同時にクリスの影から食事用の銀ナイフが飛び出した。

「なに!?」

 予想外の攻撃にナイフを避けた剣士が怯む。そこに空から降ってきたルドが剣士を踏み潰した。
 この展開には影から顔を出しかけていたカリストも動きを止める。

「クリス様?」

 影から顔だけ出して指示を待つカリストにクリスは大きく息を吐いた。

「とりあえず出て来い。面倒なことになりそうだ」
「はい」

 影から出てきたカリストが素早くマントを拾いクリスの肩にかける。

「まずは小屋で体を温めましょう」
「そうだな」

 歩き出そうとする二人をルドが慌てて止めた。

「ちょっ、師匠! この人はどうするんですか!? それにカリストはどこから!?」

 空から飛んできたルドが不意打ちの攻撃で剣士を無力化し、手際よく縛り上げていた。

「面倒だが、そいつも連れて来い。あと、そこに隠れているヤツも来い」

 クリスは剣士が飛び出した岩影に声をかけたが、返事はない。

「出てこないなら、こいつを「私は一人だ! 誰もいない!」

 剣士がクリスの言葉を遮る。クリスはこめかみをひきつらせた。

「私はさっさと温まりたいんだ。余計な時間をかけるなら……」
「何度も言うが私は一人だ! 煮るなり、焼くなり好きにしろ!」

 勇ましく叫ぶ剣士を横目にクリスはカリストに命令した。

「アレをやれ」
「はい」

 カリストがどこからか黒い箱を取り出し、ルドに言った。

「何があっても動かないように、しっかり押さえていて下さい」
「はい」
「な、なにを……や、やめ! 私はなにをされても屈さな……うわっ!?」

 クリスは再び岩影に声をかけた。

「出て来なければ、コイツをこのまま馬に乗せて市中を引きずり回るからな」
「そ、それだけはお止め下さい!」

 岩影から人が出てくる。頭から布を被っており顔はよく見えないが、声は若い女性らしい。荷物を抱えているのか、胸からお腹が不自然な形に膨らんでいた。

「出てきてはいけません!」

 剣士が必死な顔で訴える。だが、その姿にクリスとルドとカリストが顔を逸らした。

 剣士の顔は白粉おしろいにより、人形のような真っ白な肌に。灰色の瞳の周囲は黒のアイラインでパッチリ&紫のアイシャドウで不気味に。頬はパステルピンクで華やかだが、唇は毒々しいほど真っ赤に。
 そのうえ、頭には巨大なピンクリボンが儚く風に揺れ……

 この短時間でよくもここまで見事に、という仕上がり。
 元がそこそこ整った男前な顔立ちなだけに、女装に失敗した哀れな男という残念感が半端ない。

 真面目そうな性格から、この姿で人前に晒されたら、どうなるか。
 幸いなことに、剣士は自分がどんな顔になっているか知らない。……今はまだ。

 クリスは剣士から視線を逸したまま、出てきた若い女性に言った。

「なら、大人しくついてこい。話ぐらいは聞いてやる」

 こうして直視できない強盗未遂剣士と訳ありそうな若い女性を連れ、クリスたちは小屋へと移動した。

 小屋に入ったクリスは暖炉の前を陣取って若い女性を見る。部屋の角の柱に括りつけた剣士は視界に入れない。

「まずは座れ」

 椅子を勧められ若い女性が警戒しながら腰をおろす。
 カリストが淹れた紅茶を全員に配っていく。茶葉と香辛料の匂いが室内に広がる。

 クリスは湯気が立つカップを持ち、ゆっくりと口に含んだ。冷えた体に温かい紅茶が染み渡る。
 若い女性の前にもカップが置かれたが動かない。クリスは声をかけた。

「毒は入っていない。香草が入っているから独特な味はするが、体は温まるぞ」

 ルドが一口飲んで頷く。

「少し辛い感じがしますが、砂糖の甘味もあって美味しいです」

 若い女性が戸惑っていると、胸の辺りがもぞもぞと動いた。そして泣き声のような小さな声。若い女性が隠すように慌てて後ろを向く。

 カリストが別のコップと皿を女性の前に置いた。

「牛乳を温めて蜂蜜を入れております。飲めるようならあげてください。あと、こちらもどうぞ。蒸して作ったパンです。柔らかいので食べやすいと思います」

 若い女性が目を丸くしてカリストを見上げる。体が温まったクリスは椅子から立った。

「ずっと抱いていたら疲れるだろ。子どもも窮屈だぞ。カリスト、私の着替えは?」
「あちらの部屋に用意しております」
「着替えてくる。くつろいでいてくれ」

 クリスは奥にある小部屋に消える。ルドが困ったように笑いながら若い女性に説明した。

「あぁ見えて、あなた方のことを心配しているんですよ。困った人を見ると助けたくなる性分みたいで。よければ、話してみませんか?」
「そう言われましても……」

 若い女性が悩んでいると、布の隙間から小さな手が伸びた。顔を出してコップを取ろうとする。それを柱に縛られた剣士が叫んで止めた。

「それに触れてはいけません!」

 小さな手が布の中に引っ込む。着替えを終えて戻ったクリスは片眉を上げた。

「毒が入っているかもしれない、と警戒するのは分かる。だが、怒鳴ることはないだろ」

 空のコップを持ったクリスは、若い女性の前にたったコップから牛乳を少しだけ移す。そして、そのコップを剣士の顔に突き出した。

「そんなに心配なら、おまえが毒見……ブフッ」

 真剣な顔で睨む剣士にクリスは思わず吹き出した。今の深刻な雰囲気より、化粧の迫力のほうが勝る。
 顔を逸したクリスに剣士が慌てた。

「なんだ!? 私になにをした!? どうなっているんだ!?」
「い、いや、なんでもない。とにかく、飲んでみろ!」

 クリスは顔を逸らしたまま剣士の口にコップを押し付け、強制的に飲ませる。

「毒が入っているか?」

 クリスの質問に剣士が唸った。

「……いや」
「ろくに食べさせていないんだろ? 欲しがっているぞ」

 子どもが布の隙間からチラチラとパンを見ている。

「空腹でも、おまえの言葉を守っている。警戒もしていて小さいのに賢い子だ。そんな子におまえは何が出来た? この結果は、おまえが不甲斐ないからだろ? なら、せめて温かい飲み物と食事をとらせてやれ」
「そうだ。すべては私の力が至らないばかりに……」

 落ち込む剣士に若い女性が立ち上がり、否定する。

「そのようなことはございません。バルタがいなければ、今頃、私たちは……」
「その話はあとでいい。まずは子どもに飲み物と食事をとらせろ」

 クリスの怒りを含んだ声に女性が慌てて椅子に座り、被っていた布を取った。







しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...