【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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クリスの挫折と秘密

カルラによる訪問者の報告

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 ベッドに寝かしたルドの隣でクリスは本を読んでいた。
 しばらくしてルドが目を開ける。

「あれ? ここは?」

 ルドがぼんやりと体を起こし、周囲を見た。
 キングサイズのベッドは体格が良いルドでも十分な大きさ。壁にはアーチ型の窓が二つあり、その間に暖炉とソファー。その隣にはテーブルと椅子。
 派手な装飾はないが、調度品やソファーなどに使われている素材は、使い心地、触り心地を重視した高級品を配置した客室。

 問題なさそうなルドにクリスは少し安堵しながら声をかけた。

「倒れる前に言えと言っただろ」
「師匠……」
「飲めそうか?」

 クリスはベッドのサイドテーブルに置いていたコップをルドに差し出す。

「ありがとうございます」

 ルドが味わうように一口飲んだ後、一気に飲みきった。

「これ、レモンか入っているんですね。さっぱりして、おいしいです」
「腹は空いてないか?」
「いえ、そこまで空いては……」

 グゥ。

 腹が鳴ったことにルドが驚く。クリスは軽食が置いてあるテーブルに視線を向けた。

「疲労しすぎて空腹を感じないんだろ。魔力を補充するためにも、食べられるなら食べておけ」
「はい」

 ベッドから出たルドが椅子に座り、軽食を食べ始めた。パンに新鮮な野菜や肉が挟んであり、見た目より食べごたえがある。

「美味しいですね」

 次々と食べていくルドを眺めながらクリスは小さく呟いた。

「……悪かったな」
「え?」
「倒れる前に止めるつもりだったんだが見誤った」
「いや! 自分が言わなかったのがいけないんですから! 師匠は悪くありません!」
「だが……いや。過ぎたことを言うのは、やめよう。今回のことで分かったと思うが、魔力を全力で出し続けるより、魔力を微量ずつ出し続けるほうが、集中力と体力が必要になる。おまえの場合は魔力が大きいから、余計負担となる」
「ですが、それが出来れば魔法で治療が出来るんですよね?」
「そうだ」

 頷いたクリスにルドが強く両手を握りしめる。

「頑張ります! 微量の魔力を長時間放出できるようになります!」
「そうだな。あとは素早く相手の魔力の流れを読み取れるようになることだ。これは慣れるしかないから、普段から感覚を鋭くして、相手の魔力の流れを読み取る練習をしろ」
「はい!」
「今はしっかり食べて回復するんだな」
「はい!」

 ルドが食事の続きを始める。そこに軽いノックの音が響いた。

「どうした?」
「クリス様、来客なのですが……」

 神妙な様子のカルラにクリスは立ち上がる。

「食べ終わったら休んでいろ」

 そう言うとクリスはカルラとともに廊下に出てた。カルラが困ったように小声で報告する。

「バドの町で治療院まで来れないため、家で全身を診たあと首から下の痛み止めだけをした女性のことを覚えていますか?」

 クリスは少しだけ苦い顔で頷いた。

「その女性が来ています」

 深緑の瞳が大きくなる。クリスはすぐに言葉が出なかった。

「……本人が来ているのか? どうやって、ここまで来たんだ? 体力がほとんど残ってない頃だぞ」
「本人の強い希望で、家族が農作業用の荷台に乗せて、ここまで運んで来たそうです」
「……そこまでしたか。本人はどこにいる?」
「屋敷の治療室に案内いたしました」

 すぐにクリスは屋敷の奥へと歩きだす。カルラも当然のように続く。

「家族は?」
「一緒にいます」
「わかった。犬に至急来るように伝えろ」

 思わぬ指示にカルラの足が止まる。

「犬を!?」
「治療師を目指す者なら経験しておかねばならないことだ」
「……わかりました」

 カルラが頭を下げて廊下を引き返す。クリスは屋敷の少し奥へと向かった。

 目的の部屋の前に到着したクリスをカリストが頭を下げて迎える。

「女性は移動で疲れておりましたので、隣の部屋で寝かせています。両親はクリス様と話をするため、こちらで待っています」
「……まずは両親から近況を聞く。そのあと、本人から話を聞こう」
「はい」
「師匠!」

 走ってきたルドにクリスは声をかけた。

「休めと言ったのに、悪いな」
「いいえ!」
「治療院研究所の仕事でバドの町に行った時、最後に診た人物を覚えているか?」
「全身が痛くて眠れないという?」
「そうだ。治療が難しいから痛みを感じなくしたのだが、その本人と家族が来ている」

 ルドが驚きながら訊ねる。

「治療の依頼は治療院研究所を通さないといけないのでは? そもそも、師匠は休養中だから治療の依頼はこないはずですし。それに治療師の家を直接訪れることは禁止されていませんでしたか? そうしないと、治療目的で人が集まるって」
「その通りだが、治療院研究所には報告するな。まずは状況を確認する」
「……わかりました」
「おまえは何があっても絶対に話すな。黙って聞いていろ」
「はい」

 クリスはドアを開けて部屋に入った。
 室内はこじんまりとしており、窓が一つと、数脚の椅子と机があるだけ。あとは左側に隣の部屋へと続くドアがある。
 ルドがクリスの背後に立ち、カリストが入り口に控えた。

 椅子に座っていた母親が立ち上がる。

「クリス様!」
「座ったままでいい。なにがあった?」

 クリスは両親と向かい合うように椅子に座る。母親も椅子に座ったが顔色が悪く、父親もどこかやつれたように見えた。
 母親がゆっくりと口を開く。

「クリス様が治療をしてくださってから、娘は痛みが嘘のように消え、動けるようになりました。クリス様は、治療はしていない、治していないと言われましたが、私たちには治ったようにしか見えませんでした。毎日を神に感謝して、喜んで生きてきました。しかし……」

 母親の目から涙がこぼれる。言葉が出せなくなった母親の代わりに父親が口を開いた。

「あれは……一昨日、夕食を食べている時でした。突然、食べていた物を吐いて……それからは、何を食べても吐いて。しかも、吐くものは黒くて臭いがひどくて……今は水がどうにか飲めるぐらいです。下痢も酷くて、それも黒くて腐ったような臭いがするんです。それからは、少し動いても、すぐに息があがり、一人では起きれなくなりました」

 父親が隣で泣き崩れる妻を見る。

「気が付くと吐いて、下が汚れていたりするので、ずっとつきっきりで。二人で夜も寝ずに世話をしています」
「……そんな状態なのに、なぜここまで連れて来た? これだけの移動をすれば、本人の体への負担は相当だぞ」
「娘が……どうしても、クリス様に治療をお願いしたいと言いまして。私たちも、次にクリス様が治療院に来られる時には間に合わないと思い、無理を承知でやってまいりました」

 母親が嗚咽をこらえて呟いた。

「あの時に……あの時に治療していただけていたら……」
「あの時は本人が治療を希望していなかった。希望していないのに無理に治療しても治らない可能性が高かった」

 クリスは一呼吸おいて確認する。

「今回は本人の希望、なんだな? それなら、あの時とは話が違う」
「本人の希望です」
「……わかった」

 立ちあがったクリスに母親が顔をあげる。

「治療をしていただけるのですか!?」
「本人に話を聞いてからだ。このまま待っていろ」

 隣の部屋へ移動するクリスにルドがついていく。カリストは入口に控えたまま。
 そして、ドアに消えるクリスの後ろ姿に両親が頭を下げた。





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