【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

文字の大きさ
182 / 243
ケリーマ王国

それは、記憶を失くしたクリスの一歩でした

しおりを挟む
 クリスはルドの顔を見ながら口を動かそうとして、静かに深緑の瞳を伏せた。ふわふわといい気分だったのに、何かが凍っていく。
 現実に引き戻されていくのを感じながら、ポツポツと話し始めた。

「あの……みなさんは、私にとても良くしてくださってます……目が覚めて、右も左も分からなかった私に優しく、いろいろ教えてくれて……私も知らないことばかりで、楽しかったんです。世界がキラキラ輝いてみえてました。ですが……」

 肩の布を握る手に自然と力が入る。

「でも、みなさんの視線が……私を見ていないんです。私なんですが、私ではなくて……たぶん記憶を失くす前の、私を見ているんです」
「そのようなことは……」

 言いかけてルドは王城内に入った時のことを思い出した。自分が差し出した手をクリスが無視した理由は、これか?
 ルドが考えていると、クリスは首を横に振った。

「いいんです。それが悪いとか、良いとか、そういうわけではないんです。たぶんですが……記憶が戻っても、私は消えないと思います。性格は……違うかもしれませんが、でも記憶として残ると思うんです」

 ルドが何も言えず黙る。

「残ると分かっていても……寂しいんです。可笑しいですよね。私は、ちゃんといるのに」

 そう言って顔を上げたクリスは今にも泣きそうな顔をしていた。

「みなさんがいるから、居場所があるから、今を楽しめているのも分かっているんです。もし一人だったなら、こんなに安心できる場所でなかったら……ずっと不安で、おどおどしていたと思います。世界は輝いてなかったし、暗くて怖くて動けなかった。だから」

 泣きそうな顔で無理やり笑う。

「しっかり楽しもうと思うんです」

 悔いがないように。

 クリスは最後の言葉は口にしなかった。そこまで言ったらルドを困らせてしまう。今だってかなり困らせている。それは顔を見れば分かる。

 クリスの前でルドが両手をきつく握りしめて悩む。安心させたい。でも大丈夫というのは違う気がする。
 考えた末にルドはどうにか言葉を絞り出した。

「自分に……手伝えることがあれば言ってください」
「はい。ありがとうございます」

 その言葉だけで十分。私は幸せ。

 クリスは感情を抱き締めて微笑む。その顔は月の光を浴びて儚く煌めいていた。


 王城内の離れの建物に宿泊したクリスは、まだ眠たいと訴える体を無理やり起こした。早朝だが、昨日宣言したように日々を楽しむためには、眠気なんかに負けていられない。

 根性でベッドから出たクリスは素早く普段着に着替え、金髪を一つにまとめて帽子の中に入れ、部屋を出た。

 陽は出ているが、朝なのでまだ涼しい。どこからか吹いてくる乾いた風を頬に受け、クリスはコソコソと廊下を進む。

「ルドさんは、毎朝鍛練をしていると言っていましたから……」

 なんとなく人に見つかるのが気恥ずかしかったクリスは人目を避けて目的の庭に到着した。
 そのまま近くにあった柱の影から、そっと庭を覗く。そこには模造刀で素振りをするルドがいた。
 その姿を確認すると同時にクリスが柱に身を隠す。

「うー、胸がうるさいです」

 ルドの姿だけで心臓が跳ねる。とても自分ではコントロールできそうにない。胸を押さえて、ひたすらドキドキが収まるのを待つ。

「大丈夫、大丈夫……」

 大きく息を吐きながら、ひたすら自分に言い聞かせる。ようやく胸が落ち着いてきたところで、決心したように顔を上げた。

「よし!」

 クリスが大股で歩きながらルドに声をかける。

「おっはようございまぁーす!」

 クリスの大きな声に朝の鍛錬をしていたルドが驚きながら動きを止めた。

「おはようございます。こんなに早く起きるなんて、珍しいですね」

 笑顔でクリスを見るその顔には汗が輝く。そのカッコよさに、一晩かけて考えた会話の内容は綺麗さっぱり頭から吹き飛んだ。
 頭の中が真っ白になったクリスは気がつくと目的だけを言っていた。

「一緒に街を観光しましょう!」
「え?」

 突然の提案にルドが再び驚いた顔になる。クリスはしまったと思いながらも慌てて捕捉説明をした。

「あ、あの! 昨日、言ってくれたじゃないですか! 手伝えることは手伝うって」
「そうですね。楽しむために街を散策するのは悪くないです。では、朝食をいただいたら出かけましょう」

 クリスは浮き上がる気持ちを押さえながら言った。

「二人で行きますからね!」

 言った! 恥ずかしい!

 クリスはルドの返事を待たずに駆け出した。

「わかりました。二人で……って、え!?」

 ルドが聞き返そうとした時には、クリスは建物の中に戻っていた。困ったルドが一人で思案する。

「異国の街で二人きり……まあ、いいか。治安は悪くなさそうだし、自分一人の護衛でも問題ないだろう」

 クリスが柱の影からルドを見ると、赤髪をガシガシかきながら鍛練を再開していた。

「よし!」

 クリスは両手を強く握ると、軽い足取りで部屋に戻り、しばらくして……

「あー、遅くなってしまいました!」

 クリスが叫びながら廊下を走る。
 こうなった原因は、着る服をベレンに相談したことだった。そこから捕まってアレコレされ、気が付いた時には、かなりの時間が過ぎていた。

 クリスが城の入り口に到着すると、ルドの姿が目に飛び込んだ。ケリーマ王国伝統の白い衣装は赤い髪がよく映える。

 思わず見惚れそうになり、クリスは頭を振った。遅刻した恥ずかしさを誤魔化すために、わざと大きな声を出す。

「お待たせしましたぁー!」
「師しょ……」

 振り返ったルドはクリスの姿を見て固まる。その様子にクリスは一気に不安になった。

「あ、あの……変、ですか?」
「い、いえ! そんなことないのですが、なにかいつもと違うような……ですが、どこが違うのかと聞かれたら、説明できなくて……」

 慌てて否定したルドは呆然としながらもクリスを観察した。

 金色の睫毛がいつもよりクルンと上を向き、深緑の瞳が輝いて見える。白い肌の頬がほんのりとピンクに色づき、唇は熟れた果実のように瑞々しくも可愛らしい紅色をしている。
 淡いオレンジ色の布を巻きつけた服は、上半身の体型を綺麗に魅せており、肩は出ているが二の腕から先は袖がある。

 クリスは指先が少しだけ出ている裾で頬を隠しながら訊ねた。

「どう、でしょうか?」

 クリスの上目遣いに血が上るのを感じながら、ルドが平静を装う。

「いいでしっ、い、いえ! いいです! 似合ってます!」

 全然平静を装えていなかったが、クリスは気にした様子なく、嬉しそうにその場で一回転した。

「よかったです」

 クリスの動きに合わせ、腰から下の何重にも重なった白いレースの布がスカートのように広がる。頭の上の方で纏めている髪も揺れ、普段は髪と服で隠れている首筋から背中がはっきりと見えた。
 ルドにジッと見つめられたクリスは恥ずかしそうに話す。

「あの……ベレンさんが、お化粧をしてくださったのです」
「化しょ……う?」

 クリスには一生縁がないというか、クリスに結びつかない単語にルドが固まる。だが、クリスは上目遣いのまま、お伺いをたてるように訊ねた。

「似合わない……ですか?」

 ピンクの頬が赤く恥じらった色になる。体を小さくしてモジモジとしながらも、心配そうな、でも、どこか期待がこもった視線。

 これは、どこからどう見ても花も恥じらう乙女。

 ルドが様々な衝撃に頭を連続で殴られながらも、どうにか声を出す。

「似合って、ますよ」
「よかったです」

 クリスが明るく花が咲いたように笑う。

「いきましょう!」

 ルドの服の裾を掴んだクリスは走り出した。




しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...