【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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ケリーマ王国

それは、二人での買い物でした

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 大通りには様々な露店が並び、人々で賑わう。クリスは行き交う人を唖然とした顔で眺めた。
 隣に立うルドが心配そうに声をかける。

「どうしました? 人酔いしましたか?」
「たくさん……人がいるんですね」
「王都ですから。商品とともに人も集まっています」
「これだけの人がいるのに、金髪と緑の目の人はいないのですね」

 茶髪や赤髪、たまに黒髪の人がいるが、金髪は滅多にいない。見かけても目は青や茶色だ。
 クリスの顔が徐々に暗くなる。ルドが慌ててクリスの手をとりながら話題を変えた。

「あ、あちらに美味しそうなお菓子がありましたよ。いってみませんか?」

 クリスは握られた手とルドの顔を何度も見比べた。込み上げてくる恥ずかしさに堪えながら、なんとか小さく頷く。
 耳まで真っ赤になったクリスをルドが違う方向から心配した。

「どうしました? 調子が悪いのですか?」
「い! いえ! なんでも、ありません! あちらですよね!」

 恥ずかしさを隠すようにクリスはルドを引っ張って大通りに突入した。

 建物から布を張って屋根を作り、その下に商品を並べる。棚や箱に入っている品物もあれば、床に敷いた布の上に直接商品が置いてある。
 クリスは初めて見る物に次々と目移りしてしまい、すぐに足を止めていた。その度にルドも足を止めてクリスに付きあう。

 今は布屋の前でクリスが止まっていた。

「綺麗ですね」

 クリスが色とりどりの糸で織られた布をうっとりと眺める。そこに、恰幅のいい女店主が笑顔で商品を勧めてきた。

「これで服を作ったら綺麗なドレスができるよ。兄ちゃん、プレゼントに買ってあげたら、どうだい?」

 話を振られたルドが軽く頷く。

「いいですね。師匠、どの布がいいですか?」
「え!? い、いえ! 私は見ているだけで十分です! ドレスなんて作れませんし!」

 思いっきり商品を断られた女店主は商売魂が逞しかった。クリスの前に鮮やかな花の絵と刺繍がされた綺麗な布を広げて説明をする。

「裁縫が苦手なら、この布はどうだい? 端はもう縫ってあるから、このまま首や腰に巻いたりしたらいいよ」
「綺麗ですね……」

 クリスが布に見惚れていると、ルドが女店主に声をかけた。

「いくらですか?」
「そうだねぇ……兄ちゃんたち、ケリーマ国の服を着てるけど、他所の国の者だろ?」
「はい」
「旅人かい?」
「そんな感じです」
「よし。じゃあ、銅貨十枚でいいよ! その代わり、その布を旅先で見せて私の店を宣伝しておくれ」

 布の値段に詳しくないルドでも銅貨十枚は安いと思った。
 自分たちは容易に旅をしているが、普通は旅など簡単にできないし危険もある。そのため、他所の国で己の商品の宣伝をするのは、かなり難しい。
 もし旅先でこの商品が有名になれば、商人が買い付けるために、この店を訪れる可能性がある。そうなれば、店にとっては売上に繋がる。

 かなり先を見据えた計画だが、商売上手でもある。

「わかりました。宣伝費込みということですね」

 銅貨を払おうとしたルドの手をクリスが慌てて掴む。

「そんな、悪いです」
「自分が師匠にプレゼントしたいと思いましたので、受け取ってください」

 笑顔でそこまで言われたら引き下がるしかない。クリスは顔を赤くしながら手を離した。

「あ、ありがとうございます」

 そんな二人の様子に女店主がニヤリと笑う。

「そうだ! その布を髪に編み込んであげよう! 今、若い子たちの間で流行っているんだよ」
「え? え?」
「ほらほら、こっちに髪を向けて。すぐ終わるよ」

 戸惑うクリスの髪を女店主が手際よく編みあげた。

「ほら、完成」

 一つに結んでいたクリスの髪を三つ編みにしたが、今買った布が一緒に編み込まれている。艶やかな茶色の髪に、規則的に顔を出す白や金の布が映える。

「あ、ありがとうございます」
「ほら、兄ちゃんも、なにか言ってあげなよ」

 促されてルドはクリスを改めて見た。バラけていた髪が三つ編みになったことで、うなじが露わになり、髪よりそちらに目が向いてしまう。

「きれい……ですね」
「ありがとう、ございます……」

 ポンっと赤くなった顔を隠すように俯いたクリスに、女店主が満足そうに笑う。

「いいねぇ。私も若い頃は……」

 女店主の長い昔語りが始まりかけた、その時。人々の叫び声が響いた。激しく物が壊れる音と悲鳴と巻き上がる砂埃。一瞬で空気が張りつめる。

「にげろ!」
「馬車が暴走してるぞ!」
「警備兵を呼べ!」

 危険を知らせる声に人々が一斉に逃げ出す。

「師匠はここにいてください!」

 ルドは銅貨を女主人に押し付けると、騒ぎの中へ走った。


 逃げ惑う人々をかき分けて進むルド。着いた先には暴れた馬によって壊れた露店と、遠巻きに棒を構える人々。

 道の真ん中で、荷車を引いた二頭の馬が暴れる。一頭でも押さえつけるのは大変なのに、それが二頭。馬の蹴りはすざましく一撃で致命傷になるため、誰も近づけない。

 戸惑う人々の間をすり抜け、ルドが暴れ馬に突っ込んだ。

「おい! 一人じゃ無理だ!」
「怪我じゃすまねぇぞ!」

 人々から忠告を無視してルドが軽く地面を蹴る。
 普通なら馬を負傷させて動きを止めるか、落ち着くのを待つしかない。だが、ルドはクリスの屋敷の書庫で読んだ魔法書を思い出した。

 空を跳んだルドが二頭の馬の真上で両手を地面に向けた。

落雷サンダー

 パチパチという音とともにルドの手に閃光が走る。

「な、なんだ?」
「なにが起きた?」

 突然、目の前が真っ白になり、囲んでいた人たちが目をこする。徐々に見えてきた先には、二頭の倒れた馬と、その首をさするルドがいた。

「すげぇ……」
「兄ちゃんが一人でやったのか?」
「馬は……死んだのか?」
「死んでませんよ」

 説明をしながらルドが立ちあがる。

「気絶しているだけです。少ししたら起きると思います」
「そ、そうか。よし、あとはこっちでやるから、任せな」
「絡まった手綱を外せ! 持ち主はどこだ?」

 周囲で遠巻きに見ていた人たちが集まる。
 ルドは馬が暴走していた道を見た。壊れた露店と蹴り飛ばされた人々。
 その中でも一際大きな声で叫んでいる人がいた。

「治療師! 治療師を呼んでくれ! 医者! 医者でもいい! 早く! 誰か!」

 ルドが駆け寄ると、男が子どもを抱えていた。子どもは顔色が悪く、かろうじて息をしている。

「どうしました?」
「息子が! 息子が馬に蹴られたんだ!」
「どこを蹴られました?」
「腹か、胸か、そこら辺だと思う」

 ルドが収納袋から布を出して地面に敷く。

「ここに寝かせてください。診てみます」
「……あんた治療師か?」

 若い異国人に父親が不審の目を向けた。

「この国での治療師の資格は持っていませんが、魔法での治療はできます」
「診てくれ!」

 父親がすがるようにルドに訴える。ルドは子どもを寝かせて胸から腹へと手を滑らせた。

「……蹴られたことによる内臓損傷。出血がひどい」

 ブツブツと状況を確認しているルドに父親が掴みかかる。

「そんなのは後で医師がすればいいことだろ! それより、さっさと治療魔法をかけろ!」
「待ってください。治療魔法は……」

 治療魔法は神の加護があり、治療魔法の知識があれば使える。だが、ルドは神の加護があるのに、なぜか治療魔法が使えない。
 まずは魔法で全身状態を把握し、それに合わせた魔法をかけるしかない。

 ルドが迫ってくる父親を落ち着かせようとすると、華奢な手が間に入った。

「落ち着いてください。子どもさんは大丈夫です」
「師匠……」

 父親が不躾に入ってきたクリスを怒鳴る。

「お前に何が分かるんだ!?」
「分かります」

 気押されながらもクリスは力を込めて真っ直ぐ言った。

「私はルドさんを信じています。必ず助けてくれると」

 よく見ればクリスの足が微かに震えている。その様子にバツが悪そうに父親が顔をそらす。

「わ、分かった。さっさと治療してくれ」
「はい」

 ルドは素早く子どもの腹に手を当てた。

『肝臓組織の修復。十二指腸の修復』

 そのまま手を胸に移動させる。

『肋骨の修復。肺組織の修復』

 そこで子どもの口から苦悶の声が漏れた。

「ザザム! しっかりしろ! おい! 治療は終わったのか!?」

 ルドが険しい顔のまま唸る。

「傷ついた臓器は治療しましたし、出血もないのですが……」

 子どもが口から血を吐き、苦しそうにハッハッと短く息をする。

「ザザム! おい!? どうなってるんだ!?」
「体の中にたまった血が、肺や他の臓器を圧迫しています。すぐに血を出さないといけないのですが、道具がないので……」

 ルドの悔しそうな呟きが響いた。




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