【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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二人の変化

それは、ルドの決心でした

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 滝壺に落ちたルドはクリスを抱えたまま泳いだ。すぐに川辺にたどり着き、クリスを抱いて川から出る。水を吸った服が全身にまとわりついて重い。
 ルドはすぐに魔法で服を乾かすと、腕の中のクリスを診た。

「師匠?」

 クリスは気を失っており返事はない。ルドは収納袋から布を取り出し、金色になったクリスの髪に巻いた。

「体に異常はないようだが、どこかで休ませなければ……」

 そこでルドは船で一緒になった中年女性が宿屋をしていることを思い出した。急いで街へ行き、赤い屋根の宿屋を見つける。
 藁をも掴む思いで飛び込むとカウンターに中年女性がいた。

「いらっしゃい。食事か、宿泊……って、船にいたイケメンの兄ちゃんじゃないか。来てくれたんだね」

 笑顔で出迎えてくれた女性にルドが手短に状況を説明する。すると、女性は目を丸くしながら部屋の鍵を出した。

「そりゃあ、大変だったね。お嬢ちゃんを、しっかり休ませてあげな。え、二部屋? 今日は客が多くて一部屋しか空いてないんだ。ベッドは二つある部屋だから、いいだろ?」

 ルドは少し悩んだが、一刻も早くクリスを休ませたいという状況が勝った。
 鍵を受け取ったルドは二階へ移動して部屋に入る。ベッドとテーブルと椅子という、必要最低限の物しかない部屋。
 ルドはクリスを静かにベッドへ寝かした。窓の外は暗く、星が輝き始める。

 室内の明かりを付けると、クリスの青白い顔がよりハッキリと浮かんだ。

 こうして静かに眠っている姿は記憶を失う前のクリスと変わらない。それでも目を開ければ同一人物かと疑うほど、性格も行動も違う。
 でも、もしかしたら、これがクリスの本当の姿なのかもしれない。記憶を失う前のクリスは生きるために必要な仮面を被った姿。
 そこで、セルシティが出発前にこぼした言葉が浮かんだ。

『偽りだらけの姿でも、本当の姿を晒せる相手がいれば、その負担も軽くなるだろうな』

 (師匠が本当の姿を晒せる相手が現れたら……)

 ふとその光景が頭に浮かんだ。
 無垢な笑顔が、頬を染めて恥じらう姿が、嬉しそうに名を呼ぶ声が、その全てが自分以外の誰かに……

 ルドが振り払うように激しく頭を振る。絶望と同時に、腹の底から何かが煮えたぎり、噴き出しそうになった。

「落ち着け……」

 ルドの声に反応したようにクリスの瞼が動く。うっすらと瞼を開き、目だけを動かして周囲を見る。
 ルドはホッとしながら声をかけた。

「目が覚めましたか?」

 クリスはルドの姿に安堵の表情をした後、悲しそうに視線をそらした。

「すみません、私の不注意で……」
「いえ。自分がついていながら、すみませんでした。痛いところや、違和感はありませんか?」
「痛みはないのですが……」

 クリスが両手で自身の体を抱き締め、ガタガタと震えだす。そのまま布団の中で丸くなった。

「どうしました!?」
「寒くて……」
「体が冷えないように、すぐ服を乾かしたのに……」

 ルドが隣のベッドの布団をクリスにかける。

「長距離の移動で疲労していたところに、全身が濡れて体が冷えてしまったのか……」

 ルドは原因を考えながら周囲を見回した。暑い地域のため、体を直接温められるような暖房器具はない。
 クリスが唇を青くして、ベッドの中で全身を震わせる。原因は分からないが、このまま寒気が続くのは良くない。

 考えたルドは意を決した。

「失礼します」

 ルドがベッドに入りクリスを背後から抱きしめる。

「は? え?」

 クリスは驚いて振り返ろうとしたが、大きな腕で前向きに固定された。

「すみません。温まるまでの少しの間、我慢してください」

 丸くなったクリスをルドが背中から包み込むように抱きしめ、体の熱で直接クリスを温める。

「冬山で暖を取れない時は、こうして人の体温で温めるそうです」
「そ、そうですか」

 クリスは体を小さくした。胸が五月蝿いほどドキドキして、ルドに聞こえそうで恥ずかしい。耳元ではルドの息づかいが聞こえ、触れあっているところは温かくなってきた。なにも考えられないほど頭が湯だる。

 顔を真っ赤にして俯くクリスとは逆に、ルドは冷静に分析をしていた。

(滝壺に落ちた時の衝撃で乱れたのか、師匠の体内の魔力が滞っている。これが原因で体が冷えたのかもしれない。なら、師匠の余っている魔力で発熱させて全身に巡らせれば……)

 ルドがそっとクリスの魔力を発熱をさせ、全身に循環させる。
 しばらくしてルドはクリスに声をかけた。

「あの、どうですか? 寒さは和らぎましたか?」

 クリスは質問に答えずルドの腕に頬を擦りつける。顔はとろんと蕩けており今にも寝そうだ。

「……嬉しさが爆発しそうです」
「爆発? え?」

 驚いたルドがクリスの顔を覗き込む。すると、クリスはスヤスヤと眠っていた。青白かった顔には血の気が戻り、震えも止まっている。

 幸せそうにルドの腕を握りしめて眠るクリスの姿に一安心する。
 警戒心もなく、嬉しそうに微笑んだ寝顔。クリスの髪から漂う、ほのかに甘い香り。体は柔らかく、腕の中にすっぽり入るほど小さい。
 側にいるのが当たり前で、ずっと隣で守っていく。そう決めていた。だが……

 唐突にオグウェノの言葉が頭に響く。

『では、月姫だけをもらう』

 そう言われた時、クリスが行くと言えば自分に止める権利はないと思った。だが正直に言えば、離したくない、ずっと側にいたい。今のままの関係でもいいから……

「いや、違うな……」

 今の関係が壊れるのが怖くて、わざと気づかないようにしていた。本当はもっと近くにいたい。もっと近い関係に……

 そこでクリスが軽く体を動かした。

「にやぁ……ルドしゃぁ……ん……」

 幸せそうにクリスが呟く。ルドは顔が赤くなるのを感じた。こんなクリスの姿は誰にも見せたくない。

「あぁ、もう……」

 ルドがそっとクリスを抱き締める。

 本当の姿を晒してもらえるようになりたい。もっと自分を頼ってもらいたい。そのためには、まず自分の気持ちを……

「記憶が戻ったら……伝えますから。もう少し、待っていてください」

 ルドの一人言にクリスが微笑んだように見えた。


 いつの間にか寝ていたルドは、いつもの時間に目が覚めた。窓から直接差し込む朝日が目にしみる。

 腕の中に視線を落とせば、気持ち良さそうに眠るクリス。顔色もいいが朝食は体を冷やさない温かい料理がいいだろう。

 ルドはクリスを起こさないようにベッドから出ると、朝食を頼むため食堂へ移動した。昨日の中年女性が朝食の下ごしらえをしている。

「おはよう。お嬢ちゃんの調子はどうだい?」
「おかげさまで、大丈夫そうです」
「それは良かった。災難だったが、滝は綺麗だったろ? あそこはカップルで行くと、一生添い遂げることができるって、有名な場所だからね」
「そ、添い遂げっ!? そうなんですか?」

 ルドは赤くなりかけて、すぐに平常心に戻った。クリスのことだから、なにかあるとは思っていたが、なかなか大胆だ。

「おや、知らなかったのかい? お嬢ちゃんは可愛い子だからね。他所見していたら、取られちまうよ? で、こんな朝っぱらから何か用かい?」

 ルドは事情を簡単に説明して朝食に温かい料理を頼んだ。

「それなら、朝食用のスープがあるから持っていきな」

 柔らかな湯気と共に優しい匂いが漂うスープを渡される。ルドがそのスープを持って部屋に戻ると、クリスは体を起こしていた。
 部屋に入ってきたルドを見てクリスが顔を綻ばす。

「おはようございます」
「おはようございます。あの、寒くありませんか? 体は大丈夫ですか?」

 昨夜のことを思い出したクリスは顔を赤くしながら答えた。

「は、はい、大丈夫そうです。ありがとうございます」
「食欲はありますか? スープですが、食べられそうなら食べてください」
「はい。食べられると思います」

 渡された温かいスープをクリスが問題なく飲む。その様子にルドは安堵した。

「昨日の寒気は滝壺で体が冷えたことと、貯まり過ぎた魔力が体内で乱れて停滞したことが原因だったようですね」
「ご迷惑をおかけして、すみません」
「いえ。体を温めるために溢れていた魔力を使いましたので、しばらくは大丈夫だと思います」
「ありがとうございます」

 クリスは笑顔で返事をする。ルドが笑顔で頷き、カリストから預かっていた鼈甲の櫛を取り出した。

「髪を茶色にしますね」
「あ、お願いします」

 ルドが櫛に魔力を込めながらクリスの髪をすいていく。櫛が通った髪が金から茶へと変化する。

 (師匠の髪に自分の魔力が染み込んでいく……まるで師匠を染めているような……)

 ルドは不思議な感覚に戸惑いながらクリスの髪を全て茶色にした。鏡で確認したクリスが嬉しそうに微笑む。

「さすがルドさんです。いつもと同じ色ですね」
「うまく出来て良かったです。城に戻りますが、途中で調子が悪くなったら言ってください」
「はい……」

 クリスが不思議そうに見上げる。ルドは首を傾げて訊ねた。

「自分の顔に何かついてますか?」
「いえ、なにか、こう……ルドさんの雰囲気が違うような……」
「そうですか?」

 ルドの微笑みにクリスが顔を赤くしながら俯く。

「ますますカッコよくなったような……」
「すみません、よく聞こえなかったのですが?」
「い、いえ! なんでもないです!」
「なにかあったら遠慮なく言ってください。あ、そろそろ船の出発の時間になりますから、行きましょう」
「は、はい」

 行きと同じように帆船に乗った二人はトラブルなく夕方には王城へ戻った。





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