完・続·前世で聖女だった私、今は魔力0の無能令嬢と判定されたので自由(腐)を謳歌します 〜壁になり殿方の愛を見守るため、偽装婚約を頑張ります

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33 神官長の望み

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「それこそ貴殿が勝手に決めたことであろう! 聖女の生まれ変わりはそれを望んでいるのか!?」

 話を振られ、亜麻色の髪がビクリと跳ねる。
 チリンと軽い音色とともにシルフィアが顔をあげる。

「どうなのだ!?」

 そこに声だけで詰め寄られるが、答えが浮かばないシルフィアは助けを求めるように愛弟子へ視線をむけた。

「あの、私はどうすれば……」
「師匠がしたいようにしてください」

 深紅の瞳が細くなり、甘やかすように、とろけるような笑顔を見せる。
 その表情にますます胸の鼓動が早くなるのを感じながら、シルフィアは逃げるように俯いた。

「私がしたいこと……」

 今、一番したいことは王城の壁を調べ、王城の壁となって貴族の令息たちの腐の営みを見守ること……だが、今ここで言う空気ではない。それは、さすがに察した。

 では、どうするか。

 亜麻色の髪を揺らしながら、うーんと悩んでいると、庭の奥から新たな足音が近づいてきた。

「シルフィア様、お茶のお時間です。本日はリスティール産の紅茶と薔薇ジャムのスコーンにしてみました」

 言葉とともに一つにまとめた長い白銀の髪が揺れ、灰色の瞳が穏やかに微笑む。
 数々の信者を虜にし、三十代半ばで神官長となった年齢不詳の美麗な顔。滑らかな声に綺麗な立ち姿は妖艶さまで漂う。
 だが、そんな目を惹かれる容姿より先にエヴァウストたちは神官長が着ている服装を見て絶句した。

「神官長、法衣はどうした!?」

 叫んだエヴァウストに対して、歩いていたクレーメンスが足を止める。

 普段は体の線が見えない法衣なのだが、今は襟付きの白シャツに襟に銀糸の装飾が施された黒い執事服を着ていた。首元には緑の宝石で留めたリボンタイに、その下にはグレーのベスト。細身ながらも体幹はしっかりとしており、腰はキュッと細いが優美な曲線を描く。

 まるで長年着ているかのように体に合ったサイズとデザインの執事服姿のクレーメンスが悠然と微笑む。

「これは皆さま、お揃いで。いかがされました?」

 他人事のような言い方にエヴァウストが怒鳴る。

「質問をしているのは、こちらだ! まずは、こちらの質問に答えろ!」

 不敬罪にも等しいクレーメンスの態度にエヴァウストが怒る。
 だが、その相手は意に介した様子なく微笑んだまま言葉を返した。

「それは失礼いたしました。私はシルフィア様の執事として仕えるため、法衣ではなく、こちらの服を着用しております」

 その説明にエヴァウストたちの声が重なる。

「「「「「執事!?」」」」」

 何がどうして、そのようなことになったのか。
 誰もが唖然としている中で、シルフィアを抱きしめたままルーカスが今にも魔法で攻撃したい気持ちを抑えて訊ねた。

「いつ、師匠の執事になった?」

 その問いにクレーメンスが思い出すようにうっとりと灰色の瞳を細めて空を見上げると、大舞台で劇をしているように両手を広げ、高らかに歌うように語り出した。

「あれは私が神の存在を信じておらず、戦争を続ける身勝手な大人たちに怒りをむけていた、未熟な少年の頃の事です。私がいた村は隣国との戦火に巻き込まれ大半が焼失しました。丹精込めて育てていた畑は戦いの中で踏み荒らされ、燃やされ、無残な状態でした。再び畑として作物が実るようになるまで、どれだけの年月がかかるか、その間をどう生活するか、その場にいた者たち全員が絶望しておりました」

 突如、始まったクレーメンスによる独り舞台。
 いつもなら手短に話せと怒るルーカスでさえも、この異様な気配に圧されて何も言えず眺めている。

「そこに颯爽と現れたのが救国の聖女でした。その頃はまだ救国の聖女とは呼ばれておりませんでしたが、一陣の風とともに現れたあの方は焼け焦げた臭いと腐敗した空気を一瞬で払い、焼け野原の上で軽やかなステップを踏まれました。それだけで、黒い大地には若葉が芽吹き、ぐしゃぐしゃ踏まれ、燃やされた作物が蘇ったのです! これを奇跡と言わずして、何と言いましょう!」

 白銀の髪を揺らしながらグッと握り拳を作り、感慨深く呟くように締めくくる。

「この時に私は決めたのです! この方に一生をかけてお仕えしようと!」

 普段の優麗な姿からは想像もできない暑苦しいを超えた情熱。

 唖然とした空気が流れる中、ルーカスが鋭い声で訊ねる。

「それで、いつから師匠が生まれ変わったことに気が付いていた?」

 その問いにクレーメンスが優雅に微笑み、胸に手を当てて軽く頭をさげた。

「そこは黙秘いたしま……「私も知りたいです」

 重なったシルフィアの言葉に灰色の瞳が動く。
 それから、何事もなかったかのように頷くと、クレーメンスが両手を広げ大空へむけて再び語り始めた。

「あれは私が救国の聖女へお仕えすると決めた後、身の振り方について考えていた時のことです」

 見事なまでの手のひら返しだが、それを指摘できる強者はおらず。
 黙っている聴衆へ熱を押さえた清澄な声が響く。

「どうすれば、あの方のお側に仕えることができるのか。騎士となれば護衛として側にいられる可能性もありましたが、私には騎士になるほどの力がありません。ですので、まずは神官となりあの方がいる戦地の近くの神殿へ行き、そこから近づくことを考えました」

 話の内容が怪しい気配を帯び始めたが誰も何も言わない。いや、言える雰囲気でもない。
 そんな空気に気づいていないクレーメンスが悠々と話を続けていく。

「そうして神官になりましたが、その間にあの方は聖女となり王都へ。私は急いで神官としての徳をあげて王都の神殿に仕えるだけの資格を得て、王都にあるこの神殿へやってきました。そして、王城へ入れる身分である神官長となるため修行をして、神官長のお付きとなりました」

 王都の神殿に仕えることができるのは国中から厳選された神官で生半可な知識と信仰心では不可能。それをクリアして王都の神殿に仕える許可を得たどころか、次期神官長候補がなるという神官長のお付きにまでなっていたことに異常なまでの執念を感じる。
 というか、それはもう神への信仰心ではなく聖女への執着ではないのか? 欲望まみれで神に仕えていていいのか? という疑問が渦巻く。

 騎士たちの間でドン引きする空気が流れているが、やはり気づいていないクレーメンスは突如、舞台上の役者のように頭を抱えて全身を振って悲劇を訴えた。

「それなのに、聖女となられたあの方は毒によって死にこの神殿の墓地へ埋葬されました。私は墓守りとなるために神官になり王都の神殿へ来たわけではありません。無気力に過ごしていたある日、聖女の墓がある庭から戻ってきた神官長が慌てた様子で私に王へ手紙を届けるように命じました。その様子に私は手紙の内容をこっそりと読みました。すると、そこには救国の聖女の墓が乾いていたことと、救国の聖女の生まれ変わりが誕生しているかもしれない、ということが書かれておりました」

 そこまで話すとクレーメンスは額を押さえ、ふぅと己を落ち着かせるように息を吐いた。
 それから晴れ晴れとした表情で両手を天へと掲げて高らかに叫んだ。




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