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ロイ視点〜洋館の仕組み〜
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早起きをしたロイはキッチンのかまどの前にいた。レンガ造りの年代物。それでも機能はしっかりしており、思い通りの焼き具合を提供してくれる。
かまどの中から香ばしい匂いが漂ってきた。重い鉄の扉を開けて中を覗けば、ちょうどいい焼き色になったパンが並ぶ。
「よし、完成。料理の基本を料理長に習っていて良かった」
ロイはパンが載った鉄板をかまどから引き抜いた。小さな体に鉄板は大きかったが、フラつくことなく網棚に置く。
「あとは、このまま冷ますだけ。付け合せのスープもできたし、ヨミを起こしましょうか」
ロイはキッチンを出て、ヨミの自室へと向かった。
「それにしても、贅沢な魔道具の使い方をしていますね」
洋館の一部はカフェとして改装してあるが、それ以外は住居となっており、それがとても住みやすい。
まずはロイが先程までいたキッチン。魔道具の水瓶から、いつでも水とお湯が出てくる。それだけでも驚きなのに、さらに上をいく道具があった。
それは、魔法陣と魔石と魔道具で作られた棚。そこに入れておけば、いつでも新鮮な状態で食材が保存できるという。
先程のパンも生地を発酵させ、焼く前の状態で棚に入れておけば、あとは必要な時に出して焼くだけ。便利すぎる。
他にも薪がなくても熱くなる釜とかまど。氷がなくても常に中が冷えている箱、勝手に食器を洗ってくれる壺、などなど。
キッチンだけでも見たことも聞いたこともない魔道具が並ぶ。
あとは各部屋に設置された風呂とトイレ。いつでも清潔な水とお湯が天井に設置された水瓶から流れ落ちてくる。そのおかげで、いつでも風呂に入れるし、トイレは綺麗に保たれている。
この仕組みを考えた者は天才だと素直に称賛した。王城でも、これだけの魔道具はない。
「従者や使用人がいないのに、城より住みやすい場所があるとは……」
ロイは廊下を歩きながら暗い窓を見た。黒い世界に反射して写るのは、子どもになった自分。身長は半分以下。手足は細く、銀細工のようだと褒め称えられた銀髪は漆黒に。
黒は不吉だと言われることもあるが、不思議と嫌悪感はなかった。むしろ……
「彼女と同じ髪の色なのも悪くない、か」
自然とこぼれた言葉に窓に写った顔が赤くなる。ロイはかき消すように頭を振ると、大股で歩いた。
廊下に続く窓は真っ暗なまま。朝日もなければ、夜明けを知らせる鳥の声も、爽やかな風とも無縁。外の光景から朝昼晩を知ることはできない。
時間は屋敷内で一時間ごとに鳴る時計の鐘で知らせるのみ。あとは体内時計で予測する。
それも、洋館がこの特殊な場所にあるため。
不思議な魔道具が使えるのは、この場所でなければいけないらしい。普通の場所だと魔力のコントロールが難しく、すぐに暴走して魔道具が使い物にならなくなる、とヨミは説明していた。
「どこにもあって、どこにもない、か」
それがこの洋館がある場所。
ロイは二階の一番奥の部屋の前に立った。洋館の主寝室であり、ヨミの部屋でもある。
この部屋と客室以外には、書庫と倉庫があった。書庫には古今東西、あらゆる魔法書があり、倉庫には研究道具や、よく分からない器材が転がっている。
ヨミの両親はそこで魔法の研究をしており、その成果がこの洋館にある魔道具だという。
すべてはヨミから聞いた話で真実かは分からない。だが、すべてが嘘でもないだろう。
「これだけの魔法の研究者だ。名が知れていても、おかしくないが……」
ただ気になったのは、倉庫に転がっている研究道具の横に置いてある複数の本が五百年近く昔のモノだった。そこまで古い本は神殿の書庫ぐらいにしかない。
それが、この洋館には普通にあり、研究に使われていた。
「なぜ、そんな古い本を使って研究を? それとも、ヨミの両親は五百年前の……まさか、な」
ロイは滑稽な想像を追い払うと、無造作にドアを開けた。
部屋の奥にある大きなベッド。その枕に埋もれるように黒い毛玉が丸まっていた。規則正しく上下する胸の動きに何故か安堵する。
初めてこのベッドを見た時、寝ていたのは黒猫ではなく美女だった。思い返せば、あれがこの感情の始まりで。
ロイは無意識にため息を吐いた。
あの時のことは今でも鮮烈に憶えている。
ロイはなぜかこの部屋の、このベッドに上半身を預け、もたれかかるように眠っていた。名を呼ばれて顔を上げると、世界中の美しい女性を見てきた自分でも驚くほどの美女がいた。
闇夜よりも深い黒髪に、夜空に浮かぶ満月の瞳。触れたら泡となり、消えてしまいそうな儚い顔。寝起きで見るには幻想的すぎて、夢かと錯覚した。
その容姿に胸が高鳴り、心臓が止まりかける。世間一般だと一目惚れ、と表現するのかもしれない。
だが、それは認めたくなかった。まるで、卵から孵った雛鳥が初めて見た動くモノを親と認識することと同じようで。
状況が分からず、混乱しているところに、刷り込まれたようで。
しかも、話を聞けば自分は記憶を失くしている、という。そんな自覚はなかったが、生活をしていく中で少しずつ実感していった。
ならば、この一目惚れに近い感情も、もしかしたら過去のせいかもしれない。
(この感情が、どこからきたものなのか。これ以上、この感情に振り回されたくない)
過去の記憶が関係しているなら、思い出したい。それによって、今の記憶を失うことになろうとも。
――――――――そう考えていた……のに。
今の生活を楽しいと感じている自分もいる。すべてを戻したら、ここで過ごした時間も消える……
悩むロイの前でヨミの耳がピクピクと動いた。それから、笑っているように口元が緩む。
「猫でも夢をみる……っと、それを言うと、また機嫌が悪くなりますね」
ヨミの反応が楽しくて、ついからかってしまう。我ながら子どもっぽいとは思っている。
「いや、今は子どもだからいいか」
納得をするとロイはヨミを起こすために声をかけた。
かまどの中から香ばしい匂いが漂ってきた。重い鉄の扉を開けて中を覗けば、ちょうどいい焼き色になったパンが並ぶ。
「よし、完成。料理の基本を料理長に習っていて良かった」
ロイはパンが載った鉄板をかまどから引き抜いた。小さな体に鉄板は大きかったが、フラつくことなく網棚に置く。
「あとは、このまま冷ますだけ。付け合せのスープもできたし、ヨミを起こしましょうか」
ロイはキッチンを出て、ヨミの自室へと向かった。
「それにしても、贅沢な魔道具の使い方をしていますね」
洋館の一部はカフェとして改装してあるが、それ以外は住居となっており、それがとても住みやすい。
まずはロイが先程までいたキッチン。魔道具の水瓶から、いつでも水とお湯が出てくる。それだけでも驚きなのに、さらに上をいく道具があった。
それは、魔法陣と魔石と魔道具で作られた棚。そこに入れておけば、いつでも新鮮な状態で食材が保存できるという。
先程のパンも生地を発酵させ、焼く前の状態で棚に入れておけば、あとは必要な時に出して焼くだけ。便利すぎる。
他にも薪がなくても熱くなる釜とかまど。氷がなくても常に中が冷えている箱、勝手に食器を洗ってくれる壺、などなど。
キッチンだけでも見たことも聞いたこともない魔道具が並ぶ。
あとは各部屋に設置された風呂とトイレ。いつでも清潔な水とお湯が天井に設置された水瓶から流れ落ちてくる。そのおかげで、いつでも風呂に入れるし、トイレは綺麗に保たれている。
この仕組みを考えた者は天才だと素直に称賛した。王城でも、これだけの魔道具はない。
「従者や使用人がいないのに、城より住みやすい場所があるとは……」
ロイは廊下を歩きながら暗い窓を見た。黒い世界に反射して写るのは、子どもになった自分。身長は半分以下。手足は細く、銀細工のようだと褒め称えられた銀髪は漆黒に。
黒は不吉だと言われることもあるが、不思議と嫌悪感はなかった。むしろ……
「彼女と同じ髪の色なのも悪くない、か」
自然とこぼれた言葉に窓に写った顔が赤くなる。ロイはかき消すように頭を振ると、大股で歩いた。
廊下に続く窓は真っ暗なまま。朝日もなければ、夜明けを知らせる鳥の声も、爽やかな風とも無縁。外の光景から朝昼晩を知ることはできない。
時間は屋敷内で一時間ごとに鳴る時計の鐘で知らせるのみ。あとは体内時計で予測する。
それも、洋館がこの特殊な場所にあるため。
不思議な魔道具が使えるのは、この場所でなければいけないらしい。普通の場所だと魔力のコントロールが難しく、すぐに暴走して魔道具が使い物にならなくなる、とヨミは説明していた。
「どこにもあって、どこにもない、か」
それがこの洋館がある場所。
ロイは二階の一番奥の部屋の前に立った。洋館の主寝室であり、ヨミの部屋でもある。
この部屋と客室以外には、書庫と倉庫があった。書庫には古今東西、あらゆる魔法書があり、倉庫には研究道具や、よく分からない器材が転がっている。
ヨミの両親はそこで魔法の研究をしており、その成果がこの洋館にある魔道具だという。
すべてはヨミから聞いた話で真実かは分からない。だが、すべてが嘘でもないだろう。
「これだけの魔法の研究者だ。名が知れていても、おかしくないが……」
ただ気になったのは、倉庫に転がっている研究道具の横に置いてある複数の本が五百年近く昔のモノだった。そこまで古い本は神殿の書庫ぐらいにしかない。
それが、この洋館には普通にあり、研究に使われていた。
「なぜ、そんな古い本を使って研究を? それとも、ヨミの両親は五百年前の……まさか、な」
ロイは滑稽な想像を追い払うと、無造作にドアを開けた。
部屋の奥にある大きなベッド。その枕に埋もれるように黒い毛玉が丸まっていた。規則正しく上下する胸の動きに何故か安堵する。
初めてこのベッドを見た時、寝ていたのは黒猫ではなく美女だった。思い返せば、あれがこの感情の始まりで。
ロイは無意識にため息を吐いた。
あの時のことは今でも鮮烈に憶えている。
ロイはなぜかこの部屋の、このベッドに上半身を預け、もたれかかるように眠っていた。名を呼ばれて顔を上げると、世界中の美しい女性を見てきた自分でも驚くほどの美女がいた。
闇夜よりも深い黒髪に、夜空に浮かぶ満月の瞳。触れたら泡となり、消えてしまいそうな儚い顔。寝起きで見るには幻想的すぎて、夢かと錯覚した。
その容姿に胸が高鳴り、心臓が止まりかける。世間一般だと一目惚れ、と表現するのかもしれない。
だが、それは認めたくなかった。まるで、卵から孵った雛鳥が初めて見た動くモノを親と認識することと同じようで。
状況が分からず、混乱しているところに、刷り込まれたようで。
しかも、話を聞けば自分は記憶を失くしている、という。そんな自覚はなかったが、生活をしていく中で少しずつ実感していった。
ならば、この一目惚れに近い感情も、もしかしたら過去のせいかもしれない。
(この感情が、どこからきたものなのか。これ以上、この感情に振り回されたくない)
過去の記憶が関係しているなら、思い出したい。それによって、今の記憶を失うことになろうとも。
――――――――そう考えていた……のに。
今の生活を楽しいと感じている自分もいる。すべてを戻したら、ここで過ごした時間も消える……
悩むロイの前でヨミの耳がピクピクと動いた。それから、笑っているように口元が緩む。
「猫でも夢をみる……っと、それを言うと、また機嫌が悪くなりますね」
ヨミの反応が楽しくて、ついからかってしまう。我ながら子どもっぽいとは思っている。
「いや、今は子どもだからいいか」
納得をするとロイはヨミを起こすために声をかけた。
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