【完結】黒猫になった甦りの魔女と子どもになった腹黒な元王子は不処カフェで宝石を待つ

文字の大きさ
7 / 34

次の依頼人

しおりを挟む
「ほら、起きてください。ご希望のバターたっぷりパンが焼けましたよ」

 初めて出会った頃と同じロイの声。

 ヨミは懐かしさを感じながら仕方なく目を開ける。黒猫の体には大きなベッドと枕。その中に埋もれるように丸くなる。この寝方にも慣れてしまった。

 動かないヨミにロイが顔を近づける。
 大きな青水晶の瞳が宝石のように煌めく。小さな鼻と口に、子どもらしい顔立ち。黙っていれば可愛らしいのに、口を開けば……

「それとも、ご自分でリクエストしといて食べないとか、どこぞの傲慢お貴族様ですか?」

 嫌味がひどい。それもいつものことなのでヨミは流した。

「……久しぶりに夢を視たわ」
「どんな夢ですか?」

 欠伸をしながら体を伸ばす。

「あなたと出会った頃の夢」
「私が覚えていない時のことですか」
「なかなか生意気だったわ」
「私が素直なことはありませんから」

 ヨミは呆れて半目になった。

「自分で言う?」
「事実なので」
「……そういう性格だったわ、ね」

 ベッドから飛び降りたヨミにロイの目が鋭くなる。

「あなたが知っている私の性格は違う、と?」
「さあ、ね」

 フフンと笑いヨミは先を歩く。青水晶の瞳から光が消えたロイがぽつりと呟いた。

「あ、ネズミ……」
「っ!?」

 一瞬でヨミが飛び上がり姿を消す。

「どこ!? どこよ!? 早く駆除しなさい!」

 ロイの頭に被さったヨミが必死に周囲を睨む。

「もう! いつの間に入ってきたのよ!」

 頭上で騒ぐヨミを無視して、ロイはベッドの下に落ちていた紙くずを拾い上げた。

「見間違いでした」

 どう見てもネズミには見えない。

 ヨミはペシペシとロイの頭を叩いた。肉球がぷにぷにと弾み、威力はない。

「ワザとでしょう!? ワザとよ、ね!? ねぇ!?」
「さあ、ね」

 ヨミの口真似をしたロイはフフンと笑い、ヨミを頭にのせたまま部屋から出ていった。

※※

 ブツブツと文句を言い続けていたヨミも、バターたっぷりの焼き立てパンを前にしたら静かになった。おかわりまでして満腹、満足。

 ヨミはいつものカウンターの定位置で寝そべった。

(なんか、感情の起伏が激しくなっているような……前はネズミが出ても、あそこまで驚くことはなかったのに。感情の宝石の影響かしら?)

「まだネズミ対策のことを悩んでいるんですか? 猫なんですから、ネズミを狩ったらどうです?」

 ロイからの嫌味にヨミは尻尾でカウンターをペシペシと叩く。

「今は仕方なく猫の姿をしているだけで、猫になったわけじゃないの!」
「せっかくですので、これを期に猫になったらどうです?」

 黄金の瞳が鋭くロイを睨む。

「私が猫になっているのは、あなたが私を起こそうとして、大量の魔力を私に注いだのが原因なの! そのせいで、私の魔力と入り乱れて不安定だから、魔力を安定させやすい猫に仕方なくなっているの!」
「ですから、魔力を注いだ時のことは覚えていないので、今の私に言われても困ります。そもそも、どうして眠っていたのですか? 甦りの途中とは聞きましたが」

 ヨミは少し言いにくそうに視線を伏せた。

「……私は死んでも甦るのよ。どこで、どんな風に死んでも、再びこの洋館の自分の部屋のベッドで」

 ロイはとっさに言葉が出てこなかった。ヨミの口ぶりからして、死んだのは一度や二度ではない。何度も死に、甦っている。
 どうして、そうなったのか。気になるところだが、ロイはそこをあえて無視した。

「つまり、ほっといても甦るのに、私はあなたに魔力を注いで起こした、ということですか? なぜ?」
「それこそ、記憶を失う前のあなたに聞かないと」

 と、そこでヨミはふとドアに顔を向けた。

「お迎えに行かなくても来るなんて珍しい客、ね」

 ドアベルの音とともにドアが開く。中折れハットを被り、木製の杖を持ったオシャレな老紳士が入ってきた。

「こんなところにカフェがあるとは」

 臆することなく店内を見回す老紳士。ロイの顔が一瞬強張る……が、すぐにいつもの笑みを浮かべ、ロイは声をかけた。

「お好きな席におかけください」
「ほう? これはまた、ずいぶんとお若いマスターですな」
「よく言われます」

 にこやかに微笑むロイの様子に、老紳士が口元の白髭を揺らす。

「ホッホッホッ。見た目通り、というわけではないようですな」

 老紳士がカウンターに座り、帽子と杖を置く。ヨミは耳を立てたまま、体を丸くして目を閉じた。

 珍しくロイが注文を訊ねる。

「珈琲と紅茶と水、どれがよろしいですか?」
「……では、水をいただけますか?」

 ロイは老紳士の前でグラスに水を注ぎ、カウンターに置いた。

「どうぞ」
「ちょうど喉が乾いていましてな。いただきます」

 グラスを持った老紳士が舐めるように少しだけ水を含んだ。ゆっくりと口の中を潤し、飲み込む。

「ふむ。これは良い水ですな。先程、紅茶と言われましたが、緑茶はございますか?」
「あります」
「では、同じ水で淹れた緑茶をいただけませんか?」
「わかりました」

 ロイが棚から茶器を出した。小さな手で器用に湯で茶器を温めながら茶葉を準備する。
 老紳士はロイの手腕を観察しながら、ヨミに声をかけた。

「随分と警戒心が強いようですな」
「あなたほどではないわ」

 ヨミが返事をしたことに老紳士よりロイが驚いた。表情には出さなかったが、茶器から茶葉が溢れている。
 普段のヨミなら、ロイが依頼を聞き出してから会話に参加する。そのため、先に口を出すことはとても珍しい。

 そして一番驚くべき老紳士はホッホッホッと陽気に笑った。

「おや、おや。しゃべる猫とは珍しい」
「このカフェでは珍しいことではないの。ここは盗んでほしいモノがある人が訪れるカフェ。なにか盗んでほしいモノがあるんじゃない?」

 それまで穏やかだった老紳士の灰色の瞳が鋭くなる。まるで、戦場に立つ騎士の姿。しかし、その気配はすぐに消えた。

「なかなか面白いカフェですな」
「で、あなたが盗んでほしいモノは?」

 老紳士はチラリとロイを見てヨミに視線を戻した。

「……そうですな。このカフェに来たのも何かの縁。お話しましょうか」

 老紳士がカウンターに肘を付く。

「私の連れ合いは茶が好きで、珍しい茶葉があると必ず買っておりましてな。その中でも緑茶が一番好きでした」

 過去形の意味にヨミとロイはなんとなく気づいたが、無言のまま続きを促した。

「私は職業柄、家を不在にすることが多く、連れ合いに寂しい思いをさせていました。そんな、ある日。遠征先で珍しい人形を見つけました。それは、緑茶の産地で作られた人形で、その人形がある家は喜びに溢れる、というものでした」
「人形? イヤリングではなく?」

 ヨミは眉間にシワを寄せる。だが、老紳士はしっかりと頷いた。

「人形です。長い黒髪に黄色の目で、異国の服を着ておりましてな。連れ合いへのプレゼントに買って帰りました。それからは人形の効果か、連れ合いの笑顔が増えました。私達には子がおりませんで、連れ合いは人形を自分の子のように可愛がっておりました」

 そこで老紳士は肩を落とした。

「ですので、連れ合いが亡くなった時、寂しくないようにその人形を棺桶の中に一緒に入れたのです。なのに……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...