【完結】黒猫になった甦りの魔女と子どもになった腹黒な元王子は不処カフェで宝石を待つ

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失くした記憶

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 突然現れた金髪の美丈夫にロイは苦顔した。忘れたくても、いや、絶対に忘れてはならない顔。

「テラ、か」

 渋い呟きの後、ロイの黒髪が銀髪へと変わる。スラリと背が伸び、大きくなった手には細身の剣。中性的な少年の顔は眉目秀麗なまま精悍な青年に。
 しかし、テラは何事もなかったように人形へ視線を落とした。

「バレるのが予定より早かったけど、力はそこそこ集まったみたいだ、ね」

 ヨミは人形の前に立ち、黒い毛を膨らませてテラを睨んだ。

「これは渡さないわよ」
「ヨミ、横取りは良くないよ。石の力を増やすため、私が喜びの感情が集まるようにお膳立てしたのだから、私のモノだ」
「……」

 ロイが黙ったヨミを隠すように踏み出す。

「この前、奪った宝石を返せ」
「この前? あぁ、恐怖の感情の石か」

 翡翠の瞳が鈍く輝く。恐怖の感情の宝石と同じく深く暗く底が見えない。
 テラは穏やかに口角だけ上げた。

「ヨミを殺した後なら、あげるよ」

 その言葉にロイが反射的に叫ぶ。

「もう二度と殺させるものか!」

 ロイはすぐに自分の言葉の違和感に気づいた。

「……ん? 二度、と? 前にもあった? いや、そんな記憶は、どこにも……」

 頭を押さえ苦悶するロイに、ヨミは慌てて忠告した。

に集中しなさい!」
「そうだ。過去のことなど、関係ない!」

 ロイが顔を上げ、鞘から剣を抜く。ヨミとの間を斬り払うように一振りしてかまえた。

 その光景にヨミの胸がチクリと痛む。

(いや、これが正しい姿。私との関係をすべて切って、戻さないと)

 一方のテラは呆れたようにヤレヤレと肩をすくめた。その手には抜き身の太い両刃剣。

「素直に渡せば痛い思いもしないのに」

 テラが剣をかまえる。ゆったりとして、どこか余裕がある。対してロイは、すきを一切見せずピリッと張りつめる。

 相反する気配に落ちる静寂。睨み合う二人。

 窓を揺らしていた風が止む。寒くないはずなのに、鳥肌が立つ。重く、全身を締め付けられる。物音一つたてられない。

 息苦しくなってきた頃、痺れを切らしたようにロイが動いた。

「宝石は渡さない!」

 ロイが床を蹴り一瞬で距離を縮める。テラの懐に入り、剣を薙ぎ払った。が、そこにテラの姿はない。

「どこっ……ガッ!?」

 背中を剣の柄で殴られ、そのまま押し潰されそうになる。ロイは体を反転させ、衝撃をそらしながら逃げた。
 距離を取ろうと下がるが、体勢を整える間もなく眼前に剣が迫る。その先には楽しそうに笑うテラの顔。

「クッ!」

 ロイは反射的に仰け反り、紙一重で剣撃をかわした。剣の重さをのせた風圧が遅れた前髪を切る。

 息を吐く間もなく、すぐに次の攻撃が襲う。

 濁流のようにロイに襲いかかる剣先。最初は受け流せていたが、徐々に体に赤い線が増え、血飛沫が舞う。

 防戦だけで精一杯。ロイとテラの力の差は明らか。

「ここは逃げるしかないわね。でも……」

 ヨミは少し離れた背後にいるグリスに視線を向けた。

 突然現れたテラにも、いきなり始まった戦闘にも動揺することなく見守っている。ここまでくると、肝が座っている、というレベルではない。

 ヨミの視線に気がついたグリスが頷く。

「私のことは気にせず、お好きにどうぞ」

 ヨミは視界の端でロイの状態を確認した。傷が増え、回復魔法が必要だ。
 グリスに視線を戻したヨミは苦々しく呟いた。

「好きにするほど選択肢もないんだけど」
「そのようですな」

 鈍い音に続き、叩きつける音が響く。ヨミは慌てて振り返る。そこには、床に血を吐き倒れているロイの姿。

「ロイ!」
「来る、な!」

 ロイが剣を床に突き刺し、支えにして立ち上がる。銀髪は血で染まり、ボタボタと垂れ落ちる。荒い呼吸と、鉄の臭いが部屋を侵食していく。

「……守る。守り、抜く……」

 前を向いているが、青水晶の瞳はかすみ、誰も映していない。ふらつく足で踏ん張り、気力だけで剣をかまえる。

「今度こそ!」

 ボロボロの姿に似合わぬ気迫。どこに、そんな力があるのかと皆が絶句した……


 ――――――――瞬間。


 残像を残し、ロイが消えた。

 ずっと笑みを浮かべていたテラが無表情になる。素早く剣を滑らし、弾く。その鋭い一撃にテラの目が驚きで開く。間髪置かずに続く剣撃。

「守る! 守るんだ!」

 響くロイの怒声。全身で剣を振り、テラへ打ちつける。剣が交わる衝撃で、窓ガラスが振動する。

「守り、きる。今度、こそ!」

 ロイが攻撃を続ける。

「守りぬく! 今度こそ……殺させない!」

 テラは防戦一方になっていた。それでも、垣間見える余裕。虎視眈々と反撃のチャンスを狙っている。

「魔女殿、どうしますかな?」

 呆然としているヨミにグリスが声をかける。しかし、ヨミの耳にグリスの声は入らなかった。

(ロイは私と一緒に過ごした記憶はすべて失った。なのに、想いだけは残っている)

 ひどく苦しく、悲しく、でも……少しだけ嬉しい。そして、そんなことを思ってしまう自分に嫌悪する。

(すべてを……戻さないといけないのに。次期国王として期待されていた、あの頃のロイに。すべてを戻して、私と出会わなかった過去に)

 胸が痛むヨミの前で、ロイの動きが鈍くなっていく。

「誰を、守る……んだ? 誰か、誰か、大切な人が……いた、ような」

 ロイの攻撃が一瞬弱まる。その隙にテラが剣を大きく引き、鋭い一撃を放つ。

「しまっ!?」

 気づいた時には剣先はロイの胸の前。致命傷は避けられない。

「仕方ありませんな」

 ヨミの隣を影が抜ける。


 キィィィィ…………ン。


 甲高い金属音が響く。全員の視線が一点に集まる。大きな両刃の剣を細い木の杖が傷一つなく受け止めていた。

「不粋、だな」

 テラとロイの間に入ったグリスがホッホッホッと笑う。

「失礼。こちらのマスターが淹れた緑茶をまた飲みたいので」

 翡翠の瞳と灰色の瞳が睨み合う。一拍置いてテラが剣を下げた。

「興冷めだ」

 テラがロイに視線を移す。

「気になるか?」
「なんのことだ?」
「失った記憶は戻せないが、見せることならできる」

 思わぬテラの発言にヨミが慌てる。

「やめなさっ」

 パチン。

 テラが指を鳴らすと風景が一変した。

 応接室が消え、青空と円形の闘技場が現れる。石で造られた階段状の席。半透明の人々がひしめき、ざわめく。

 見覚えがある光景にロイが呟いた。

「ここは……王城にある騎士や兵の訓練用闘技場、か? いつの間に移動をぉ!?」

 まっすぐ歩いてきた人々とぶつかりそうになり身構える。が、半透明の人は何事もなかったようにロイをすり抜けた。

「移動などしていない。この部屋に過去を映し出しただけだ」

 そう説明してテラが指さした先。闘技場の中央に設置された火刑台。そこには縛られたヨミがいた。
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