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ピクニック
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数日が過ぎ――――――――
乾いた風が吹く草原。上は青空。下は絶壁に白波が打ち付ける紺碧の海。
「いい景色ですね」
バスケットのかごを持ったロイが少年らしい笑顔で見回す。あれから、考え込んでいるような様子もあるが、すぐにその気配を消すため話題にも出せない。
その姿にヨミはなぜかイライラしていた。
(使い魔なんだから、少しは主に相談ぐらい……ダメよ、ダメ。必要以上に関わらない。すべてを戻さないといけないんだから)
ヨミは気持ちを誤魔化すように、そっぽを向いた。
「なんで、わざわざ外でお昼を食べるの?」
「洋館にこもってばかりだと体に悪そうなので」
「だからって、こんなとこ……んにゃ!」
ヨミは揺れる猫じゃらしに意識を惹かれつつ、必死に堪える。
ロイが意地悪く笑った。
「諦めて猫になったらどうです?」
「絶対、イヤ」
「はい、はい。では、ここにどうぞ」
ロイがシートを広げた。ヨミを誘惑していた猫じゃらしが隠れる。
「こういうことは早くしなさい」
ヨミはさっさとシートの中心に移動すると腰を下ろした。ロイがバスケットのかごから皿を出して並べる。
「ツナサンドと卵サンド、どちらがいいですか?」
「ツナ……」
サンド、と言おうとしてヨミは止めた。猫だから魚を選んだ、とからかわれる。
「じゃなくて、卵サンド」
「どうぞ」
差し出された皿にはツナサンド。細長いパンを横に切り、具材を挟んだボリュームたっぷりの一品。
ヨミはジロリとロイを睨んだ。
「たまご」
「もう、食べちゃったんで。それとも、これ食べます?」
ロイが小さな手に持った卵サンドを差し出す。小さな歯型がクッキリある。
ヨミは拗ねて顔を背けた。
「もう、ツナサンドでいいわ」
「デザートにフルーツゼリーもありますよ」
「ふん」
ヨミは無言で食べ始めたが、尻尾はゆらゆらとご機嫌に揺れる。実はツナサンドもフルーツゼリーも好きな食べ物。
そんなヨミを眺めながらロイが卵サンドを頬張る。いつもの憮然とした顔がどこか緩い。
「味はどうですか?」
「まあまあ、ね」
「つまり美味しいってことですね」
「ちがっ」
「はい、はい」
ロイはヨミを軽くあしらい満足そうに紅茶を飲んだ。
※※
「ふぅ、お腹いっぱい」
ツナサンドとフルーツゼリーを食べ終えたヨミは、ふとロイに訊ねた。
「そういえば、どうして料理ができるの?」
「国を捨てて旅に出ると決めた時、自炊できるように最低限の知識と技術を学びました」
「それって具体的には?」
「料理については城の料理長から直々に習いました」
「ぶっ!」
王子に直々に料理を教えるなんて、豪胆な人間でない限り、緊張で胃に穴が開くか、拷問レベルの苦行でしかない。
「料理長も災難だったわ、ね」
「そうですか?」
「まあ、過ぎたことを言ってもしょうがないわ」
「過ぎた、こと……」
ロイが遠くを見つめる。長いまつ毛に縁取られた青水晶の瞳。容姿が変わっても、その目だけは同じ。濁りなく透き通った輝き。
(次期国王として期待され、応えようと努力していた頃のまま。だからこそ、すべてを戻して……)
「どうしました?」
気がつけばロイがヨミを覗き込んでいる。
「にゃっ!?」
いきなりの美形ドアップにヨミは体ごと跳ねた。
(前言撤回。容姿端麗な顔は大人も子どもも同じ。心臓に悪い。でも、前はこれぐらいで驚いたりしなかったのに……なんか変、ね)
息を整えがら考え込むヨミにロイが苦笑する。
「そんなに驚かなくても」
「べ、別に驚いてないわ。少しビックリしただけよ」
「それを驚いた、というのでは?」
「ふん」
ヨミはバツが悪そうに、体を丸めて目を閉じた。
「こんなに良い景色なのに寝るんですか?」
「お腹いっぱいになったら眠くなるの」
「それも分かりますけど」
ヨミは片目だけ開けてロイを覗き見た。不満気だが久しぶりの外に嬉しそうでもある。
「……自由になりたい?」
「え?」
「私との記憶と大量の魔力を対価に私を起こして使い魔になった。そのせいで、洋館の中と私の近くしか動けないでしょ?」
「別に問題はありませんけど」
ロイがあまりにも平然と答える。ヨミは立ち上がって首を振った。
「こんな綺麗な景色がある場所にも自由に行けないのよ。好きな時に好きに動けないのは困るでしょ?」
「ですが、そんなに不自由だと感じていませんし。それに」
ロイがニヤリと笑う。こういう時にロイが言う言葉は決まっている。
「猫よりマシだ、って言うんでしょ?」
「違いますよ」
ロイがヨミを抱き上げた。青年の時と違って腕は細いが、しっかり安定している。
視界が少し高くなり、先程まではいなかった帆船が見えた。崖下から吹き上げる悪戯な風がヒゲを揺らす。
「景色が見たくなったら、二人で来たらいいだけです」
「んにゃぁ!?」
思わぬ言葉にヨミは顔が赤くなるのを感じた。実際は黒い毛で隠れているが。
「どうしました?」
「な、なな、なんでもない!」
ヨミは慌ててロイの腕から飛び降りた。動揺していることに気づかれたくないためロイと距離を取る。
「あまり、そっちに行くと危ないですよ」
「わ、わかってるわよ」
少し間をあけてロイがついてくる。この先は崖で、あとは海と水平線が続くのみ。
背後からロイが訊ねた。
「そういえば、どうして猫なんですか? 鳥とか猿とか他にもいろんな動物がいるのに」
ヨミの体がビクリと震える。そのままクルッと体を反転させ、ロイの細い足の間を抜けた。
慌てたロイが追いかける。
「教えてくれないんですか?」
ヨミはピタリと足を止めた。
「……ったからよ」
「声が小さくて、よく聞こえないんですが」
ヨミは振り返り、ロイを睨んだ。
「あなたが私を猫みたいって言ったからよ! それでイメージが定着しちゃったの!」
言い切ったヨミはフンッと顔を逸らして歩きだす。一方のロイは一瞬ポカンとした後、口元を手で隠した。
「私が……言ったから」
嬉しそうに呟いたが、ロイはすぐに手をキツく握りしめた。
「いや、それは過去の私のこと。覚えていなければ意味がない。やはり早く記憶を戻さないと。そのためには宝石を……」
ロイが前を向くと、ヨミは空を見て固まっていた。
乾いた風が吹く草原。上は青空。下は絶壁に白波が打ち付ける紺碧の海。
「いい景色ですね」
バスケットのかごを持ったロイが少年らしい笑顔で見回す。あれから、考え込んでいるような様子もあるが、すぐにその気配を消すため話題にも出せない。
その姿にヨミはなぜかイライラしていた。
(使い魔なんだから、少しは主に相談ぐらい……ダメよ、ダメ。必要以上に関わらない。すべてを戻さないといけないんだから)
ヨミは気持ちを誤魔化すように、そっぽを向いた。
「なんで、わざわざ外でお昼を食べるの?」
「洋館にこもってばかりだと体に悪そうなので」
「だからって、こんなとこ……んにゃ!」
ヨミは揺れる猫じゃらしに意識を惹かれつつ、必死に堪える。
ロイが意地悪く笑った。
「諦めて猫になったらどうです?」
「絶対、イヤ」
「はい、はい。では、ここにどうぞ」
ロイがシートを広げた。ヨミを誘惑していた猫じゃらしが隠れる。
「こういうことは早くしなさい」
ヨミはさっさとシートの中心に移動すると腰を下ろした。ロイがバスケットのかごから皿を出して並べる。
「ツナサンドと卵サンド、どちらがいいですか?」
「ツナ……」
サンド、と言おうとしてヨミは止めた。猫だから魚を選んだ、とからかわれる。
「じゃなくて、卵サンド」
「どうぞ」
差し出された皿にはツナサンド。細長いパンを横に切り、具材を挟んだボリュームたっぷりの一品。
ヨミはジロリとロイを睨んだ。
「たまご」
「もう、食べちゃったんで。それとも、これ食べます?」
ロイが小さな手に持った卵サンドを差し出す。小さな歯型がクッキリある。
ヨミは拗ねて顔を背けた。
「もう、ツナサンドでいいわ」
「デザートにフルーツゼリーもありますよ」
「ふん」
ヨミは無言で食べ始めたが、尻尾はゆらゆらとご機嫌に揺れる。実はツナサンドもフルーツゼリーも好きな食べ物。
そんなヨミを眺めながらロイが卵サンドを頬張る。いつもの憮然とした顔がどこか緩い。
「味はどうですか?」
「まあまあ、ね」
「つまり美味しいってことですね」
「ちがっ」
「はい、はい」
ロイはヨミを軽くあしらい満足そうに紅茶を飲んだ。
※※
「ふぅ、お腹いっぱい」
ツナサンドとフルーツゼリーを食べ終えたヨミは、ふとロイに訊ねた。
「そういえば、どうして料理ができるの?」
「国を捨てて旅に出ると決めた時、自炊できるように最低限の知識と技術を学びました」
「それって具体的には?」
「料理については城の料理長から直々に習いました」
「ぶっ!」
王子に直々に料理を教えるなんて、豪胆な人間でない限り、緊張で胃に穴が開くか、拷問レベルの苦行でしかない。
「料理長も災難だったわ、ね」
「そうですか?」
「まあ、過ぎたことを言ってもしょうがないわ」
「過ぎた、こと……」
ロイが遠くを見つめる。長いまつ毛に縁取られた青水晶の瞳。容姿が変わっても、その目だけは同じ。濁りなく透き通った輝き。
(次期国王として期待され、応えようと努力していた頃のまま。だからこそ、すべてを戻して……)
「どうしました?」
気がつけばロイがヨミを覗き込んでいる。
「にゃっ!?」
いきなりの美形ドアップにヨミは体ごと跳ねた。
(前言撤回。容姿端麗な顔は大人も子どもも同じ。心臓に悪い。でも、前はこれぐらいで驚いたりしなかったのに……なんか変、ね)
息を整えがら考え込むヨミにロイが苦笑する。
「そんなに驚かなくても」
「べ、別に驚いてないわ。少しビックリしただけよ」
「それを驚いた、というのでは?」
「ふん」
ヨミはバツが悪そうに、体を丸めて目を閉じた。
「こんなに良い景色なのに寝るんですか?」
「お腹いっぱいになったら眠くなるの」
「それも分かりますけど」
ヨミは片目だけ開けてロイを覗き見た。不満気だが久しぶりの外に嬉しそうでもある。
「……自由になりたい?」
「え?」
「私との記憶と大量の魔力を対価に私を起こして使い魔になった。そのせいで、洋館の中と私の近くしか動けないでしょ?」
「別に問題はありませんけど」
ロイがあまりにも平然と答える。ヨミは立ち上がって首を振った。
「こんな綺麗な景色がある場所にも自由に行けないのよ。好きな時に好きに動けないのは困るでしょ?」
「ですが、そんなに不自由だと感じていませんし。それに」
ロイがニヤリと笑う。こういう時にロイが言う言葉は決まっている。
「猫よりマシだ、って言うんでしょ?」
「違いますよ」
ロイがヨミを抱き上げた。青年の時と違って腕は細いが、しっかり安定している。
視界が少し高くなり、先程まではいなかった帆船が見えた。崖下から吹き上げる悪戯な風がヒゲを揺らす。
「景色が見たくなったら、二人で来たらいいだけです」
「んにゃぁ!?」
思わぬ言葉にヨミは顔が赤くなるのを感じた。実際は黒い毛で隠れているが。
「どうしました?」
「な、なな、なんでもない!」
ヨミは慌ててロイの腕から飛び降りた。動揺していることに気づかれたくないためロイと距離を取る。
「あまり、そっちに行くと危ないですよ」
「わ、わかってるわよ」
少し間をあけてロイがついてくる。この先は崖で、あとは海と水平線が続くのみ。
背後からロイが訊ねた。
「そういえば、どうして猫なんですか? 鳥とか猿とか他にもいろんな動物がいるのに」
ヨミの体がビクリと震える。そのままクルッと体を反転させ、ロイの細い足の間を抜けた。
慌てたロイが追いかける。
「教えてくれないんですか?」
ヨミはピタリと足を止めた。
「……ったからよ」
「声が小さくて、よく聞こえないんですが」
ヨミは振り返り、ロイを睨んだ。
「あなたが私を猫みたいって言ったからよ! それでイメージが定着しちゃったの!」
言い切ったヨミはフンッと顔を逸らして歩きだす。一方のロイは一瞬ポカンとした後、口元を手で隠した。
「私が……言ったから」
嬉しそうに呟いたが、ロイはすぐに手をキツく握りしめた。
「いや、それは過去の私のこと。覚えていなければ意味がない。やはり早く記憶を戻さないと。そのためには宝石を……」
ロイが前を向くと、ヨミは空を見て固まっていた。
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