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ネイビの凶行
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闘技場の土煙を風が吹き飛ばす。中心に立つロイと、その先に転がるテラ。
グリスがロイに拍手を贈った。
「迷いをなくした剣の勝ちですな」
呆然としていたヨミは意識を戻した。
前を見れば、ロイが片膝を付き、剣を杖にしている。全身から血が流れ、吐く息は荒く、満身創痍なのは明らか。
「待って。すぐ治すから」
ヨミはロイのもとへ駆けつけ、急いで治癒魔法をかける。傷が治ったロイがヨミに微笑んだ。
「再び使い魔にしてくださり、ありがとうございます」
「……あとで後悔しても知らないから」
「もう後悔はしたくないので」
「そんなこと言って……にゃっ!? な、なに!?」
突然、ロイがヨミを腕の中に抱き、立ち上がる。視線が高くなり、こちらを遠巻きに見ている騎士や兵士たちの顔が見えた。
「やはり、これがしっくりきますね」
「どういうこと?」
「姉上の肩にいたのを見かけてから、ずっとこうしたかったんです」
「……ヤキモチ?」
ポンっとロイの顔が赤くなる。銀髪が風に揺れ、青水晶の瞳が恥ずかしげに斜め上を向いた。
「ち、違いますよ。いつも私の腕にいたので、それで違和感が……って、今はそれより」
ロイが倒れているテラに視線を落とす。
「宝石を回収しましょう」
「残り七個、宝石はすべてテラが持っているわ」
「どうして!?」
腕の中で逃げられないヨミは気まずくなって顔を背けた。
「こうなるとは思わなかったから、全部渡していたのよ」
「まったく」
ロイが倒れているテラに近づく。少しだけ距離を取り、警戒したまま話しかけた。
「宝石を渡してください。でなければ、勝手に取ります」
反応はない。ロイがヨミを腕から下ろした。
「失礼」
動かないテラへ近づいたロイが手を伸ばす。そこにテラが素早く体を反転させた。起き上がりながらロイのマントの下にあるブローチを掴む。
「なっ!?」
ロイが身を引こうとしたが一歩遅く、テラが力ずくでブローチをむしり取った。
テラが肩で息をしながらロイから離れる。
「これで……すべて揃った」
今にも倒れそうなテラが地面に八個の宝石をばら撒いた。
「やめて!」
駆け出したヨミの前でテラが手をかざす。
「これで過去を変え……」
だが、テラが不自然に言葉を切った。呆然とした顔のまま無言で視線を空へ向ける。普通ではないテラの様子に、ヨミたちも空を見た。
青空を喰らっているかのように広がる闇。テラの顔が険しくなる。
「まさか、負の魔力の影響か……」
空を見上げたままテラが忌々しそうに呟いた。
「負の魔力の影響が大きすぎて、過去へ移動できない。これだけ石に力を集めたのに、移動できるのは少し前の過去まで。これは計算外だ」
テラが俯き考え込む。
「まだ負の魔力が消えれば、もっと過去にいくことも……いや、過去で発生した負の魔力の影響を受ける可能性もある。そうなると、遡れるのは前回の負の魔力が発生した時間までの過去か? いや、もっと石に力を集めれば……」
ロイがヨミに小声で訊ねた。
「どうしたのですか?」
「たぶん負の魔力が強すぎて過去へいけないのよ。確かに負の魔力の集まりをなかったことにするには、かなりの魔力が必要になるわ」
「早く魔法が使える人間を集めて、負の魔力を使う魔法で消費しなければ」
ロイが立ち上がる。その頭上には、青空をゆっくりと侵食していく闇の光景。
魔法が使える騎士たちは空を指差して騒いでいるが、魔法が使えない兵士たちは、その様子に首を傾げるのみ。
「魔法が使えない者たちには、まだ見えていないようですね。見えるようになったら民たちに不安が広がります。その前に対処しましょう」
歩きだそうとしたロイに悲鳴に近い声がした。ガーベラが侍女も連れずに小走りで近づいてくる。
「ロイ! 空が! 皆に言っても、誰も信じてくれなくて!」
「姉上……アレが見えるのですか?」
ガーベラの発言にヨミと騎士たちが目を丸くした。しかし、当の本人はそれどころではない。
「見えています! アレはなんですか!? 侍女やメイドたちには見えていないようですし、驚くどころか誰も気づきかなくて!」
「わかりました。これからどうにかしますので、姉上は城へお戻りください」
「ですが……」
「すでに手は打ってあります。あとは……」
ガーベラに気を取られ、ネイビが近くまで来ていることに気がつくのが遅れた。
ロイが驚きながらネイビに声をかける。
「騒がせて、すまない。ネイビも城に戻っ……ネイビ?」
ネイビからの返事はない。紺色の瞳の焦点は合わず、俯いたままブツブツと小声で呟き続けている。
「おい、ネイビ。どうした?」
ネイビがズリズリと足を引きずりながら歩く。パルドが止めようと声をかけるが、耳を貸す気配もない。
「魔女だ……魔女のせいだ……すべては魔女が現れたから……」
ロイが見えていないかのように隣を通り抜ける。その手には禍々しい力を放つ短刀。
「ネイビ!」
短刀の存在に気がついたロイが慌てて振り返る。ネイビがヨミの前で足を止めた。
「魔女さえいなければ!」
ネイビが短刀を振り上げる。ヨミは避けようとしたが、左前足に痛みが走り動くのが遅れた。
「先に魔法で治しておけば良かった」
眼前に迫る短刀。しかも、即死の呪いと毒薬付き。
「相当、恨まれたの、ね。これなら確実に死ぬけど、どうせまた甦るわ……」
諦めたところで、ふわりと全身を包まれた。鼻をかすめる土埃と血の臭い。その中に混じるロイ自身のにおい。
次の瞬間――――――――
「ウッ」
ロイの小さな呻き声がした。
グリスがロイに拍手を贈った。
「迷いをなくした剣の勝ちですな」
呆然としていたヨミは意識を戻した。
前を見れば、ロイが片膝を付き、剣を杖にしている。全身から血が流れ、吐く息は荒く、満身創痍なのは明らか。
「待って。すぐ治すから」
ヨミはロイのもとへ駆けつけ、急いで治癒魔法をかける。傷が治ったロイがヨミに微笑んだ。
「再び使い魔にしてくださり、ありがとうございます」
「……あとで後悔しても知らないから」
「もう後悔はしたくないので」
「そんなこと言って……にゃっ!? な、なに!?」
突然、ロイがヨミを腕の中に抱き、立ち上がる。視線が高くなり、こちらを遠巻きに見ている騎士や兵士たちの顔が見えた。
「やはり、これがしっくりきますね」
「どういうこと?」
「姉上の肩にいたのを見かけてから、ずっとこうしたかったんです」
「……ヤキモチ?」
ポンっとロイの顔が赤くなる。銀髪が風に揺れ、青水晶の瞳が恥ずかしげに斜め上を向いた。
「ち、違いますよ。いつも私の腕にいたので、それで違和感が……って、今はそれより」
ロイが倒れているテラに視線を落とす。
「宝石を回収しましょう」
「残り七個、宝石はすべてテラが持っているわ」
「どうして!?」
腕の中で逃げられないヨミは気まずくなって顔を背けた。
「こうなるとは思わなかったから、全部渡していたのよ」
「まったく」
ロイが倒れているテラに近づく。少しだけ距離を取り、警戒したまま話しかけた。
「宝石を渡してください。でなければ、勝手に取ります」
反応はない。ロイがヨミを腕から下ろした。
「失礼」
動かないテラへ近づいたロイが手を伸ばす。そこにテラが素早く体を反転させた。起き上がりながらロイのマントの下にあるブローチを掴む。
「なっ!?」
ロイが身を引こうとしたが一歩遅く、テラが力ずくでブローチをむしり取った。
テラが肩で息をしながらロイから離れる。
「これで……すべて揃った」
今にも倒れそうなテラが地面に八個の宝石をばら撒いた。
「やめて!」
駆け出したヨミの前でテラが手をかざす。
「これで過去を変え……」
だが、テラが不自然に言葉を切った。呆然とした顔のまま無言で視線を空へ向ける。普通ではないテラの様子に、ヨミたちも空を見た。
青空を喰らっているかのように広がる闇。テラの顔が険しくなる。
「まさか、負の魔力の影響か……」
空を見上げたままテラが忌々しそうに呟いた。
「負の魔力の影響が大きすぎて、過去へ移動できない。これだけ石に力を集めたのに、移動できるのは少し前の過去まで。これは計算外だ」
テラが俯き考え込む。
「まだ負の魔力が消えれば、もっと過去にいくことも……いや、過去で発生した負の魔力の影響を受ける可能性もある。そうなると、遡れるのは前回の負の魔力が発生した時間までの過去か? いや、もっと石に力を集めれば……」
ロイがヨミに小声で訊ねた。
「どうしたのですか?」
「たぶん負の魔力が強すぎて過去へいけないのよ。確かに負の魔力の集まりをなかったことにするには、かなりの魔力が必要になるわ」
「早く魔法が使える人間を集めて、負の魔力を使う魔法で消費しなければ」
ロイが立ち上がる。その頭上には、青空をゆっくりと侵食していく闇の光景。
魔法が使える騎士たちは空を指差して騒いでいるが、魔法が使えない兵士たちは、その様子に首を傾げるのみ。
「魔法が使えない者たちには、まだ見えていないようですね。見えるようになったら民たちに不安が広がります。その前に対処しましょう」
歩きだそうとしたロイに悲鳴に近い声がした。ガーベラが侍女も連れずに小走りで近づいてくる。
「ロイ! 空が! 皆に言っても、誰も信じてくれなくて!」
「姉上……アレが見えるのですか?」
ガーベラの発言にヨミと騎士たちが目を丸くした。しかし、当の本人はそれどころではない。
「見えています! アレはなんですか!? 侍女やメイドたちには見えていないようですし、驚くどころか誰も気づきかなくて!」
「わかりました。これからどうにかしますので、姉上は城へお戻りください」
「ですが……」
「すでに手は打ってあります。あとは……」
ガーベラに気を取られ、ネイビが近くまで来ていることに気がつくのが遅れた。
ロイが驚きながらネイビに声をかける。
「騒がせて、すまない。ネイビも城に戻っ……ネイビ?」
ネイビからの返事はない。紺色の瞳の焦点は合わず、俯いたままブツブツと小声で呟き続けている。
「おい、ネイビ。どうした?」
ネイビがズリズリと足を引きずりながら歩く。パルドが止めようと声をかけるが、耳を貸す気配もない。
「魔女だ……魔女のせいだ……すべては魔女が現れたから……」
ロイが見えていないかのように隣を通り抜ける。その手には禍々しい力を放つ短刀。
「ネイビ!」
短刀の存在に気がついたロイが慌てて振り返る。ネイビがヨミの前で足を止めた。
「魔女さえいなければ!」
ネイビが短刀を振り上げる。ヨミは避けようとしたが、左前足に痛みが走り動くのが遅れた。
「先に魔法で治しておけば良かった」
眼前に迫る短刀。しかも、即死の呪いと毒薬付き。
「相当、恨まれたの、ね。これなら確実に死ぬけど、どうせまた甦るわ……」
諦めたところで、ふわりと全身を包まれた。鼻をかすめる土埃と血の臭い。その中に混じるロイ自身のにおい。
次の瞬間――――――――
「ウッ」
ロイの小さな呻き声がした。
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