11 / 23
無事、ガラスアクセサリーが作れそうです
しおりを挟む
庭でのお茶会の間、私はほとんどボーとしていた。
弟子と言われて満足なはずなのに、モヤモヤしている。そのせいか、ニアとキヌファの話が耳に入ってこない。
「……おい。おい、どうした?」
「は、はい!」
声をかけられて私は反射的に返事をした。目の前にはニアの顔。キヌファの姿がない。
「あれ? キヌファ様は?」
ニアがムッとする。
「さっき、帰った」
「すみません……」
客人をちゃんと見送りできないなんて、弟子失格すぎる。
落ち込む私にニアが低い声で訊ねた。
「まだ、キヌファと一緒にいたかったのか?」
「どうしてですか?」
キヌファと話が盛り上がった記憶もないし、そう思われる理由が分からない。
首を傾げる私から逃げるようにニアが顔を背ける。
「いや、いい。昼飯を食べたらガラス作りをするぞ」
ニアはさっさとテーブルセットを片付けて丸太小屋に戻っていった。
※
午後。私は青い炎と格闘していた。
ガラス作りの間はすべてを忘れて集中できる。
私はピンセットでつまんだガラス片を炎にかざした。トロリとガラスが溶けるタイミングに合わせて鉄の棒に巻きつけ、形を整える。そこに他の色のガラスを加え、自分が出したい色にする……のだが、うまくいかない。
どうやってもニアのガラス作品のような色がでない。
私はあの夜明け色のガラス玉を作ろうと、いろんなガラスを組み合わせ、試行錯誤した。でも、全然だめで。
それで、ニアのガラス作りをこっそり観察していた。すると、なんとニアはなにもしていなかった。
最初は、そんなはずはない。ガラスの配合の違いか、こっそり染料のようなものを混ぜているのだろう。そう考えていた。
けど、本当になにもしていない。
私は試しにニアと同じ原料からガラス作品を作った。
すると、私は透明なガラス玉になったのに、ニアは夜明け色に染まった作品が完成。ちなみに作品は皿……らしい。私には陸に打ち上げられたタコ……にしか見えなかったけど、そこは黙っておく。
「はぁ」
ため息もこぼれてしまう。
そんな私の背後からニアが声をかけてきた。
「ガラスに関しては、意外と器用だよな」
「どちらかというと、ニアが不器用なだけだと思ぃ……」
ジロリとにらまれていることに気づき、口を閉じる。
ニアの様子をうかがうように見上げると、プッと吹き出された。柔らかい紫の瞳。でも、それは弟子を見守る目。
……私は、なにが不満なんだろう。
私の葛藤に気づいていないニアが軽く手をふる。
「別にオレが不器用なのは事実だから、いいんだよ。それより、なにか作りたいモノはあるか?」
「え?」
「ガラスの扱いにも慣れてきたし、ガラス玉以外のモノを作ってもいいだろ」
「それなら!」
私はずっと考えていたことを提案した。
「ガラスのアクセサリーを作ってみたいです!」
「アクセサリー?」
「はい。ガラスの形を丸ではなく雫形にして、それをネックレスやイヤリングにつけるんです」
ニアが不思議そうに首を傾げる。
「そういうのは宝石で作るんじゃないのか?」
「宝石にはない色でアクセサリーを作るんです」
「あー、そういうことか。面白そうだし、好きにやってみろ」
「はい!」
私さっそく試しに何個か作ってみた。雫形以外に三角や四角など、いろんな形のガラスが転がる。
「形は……なんとか作れそう。あとは色だけ」
ほっと一息ついた私は額から流れる汗をタオルで拭いた。ニアを見れば、ガラスが溶けた窯をジッと覗き、ガラスの材料の溶け具合を見定めている。
私はそっと工房を出た。水分補給のためコップに水をいれて、塩飴を持って戻る。
すると、ニアは私が工房から出た時と同じ姿勢のままだった。私は水を置いて、後ろからこっそりニアの作業を覗く。
ニアが近くに置いている吹き棒を見ることなく手に取る。武骨な手に、筋肉がしっかりと浮き出た二の腕。
狙いを定めたように手が動き、吹き棒の先端に溶けたガラスを絡めとる。
素早く窯から出し、吹き棒を回しながら空気を吹き込んだ。溶けたガラスはシャボン玉のように一瞬で膨らむ。それを隣の窯に入れ、ガラスに熱をくわえてから再び窯から出した。
次は布を当てて形を整えていく。これを何回か繰り返すことで、ガラスはコップや皿などの形になる。
ガラスを見つめる紫の瞳。通った鼻筋にキツく結ばれた唇。シャープな顎に太い首。
真剣なニアの姿に、つい目を奪われてしまう……
ただ、不思議なことにニアが汗をかいているところを、あまり見たことがない。工房はこんなに暑いのに。
ニアは暑さに強いから、あまり汗をかかない、と言っていたけど。でも、水分は取ったほうがいい。
私はニアの作業が一段落ついたところで声をかけた。
「お疲れ様です。水をどうぞ」
「おう。ありがとう」
ニアが水を受け取る。私は塩飴をなめながら水を飲んだ。冷めた水が体に染み渡って気持ちいい。病みつきになりそうな瞬間。
そこで視線を感じて顔をあげる。そこには、コップを持ったまま動きを止めたニアが。
「どうかしましたか?」
「あ……いや、なんでもない」
ニアがコップに口をつける。チラチラとこちらを見ながら。さすがに、これは気になる。
「あの、私、なにかやらかしました?」
ガラス玉を作り始めた頃は服を燃やしたり、髪を焦がしたり、いろいろやらかした自覚はある。でも、最近はしなくなった……はず。
私の質問にニアが気まずそうに視線をそらす。
「いや、その……オレがいないところでキヌファと何を話していたのか……ちょっと、その……気になって、な」
「キヌファ様と?」
私は顎に手をそえて記憶をたどった。ボーとしている時間が多かったので、あまり覚えていないけど……
「ニアは私のことになると、周りが見えなくなる……というようなことを言われました」
ニアが顔を背けて小さく舌打ちする。
「チッ。あいつ、余計なことを」
「周りが見えなくなるって、どういうことですか?」
「そ、それはだな」
焦ったようにニアが視線をさまよわす。そして、私が作ったガラス玉に目を止めた。
「で、弟子だからな! 弟子に教えることに集中して、周りが見えなくなるってことだ!」
弟子……
なんども聞いたその言葉に私の中でナニかがキレる。
「どうせ、私は不出来な弟子です!」
気がつくと私は机を叩いて立ち上がっていた。珍しくニアが驚いた顔をしている。
私は慌てて空になったコップを持った。
「ごはん作ってきます」
なぜ怒鳴ったりしたのか分からない。とにかく恥ずかしい私は逃げるように工房から出ていった。
弟子と言われて満足なはずなのに、モヤモヤしている。そのせいか、ニアとキヌファの話が耳に入ってこない。
「……おい。おい、どうした?」
「は、はい!」
声をかけられて私は反射的に返事をした。目の前にはニアの顔。キヌファの姿がない。
「あれ? キヌファ様は?」
ニアがムッとする。
「さっき、帰った」
「すみません……」
客人をちゃんと見送りできないなんて、弟子失格すぎる。
落ち込む私にニアが低い声で訊ねた。
「まだ、キヌファと一緒にいたかったのか?」
「どうしてですか?」
キヌファと話が盛り上がった記憶もないし、そう思われる理由が分からない。
首を傾げる私から逃げるようにニアが顔を背ける。
「いや、いい。昼飯を食べたらガラス作りをするぞ」
ニアはさっさとテーブルセットを片付けて丸太小屋に戻っていった。
※
午後。私は青い炎と格闘していた。
ガラス作りの間はすべてを忘れて集中できる。
私はピンセットでつまんだガラス片を炎にかざした。トロリとガラスが溶けるタイミングに合わせて鉄の棒に巻きつけ、形を整える。そこに他の色のガラスを加え、自分が出したい色にする……のだが、うまくいかない。
どうやってもニアのガラス作品のような色がでない。
私はあの夜明け色のガラス玉を作ろうと、いろんなガラスを組み合わせ、試行錯誤した。でも、全然だめで。
それで、ニアのガラス作りをこっそり観察していた。すると、なんとニアはなにもしていなかった。
最初は、そんなはずはない。ガラスの配合の違いか、こっそり染料のようなものを混ぜているのだろう。そう考えていた。
けど、本当になにもしていない。
私は試しにニアと同じ原料からガラス作品を作った。
すると、私は透明なガラス玉になったのに、ニアは夜明け色に染まった作品が完成。ちなみに作品は皿……らしい。私には陸に打ち上げられたタコ……にしか見えなかったけど、そこは黙っておく。
「はぁ」
ため息もこぼれてしまう。
そんな私の背後からニアが声をかけてきた。
「ガラスに関しては、意外と器用だよな」
「どちらかというと、ニアが不器用なだけだと思ぃ……」
ジロリとにらまれていることに気づき、口を閉じる。
ニアの様子をうかがうように見上げると、プッと吹き出された。柔らかい紫の瞳。でも、それは弟子を見守る目。
……私は、なにが不満なんだろう。
私の葛藤に気づいていないニアが軽く手をふる。
「別にオレが不器用なのは事実だから、いいんだよ。それより、なにか作りたいモノはあるか?」
「え?」
「ガラスの扱いにも慣れてきたし、ガラス玉以外のモノを作ってもいいだろ」
「それなら!」
私はずっと考えていたことを提案した。
「ガラスのアクセサリーを作ってみたいです!」
「アクセサリー?」
「はい。ガラスの形を丸ではなく雫形にして、それをネックレスやイヤリングにつけるんです」
ニアが不思議そうに首を傾げる。
「そういうのは宝石で作るんじゃないのか?」
「宝石にはない色でアクセサリーを作るんです」
「あー、そういうことか。面白そうだし、好きにやってみろ」
「はい!」
私さっそく試しに何個か作ってみた。雫形以外に三角や四角など、いろんな形のガラスが転がる。
「形は……なんとか作れそう。あとは色だけ」
ほっと一息ついた私は額から流れる汗をタオルで拭いた。ニアを見れば、ガラスが溶けた窯をジッと覗き、ガラスの材料の溶け具合を見定めている。
私はそっと工房を出た。水分補給のためコップに水をいれて、塩飴を持って戻る。
すると、ニアは私が工房から出た時と同じ姿勢のままだった。私は水を置いて、後ろからこっそりニアの作業を覗く。
ニアが近くに置いている吹き棒を見ることなく手に取る。武骨な手に、筋肉がしっかりと浮き出た二の腕。
狙いを定めたように手が動き、吹き棒の先端に溶けたガラスを絡めとる。
素早く窯から出し、吹き棒を回しながら空気を吹き込んだ。溶けたガラスはシャボン玉のように一瞬で膨らむ。それを隣の窯に入れ、ガラスに熱をくわえてから再び窯から出した。
次は布を当てて形を整えていく。これを何回か繰り返すことで、ガラスはコップや皿などの形になる。
ガラスを見つめる紫の瞳。通った鼻筋にキツく結ばれた唇。シャープな顎に太い首。
真剣なニアの姿に、つい目を奪われてしまう……
ただ、不思議なことにニアが汗をかいているところを、あまり見たことがない。工房はこんなに暑いのに。
ニアは暑さに強いから、あまり汗をかかない、と言っていたけど。でも、水分は取ったほうがいい。
私はニアの作業が一段落ついたところで声をかけた。
「お疲れ様です。水をどうぞ」
「おう。ありがとう」
ニアが水を受け取る。私は塩飴をなめながら水を飲んだ。冷めた水が体に染み渡って気持ちいい。病みつきになりそうな瞬間。
そこで視線を感じて顔をあげる。そこには、コップを持ったまま動きを止めたニアが。
「どうかしましたか?」
「あ……いや、なんでもない」
ニアがコップに口をつける。チラチラとこちらを見ながら。さすがに、これは気になる。
「あの、私、なにかやらかしました?」
ガラス玉を作り始めた頃は服を燃やしたり、髪を焦がしたり、いろいろやらかした自覚はある。でも、最近はしなくなった……はず。
私の質問にニアが気まずそうに視線をそらす。
「いや、その……オレがいないところでキヌファと何を話していたのか……ちょっと、その……気になって、な」
「キヌファ様と?」
私は顎に手をそえて記憶をたどった。ボーとしている時間が多かったので、あまり覚えていないけど……
「ニアは私のことになると、周りが見えなくなる……というようなことを言われました」
ニアが顔を背けて小さく舌打ちする。
「チッ。あいつ、余計なことを」
「周りが見えなくなるって、どういうことですか?」
「そ、それはだな」
焦ったようにニアが視線をさまよわす。そして、私が作ったガラス玉に目を止めた。
「で、弟子だからな! 弟子に教えることに集中して、周りが見えなくなるってことだ!」
弟子……
なんども聞いたその言葉に私の中でナニかがキレる。
「どうせ、私は不出来な弟子です!」
気がつくと私は机を叩いて立ち上がっていた。珍しくニアが驚いた顔をしている。
私は慌てて空になったコップを持った。
「ごはん作ってきます」
なぜ怒鳴ったりしたのか分からない。とにかく恥ずかしい私は逃げるように工房から出ていった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
782
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる