上 下
12 / 23

無事、ピンチになりました

しおりを挟む
 あれから私はニアと気まずい日々を過ごしている。いや、私だけが気まずいのかも。ニアはいつもと変わりないように見えるから。
 今日も普通に朝の挨拶をして「キヌファに呼び出されたから、ちょっと行ってくる」と、ニアは出かけてしまった。

 私は一通りの家事を終えて工房を見た。ニアがいない時に火を使うのは危険だから、ガラス作りはできない。

 では、今日はなにをして過ごそうか。

 やることがないため、テーブルに今まで作ったガラス玉たちを並べて転がす。

「そういえば、アクセサリーにしないとなぁ。ワイヤーとかチェーンで留められるように……そうだ」

 私はガラス玉たちを袋に入れて麓の町へ出かける準備をした。
 ニアから「麓の町に行く時は荷物持ちをするから、声をかけるように」と言われていたけど、今日は荷物持ちが必要なほどの買い物はしない。
 道も迷子にならない程度に覚えた。

 外を見れば太陽は真上。今から急いで行って、帰ってくれば夕食の支度時間には間に合う。

「よし!」

 リュックを背負った私は意気揚々と麓の町へ向かった。



 問題なく麓の町に着いた私は一直線に雑貨屋へ入る。

「いらっしゃい。おや、今日は一人かい? 珍しい」 

 顔なじみになった女店主が笑顔で迎えてくれた。

「こんにちは。今日は相談があってきました」
「おや。あの色男が浮気でもしたのかい?」
「う、うぅうぁ、うわきぃ!? そ、そそ、そ、そんなんじゃないです! そもそも、そんな関係でもありません!」

 女店主が、おやおやと笑う。

「まだ、そんな関係かい。あの色男、意外と奥手なんだね」
「奥手? 奥の手、みたいなものでしょうか?」
「あー、いやいや。こっちの話さ。気にしないでおくれ。で、今日はとうしたんだい?」
「実は……」

 私はリュックから袋を出して、ガラス玉たちを見せた。

「これを使ってアクセサリーを作ろうと思うのですが、留めるためのワイヤーやチェーンがなくて。ここで売っていませんか?」
「ありゃー、キレイなもんだね。あんたが作ったんかい?」
「はい」
「いや、これはいいね。とても、あの色男の弟子が作ったとは思えない。むしろ、あんたが師匠って言ったほうがいいよ」

 思わぬ褒め言葉の連続に私は慌てふためいた。

「いえいえいえ! そんな、恐れ多い! 私が師匠なんて、滅相もありません!」
「本当のことだよ。そうそう、これをアクセサリーにする道具、だね。ちょいと待ちなよ」

 女店主が店の奥へ引っ込む。そして、箱を持って出てきた。

「今はあまり在庫がなくてね。劣化してないといいんだけど」

 女店主が蓋を開ける。そこには、細いワイヤーやチェーン、ピンなどが揃っていた。

「すごいです!」
「お、ニッパーもあるね。これなら少しは作れるかな。今度、新しいのを注文して取り寄せておくよ」

 私は感動しながら箱の中にあるパーツを見た。これだけあれば、簡単なネックレスやイヤリングが作れる。

「全部買います!」
「全部かい!?」
「はい。これで足りますか?」

 私は以前、ニアから渡された銀貨を出した。

「いや、お代はいらないよ。それは売れ残りの寄せ集めだからね。そのまま捨てる予定だったから、むしろ捨てる手間が省けて助かったよ」
「ですが……」
「それより、完成したらウチに持ってきておくれ。出来が良かったら買い取るからさ」
「わかりました」

 私が箱をリュックに入れていると、女店主が窓の外を見ながら言った。

「まだ明るいから大丈夫だと思うけど、暗くなってきたら魔獣や動物たちが動き出すからね。気をつけて帰りなよ」
「はい。ありがとうございました」

 想像以上に良いモノを買えた私は軽い足取りで店を出た。そして、山道を登っていると……

 一定の距離をあけて、なにかがついてきていた。

 私の足音に合わせて移動しているのか、私が止まると音も止まる。
 魔獣は基本、夜に動く。なら、昼間に活動する動物? でも、この辺りに人を襲うぐらいの大きさで、しかも日中に動く動物がいたかしら?

 丸太小屋まで距離はあるから逃げ込むことは無理。なら、後ろについてきている動物を把握して対処したほうが安全かも。場合によっては、どこかの木に登ってやり過ごしたほうが良いだろうし。

「よし」

 覚悟を決めた私は草木が少ない急斜面の獣道に飛び込んだ。そのまま斜面を駆け上がる。

 そこに響いた、まさかの声。

「気づかれた!」
「おい! 逃げたぞ!」
「追いかけろ!」

 まさかの人間!? しかも、男!? 目的はなんなの!?

 振り返れば急斜面を登ってくる三人の男たち。顔はなんとなく見かけたことがあるような……

 そうだ。麓の町で何度かすれ違ったことがある。

「うひょー! やっぱり上玉だ!」
「町のイモ娘と違うな」
「さっさと捕まえるぞ!」

 なんか、目が……目が獲物を狙うような……と、いうより気持ち悪い! 下卑た薄ら笑い。口元は緩みまくってヨダレが垂れそう。

 背筋に悪寒どころではない、寒気が走る。

 私は今まで以上に手足に力を入れて斜面を駆けた。人間相手では木に登っても追いつかれる。

「逃げても無駄だぞ!」
「こんなところ、誰もこないからな」
「ちょーと、遊ぶだけだ」

 聞こえない! 聞きたくない!

 私は振り返らずに全身を使って獣道を登った。丸太小屋まで、まだ距離がある。それに、私のほうが先に体力がなくなる。
 つまり、このままだと捕まる。

 私は走りながら必死に考えた。普通に逃げたらダメ。どこか、あいつらが追ってこれない道を……

 でも、そんな都合がいい道なんてない。

 徐々に私の息が切れてきた。足がからまり転けかける。

「やっと鬼ごっこの終わりか」
「珍しく、あの男がいないからって追いかけてみれば」
「思ったより逃げやがって」

 男たちの声が近くなってくる。と、同時に轟音も聞こえてきた。

 そういえば!

 私は最後の力をふりしぼって駆け出した。

「あ、走り出したぞ」
「いい加減、あきらめろ!」
「待ちやがれ!」

 木々を抜け、視界が開ける。眩しい光に目を細めると、目の前は崖だった。少し先に川があり、滝がある。
 水が轟音とともに飛沫をあげて遥か下へ落ちていく。足元からは風が吹きぬけ、髪を巻き上げる。眼下にあるはずの滝壺は見えない。

 私は崖っぷちに立ち、振り返った。

 すると、男たち三人が青い顔でこちらを見ている。まるで腫れ物に触るように声をかけてきた。

「お、おい。早まるなよ」
「オレたち、ちょっと遊ぼうと思っただけでさ」
「危ないから、こっちにこい。な?」

 手招きしながら、ジリジリと私に近づいてくる。

「動かないでください」

 私の声に男たちが止まる。私は笑顔を貼り付けて膝を折った。

「ごきげんよう」

 ポカンとする男たち。

 私は頭を起こすと、目を閉じて倒れるように背中から滝壺に落ちた。

 男たちの間を駆け抜けた一陣の風を知らずに。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完】今流行りの婚約破棄に婚約者が乗っかり破棄してきました!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:1,973

〖完結〗その愛、お断りします。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:205pt お気に入り:1,747

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:418pt お気に入り:1,350

元婚約者は騙されていたようだけれど、自業自得なので知りません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:879

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,231pt お気に入り:3,804

〖完結〗妹が妊娠しました。相手は私の婚約者のようです。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:269pt お気に入り:4,657

処理中です...