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無事、ピンチになりました
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あれから私はニアと気まずい日々を過ごしている。いや、私だけが気まずいのかも。ニアはいつもと変わりないように見えるから。
今日も普通に朝の挨拶をして「キヌファに呼び出されたから、ちょっと行ってくる」と、ニアは出かけてしまった。
私は一通りの家事を終えて工房を見た。ニアがいない時に火を使うのは危険だから、ガラス作りはできない。
では、今日はなにをして過ごそうか。
やることがないため、テーブルに今まで作ったガラス玉たちを並べて転がす。
「そういえば、アクセサリーにしないとなぁ。ワイヤーとかチェーンで留められるように……そうだ」
私はガラス玉たちを袋に入れて麓の町へ出かける準備をした。
ニアから「麓の町に行く時は荷物持ちをするから、声をかけるように」と言われていたけど、今日は荷物持ちが必要なほどの買い物はしない。
道も迷子にならない程度に覚えた。
外を見れば太陽は真上。今から急いで行って、帰ってくれば夕食の支度時間には間に合う。
「よし!」
リュックを背負った私は意気揚々と麓の町へ向かった。
※
問題なく麓の町に着いた私は一直線に雑貨屋へ入る。
「いらっしゃい。おや、今日は一人かい? 珍しい」
顔なじみになった女店主が笑顔で迎えてくれた。
「こんにちは。今日は相談があってきました」
「おや。あの色男が浮気でもしたのかい?」
「う、うぅうぁ、うわきぃ!? そ、そそ、そ、そんなんじゃないです! そもそも、そんな関係でもありません!」
女店主が、おやおやと笑う。
「まだ、そんな関係かい。あの色男、意外と奥手なんだね」
「奥手? 奥の手、みたいなものでしょうか?」
「あー、いやいや。こっちの話さ。気にしないでおくれ。で、今日はとうしたんだい?」
「実は……」
私はリュックから袋を出して、ガラス玉たちを見せた。
「これを使ってアクセサリーを作ろうと思うのですが、留めるためのワイヤーやチェーンがなくて。ここで売っていませんか?」
「ありゃー、キレイなもんだね。あんたが作ったんかい?」
「はい」
「いや、これはいいね。とても、あの色男の弟子が作ったとは思えない。むしろ、あんたが師匠って言ったほうがいいよ」
思わぬ褒め言葉の連続に私は慌てふためいた。
「いえいえいえ! そんな、恐れ多い! 私が師匠なんて、滅相もありません!」
「本当のことだよ。そうそう、これをアクセサリーにする道具、だね。ちょいと待ちなよ」
女店主が店の奥へ引っ込む。そして、箱を持って出てきた。
「今はあまり在庫がなくてね。劣化してないといいんだけど」
女店主が蓋を開ける。そこには、細いワイヤーやチェーン、ピンなどが揃っていた。
「すごいです!」
「お、ニッパーもあるね。これなら少しは作れるかな。今度、新しいのを注文して取り寄せておくよ」
私は感動しながら箱の中にあるパーツを見た。これだけあれば、簡単なネックレスやイヤリングが作れる。
「全部買います!」
「全部かい!?」
「はい。これで足りますか?」
私は以前、ニアから渡された銀貨を出した。
「いや、お代はいらないよ。それは売れ残りの寄せ集めだからね。そのまま捨てる予定だったから、むしろ捨てる手間が省けて助かったよ」
「ですが……」
「それより、完成したらウチに持ってきておくれ。出来が良かったら買い取るからさ」
「わかりました」
私が箱をリュックに入れていると、女店主が窓の外を見ながら言った。
「まだ明るいから大丈夫だと思うけど、暗くなってきたら魔獣や動物たちが動き出すからね。気をつけて帰りなよ」
「はい。ありがとうございました」
想像以上に良いモノを買えた私は軽い足取りで店を出た。そして、山道を登っていると……
一定の距離をあけて、なにかがついてきていた。
私の足音に合わせて移動しているのか、私が止まると音も止まる。
魔獣は基本、夜に動く。なら、昼間に活動する動物? でも、この辺りに人を襲うぐらいの大きさで、しかも日中に動く動物がいたかしら?
丸太小屋まで距離はあるから逃げ込むことは無理。なら、後ろについてきている動物を把握して対処したほうが安全かも。場合によっては、どこかの木に登ってやり過ごしたほうが良いだろうし。
「よし」
覚悟を決めた私は草木が少ない急斜面の獣道に飛び込んだ。そのまま斜面を駆け上がる。
そこに響いた、まさかの声。
「気づかれた!」
「おい! 逃げたぞ!」
「追いかけろ!」
まさかの人間!? しかも、男!? 目的はなんなの!?
振り返れば急斜面を登ってくる三人の男たち。顔はなんとなく見かけたことがあるような……
そうだ。麓の町で何度かすれ違ったことがある。
「うひょー! やっぱり上玉だ!」
「町のイモ娘と違うな」
「さっさと捕まえるぞ!」
なんか、目が……目が獲物を狙うような……と、いうより気持ち悪い! 下卑た薄ら笑い。口元は緩みまくってヨダレが垂れそう。
背筋に悪寒どころではない、寒気が走る。
私は今まで以上に手足に力を入れて斜面を駆けた。人間相手では木に登っても追いつかれる。
「逃げても無駄だぞ!」
「こんなところ、誰もこないからな」
「ちょーと、遊ぶだけだ」
聞こえない! 聞きたくない!
私は振り返らずに全身を使って獣道を登った。丸太小屋まで、まだ距離がある。それに、私のほうが先に体力がなくなる。
つまり、このままだと捕まる。
私は走りながら必死に考えた。普通に逃げたらダメ。どこか、あいつらが追ってこれない道を……
でも、そんな都合がいい道なんてない。
徐々に私の息が切れてきた。足がからまり転けかける。
「やっと鬼ごっこの終わりか」
「珍しく、あの男がいないからって追いかけてみれば」
「思ったより逃げやがって」
男たちの声が近くなってくる。と、同時に轟音も聞こえてきた。
そういえば!
私は最後の力をふりしぼって駆け出した。
「あ、走り出したぞ」
「いい加減、あきらめろ!」
「待ちやがれ!」
木々を抜け、視界が開ける。眩しい光に目を細めると、目の前は崖だった。少し先に川があり、滝がある。
水が轟音とともに飛沫をあげて遥か下へ落ちていく。足元からは風が吹きぬけ、髪を巻き上げる。眼下にあるはずの滝壺は見えない。
私は崖っぷちに立ち、振り返った。
すると、男たち三人が青い顔でこちらを見ている。まるで腫れ物に触るように声をかけてきた。
「お、おい。早まるなよ」
「オレたち、ちょっと遊ぼうと思っただけでさ」
「危ないから、こっちにこい。な?」
手招きしながら、ジリジリと私に近づいてくる。
「動かないでください」
私の声に男たちが止まる。私は笑顔を貼り付けて膝を折った。
「ごきげんよう」
ポカンとする男たち。
私は頭を起こすと、目を閉じて倒れるように背中から滝壺に落ちた。
男たちの間を駆け抜けた一陣の風を知らずに。
今日も普通に朝の挨拶をして「キヌファに呼び出されたから、ちょっと行ってくる」と、ニアは出かけてしまった。
私は一通りの家事を終えて工房を見た。ニアがいない時に火を使うのは危険だから、ガラス作りはできない。
では、今日はなにをして過ごそうか。
やることがないため、テーブルに今まで作ったガラス玉たちを並べて転がす。
「そういえば、アクセサリーにしないとなぁ。ワイヤーとかチェーンで留められるように……そうだ」
私はガラス玉たちを袋に入れて麓の町へ出かける準備をした。
ニアから「麓の町に行く時は荷物持ちをするから、声をかけるように」と言われていたけど、今日は荷物持ちが必要なほどの買い物はしない。
道も迷子にならない程度に覚えた。
外を見れば太陽は真上。今から急いで行って、帰ってくれば夕食の支度時間には間に合う。
「よし!」
リュックを背負った私は意気揚々と麓の町へ向かった。
※
問題なく麓の町に着いた私は一直線に雑貨屋へ入る。
「いらっしゃい。おや、今日は一人かい? 珍しい」
顔なじみになった女店主が笑顔で迎えてくれた。
「こんにちは。今日は相談があってきました」
「おや。あの色男が浮気でもしたのかい?」
「う、うぅうぁ、うわきぃ!? そ、そそ、そ、そんなんじゃないです! そもそも、そんな関係でもありません!」
女店主が、おやおやと笑う。
「まだ、そんな関係かい。あの色男、意外と奥手なんだね」
「奥手? 奥の手、みたいなものでしょうか?」
「あー、いやいや。こっちの話さ。気にしないでおくれ。で、今日はとうしたんだい?」
「実は……」
私はリュックから袋を出して、ガラス玉たちを見せた。
「これを使ってアクセサリーを作ろうと思うのですが、留めるためのワイヤーやチェーンがなくて。ここで売っていませんか?」
「ありゃー、キレイなもんだね。あんたが作ったんかい?」
「はい」
「いや、これはいいね。とても、あの色男の弟子が作ったとは思えない。むしろ、あんたが師匠って言ったほうがいいよ」
思わぬ褒め言葉の連続に私は慌てふためいた。
「いえいえいえ! そんな、恐れ多い! 私が師匠なんて、滅相もありません!」
「本当のことだよ。そうそう、これをアクセサリーにする道具、だね。ちょいと待ちなよ」
女店主が店の奥へ引っ込む。そして、箱を持って出てきた。
「今はあまり在庫がなくてね。劣化してないといいんだけど」
女店主が蓋を開ける。そこには、細いワイヤーやチェーン、ピンなどが揃っていた。
「すごいです!」
「お、ニッパーもあるね。これなら少しは作れるかな。今度、新しいのを注文して取り寄せておくよ」
私は感動しながら箱の中にあるパーツを見た。これだけあれば、簡単なネックレスやイヤリングが作れる。
「全部買います!」
「全部かい!?」
「はい。これで足りますか?」
私は以前、ニアから渡された銀貨を出した。
「いや、お代はいらないよ。それは売れ残りの寄せ集めだからね。そのまま捨てる予定だったから、むしろ捨てる手間が省けて助かったよ」
「ですが……」
「それより、完成したらウチに持ってきておくれ。出来が良かったら買い取るからさ」
「わかりました」
私が箱をリュックに入れていると、女店主が窓の外を見ながら言った。
「まだ明るいから大丈夫だと思うけど、暗くなってきたら魔獣や動物たちが動き出すからね。気をつけて帰りなよ」
「はい。ありがとうございました」
想像以上に良いモノを買えた私は軽い足取りで店を出た。そして、山道を登っていると……
一定の距離をあけて、なにかがついてきていた。
私の足音に合わせて移動しているのか、私が止まると音も止まる。
魔獣は基本、夜に動く。なら、昼間に活動する動物? でも、この辺りに人を襲うぐらいの大きさで、しかも日中に動く動物がいたかしら?
丸太小屋まで距離はあるから逃げ込むことは無理。なら、後ろについてきている動物を把握して対処したほうが安全かも。場合によっては、どこかの木に登ってやり過ごしたほうが良いだろうし。
「よし」
覚悟を決めた私は草木が少ない急斜面の獣道に飛び込んだ。そのまま斜面を駆け上がる。
そこに響いた、まさかの声。
「気づかれた!」
「おい! 逃げたぞ!」
「追いかけろ!」
まさかの人間!? しかも、男!? 目的はなんなの!?
振り返れば急斜面を登ってくる三人の男たち。顔はなんとなく見かけたことがあるような……
そうだ。麓の町で何度かすれ違ったことがある。
「うひょー! やっぱり上玉だ!」
「町のイモ娘と違うな」
「さっさと捕まえるぞ!」
なんか、目が……目が獲物を狙うような……と、いうより気持ち悪い! 下卑た薄ら笑い。口元は緩みまくってヨダレが垂れそう。
背筋に悪寒どころではない、寒気が走る。
私は今まで以上に手足に力を入れて斜面を駆けた。人間相手では木に登っても追いつかれる。
「逃げても無駄だぞ!」
「こんなところ、誰もこないからな」
「ちょーと、遊ぶだけだ」
聞こえない! 聞きたくない!
私は振り返らずに全身を使って獣道を登った。丸太小屋まで、まだ距離がある。それに、私のほうが先に体力がなくなる。
つまり、このままだと捕まる。
私は走りながら必死に考えた。普通に逃げたらダメ。どこか、あいつらが追ってこれない道を……
でも、そんな都合がいい道なんてない。
徐々に私の息が切れてきた。足がからまり転けかける。
「やっと鬼ごっこの終わりか」
「珍しく、あの男がいないからって追いかけてみれば」
「思ったより逃げやがって」
男たちの声が近くなってくる。と、同時に轟音も聞こえてきた。
そういえば!
私は最後の力をふりしぼって駆け出した。
「あ、走り出したぞ」
「いい加減、あきらめろ!」
「待ちやがれ!」
木々を抜け、視界が開ける。眩しい光に目を細めると、目の前は崖だった。少し先に川があり、滝がある。
水が轟音とともに飛沫をあげて遥か下へ落ちていく。足元からは風が吹きぬけ、髪を巻き上げる。眼下にあるはずの滝壺は見えない。
私は崖っぷちに立ち、振り返った。
すると、男たち三人が青い顔でこちらを見ている。まるで腫れ物に触るように声をかけてきた。
「お、おい。早まるなよ」
「オレたち、ちょっと遊ぼうと思っただけでさ」
「危ないから、こっちにこい。な?」
手招きしながら、ジリジリと私に近づいてくる。
「動かないでください」
私の声に男たちが止まる。私は笑顔を貼り付けて膝を折った。
「ごきげんよう」
ポカンとする男たち。
私は頭を起こすと、目を閉じて倒れるように背中から滝壺に落ちた。
男たちの間を駆け抜けた一陣の風を知らずに。
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