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無事、なんとかなりました

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 私は目を閉じて倒れるように背中から滝壺に落ちた。頭から背中に涼しい風を感じる。

 男たちの野太い悲鳴が遠くなっていく。最期に見た顔が、どこの誰かも分からない男三人組っていうのが残念だけど。

 でも、初めてニア以外の人にガラス玉を褒めてもらえたし。しょせんは不出来な弟子。こんな最期がお似合い……

「このアホ!」

 聞き覚えがある声に思わず目を開ける。夜明け色の瞳が私をにらむ。

 ここは空中で、しかも落下中なのに。なんで……

 腕を捕まれ、グッと引き寄せられる。まるで、離さないというように抱きしめられる。耳に心臓の音が聞こえる。

 不思議な幸せに包まれると同時に水面に叩きつけられた。

 冷たい水が全身をおおう。濡れた服が絡みつく。口から空気が抜け、かわりに水が口に押し寄せる。息ができない。
 溺れかけていると、強い力で引っ張られた。

「ゲホッ、ゴホッ」

 ニアに抱えられて滝壺からあがる。

「こぉのぉアホ! だから、一人で町に行くな、と言ったんだ!」

 腰が抜けた私はヘナヘナと岩の上に座りこんだ。呆然としている私の前でニアが仁王立ちのまま説教をする。

「おまえはもう少し自分の外見について自覚しろ! 町の連中から、どんな目で見られていたのか! オレがどれだけ威圧しまくっていたか!」

 怒られているのは分かる。でも、ショックのほうが大きくて半分も耳に入らない。

「……だって」
「ん?」

 私のか細い声を聞き取ろうとニアが屈む。

「だって、まさか……こんなことに、なるなんて……」

 今頃、体が震えてきた。両手で自分の体を抱きしめる。

「ほ、本で読んで、こういうことがあると……知識として知っていましたが、まさか……自分が……」

 自分の認識の甘さが悔しい。こんなことに巻き込まれるなんて。
 歯をくいしばり、指に力をこめる。それでも、体の震えは止まらない。

 そこに、ふわりと大きな温もりに包まれた。

「あー、悪い。言いすぎた」

 ニアが私の震えを止めるように強く抱きしめる。

「おまえは悪くない。悪いのは、全部あいつらだ。おまえは、なにも悪くない」

 その言葉に緊張の糸が切れた。ずっと我慢していた感情があふれだす。

「こ、こ、こわっ、怖かったんです! 怖くて、怖くて……とにかく、逃げたくて……」
「あぁ。よく頑張った。おまえは、よく逃げた」
「もう、ダメって……なんども、諦めかけて……でも、怖くて」
「よく頑張った。もう、大丈夫だ。オレがいる。安心しろ」
「うわぁぁぁぁん」

 私はせきを切ったように泣いた。初めて大声で。我慢することなく、思いっきり。



「スン、スン」

 初めて大声で泣いた反動はすざましく、私は涙が止まらなくなっていた。
 ただ、ずっとあの場所にいるわけにもいかず、日が落ちる前に移動をしないと危ない。ということで現在、私はニアにおんぶされて移動している。

「あ、あの……スン。私、やっぱり……スン。歩き……スン」

 しゃっくりのように涙が出る。ニアが私を背負ったまま、スイスイと山を登っていく。

「麓から、あれだけの距離を走ったんだ。体力が残ってないだろ。そんな足だと日が落ちるまでに帰れないから、そのまま大人しくしてろ」
「……はい」

 たしかに私の足は走りすぎてガタガタ。たぶん、まともに歩けない。それでも、ただ背負われているのは申し訳ない。
 でも、この広い背中に安心もする。筋肉質でガッシリしていて。濡れた体は寒いけど、ニアと触れているところは、とても温かい。

 ニアが沈んだ声で話しかけてきた。

「……悪いな。あんなことがあった後に男に背負われて移動なんて。嫌だろうけど、もう少し我慢してくれよ」
「どうして、嫌なんですか?」

 私の疑問にニアの肩が落ちる。

「いや、だって、男のせいで嫌な思いをしたんだぞ。それなのに……」
「でも、ニアは師匠ですし」
「あ、そういうことか。男うんぬんの前に師匠っていうわくか」
「枠というか……師匠は師匠って感じです」
「そうか」

 ニアが足に力を入れて岩を登る。近道を通っているため、道という道はない。

「師匠……か」

 小声でこぼしたニアの呟きは私の耳に届かなかった。



 それなら数日後。私はやっと筋肉痛が治まった。

 帰宅した日は疲労でほとんど歩けず。翌日からは筋肉の痛みで、ゆっくりしか歩けず。ニアには生まれたての小鹿のようだと言われた。

 おかげで家事はほとんどできず、ニアがしてくれた。というか、私がするよりニアが家事をしたほうが丁寧で早い。
 弟子の必要性がなくなるので、これ以上は遠慮していただきたい。ニアにそう言うと、笑顔で頭を撫でられた。

 え!? もう必要性ないってことですか!?

 私は怖くてニアに聞けなかった。とにかく、今まで以上に頑張らないと!

 気合を入れる私の前をニアが通り過ぎる。

「工房へ行くんですか?」
「いや、町にちょっと買い物に行ってくる」
「私も行きます」
「は?」

 ニアが驚いた顔になる。

「え? 一緒に行ったらいけませんか?」
「いや、おまえ町に行けるのか? あれから、まだ数日だ。無理しなくていいぞ」
「そういうことですか。別に町が悪いわけではないですし。あと雑貨屋に用事があるんです」
「そうか……まあ、それなら。けど、オレから離れるなよ」

 複雑そうな顔でニアが頷く。

 ニアと一緒だし、大丈夫! うん!

 私は心の中で暗示をかけ、ニアと麓の町へ行った。

 ニアが必要な物を買うために店をまわる。その途中、道を歩いている三人組が視界の端に入った。
 私と視線が合う……前に顔を真っ青にして表情を引きつらせ……

 と、ここでニアの手が私の目をおおった。

「え? ちょっ、なんですの!?」

 私がニアの手を掴んで動かした時には三人組の姿はなかった。まるで、はじめからそこには誰にもいなかったかのよう。

「見間違い?」

 首を傾げる私にニアが前を指差す。

「雑貨屋だ。早く用事をすませて帰ろう」
「はい」

 私は雑貨屋のドアを開けた。

「いらっしゃい。あ、今日は色男と一緒かい」
「あの、この前いただいた材料で試しにネックレスを作ってみたのですが、どうでしょう?」

 私は持っていた袋からネックレスを取りだした。女店主が手にとって、いろんな角度から見る。

「デザインはいいね。ただ、ここの丸カン。ニッパーの跡がついてるだろ? もう少し優しく、跡がつかないようにしてごらん。そうしたら、すぐに売れるよ」
「はい! 頑張ります!」
「じゃあ、どんどん作って持ってきな。あ、注文しといたパーツはもうすぐ届くよ」
「わぁ、楽しみです」

 女店主と会話する私をニアは優しく見守りながら、ずっと待っていてくれた。
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