BAR・ターミナル~ケモノ達の交わる場所~

Ring_chatot

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2.5話:常連、カナデ、その2

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 その日は金曜日。一週間頑張り終えたご褒美にと、居住スペースである自宅の3・4階からふらりと1階に降りてきたマリサは、そこにカナデの姿を見つけてしまった。そしてカナデも、マリサの姿を見つけてロックオンだ。
カナデ「あ、マリサちゃん、いいところに……」
マリサ「あー……ちょっと待ってて、カナデちゃん。マスター……今日はトニックウォーターで」
 今日のマリサは飲まない気分。素面のまま気楽に話したいため、ノンアルである。
カナデ「はぁ……マリサちゃん。今日さ、マッチングした人と一緒に食事したんだけれどさ」
マリサ「またか……」
 お酒は一杯目。今のところはまだ酔いも回っていないためほぼ素面だが、そのうち酔ってどんどん手が付けられなくなるのが予想できる。カナデさん、機嫌がいいときはいいお客様なのだけれど、こういう時はひたすら厄介だ。
カナデ「それでさ、年収とかの話が終わって、次は趣味の話になったのよ。それで、私は推し活の事とか、美容に気を使っていることとか、SNSの事とかを話したんだけれど……まず、美容について掘り下げられたら、化粧水とか、化粧品のことを話したんだけれど……『そんな事にばっかりお金を使ってるの?』って言われて、そのままあれよあれよという間に『この話はなかったことに』って言われちゃったのよ……」
マリサ「でしょうね。話すとすぐにボロが出るから」
 いつもの事なので、マリサは男を責めることも、カナデに同情することもなく、淡々と頷いた。トニックウォーターはグラスに注いで氷を入れるだけなので、飲み物はすぐに届いた。
カナデ「ひどくない? 『美容と健康に気を使っている割に、全然健康そうに見えない』ってさ! 言われたの! 私全身のシャンプーも、化粧水も、頑張ってるのに! それにほら、体重にだって気を使ってるから痩せてるでしょ?」
 カナデの愚痴を聞きながら、マリサはトニックウォーターを一口だけ飲んで苦笑する。
マリサ「いや、実際あんまり健康に見えないのは事実なんだよね……確かにその、体重は軽そうだけれど……なんか、なぁ」
カナデ「それの何が悪いのよ!? 男の人は痩せている女性の方が好きなんじゃあないの?」
マリサ「えー……まぁ、そういうのが好きな人は多いと思うけれど、ただ痩せてるだけってわけじゃないと思うんだけれど。っていうか、太り過ぎが健康に悪いのは事実だけれど、痩せてりゃ健康だなんてそんなことはないと思うんだけれど」
 マリサが口を濁らせていると、マリサの横で静かに飲んでいたクニシゲが、口をあんぐりと開けながらカナデの方をジーっと見ている。
クニシゲ「なぁ、カナデさんだったか? あんた、美容と健康に気を使っているって、マジか?」
 彼の目は、信じられないものでも見るような目をしている。
カナデ「いや、そうですけれど……」
クニシゲ「えー……冗談は笑えることだけにしておいてほしいもんだ」
 マリサとは比べ物にならないほどに口が悪い。これでもクニシゲにとっては言葉を選んだつもりなのだが。
カナデ「ちょっと、私のどこが悪いっていうんですか! ちゃんとサプリとか食べて、健康には気を使ってますから!」
クニシゲ「うーん……サプリってお前……普通に食事でとったほうがいいだろ……いや、どこがどう悪いかって言葉で伝えようとすると難しいんだが……」
 カナデに抗議されたクニシゲは、直前の発言にツッコミを入れつつ、椅子から立ち上がる。そして、そこまで言うならとばかりに、マリサを挟んで見ていた彼女の体をまじまじと見る。冬だから厚着で、そのうえ羊人の彼女は豊かな体毛に隠れて体が見えづらいが、手や顔のパーツだけでも見えてくるものは沢山ある。
 気付けばクニシゲは真剣な顔つきになっており、彼女をじっと見つめたまま脳内の情報を整理しているようだ。
クニシゲ「ふむ。まずお前、痩せてるっていうけれど、それって体重だけだろ? 筋肉と脂肪がないだけで、一番ダメな痩せ方だからそれ。筋肉がないから、エネルギーを消費しないもんで、気を抜くとすぐに太るんだよなぁ、その痩せ方。マリサの言う通り、太りすぎもダメだが痩せすぎもダメ……過ぎたるは及ばざるがごとしだ。
 あと、熱を生み出す筋肉も、熱を閉じ込める脂肪もないから、体が冷えて病気に弱くなりやすい」
カナデ「ぐっ……あ、貴方に何がわかるんですか?」
クニシゲ「いや俺、薬剤師だぞ? そりゃ医者や栄養士に比べれば専門分野では劣るかもしれないが……店で客から体調に関して相談受けることもあるんだ。素人よりは詳しいつもりだぞ?」
 クニシゲがそんなことを言うと、カナデは舌戦では絶対に勝てないと悟り、口を閉ざしてしまう。
クニシゲ「そもそもお前の匂い、食欲を誘われないんだよなぁ……食事制限だけでダイエットしてる奴の匂いだ」
カナデ「ひえっ」
 そのクニシゲの言葉に、カナデは肩をすくめる。
マリサ「いや、クニシゲさん、その言い方はどうなのよ……事実だけれど」
 草食系の女性の匂いをそう表現するのは社会通念上どうなのかという問題はあるが、マリサもリコの匂いを思い出すと、おおむね同意せざるを得なかった。
 そんな疑問を呈している間にも、クニシゲはカナデの体に鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。中年男性、しかも肉食系に匂いを嗅がれ、カナデは露骨にいやそうな顔をしたが、クニシゲはかまわずに匂いの分析をする。
クニシゲ「そうだなぁ……うーん、貧血、消化不良とそれに伴う便秘、睡眠不足と、それらに伴う自律神経の失調及び、発情期の不順……あとは肌と髪の荒れ。それと低体温からくる免疫不全……風邪になったら一か月くらいはなかなか治らんだろうな。健康診断でいくつかC判定だろ、あんた? 下手すりゃD判定もある。それで痩せてるから健康とか、寝言は寝て言え」
カナデ「……いや、発情期の不順ってセクハラ! それセクハラだから!」
クニシゲ「うるせぇ! セクハラがなんぼのもんじゃ! セクハラが怖くて薬剤師なんぞ出来るか!」
 苦し紛れに出たカナデの抗議の言葉。しかし、それは診断内容が間違っているという抗議ではなく、生理的なことまで突っ込まれる恥ずかしさに対する抗議である。
マリサ「いや、その言い方じゃマジもんのヤクザじゃないですか!? ……でも、実際のところどうなの?」
 クニシゲがあんまりにも気合の入った言葉を使うので、マリサもセクハラを注意しようと思ったが、気圧されて別のツッコミが浮かんできてしまった。それはそれとして、クニシゲの診断がどれだけ的確なのかも気になってしまう。しかし、彼女が抗議をしたのはあくまでセクハラだという苦し紛れなもの。つまるところ、診断自体は……
カナデ「全部、あってる……」
クニシゲ「だろ?」
 そういうことなのだ。
マリサ「いやぁ……睡眠不足まで匂いで分かるんだ? 消化不良も?」
 多少は予想していたものの、『全部』というのはさすがに予想しておらず、マリサは思わず羨望のまなざしを向ける。
クニシゲ「わかるさ。体調の悪い人、いい人の匂いを1万人も嗅ぎ分ければ身につくさ。消化不良の原因は……お前、偶蹄目系だから、飯を食ったら一度胃袋から吐き戻して、口の中で空気と混ぜて発酵を進めてから胃袋に戻すって行為が必要だろ? はしたないから人前でやりたくないって人も多いんだけれど、度が過ぎるとな……それが消化不良の原因だろうな。消化不良なので栄養の吸収が上手くいかず、残りカスが腸に詰まって便秘、ガス溜まり……大して食ってないのにお腹がパンパンになる」
マリサ「あー、リコちゃんもやってたね、それ。そっか、匂いで分かるんだ……」
 マリサもクニシゲの真似をしてカナデの匂いを嗅ぐ。リコと違って抱き着きたくならない匂い……無意識だったけれど、自分も匂いで健康状態を判断していたのかもしれない。
クニシゲ「俺の知り合いの医者なんて、すれ違っただけでガンかどうかわかるくらい鼻の利く犬人がいるぞ。曾祖父の代から医者の家系でな……まぁ、虎人の鼻は犬人ほど敏感じゃないが、この程度なら鼻だけで何とかなる。
 ってか、なんだ。高い化粧水やら肌クリームやら、トリートメント買うくらいなら、もっとたんぱく質とったほうがいいんじゃないのか? 忘れがちだが、血液も、体毛も、肌も、タンパク質からできてるから、タンパク質を取らないと貧血と肌荒れと髪のパサつきが併発するぞ? 草食系なら専用のプロテインがあるし、食事からとるなら豆類とかブロッコリーとか……うん、まぁ色々考えるのが、面倒ならミネラル多めの婦人用ペレットを薬局かスーパーで購入して……そしたら高い化粧品よりもよっぽど肌や髪の艶もよくなるはずだ」
カナデ「はい……」
 クニシゲの怒涛の正論は、マシンガントークを通り越してガトリングガンの如くで、それを浴びせかけられたカナデはすっかり小さくなっている。まだ酔いが回り切っていない状態でこの話を聞けたのは彼女にとって収穫だったのかどうかはわからないが……少なくとも、クニシゲのアドバイスを聞いていれば健康になるのは間違いなさそうだ。
クニシゲ「あとな、寝ろ。睡眠はどんな薬よりも肌と髪にいいぞ。脳にもいい。それと、飯を抜いて痩せようとするな。体重よりも体型を見ろ、同じ身長と体重でも筋肉が多ければ全然見た目が違ってだな……」
 ともあれ、BARの中で仕事モードになったクニシゲの熱血指導は、終わるまで長い時間がかかりそうだ。

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