BAR・ターミナル~ケモノ達の交わる場所~

Ring_chatot

文字の大きさ
11 / 25

6話:ホリデーナイトパーティー

しおりを挟む

 風俗嬢を騙している詐欺師の撃退という一大イベントが行われた直後の店内でのこと。あの後、マリサとリコはコウイチからのおごりで、香り高いリンゴの蒸留酒、カルヴァドスを1杯頼む。つまみとして3人分のバニラアイスを頼みつつ、詐欺について色々と話していた。
 わざわざ蒸留酒を頼んだのは、バニラアイスに少量だけ振りかけて食べることで、蒸留酒の香りとバニラアイスの甘味は最高のハーモニーで、安い蒸留酒と安いアイスでも、高級アイスに早変わりだ。まだ酒を飲めないマイだったが、たった一ミリリットルだけアイスに振りかけて。こっそりとその香りを楽しませてもらっていた。
 酒税法においては、度数1%以下のアルコールであれば、法律上お酒とは扱われない。度数40%を超える蒸留酒でも、一緒に大量の水を飲めば酒としては扱われない……というマリサの暴論で、マイは水をゴクゴクと飲まされ、息切れまでするほど。その代わりに1ミリリットルでも十分すぎるほど香り立つカルヴァドスをバニラアイスと共に楽しんでいた。寒さとのダブルパンチでしばらくトイレが近くなりそうだ。
 そんなバニラアイスをお供に、リコとマリサはマイに対して家庭科(?)の勉強を行っている。
マリサ「ともかくね、お金を預かろうとするやつ、必ず儲かるとか言っちゃう奴、そういうやつはすべて詐欺だからね」
マイ「嘘じゃないかどうか見極めるにはどうすればいいの? ハシルさんみたいにやればいいの?」
マリサ「基本はそうだね。儲けるところを実際に見せることができるやつだけを信じるのが一番ね。言っていることじゃなく、やっていることがその人の本性っていう言葉があるけれどさ。要はそういうことなの。なんなら、後ろにぴったりくっついてでも儲けてるところを見なきゃ。
リコ「そこまでやってもサクラを雇われる可能性は無きにしも非ずだけれどね。お金で、お客さん役を雇ったりとかさ」
マイ「詐欺師ってそこまでやるんですか」
 お金でお客さん役を雇うなんて、あまりにもみじめすぎやしないかとマイは苦笑する。
マリサ「やるよ。っていうか、お互いがお客さん役を相互でやるとかね。マルチ商法では、高い腕時計をみんなで使い回して写真を撮るとかもあるとかって話」
マイ「ひえ、みみっちい」
マリサ「あの時ハシルさんが指摘してたけれど、儲かっているならばその証拠を見せろって感じ。住んでいる場所、銀行口座、車……そこらへんはいくらでもごまかすことが出来るから、信じちゃダメ。ただその辺の高級車の写真を映しただけだったり、ただホテルのロビーで記念写真を撮っただけだったり。写真を無断転載しただけだったり。もしくはブランド物に見せかけた偽物だったりするから……怪しいと思って追求しようとすると、プライベートがどうのこうのいうのも怪しいし……つまり、確実な稼いでいる証拠が出るまで信じちゃだめよ。

 それに、本当に稼いでいたとしても稼いでいるからって儲け話が正しいわけじゃないから、二重にも三重にも簡単に信じちゃダメなんだけれどね。まぁ、多分だけれど学校の授業でもそのうちやると思うからさ。小学校で習う前に、動画サイトとかで予習しておくのもいいんじゃないかな?」
マイ「うん……でも私、動画は見れない、かな。スマホもないし、家にはパソコンもないし……」
マリサ「あー……そっちか。機会があったら私の貸してあげるから、その時にでも見なよ」
マイ「ありがとうございます」
マリサ「遠慮しないでいいからね」
リコ「あと、今更だけれど一番は身近な人に相談することだけれど」
マイ「確かにそれが一番楽だ! 儲け話が舞い込んできたら、よろしくおねがいしますね」
リコ「任せといてよ」
マリサ「同じく」
 マリサはマイに微笑みかけると、マイを励ますためにと一つ話を思いつく。
マリサ「そういえばさ、リコ。ホリデーナイトは空いている?」
リコ「いや、普通に仕事だねぇ。シフトが入っている。平日だからねぇ、ホリデイナイトパーティーの準備も一人じゃ難しいんだろうね」
マリサ「それってさ、リコを指名したら、当日貴方を雇うことってできる?」
リコ「シフトは入っているけれど指名は入っていないから……今から指名してくれれば行けると思うけれど、何? 何かあるの?」
マリサ「去年もやったんだけれど、ホリデーナイトにね、常連さんたちを集めて、会費3000円でうちのバーでホームパーティーをやろうと思ってるの。けれど、料理の準備がねぇ……ほら、ハルトは料理できるけれど、ホリデーナイト当日なんて稼ぎ時でしょ? 仕事、夜まで抜けられないのよ」
リコ「あー、なるほど。確かに料理人なら、ホリデーナイトは仕事だよね」
マリサ「もちろんさ、持ち寄りとか、スーパーでオードブルを購入するとか、そういう手段で料理を用意したけれどさ。やっぱり、温かい料理も欲しいなって思って。そこで、今年は……リコちゃんを雇って、ホリデーナイトパーティの料理の準備をしてもらおうと思います! ってことで、どうかな?」
リコ「普通にお金を払ってうちの会社に依頼するなら、それで構わないけれど……ほら、名刺。これがあれば、指名料が初回割引されるから」
マリサ「うん、じゃあありがたく割引を利用させてもらうとして……。 聞いたよ、クニシゲさんの家の掃除や食事の用意をしたんだって? 私も、頑張ってるリコちゃんのレビューに協力ってことで。リコちゃんなら、きっと高評価つけるよ」
リコ「お願いね。高評価は給料上がるから」
マリサ「任せといて。それでね、話があるのはマイちゃん。あなたにもなの」
マイ「あ、はい」
 自分には全く関係のない話かと思い、聞き流していたマイは、いきなり名前を呼ばれて現実に意識を戻される。
マリサ「会費は3000円だけれど、リコちゃんのお手伝いをしてくれるなら、会費なしで参加させてもいいけれど、どうする? その日は店は営業せずに、あくまでホームパーティーって名目で店を使うだけだから、22時を過ぎてもずっといても大丈夫だし、何なら泊って行っても大丈夫だよ」
マイ「う、うん……どうしよっかな……お母さんはどうせめったに帰ってこないし。ホリデーナイトなんて毎年デートしてるから……私がいなくても問題ないしなぁ……えっと、その、本当に泊まっていいんだよね?」
マリサ「もちろん」
 マリサに歓迎されると、マイは黙ってしまう。喜んでいるのは間違いないのだろうが、彼女は嬉しいときははしゃぐのではなく黙ってしまうタイプなのだろうか。
マイ「うん……おねがいします。頑張って準備しますね!」
マリサ「失敗したら自分で食べなきゃだもん、責任重大だよ、マイちゃん」
マイ「任せておいてください!」
 小さく頭を下げ、口元を緩めるその姿は、動きは控えめだけれど年相応の可愛らしさが感じられた。尻尾が立っている。猫人がうれしいときの動作だ。
マリサ「と、いうことなんだけれど、リコちゃんご指導はできる?」
リコ「仕事中に子供の相手をしたこともあるけれど……新人研修はまだやったことないんだよね……まぁ、出来ないことはないかな。じゃあ、一緒に料理の用意、頑張ろうか。包丁は使える?」
マイ「家庭科の授業で使ったくらいです。あんまり、手際はよくないと思います」
リコ「十分。大丈夫だよ」
 風俗のボーイ、そして占い師による説得が行われている横で、ホリデーナイトパーティーの計画はこうして決まった。

 ホリデーナイトパーティー当日、リコはマリサに5時間の指名を入れて料理の用意を依頼した。リコは午前中に入ってきたほかの家庭でのお仕事を終えると、いつもは日が暮れてから訪れていたBAR・ターミナルにまだ明るいうちから赴いた。
 とはいっても、今日はお店の入り口ではなく、居住スペースへと続く裏口からだ。インターフォンを押すと、『はい』というマスターの声が返ってきた。
リコ「こんにちは榎本さん。今日は客としてではなく、家事代行業、楽ラクーンのエージェント、春日古々として参りました。マスター、今日はいつもと逆ですが、よろしくお願いします」
マスター「おう、リコさんだな。今日はよろしくな。鍵は開けてあるから、3回まで登ってきてくれ」
 マスターに言われるままリコが階段を上っていくと、居住スペースとなっている3階に私服のマスターがいた。私服の彼を見るのは初めてだが、センスは無難なファストファッションでまとまっていた。
マスター「おう、娘がいつも世話になってるな。キッチンはこっちだ」
リコ「いえいえ、その娘さん目当てでここの常連になってるようなものなので、私がお世話されてますよ……」
 マスターに案内されてキッチンへと向かうと、ものすごい種類の調味料と酒が置いてあるカオスなキッチンへとたどり着く。
リコ「すごいですね、これ」
マスター「ハルトが集めてるんだ。あいつの部屋にもいくつか保管されてる」
リコ「へー……」
 彼は料理人だと聞いていたが、そのせいか調味料へのこだわりは半端じゃないようだ。調理器具も豊富だし、包丁も何気によく尖れていて使いやすそうだ。
リコ「ところで、今日はマスターは休みなんですよね? 料理はしないんですか?」
マスター「あー、料理か……出来ないわけじゃないんだが……。まぁ、あんまり得意じゃなくて、一応食える程度って感じだ。ハルトが中学に上がるころには、俺の方が上手いってんで、よくハルトに作ってもらったよ」
リコ「ハルトさん、そういうきっかけで料理人になったんですね……でも、私が言いたいのはその、マイちゃんの事です。マイちゃんに働かせないでも、マスターが作ればいいのでは? って……」
マスター「あー、それか……その、な。マイちゃんには、一人で生きていく力をつけてやるべきだって、マリサやハルトが言うもんでな。子供はのびのび育ってほしいけれど、あの子はそうもいかない事情なもんでな。それに、働いている方が人と関われて、嬉しそうなんだよ、あの子……あの年齢ならとにかく信頼できる大人とかかわったほうがいい。……なんとなく、わかるだろ? あの子、いつも寂しそうなんだ。周囲の子供とも馴染めてないみたいだし」
リコ「ですよね、あの子は二人きりになると結構甘えてくるので、寂しいのは伝わってきます……大人ならともかく、子供だと、まだ守られていないと不安なんでしょうね、本能的に」
マスター「昔は生活費だけは与えられていたみたいなんだが、最近はそれすらおろそかになってるし。ここ数か月、マイちゃんはまともに母親の顔を見ていないなんて話だ」
リコ「確かにお金には困ってそう。靴がボロボロだし……服もあれ、全部お古ですよね? 母親が買っていないんだなっていうのは、わかります……」
マスター「あー、あれな。マイちゃん曰く、『靴は母親がいつか買ってくれるから』って言っているらしくてね。だから、俺やクニシゲさんが一度買ってあげようとしたこともあるんだけれど……靴と服だけは断るんだ。『玄関においておけば、寝室まで来なくても靴がボロボロなことだけはわかるだろう』ってさ」
リコ「私としては、そこまで放っておかれてるなら……母親が今後改心? することなんてないって思っちゃいますが、意地なんですか、ね?」
マスター「ボロボロにしていれば、いつかはは親が気付いて靴を買ってくれると思ってるのかもしれないし……信じたいんだろ。あきらめろって言ってるけれど、内心の自由まではどうにもならねえからな」
 マスターはため息をつく。何とか救ってあげたいとは思っても、そう簡単にはできないのがもどかしそうだ。それにしても、桜花さんはマスターとして話していないときは、意外と結構喋るのだなとリコは思う。
マスター「そういうわけでさ、リコさん。今日は子守の仕事だと思って頼むよ。マイに料理ができるよう、指導してやってほしい。あの子、覚えはいいからきっと大丈夫なはずだ」
リコ「はい!」
 料理をするだけなら慣れている。楽な仕事だと思っていたリコだけれど、今日は別のことまで任されて責任重大だ。マイちゃんに、しっかり自分の背中を見せてあげることが今日の仕事だと、考えを改め、料理に挑む。
 リコはあらかじめ用意していた大量の食材を刻んでゆき、味が染みるのに時間がかかるものから手早く準備していく。
 そうこうしているうちに学校を終えたマイが店を訪ね、リコから指示を受けて食材を刻んでいく。野菜の皮を剥いたり、食べやすい大きさに刻んだり。包丁で手際よく皮をむくリコに比べて、マイはピーラーを使いたどたどしく皮をむくが、何とか形にはなっている。
 その後、大量のポテトサラダのためにジャガイモと卵を湯で、それらに火が通ったら皮をむき殻をむき、具材を潰して、ニンジンやキュウリと言った具材を混ぜ、マヨネーズやみそなどの調味料を混ぜる。
 それが終わればチキンを切り分け、たれを作って照り焼きにする。リコは肉を食べないため、どれくらいが一番おいしい加減かはマイの感性に任せたかったが、焼肉も料理もしたことがないマイには難しかったらしく、少したれが焦げついてしまった。
 マイはまだ難しい工程は任せられないため、フライパンをひたすらかき回して玉ねぎを炒めたり、シチューをひたすらかき混ぜて焦げないようにしたり、そういった体力を使う仕事ばかりを任せ、繊細な作業はリコばかり。
 もちろんそれでも集中力は消費するが、準備が終わったころには、マイは手が震えるほど腕を酷使した状態であった。子供だからまだ鍋をかき混ぜるにも力が必要だ。成人男性でも長くやれば疲れるような作業を延々とやっていたのだから、明日は筋肉痛で泣きを見ることになりそうだ。
 ともあれ、4時間の格闘の末、2人は20人分の食事を作り終えた。あとは冷ましている間に味が染みるのを待つばかりだが、その間にお店のスペースである1階と2階を隅々まで掃除する。家事代行業に従事するリコには慣れたもので、学校で行う掃除程度しかできないマイに経験の差を見せつける。
 掃除が終わったら、完成した料理のうち、冷めたまま食べられるものを下へ。電子レンジやコンロで温めなおすものはそのまま置いて、二人はようやくすべての仕事を終える。
リコ「お疲れさまだね、マイちゃん」
マイ「はい……今日は、ありがとうございます。自分ひとりじゃ何もできなかった、です」
リコ「いやぁ、私も一人じゃ結構つらい作業もあったし? 力仕事、子供に押し付けちゃってちょっと罪悪感だよ」
マイ「やっぱり、力仕事押し付けられてたんですか? おかしいと思いましたよ、なんかリコさんがやってる作業は力がいらなそうだなーって。でも、あんなに早く作業できないから仕方ない……ってことですよね」
リコ「うん、確かにそうなんだよ。大人になったら……技術がないと、体を酷使する仕事にしか付けないんだよね。ごめん、私も大人として力仕事をやってあげたかったけれど、技術が、ね……だから、私に力仕事を押し付けたかったら、技術と知識を身につけなさい」
マイ「世界って世知辛いですね……子供に向けてそんな無慈悲な」
リコ「そーなのよ、世界は無慈悲なの。とりあえず、お疲れってことで……ちょっとだけ待っててね」
 リコはマリサから指名を受けた5時間の業務の終了報告を終えて、一度自宅に戻ってからバー、再びターミナルへと戻る。家に用意していた草食向けのお菓子を大量に持ち込み、テーブルに突っ伏しているマイの隣に座る。
リコ「ちょっと早いけれど、飲んじゃう? もちろん、ノンアル」
マイ「あ、ありがとうございます……」
 まだ乾杯を始める前だったが、家で冷やしていた(玄関で冬の常温放置していた)24本入りの炭酸飲料を差し出す。マイはリコの様子を伺いながら缶ジュースを開封し、リコが缶を差し出すのに併せて、人気のない店内で二人、乾杯した。
リコ「今日、マイちゃんはこの家に泊まるんだっけ?」
マイ「はい。来客用の布団があるとかで……私、そこに寝られます。お泊りとか初めてで、すごく……ワクワクしてます」
リコ「お母さんにはちゃんと言ったの?」
マイ「言う機会なんてありませんでしたよ。まぁ、でも、一応心配しないように書き置きはしておいたけれど。でも、書置きなしで行方不明になったとしても、母さんは厄介者がいなくなったとしか思わないんじゃないかな。私のためにお金を使わずに済むって……そうじゃなかったらいいんだけれどな」
リコ「それはひどい話だね……私だったらそんな母親、ぶん殴ってやりたいよ」
マイ「ですよねー……でも、頭ではわかってるんだけれど、中々嫌いになるって難しいんです。他人の親だったら私も、同じセリフを言えるかもしれないのに、自分の親だと何も言えなくって。私、結構役に立ってるつもりなんですけれどね。マスターに、掃除きちんとやれって言われたので。だから、家は綺麗にしてますし。軽くだけれど雑巾がけして、ごみも捨てて……ゴキブリの数も、減ったんですよ? 私がいなくなったら母さん、困ると思うんだけれどなー」
リコ「マイちゃん、確かに家の掃除は頑張ってたよね。水回りはもう少し掃除した方がいいともうけれど」
マイ「濡れるの嫌いなんですよ。特に冬は」
リコ「まぁ、それはわかるけれどさ。でも、それならゴム手袋買ってあげよっか?」
 掃除は頑張っていても、水回りはおろそかだった理由がわかり、リコは苦笑しつつも納得する。
マイ「そっかー……その手が。……そうやって、家の事とか気遣ってくれるのはいつも他人なんですよね。マスターに家をきちんと掃除しろって言われて、掃除したときは……もしかしたら褒めてくれるって思ってたんだけれど。
 頭の一つも撫でてくれなくて……やんなっちゃいます。ほんと、誰かにぶん殴ってほしい。誰か、正義感が強い人に」
 マイは母親に対する愚痴をありったけ言ってからため息をつく。自分で殴れないのは、力不足という自覚からか、それとも本気で親を嫌いになれないからか。
リコ「……そんなことないよって言ってあげたいけれど。肯定するしかないのが、辛いところだね」
マイ「逆に、肯定してくれる方が安心します。私の事、思ってくれてるんだなぁって……下手に希望を持たせることを言うよりはよっぽど信用できますし。だからこのバーは大好きなんですよ。お母さんと違って信用できる……」
リコ「前はお母さんが好きかどうかわからないって言ってたけれど、今はもう信用できないって?」
マイ「今はっていうか、前から……何だか私、皆と一緒にいると本音を話すのって難しくって。一人一人なら、こうやって話せるんですけど。信用できない人に自分の言葉を聞かれたくないなって」
 マイは力なく笑う。
マイ「ともかく、母親の事なんて到底信用できませんよ。約束なんて守ってくれたことないから。でも、本当にやばいときは、助けてくれるって……信じたいけれど、頭では無理ってわかってます。リコさんなら、私の母親なんて絶対信用しないでしょ? まだあったこともないけれど、なんとなくわかるって皆言ってますから」
リコ「えっと、服とか、靴とか、で……ロクな親じゃないのは察せられるし、ね。そもそもこんなお店に子度をも預けてる時点で結構アレな感じだし。まともな母親だったら、靴がそんなにボロボロになる前に、買い換えてくれる、からさ?」
マイ「前も言われた。大人ってすごいよね、よく見てる。だから、私の母親は信用できない、しちゃいけないって言うんでしょ? みんな言うもん。気分悪いけれど、でも、多分事実なんだよね……わかってる。認めたくないけれど。自分がかわいそうな子供だとか、言われたくないけれど……でも割り切れない。わかってるのにどうにもできない……私はどうすればいいのかな……」
 『けれど』という言葉の多さから、マイがどれだけ不本意にその言葉を発しているかわかる。かといって、彼女の発言を否定したところで現実は何も変わらないどころか、悪化すらあり得るから肯定するしかない。
リコ「もう母親なんて気にせず、手を差し伸べてくる大人に両手を差し出せばいいんじゃないかな? 片手を母親に伸ばしたところでどうにもならないんだし」
マイ「そうですね……じゃ、そんなこと言うなら。ちょっと、甘えさせてくださいよ」
リコ「……いいよ。私でよければ」
 精一杯同情を誘うような愚痴を言ったかと思えば、次の瞬間にはストレートな言葉で甘えてくる。計算なのか天然なのか、恐ろしい子だな、とリコは思う。
マイ「私でよければ、じゃないよ。リコさんが好きだから甘えたいんです」
 そう言ってマイは椅子に座りながらリコに寄り添う。
リコ「私も好きだよ、マイちゃんの事。頑張り屋さんだし。言われたことはきちんとやってくれるし」
マイ「ありがとう。頑張ってるから、頑張ってると思ってもらえると嬉しいな……もっと褒めて」
 そう言ってマイはさらにリコに体重を預け、いつの間にやら膝枕の体勢となる。
リコ「もう、贅沢だなぁ……でも素直なことはいいことだよ。……学校では褒めてもらえないの?」
マイ「学校は、無理だねぇ……世界で一番苦労してるつもりはないけれどさ。学年で一番くらいには苦労してる自信はあるんだけれどね。かといって、褒められるのもなんかむかつくし……ほんと複雑。どーにもならない、褒めてくれるのは、ここの人たちだけ……やってらんないねぇ」
リコ「そんな、くたびれた大人みたいな愚痴を吐いてたら、あっという間におばあちゃんになっちゃうよ」
マイ「ババ臭い子供もギャップ萌えがあっていいんじゃない? ってか、なれるものならなりたいよ、おばあちゃん。そしたら年金で暮らせるじゃん」
リコ「変な言葉知ってるねぇ……ってか、おばあちゃんになったらこうやって甘えられないけれどそれでもいいの?」
マイ「それはダメ。一生子供でいたいな」
リコ「どっちだよ」
 そんな他愛もない話をしながら、二人は来客を待つ。リコはマイの喉を撫でながら彼女をひたすら甘やかす。それでどんどん気持ちよくなったのか、いつしかマイの返答はゆっくりになり、いつの間にか眠ってしまう。マイが膝枕のまま眠ってしまったため、動くことが出来なくなったリコも、最初こそスマホを弄っていたが、やがて疲れに促されるままに机に突っ伏して眠ってしまった。
 そうこうしているうちに、仕事を終えたマリサが家に帰ってくる。
マリサ「あれー、お疲れかな?」
リコ「あ、マリサ!? あぁ……いてて」
 マリサの声にリコが目を覚ますと、机に突っ伏して寝ていたおかげか、首が痛いわ手がしびれるわで、リコは思わず顔をしかめる。
マリサ「随分とゆっくりしてたみたいだね。マイちゃんも」
リコ「あはは……疲れてたみたい」
マイ「ごめんなさい……せっかく招待してもらえたのに、寝ちゃってて」
マリサ「いいのいいの。それだけ居心地がいいお店ってことでしょ? ってか、めっちゃいいにおいじゃん。もう、これ、つまみ食いしたくなるわ」
リコ「だめ、待ちなさい!」
マイ「だめ! つまみ食いは作る人の特権! 私たちにしか許されてないよ」
マリサ「いや、結局食ってるじゃん!? でも、作る人の特権だって言われると否定できないなぁ……」
 マリサが戻ってくると、まだ三人しかいないというのに店は大きく盛り上がる。空気が温まったところで、マリサと他愛もない話をして盛り上がり、常連客がどんどん集まり始める。
 クニシゲは夫婦でそろって店に来るし、ハシルさんも当然のように来てくれた。リュウキも今日は店員としてではなくパーティーの一員として参加してくれるし、常連客とは言いつつ、今まで会ったことのないお客様の姿も見える。初老の山羊人の男性だった
マスター「よ、久しぶり」
山羊人の男「あんまり来れなくてすまないな。……子供たちは、元気にしてて何よりだ」
マスター「もう子供って年齢でもないだろ。今は……別の子の成長の方が楽しみだよ」
 そう言ってマスターはマイの方を見る。
山羊人の男「マイちゃん……今日参加しているんだな」
マスター「マリサの提案でな。働かせる代わりに参加費免除したんだ」
山羊人の男「お前も大変だな」
 山羊人の男もマイを見ながら苦笑する。一言で済むものではないが、大変なのは確かだ。

リコ「ねぇ、マリサ。あの人は……?」
 話を邪魔するのもなんなので、リコは山羊人の男のことをマリサに尋ねる。
マリサ「んー……あの人、古賀 文人(こが ふみと)って言ってね。昔、お父さんがお世話になっていた警察官。母親が行方不明になったときにさ、対応してくれたの。親族相盗例……? ってのがあるから、母親が家の金を持ち逃げした件とかは刑事事件には出来ないって言われたけれど……まぁ、その縁で、私たちが子供の時はよく来てくれたの。私たちが非行に走らないように色々心配してくれたのだけれど……」
リコ「けれど?」
マリサ「自分で言うのもなんだけれど、二人ともいい子過ぎて何もなかった。非行? なにそれ美味しいのって感じでいい子に育ったからねー、私たち」
リコ「あ、うん……確かにいい子に育ってるけれど、自分で言うんだ」
 マリサは誇らしげに言う。あんまりにも身もふたもない言い方に、リコは苦笑した。そうしてマリサと話しているうちに、フミトという男性はマイの方へと向かっていた。なるほど、マリサが言う『非行に走らないように』というのは今でも変わらぬスタンスのようで、マイのことはかなり気にかけているらしい。ここがBARであるのを忘れてしまいそうだ。
マイ「古賀さん、お久しぶりです。もっとお店来てくださいよー」
フミト「おいおい、マイちゃん、店員さんみたいな口を利くな……お前は客だろ」
マイ「だってー、子供だからお金ないんですもの。常連さんをもてなす代わりに、奢ってもらうしかありませんので」
フミト「まったく、ちゃっかりしやがって。将来が恐ろしいガキだな」
マイ「……接客業なら、この道3年で、すでにベテランの域ですからね。ボードゲームでも、かわい子ぶりっ子でも、しますよ。おさわり以外なら何でも!」
 マイは、以前ハルトがクニシゲさんに言われていたようなことを自称する。おそらく、クニシゲさんがリコ以外にもいろんな人に言っていることを想像するし、場合によってはマイのことも同じように紹介しているのであろうことが容易に想像できた。
フミト「変なことしてくる客はいなかったか?」
マイ「大丈夫です、そこはきっちりと。触らせたり裸を見せるのは、破滅への道、でしたっけ?」
フミト「そうだ。わかってるならそれでいい。……楽に稼ぐことを覚えたら、人はだらけることしか出来なくなるからな」
 それにしても、だ。このバーの常連客は本当に民度がいい。マリサとハルトがきっかけとはいえ、子供を気に掛ける大人が集まってしまうのだから、それはマスターの人柄のおかげなのだろうか。

 その後も、よっぽどかわいがられているのか、マイは沢山の大人に囲まれていた。男客が多いこのお店だが、クニシゲさんに連れられてきたアイリさん等、女性からも気にかけられているようで。男女問わず子供は好きなのがうかがえる。
 マイは普段から寂しい想いをしているせいか、ちやほやされるこの状況に、嬉しそうな表情をしていた。感情表現は控えめな気質のせいか喜びかたは控えめだったが、伏せた顔が笑みで染まりに染まっているのは明らかだった。
 ホリデーナイトパーティーでは、リコとマイが作った料理のほかに、遅れて参加してきたハルト(どこも混むから恋人とデートはしないらしい)がまかないという名目で絶品のつまみを持ってきたり、米良夫妻が豪快な肉を持ってきたり(リコは食べられなかった)、幻の果物なんかも解禁したり。高級な酒をこの日のためにと栓を抜いたり、豪勢な食事はもちろんのこと。
 リュウキさんが持ちネタを披露してみんなを楽しませてくれたり、大人数で盛り上がれるゲームで楽しんだり。リコはそんな雰囲気を満喫しながらも、マイのことが気になって仕方なかった。
 普通の子供ならば、ホリデーナイトなんて家族と一緒に過ごす年頃だろうに。内心では寂しがっているんじゃないかとか、余計なことを考えて心配でならない。こんなに盛り上がれる日に、心の底から楽しめないのは損な性格だなぁと思う反面で。予想に反して笑顔が崩れることもなく嬉しそうなマイの顔を見て、今日は一緒に料理を作れてよかったと、胸が暖かくなるのを感じるのであった。

 そうして、盛り上がっていた宴も、来客たちが少しずつ帰宅してゆき、店内はすっかり静かになっていった。マリサはマイに風呂に入って眠るように言うと、日付が変わる前に掃除を終えようと家族三人で片づけに入る。
 その際、ハルトが見慣れたマフラーを見つける。
ハルト「……この色、この匂い。リコさんのマフラーだな」
マリサ「リコちゃんの? ちょっとメッセージ送るわ……あ、もう既読ついた……えっと、あれ、住所が送られてきたんだけれど? えー……すぐ近所じゃん」
ハルト「……届けろってコト? 中々厚かましいじゃないの」
 ハルトは冗談めかしてリコからのメッセージを揶揄する。
マリサ「そ、そうでもないんじゃないかなぁ? いやまぁ、普通に考えれば厚かましいのかもしれないけれど……そうだよね、リコちゃんだけ私の家を知っているのは不公平だし……招待するってことでしょ。なら普通に誘えばいいのに」
マスター「行ってもいいが、酔ってるんだから早めに帰れよ?」
マリサ「帰してもらえたらね! なんてね……マイちゃん家にいるんだから、帰って来ないとだからねー」
 そうして、マリサはリコが忘れたマフラーを届けに、徒歩4分ほどの家まで走って行く。白い息を吐きながらたどり着いたリコのアパートには、2階の扉の前にリコが立っていた。
マリサ「リコちゃーん? わざわざマフラー届けに来させるだなんて、ひどいじゃん? 呼び出し料、払ってくれるー?」
リコ「へへ、ハルトやマスターが来たらどうしようかなって思ってたところだよ」
 リコは悪びれもせずにそう言って、マリサを手招きする。マリサは尻尾をぶんぶんと振りまわしながら、アパートの2階に駆け上がり、その後を追った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...